第79話 桜島観光施設変則型迷宮


 姉弟の仮住まいである山荘迷宮。

 弟は久しぶりの何も予定がない一日をだらりだらりと過ごそうと、リビングのソファーで寝そべりながらマイパッドで漫画を読んでいる。

 時折、あくびをしながら快適な温度に保たれた山荘内で余暇を楽しんでいた。


 姉は同じリビングで細井さんからあらたに受け取った双剣を腰に差し、抜刀したり納刀したりしながらその感触を確かめ、至極の一品の出来をはにかむように微笑みながら何度も繰り返していた。


 バーンッ! と勢いよく入り口ドアが開かれその音に二人が注目する。


『ただいまー!』


 その言葉と同時に入室してきたのはイサナ。どうやら天之神のお仕置きが終わったようだ。ソファーに寝転んでいた弟の背に勢いよく飛び込んでのしかかる。

 休日惰眠を貪っていたお父さんを起こしにかかる子供のようだ。


「いてーよ、おみーよ、あっち行けよ!」


 弟の非難の言葉に重くないし! と言いながらも無視してそこから動こうとしない。


「説教とお仕置き終わったのかよ」


『ハァー、一ヶ月も正座だったよー! ひどいよね、島を守ろうとしただけなのにー!』


 時の流れが違う為にこちらではそんなに経っていないが、大変な目にあったようだ。頭をぐりぐりと弟の背に押しつけながら甘えている様子からもわかる。


「お前、伊崎兄が怒ってたぞ。会ったら多分説教だな」


『ふ、ふん。魔王よりイサナの方が強いし!』


「強さの問題じゃねぇんだよなぁ。あの怒りオーラ見たらイサナはきっと泣くわ」


『母様ー! イサナを守ってー!』


 弟の背から降り姉にダッシュで近づき腰に抱きつく。

 抜刀しているから危ないぞ。


「大丈夫、です。今ならスサノオ様までなら、なんとか押し返せます」


 それはとんでもない強さだ。しかも不敬。


『あ、誰か来る』


 イサナが入り口ドアを見る。それにつられ姉弟も顔を向けた。

 やぁ、どうもお久しぶりです、と言いながら入ってきたのは首相補佐官の滝川。

 ノックも無しに入ってきたが姉弟は気にしていない。菓子折りをイサナに渡しソファーに座る。


「最近総理がご機嫌斜めで私に対して当たりが強いんですよねぇ、ははは。で、逃げてきました」


 それはそうだ。イサナの件で問題山積みな上に許可無しにバロウズとのホットラインを引いていたのだから。

 そのホットラインが日に三度は鳴る。大した用件もなしに。


「怒るとこええからなぁ。な、イサナ?」


 お前も怒られるぞと言いたげに弟がイサナに向かって言う。


『母様バリアがあるし!』


 盾扱いするイサナだが、姉は頼られて満更でもないようだ。うんうんと頷いている。


「ま、逃げてきたというのは半分冗談で、お二人に仕事の依頼があります」


『半分は本当なんだ?』


「ええ、総理が他の者に行かせようとしていましたが、私が行きますと手を挙げました」


「で、なに? 仕事って」


「人質を取っての立て籠もり事件が発生しまして、人質救出と容疑者の確保をお願いします。人質救出が最優先です。で、容疑者は殺さない方向で。相手は武装していますので状況次第では殺害もありです」


「何で俺達なの? 警察は?」


「実は事件発生から二日経っておりまして、もちろん警察と特殊急襲部隊(SAT)が先行しておりますが、容疑者が慎重な者ばかりでなかなか踏み込む隙を見せないのですよ。そして要求があなた方ご姉弟を呼べ、と」


「俺達が知ってる奴?」


「そうらしいです。容疑者は元探索者自治会治安部の者、八名とみています」


「うわ、出た。チアンブー。まだ絡んでくるのかよ」


 うげーと苦虫を噛み潰したような顔をする弟、殺るしかないと気合いを入れる姉、イサナに任せて! と姉に縋るイサナ。三者三様だが、イサナに任せる事は絶対にないぞ。


「自治会会長より治安部解体の発表がありました。治安部はこれまでに起こした件で警察に事情聴取を受けるようにと指示があったようなのですが、これを無視して今回の事件を起こしたようです」


「会長って、バロ」


 その名を言いかけた弟を睨みで止める姉。弟は滝川さんを慌てて見て気付かれていないか確認する。


「ああ、知っていますよ。バロウズですね。総理からお聞きになったのでしょう?」


「なーんだ。知ってんのかぁ」


「ええ。そのバロウズが総理と協力する事になり、総理が問題の多かった治安部解体を要請したわけです。それで行き場のなくなった者達が今回の事件を起こした、と」


「それで、何で俺達なの?」


「わかりません。とにかく呼べとの一点張りなのですよ。民間人を危険な目にあわせたくはないのですが、総理曰く“あいつらを民間人扱いしなくともよい、少し痛い目にあって来い。何、銃で撃たれた位じゃ死なん”と言う事です。ああ、はい。私は事情を全て聞いています、ので気にせずに送り出しますよ」


「ひでぇ! 姉ちゃんはともかく俺は死ぬから!」


「報酬は伊崎総理のツケにしておきます」


 やっぱ行くのか、とアイコンタクトで姉に相づちし立ち上がる弟。姉は準備が出来ている。衝動的に抜刀しないよう、双剣は装備からはずしておいた。


「では、ヘリが待っていますのでそれで空港へ。そこから飛行機になります」


「そんな遠いとこなの?」


「はい。場所は鹿児島県桜島、観光施設に立て籠もり従業員と観光客、二十七名を人質にしています」


「鹿児島って」


「はい、まだ議会で可決されておりませんので鹿児島県、です」


 姉が薩摩鹿児島として独立宣言を出した県だ。可決寸前であったが、他県からも独立要請が来た事と、総理からの全面ストップがかかり審議自体が止まっている。

 鎖国宣言を出した為に、今各県が独立し独自に海外貿易などされては困るのだ。


「島津のおっちゃんとこかぁ」


「もうひとつ」


 滝川が人差し指を立て話しておくことがあると姉弟の動きを止める。


「島津知事の竹中秘書が人質の一人になっています。知事は今にも突入しようと警察を力尽くで振り切る勢いだったのですが、二人をお連れすると話をして待っておられます」


「……面倒な事になりそう」



 姉弟とイサナは山荘迷宮そばで待機していたヘリに乗り空港へ向かう。

 弟はイサナがまた暴走したときのことを考えて留守番してろと言ったのだが、母様バリアを使われ同行している。



 鹿児島県桜島、人質籠城事件前線本部。

 島津が今か今かと姉弟を待つその姿は、飢えた猛獣のように歯をむき出しにし苛立っている。

 A級探索者資格を持つ警察官三名で周りを取り囲み、飛び出した場合の押さえ込み役を担っている。これまで六度振り切って走り出そうとしたが、その三名が巨体に縋り付き引き摺られそうになりながらも何とか止めている状態だ。一人でも欠けてしまうと振り切られるのは間違いないので一瞬たりとも気が抜けない。

 しかも島津は諦めたと見せかけて警察官がほっとした所を、横から秘書の黒田が急襲。そして島津が全力ダッシュを見せるという、釣り野伏せまで仕掛けてくるのだ。

 島津と共に警察官も早く到着してくれー! と同じ思いだった。



 前線本部前に車が止まり、姉弟とイサナが降り立つ。すぐに黒田が駆け寄り挨拶もそこそこに中へ案内した。


「まおう様! ご足労感謝致します。さぁ、不埒者共を蹴散らしましょうぞ!」


 さぁさぁ! と姉を促すように島津が現場施設へ向かおうとする。

 状況を教えてください、と姉の言葉に黒田が島津を諫め話を始めた。


「狼藉者は八名。二十七名を人質に籠城。小銃を武装。観光施設は一階建てだが、案内コーナーごとに細かく区切りがあり、外から中の様子は確認しづらい。そして難点がひとつ。ここは迷宮化されていない」


 ぶっきらぼうな言葉だが要点をわかりやすく伝える。

 迷宮化されていないという事は誰が何名いるのか、迷宮庁では把握できないという事だ。

 もし戦闘になった場合、探索者として百パーセントの力は発揮出来ず、地力勝負になる。


「どうやって中の様子がわかったのですか?」


 姉が黒田に聞く。黒田はそこを聞いて欲しかったと言わんばかりに、ふふんと鼻息荒く答える。


「密偵竹中が鏡にてモールス信号で伝えてきたのだ!」


「軍師が密偵になっちゃったよ」


「対策本部責任者の方は?」


 一緒についてきた滝川が責任者を探すがすぐ近くにおり、その人に名刺と書状を渡すと敬礼と了解致しました! との言葉が聞こえた。

 そして滝川が姉弟と島津に向かって告げた。


「ここの責任者は私に委譲されました。何があっても私が責任を取ります。何があっても、です。存分にやってください。報道規制をかけます。ただし! 人質は必ず無事救出をする、それだけはお願いします」


「ふはは! さすが御家老様。がいいですなぁ。オイ」


 先程まで飛び出そうとしていた島津が滝川の指揮に士気が上がり、黒田に刀を持ってこさせる。

 迷宮ではないので、本物の日本刀だ。今にも抜こうとしていたところを滝川が止める。


「島津知事ストップ! 抜いたら銃刀法違反で逮捕しなくてはなりません。本来なら袋に入れて運んでもらいたいのですが、ここまでは目をつぶります。抜いてはダメです」


「むう? 責任は御家老が取るのであろう?」


「明らかに殺しに行く姿勢はダメですよ。そこに殺す意志はなかった、という建前の元にお願いします。ですので刀はここで押収、登録証は……ああ、ありますね。これも預かります」


「島津のおっちゃん、こぶしで語れって事じゃねぇの?」


「ふはは! なるほど! ワシの民を人質に取ったのがどういうことか、こぶしでわからせてやるわ」


 両拳をガツンガツンと打ち合わせ観光施設をギラリと睨む島津だが、姉がその拳に手を載せて待ったをかけた。


「まずは私達が行きますので、ここでお待ちください。要求は私達のようですから」


「まおう様、しかし……」


「ここで、待って、ください」


 はっきり、ゆっくりと島津の目を見ながら言うと、畏まりました……と肩を落とし、子犬がマテをされたかのように大人しくなる。


「行きましょう」


 姉が弟に告げ歩き始める。その後ろをトコトコとイサナが付いていく。

 あれは誰ですかな? と島津が滝川に聞き、娘さんですよと答えると、お世継ぎか! ワシの息子を紹介せねば、などという声が聞こえた。



 姉弟とイサナが観光施設に近づくと静止の声がかかった。


「止まれ! 後ろのガキは何だ! ガキに用はない、帰せ!」


『なにをー! イサナは神な』


「ストップ、イサナ待て待て。お前、ホント短気な。実は島津イサナじゃね?」


『だってあいつ母様の敵でしょ! 敵には容赦しないよ!』


「イサナ、待って。話を聞いてから、ね」


『……はい、母様』


「要求通り来ました。まずは人質を解放してください」


「まだダメだ! 中へ入れ、ガキは帰れ!」


 それを聞いたイサナが地面をドンッと踏みつける。その衝撃でアスファルト地面がボコリとへこむ。


「ひっ」


 容疑者は怯むがそれでも、お子様はお帰り下さいと告げる。なかなか芯の強い人だ。


「イサナ、待っててください、ね?」


『……はい』



 踵を返し、とぼとぼと帰って行くイサナ。途中で振り向き、大声で容疑者に告げる。


『母様に何かしたら建物ごと潰すぞー! イサナには人質なんか関係ないからなー!』



 イサナ、そんな事したら姉も潰れちゃう、ぞ?

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