第80話 桜島観光施設変則型迷宮二


 鹿児島県桜島、観光施設内。

 姉弟がボディチェックされ中に入ると床に五人五列、先頭に二人座らされた人々が目に入った。二十七名、人質だ。

 その人質を見張るように立って監視している者が六名。そして人質集団の中央に一名立ち、内と外から監視をしそれぞれ小銃を手にしている。

 その七名に指示を出しているリーダーと思われる男、肘から先の右腕が無い。姉弟はその男に見覚えがある。

 宗谷岬迷宮で姉弟をPKしようとし、姉が右腕を切り落とした福永だ。


「要求通り、来ました。人質を解放してください」


 パンッ!


 福永がいきなり拳銃を発砲する。人質から悲鳴が上がる。その弾は姉の右腕、肘と手首の中間を貫通した。

 中腰で右腕を押さえ福永を姉が睨む。弟は構えをとり臨戦態勢だ。


 パンッ! パンッ!


 無言でまた二発、発砲する。今度は弟の両ももを撃つ。弟はその場に倒れ横たわり、いてぇええ! と叫び転がる。

 転がりながらもその目は人質の方に向いている。先頭にいる二人の内、一人は竹中だ。そこに近づき作戦を告げる。



 ニヤリと口元を歪める福永。二人を上から見下ろし優越感に浸っている。


「ククク、お前らは迷宮外ではタダの人間ダァ。抵抗さえ出来ずに死んでイケぇ!」


 パンッ! パンッ!


 更に二発。姉の腹部に当たる。

 福永の目的はただ姉弟を殺害する事、それのみ。後のことは何も考えていない。

 さらに悪い事に福永は殺人に特化した探索者。もし一般人が拳銃を撃つ時は、構えて狙ってトリガーを引くという動作から、迷宮でなくとも弾道を読み避けることが出来る。

 しかし福永はその動作が無く、経験と勘のみでトリガーを引いている。福永にしてみれば何処に当たっても問題ない。最終的に殺せればいいと考えている。

 そして何があったか、宗谷岬迷宮では丁寧な話し言葉であったはずが、たががはずれている。


「まずは人質を解放してください」


 姉が福永を睨みつける表情から、少しだけ作り笑いの表情で話す。頬が引きつっているのを見るにもうすぐキレそうである。

 その姉の右腕と腹部、そして弟の太ももからは

 姉の身体は銃弾を受けたとしても止められるような変態な変体であるが、弟は日本迷宮に挑むために博士と探サポで共同開発された、新素材のアンダーシャツとスパッツを中に着込んでいる。

 容疑者は小銃を装備しているとの事で、当然対策を講じてきている。姉は兎も角、人間の弟を何の対策もないままに容疑者と対峙する許可は下りないし、まず姉が許さない。

 しかしまだ開発途中のベータ版である為、貫通は防げるが衝撃を和らげる機能はない。弟が痛がっていたのはその為だ。


 平気そうな姉を見て福永が激昂し更に二発、弾丸を放つ。


 パンッ! パンッ!


「オマエが! 死んダラ! 解放してやるヨ!」


 拳銃では手応えがないと思ったのか直接殺めようと近づき、中腰のままの姉の顔に右足下段回し蹴りをしてきた。

 福永の靴はつま先に鉄板の入ったコンバットブーツで、当たると非常に危険だ。

 しかし姉は左腕を外側から内側へ流す内受けで即応し、福永はバランスを崩す。取り押さえるチャンスを逃さず福永の左腕を取り、後ろへ回して左手で押さえ右腕は後ろから喉を押さえ込む。その時、持っていた拳銃を落とし攻撃手段のなくなった福永は、話す事が出来ず息を満足にする事さえ難しい状態になっていた。


「福永さんを離せ! 人質がどうなってもいいのか!」


 容疑者の一名が人質に小銃を向けながら叫ぶ。それを見た他の容疑者六名も同じように人質に小銃を向けた。

 悲鳴をあげ人質達は立ち上がってその中央へ中央へ寄り添うように集まる。

 人質中央で監視していた容疑者は四方から押され、来るな! 散れ! と叫ぶが悲鳴にかき消されている。

 弟もその人質に紛れ、真っ先に中央の容疑者へ近づき腹部を殴打し持っていた小銃を奪い取る。

 そして叫んだ。


「姉ちゃーん! オッケー!」


 直ちに姉は体内に隠し持っていた管理者パッドを出現させる。人間が見たら何と思うだろうか。人質は中央に向かって集中しているので姉を見ていない。その人質を囲むように監視していた容疑者は人質を元の位置に戻そうとしている為、同じく見る事が出来ない。

 そして福永は後ろから拘束されているので姿さえ確認出来ない。

 つまり今、姉の行動に見やる者は存在しない。姉の両腕は拘束に使っている。管理者パッドを操作するモノは身体から伸びてきた黒い触手のようなものだ。


 “桜島観光施設変則型迷宮開設”


 そう呟き管理者パッドをタップする。


 桜島観光施設建物が中央の人質のかたまりを除外して迷宮施設に変換されていく。

 つまり建物フロア中央以外を迷宮化したドーナツ型迷宮である。

 設定は探索者であれば自由入宮可という、入宮手続き不要の出入り自由迷宮だ。その為に現在中にいる容疑者が迷宮外に弾き出されずに済んでいる。

 中央に人質二十七名と弟、容疑者一人を残し周りに姉と容疑者七名が迷宮内にいる事になる。

 すぐに姉は次の行動に移る。管理者パッドからA級探索者の攻撃を持ちこたえられる程度の魔物を無数に生み出していく。福永以外の容疑者に向かわせるのである。

 容疑者六名は突然現れた魔物に即応するが、手に持つ小銃では魔物を倒す事は難しい。迷宮装備に切り替えようと試みるが魔物からの攻撃を避けるのが精一杯のようだ。

 出入り自由迷宮の為に逃げだそうと思えば可能だが、魔物達がそれを許さない。


 弟は中央に残った容疑者を取り押さえ拘束する。

 そして姉が取り押さえている福永は……。



 深淵の闇の中にいた。


『もう少しで融合が完了したのですが』

『守りは完璧だったでしょー?』

『こいつ百回殺す!』


 “殺してはダメ、です”


『それでは我が子にした事を後悔してもらいましょう』

『本物の恐怖がどういう事か教えてあげるわ』

『オマエの心を喰らう三千の夜を繰り返し過ごすのだ』


 福永を闇に落としたモノは姉の糧になったはずの三体の魔物『大天狗』『玉藻前』『大嶽丸』

 銃弾から守りこのタイミング姉の許可を待っていた。

 銃口が向けられる度に歯がゆい思いで見ている事しか出来なかった。

 憎悪の目を向ける人間を殺したくて引き裂いてやりたかった。


 それが解放され闇の球体で福永を封じ込め、人間としては殺さぬよう、人として殺していく。

 その間、ほぼ三分。電子レンジの出来上がりのようにチーンと音が鳴り、球体から福永が輩出される。

 その目はうつろに別の世界へ視点を定めているようだ。肩は下がり口が半開きで涎が垂れるままにしている。



 福永の目に姉が映る。

 すると目に輝きが増し背筋を伸ばし、腰を直角に曲げ頭を下げる。


あるじ様! ああ、主様! 私は何と言う事を、取り返しのつかない罪を! 崇高で優美、至高で華麗、究極の主様に対して歴史上最も重い罪を犯しました。実行しようと思っただけでも大罪だと言うのに! ああ、主様! どうか私を殺し主様の一部にしてくださいませ! いいえ! 殺すだけでは足りません、市中引き回しの上、はりつけごくもん! 七千日晒した上で斬首、晒し首オプション付きでお願いします!」



 姉はドン引きだ。


 “何をしたのですか”


『この世のことわりをお教え致しました』

『常識よねー』

『背中にご主人様命(ハート)の入れ墨タトゥーも入れたよ!』


 溜め息を吐き、頭を下げたまま微動だにしない福永を見る。


「出頭し罪を償ってください」


 姉の言葉に、畏まりました! と叫ぶように答え、言葉を続ける。


「主様! 償いが終わりましたらはりつけごく


「考えておきます!」


「はいぃっ!」


 頭を下げたままキビキビとした動作で回れ右をした後、駆け足で施設から出て行く。

 その姿を見送る姉の一方、他の六名の容疑者はなんとか魔物を全滅させていた。だがその姿は疲労困憊という様子で座り込みうなれている。

 そこへ特殊急襲部隊(SAT)が突入し抵抗出来ずに拘束、そして連行されていった。


 姉は先ほど開設した桜島観光施設変則型迷宮の閉鎖処理をし、中央にいた残りの容疑者を引き渡し、人質を警察に預けた。

 事件の裏付け捜査と現場検証は警察の仕事だ。姉弟は揃って前線本部に戻る。

 そこではイサナと島津、黒田、滝川が出迎えてくれた。竹中は事情聴取の為にまだここには戻ってきていない。


『母様! お帰りー! もう何度潰そうと思ったかー!』


 イサナが姉の腰に飛びつきながら叫んで迎える。


「ふはは! まおう様、流石で御座いますな。池田湖迷宮兵糧攻めとは逆の迷宮活用、感服致しましたぞ!」


 豪快な笑いと共に出迎えた島津は、時間もまだ早いですし一戦どうですかな? と再戦の申し込み。


「お疲れ様でした。人質も全員無事、いやぁ助かりました。ところでひとつ事実が判明したのですが少し内緒話をよろしいですか?」


 滝川が姉弟をちょいちょいと手招きをして島津らに聞かせないよう呼び寄せた。


「なんでしょうか」


「またどっか行って解決してこいとか言うんじゃねぇの?」


「いえいえ、今回はこれでおわり、解決です。本当にありがとうございました」


「今回は、とか言うし。絶対、次もあるよコレ」


「ははは、ない事を祈りましょう。ところで容疑者が何故銃火器を所持していたか、何処から調達したかが判明しました」


「俺らに関係ないんじゃねぇの?」


「そうと言えばそうですが、まぁ聞いて下さい。最初に投降してきた福永という者が全て話しまして、イギリスから仕入れた、と」


 何かを含んだようにたっぷりと間を空けて滝川は続ける。


「ナアマという女が手配したとの事です」


「はぁ、それが?」


「おやご存じない? ナアマはバロウズの配下の者でして、どうやら総理とバロウズが協力体制を取る前の作戦が生きていたようですね。治安部を使って日本を引っかき回してやろうと言う事らしいです。その間、バロウズらは別の行動を起こそうとしていたようですが」


「はぁ!? ここでアイツ? 迷惑すぎ」


「バロウズには総理から抗議して貰いましょう。しかし福永に何をしたのですか? 狂信者、いえそれを超えた目をしていましたね」


「姉ちゃんが何かやってたな」


「黙秘します」


 ふいっと横を向く姉に、まぁいいでしょう。今日は鹿児島で一泊しますかと滝川が提案する。


「お、鹿児島の焼酎飲めるかなぁ。おっちゃんに聞いてこよー」


 弟はうきうきとしながら島津の元へ向かった。

 このままでは島津との再戦が待っていそうな姉は早く帰りたかった。

 楽しそうに島津と話している弟を恨めしく見て思う。


 “お酒を飲むのなら接客用魔物を喚んであげましょう”




 その日、鹿児島の夜に「にーに、うるさい」という声が何度も響いた。

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