第81話 吉田脱サラ迷宮五


 姉弟は久しぶりにのんびりと商店街の道を散策している。

 方々から声をかけられそれにひとつひとつ応え、店を覗きながら満喫していた。

 イサナに頼み事をしており、しばらくは静かな午後を過ごせそうだ。


 ここは姉弟の住んでいる地区の商店街。

 伊崎総理の鎖国宣言により強制帰国させられた姉信者達が減り、国内信者にも聖地巡礼を控えるようにと強く通達があった為に帰省する事ができた。

 まだ訪れる者はいるが所轄警察により密かに葬られ……もとい注意を受け姉弟に近づくことが出来ない状況となっている。


 商店街は変わらない様子であるが、そこを取り囲む街はホテルや元祖姉弟饅頭、本家姉弟弁当などと掲げられたのぼりがひしめき合い、訪問客獲得に命を賭けている。

 しかし先の通り鎖国宣言の為に客は激減し、所轄警察に追いやられる者のみが通る寂しい街並みになっていた。


 いつもの惣菜店で弁当とポテトサラダを買い、吉田脱サラ迷宮に行く。


「吉田さーん、弁当買ってきたよー」


 弟が声を上げながら入るとにこやかに、ありがとうと返事をする吉田さんの奥さん。

 吉田さんも一緒にいてカウンター内に座っている。


「ああ、ありがとう。君達におつかい頼むなんてごめんね」


「いいよいいよ、早く食べようぜ」


 弟はカウンター前の丸テーブルに弁当を置き、椅子に座る。吉田さんも来て椅子に座り弁当を袋から出し配る。奥さんと姉はお茶の用意をしている。


「ここ相変わらずしょぼい三階層のみ解放してんの? 下層は解放しねぇの?」


 上級探索者に解放すれば儲かるのに、と言いながら吉田さんに弟が聞く。

 弟が聞いたのは、この吉田脱サラ迷宮でエプロン姿の主婦でも踏破出来る三階層の下にある、日本迷宮を模した超高難易度の極悪階層の事だ。

 姉弟が日本迷宮に挑むために探サポの資金提供を受けて、日本迷宮を設計した吉田さんが作った。


「あそこは二人の為だけの階層だよ。例え特Aの人でも一分もたずに死んじゃうよ。人が死ぬ迷宮はもうたくさんだよ」


 日本迷宮に入宮した全ての探索者が帰って来なかった。

 その事に心を痛め、仕事を辞め、名を変えて密かにここで小さな迷宮を開設した。

 吉田さんは、人死にがないよう設計し入宮した人が笑って戻ってくるような場所を目指している。


「今後、もしも二人以外の人が日本迷宮に挑むとしても解放しないよ」


 二人が日本迷宮に入ったら、消しちゃうけどねと笑顔で言う吉田さんだがそれは悲しげな笑い顔だ。


「もったいねぇ。あ、そうだ。ならさぁ、子供も探索者証持つようになるし遊園地とか動物園みたいなのは?」


 伊崎の強引な政策により日本国民全員が探索者証を持つ法案が通った。探索者資格試験はこれまで通り実施され、その試験に合格していない者の探索者証は青い。

 青い探索者証、それは極々限られた迷宮にしか入る事が出来ない。その迷宮は死傷者が出ないよう設計する事ときつく通達され、迷宮庁から直々に監査が入る。


「ああ、それはいいね。楽しそうだ。公園とかプールとか、昔は普通にあった物が少なくなってきているしね」


 弟と吉田さんが談話している途中で姉と奥さんがやってくる。お茶を配って椅子に座り四人で弁当を食べ始めた。


「うめぇ、ここのは変わんねぇ」


「おいしい」


 久しぶりの惣菜店弁当に感嘆の声を上げ姉弟は食べ続ける。そんな二人を笑いながら見ていた吉田さんと奥さんも食べ始めた。


「そういやさぁ」


 もぐもぐと口を動かしながら弟が話し始める。姉はポテトサラダに夢中だ。


「ここ、名前変えないの? 脱サラ迷宮とかちょっと……だいぶ変だし」


「ああ、そうだね。子供が遊べる階層を作ったら変えようかな」


「この人は名前に拘らない人でねー、当時はもう面倒くさいから何でもいいやって付けたのよ。日本迷宮の時も名前付けろって上から言われたんだけど、そのまんまの名前だしね、ふふふ」


「いや日本迷宮は何か日本の代表みたいな感じだしいいと思うけど、脱サラ迷宮はねぇわ」


「私はいいと思います。吉田脱サラ迷宮、好きです」


 ポテトサラダを食べ終えた姉が弟のポテトサラダを狙いながら言う。

 箸を向けた途端、弟の箸にブロックされている。


「そっかぁ、それじゃあ仕方ないか。子供が遊べる方は別迷宮開設という手もあるしね」


 嬉しそうに吉田さんが答える。褒められて伸びるタイプだ。


「おう、待たせか?」


 そう言いながら吉田脱サラ迷宮に入ってきたのは細井さんだった。手には迷宮鞄(小)を持っている。

 迷宮外では中の物を取り出したり、入れたりすることは出来ないが、探索者にとっては必須の見た目よりかなりの容量を持つこれも謎技術の鞄だ。


「いらっしゃい。お茶出すから座って」


 吉田さんの奥さんが席を立ち椅子をすすめる。その椅子にドカっと座り、俺も弁当買ってくればよかったなと呟く。


「買ってきてるよ、俺のオゴリだ。よーく味わって食えー!」


「ちっ、クソガキに奢られてたまるか。ほらよ」


 弟の言葉に対し持って来た迷宮鞄(小)を投げるように渡し弁当を受け取る。

 吉田さんは二人のやりとりをにこにこと見ていて、どちらも素直じゃないなぁという顔をしている。

 一方、姉は細井さんのポテトサラダにロックオンしていた。


「おお! もう打ってくれたの? 早くね?」


 鞄の中を覗き、細井さんの顔を見ながら弟が言う。中身は双剣と太刀が数多く入っていた。細井さんは、ふんと発しながら弁当に手を付ける。


「お前らが何かしたんだろ? 満足どころじゃねぇ、大満足の出来ばかりだ」


「俺は知らねぇー。姉ちゃんが知ってるかも?」


 細井さんから顔を背け、はーうまかったぁと言って誤魔化す。姉はそろりと箸を細井さんのポテトサラダに向けており、急に話が自分に来て慌てて箸を引っ込める。

 細井さんは黙ってポテトサラダを姉の方へずらし、食えとあごで合図をしていた。


「後でわかると思います。イサナがある方をお連れしますので」



 先日、姉の元にスサノオ様からこれからママに会いに行くと神託が降った。家族同然の吉田さんと細井さんにはその素性を話しておきたい姉弟は、天之神とイサナと伊崎総理の承諾を得て、降臨されるスサノオ様とイサナの素性を明かす事にした。

 わりと簡単に承諾が下りたのだが、それというのも吉田さんは日本迷宮調律者であり、異世界神と実際に会っている。細井さんは姉弟と同じ島育ちで天之神の存在は知っており、島の子らと遊ぶ姿を見ていた為であった。


 そして本日、この吉田脱サラ迷宮を臨時休業にしてもらい、お連れいただく手はずを整えていた。


「そうか」


 その一言だけで答えた細井さんは弁当を食べる。本来ならば詳しい話を聞きたいだろうが、姉を心から信用している為に後でわかると言われれば、それに従うのみだ。


 皆が弁当を食べ終え、そろそろ時間だと一階層へ入る。

 ここは広い平原の階層。魔物はおばちゃんの張り手ででも倒せる程度で弱い。だが、おばちゃんの張り手は意外に強い。

 所々に設置している大木の根元にはベンチがあり、木陰でゆっくり休めるセーフティーゾーンになっている。

 そのセーフティーゾーンで降臨を待つ。



 ベンチを前に横一列で並んでいると、天之神やアマテラス様降臨の際にあった光の演出はなくいつの間にか三柱の神がベンチに座っていた。

 その中の一柱イサナが姉にかけより、ただいまー! と声を上げ腰に抱きつく。

 姉はお帰りと言いながら頭を撫でる。イサナは嬉しそうだ。

 そしてスサノオ様が立ち上がり、ママと呟き近寄ろうとするが姉は、まずはご紹介をしますと手で制止する。不敬。


「こちらは三貴子(みはしらのうずのみこ)、須佐之男命様であられます」


 吉田さんと奥さん、細井さんは突然の神の降臨に驚き、低頭する事も忘れ口をあんぐりと開け、ただただスサノオ様を見つめている。

 だがすぐに細井さんが低頭し吉田夫妻も続く。


『スサノオである。直答を許す。ママの神剣を作った者はいずか』


 三人は、ママ? ママって言った? と困惑しながらも低頭したままの細井さんが答える。先ほどお嬢にママと呟きながら近づかれたよな、と思い返しながら。


「はい。お嬢の双剣の事であるならば私めに御座います。お目にかかれまして大変光栄であります」


『うむ。おもてを上げろ。お前に天目一箇(あめのまひとつ)を連れてきてやった。喜べ』


「は、ははっ! ありがたき幸せ!」


 スサノオ様はそうおっしゃって、一柱の神に手招きをし細井さんの前に誘導する。


 天目一箇神(あめのまひとつのかみ)。天照大御神の子であられる天津日子根命(あまつひこねのみこと)の子であり、スサノオ様にとって大甥にあたる。

 そして鍛冶の神様である。

 当然、細井さんはその名を承知しており、自宅兼鍛冶場の神棚にお祀りしている。


『ママの為である。聞けば日本迷宮に挑むという。半端な刀剣を持たすことは許さん。命を賭けよ』


『まぁまぁ大叔父。そないな言い方したらええ物でけへん』


「京都弁!?」


 即、弟の突っ込みが入るが気にせずに話を続けられる。


『聞いた話によると大叔父の攻撃を受け止めたって?』


 そんな話は聞いていない細井さんは姉弟に顔を向ける。弟は、あー言ってなかったっけ? と細井さんに向かって言い、姉がアメノマヒトツ様に向かって言う。


「はい。天沼矛あめのぬぼこ・森羅のおかげですが、確かに」


『ああ、森羅かぁ。まぁほんでもすごい事だよ。そう言えば曾祖母ですなぁ、よろしうお願いします』


 姉に向かってペコリと頭を下げられる。慌てて頭を上げて下さいと言って上げていただく。神様には見た目や年齢は関係なくその血筋が大事である。どんなに偉い神様でも位が違うと尊重される縦社会だ。


『ほんでぇ、あんたが打った刀剣もの見せて』


「これこれ、たくさんあるよ」


 弟が先ほど細井さんから受け取った迷宮鞄(小)を開きながらご覧に入れる。

 アメノマヒトツ様は一振りの太刀を手に取り、ほうほう、これはなかなかと様々な角度から目をやっている。


『まぁまぁやね。神剣としての領域には入っとる。そしたらもうちびっと上を目指そうか』


「はい。ありがたき御言葉です」


『言葉だけおへんよ。実際に一緒に打ってみよか』


「は? は? え?」


 鍛冶の神様が? 一緒に? 刀を打つ? 確かにそうおっしゃったよな、と頭の中をぐるぐるとその言葉が回る細井さん。

 さて行こうかぁ、と細井さんの手を引いてアメノマヒトツ様は退宮して行かれた。これから細井さんの鍛冶場で一緒に打たれるのである。


 スサノオ様は満足げな顔だ。ママの役に立ったぞ! と言いたげである。


「スサノオ様。ありがとうございます」


 姉が礼を言って頭を下げる。


『須佐』


「須佐、ありがとうございます」


『須佐、ありがとう。よしよし』


「須佐、ありがとう。よしよし」


 言われるがままに口に出し、頭を出してきたスサノオ様を撫でる。幸せそうな笑顔でうっとりとしている。


「スサノオ様、マザコンすぎ」


『何を言うか、叔父上が幼女好きなのはわかっておるぞ』


「ちげーって! 何でそういう事言うの!?」


『嬉しそうに酌しておったのを見てたぞ』


「あ!? ああー! あれはちげーって。あれは魔物。ちょっと自由すぎなんだよ、アイツ」


『そういう事にしてやろう、ククク』


 これまで何をどうしていいやらわからない状態の吉田夫妻にあらためて姉が紹介する。


「スサノオ様と、それと……イサナはスサノオ様の妹にあたり、神様の系譜に連なります」


「イサナちゃんも!?」

「イサナちゃんも!?」


 夫妻の声が重なる。初めて連れてきた時に子供が出来たと聞かされ、いつの間に!? と驚いたが、今回はそれ以上の驚きだ。


『えへへ、イサナは神! でも叔父ちゃん以外はひれさなくていいよ!』


「俺に叩頭しろってか! イサナーこのやろー!」


 イサナの冗談に弟がイサナに詰め寄り、追いかけっこが始まった。

 その二人は無視して姉が話を続ける。


「イザナギ様にご教授いただく機会があり、左腕を落とすことができてそれがイサナです」


 夫妻はぽかんとしている。そして、イザナギ様ってあの? 聞き間違いではないよねと顔を見合わせる。


「そ、そうするとイサナちゃ……様は直系の」


 吉田さんが追いかけっこをしているイサナを見ながら言う。


『イサナはイサナでいいよー!』


 デビルイヤー、もといゴッドイヤーのイサナが大声で答える。


「スサノオ様、アメノマヒトツ様にお目にかかれただけでも一生に一度あるかないか、いや普通はない事なのに、イサナちゃんも神様だったのかぁ」


「こんな可愛い神様なら私も子供にしたいわ」


 吉田さんが何か感心するように言い、奥さんは失礼かしらと自分の言葉に続けた。

 戻ってきたイサナが、アメお婆様の言葉だけれどと言って続ける。


『生きとし生けるものは皆が妾らの子であり、逆もしかりで妾らは生きとし生けるものの子でもあるのじゃ。思うてくれるから妾らが在る。妾らが在るから思うてくれるのじゃ』


 って言ってた! だからあなたの子と思っていいよ! と言葉を締めた。


「なにそれ、説教の時?」


『そう!』


『さすがは御祖様である。つまり、ママはママなのだ』


 そう言って姉に近づくスサノオ様に弟が反応する。


「んじゃ、俺はパパ?」


『お前は違う! 絶対にそう呼ばんぞ!』


「一度呼んでみてよ、意外としっくり来るかもよ」


『呼ばん!』


 弟とスサノオ様のやりとりに吉田夫妻の緊張がほぐれたようだ。いつものにこやかな顔になって、奥さんはイサナを抱き上げている。



 一方、細井さんの鍛冶場では……。


「うおおおおお! はがねの魂が俺に熱く語りかけてくる! そうか! ここを打って欲しいのか! ここだな! アハハハハハ!」



 細井さんが闇に落ちかけていた。

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