第76話 フリマ迷宮


 フリーマーケット。時代は進みネットでの取り引きがほとんどであるが、やはり直に物を見たい、見せたいという欲求を抱く層は一定数存在する。

 ここはそのような人々が集まったフリーマーケット迷宮。略してフリマ迷宮。

 定期開催されておりこの迷宮は管理者を変えながら三十年ほど続いている。

 委託販売はお断り。


 青空の下、広々とした一階層のみ。温度は春に合わせてあり昼寝をするのに最適だ。

 展示区画を半透明の壁で細かく区切り、出店料を主催者に払ってその場所を借りる。

 それぞれ出店者にクリエイト権限が付与され、展示棚を作ったり接客用魔物を置いたりする事が出来る。一区画は二メートル四方で、わりと多くの物を展示する事が可能だ。

 現金のやり取りはなく、全てが探索者証に付随する電子マネー機能を使うので釣り銭の用意は必要ない。余談だが、若い迷宮世代は現金を見た事がない者が多い。

 そして売り上げはいかに集客するかにかかっているので、ネオンのように看板を光らせたり、魔物に踊らせたりして他よりも目立とうとする傾向がある。


 ここに二区画を借りた姉弟とイサナ、偶然にもその隣の区画を割り当てられたエレーナとカーチャがいた。

 エレーナは国籍を取得した即日に探索者資格に合格し、カーチャはいま勉強に励み今日は家族カードで入宮している。


「まおうとその仲間達め! 今日こそは」


「おっと、カーチャ。ここはそういうの無し。追い出されるぜ」


 割り当てられた区画に到着した時、隣で出店準備をしている魔王一行を見つけ、倒そうとしたカーチャ。そこを弟に止められる。

 ここは戦闘行為禁止、発覚したら即退宮で出禁となってしまう。違反行為がないか、膝の高さほどの人型お掃除魔物が、通路の掃除をしながら目を光らせているのである。


「きょ、今日はみのがしてあげるわ! よかったわね、わたしの聖剣ゲイボルグに血を吸われなくて!」


「それ、槍じゃね? 血を吸うってカーチャが魔王みたいなセリフだぜ?」


「はいはい、カーチャ。並べるの手伝って」


 商品を運び終わった……自力ではなく人を雇って運んでいたエレーナが、カーチャの頭をぽんぽんと叩きながら言う。


「エレーナ母ちゃん、ちわーす。金持ちなのになんで?」


「やってみたかったのよ。それにこっちに移住する時に捨てたり差し上げたりしたのだけれど、それでも持って来ていざ整理してみると不要品が結構あるのよねぇ」


「そっかぁ。俺らは完全に息抜き。会議の連続で疲れちゃってさぁ。姉ちゃんは迷宮に入りたいみたいだけど、もう姉ちゃんが手応え感じるような迷宮ってないんだよ。強くなりすぎてこのままじゃホントに魔王になっちゃうぜ」


『こんにちは、エレーナお姉さん!』


 イサナがまた世渡り上手霊験あらたかにしながらエレーナに挨拶する。いくつになっても女性はお姉さんと言われると嬉しいようだ。エレーナはにっこりと満面の笑顔だ。


「こんにちは、イサナちゃん。元気そうね? そう言えば学校は行かないの? カーチャと同じくらいの歳に見えるけど」


『学校行きたいけどアメお婆様が許してくれないのー』


 それはそうだ。誰の目も届かない所へ行かせたら何をするかわからない。学校中を自分のうじにしてしまいそうだ。いやそれは序の口、教育委員会……もっと上の文科省まで巻き込んでしまうかもしれない。そうなると伊崎の心痛の種が増える。

 天之神の判断は正しい、と弟を含め全柱が思っている。

 姉は親馬鹿ぶりを発揮し、行かせた方がいいむしろ自分も一緒に行こうと思っていた。


「いつ聞いてもよくわからないのだけれど、あなたの家系は複雑ね。イサナちゃんを子供としてひき取るし」


 エレーナが不思議そうに弟に向かって言う。姉は面倒な説明を避けたいので、挨拶をしたあと顔を向けないよう逸らし、商品陳列をしている。


「島だからなぁ。いろいろあんだよ」


「日本の島文化は島によって違うと読んだけれど、面白いわね。一度招待してくれないかしら」


 魔法の言葉『島だから』で逃げる弟だが、不思議とその言葉で大抵の人は都合のいいように想像し納得してくれる。

 姉がトイレに行かないのも、弟の隣にいつの間にか従者風の美少年が跪いているのも、たまに高祖母が空から降りてくるのも、島だからなのである。


「来ても何もねぇけど、いろいろ落ち着いたらいいんじゃね? 今は誰もいねぇから電気もねぇけど」


「そうね、落ち着いたらね。さて、商品ならべなきゃ」


 魔法の言葉第二弾『落ち着いたら』でその場を濁し、エレーナは商品陳列を始める。

 姉弟達の出品する物はこれまで迷宮で入手したドロップ品。エレーナ達は生活用品と雑貨が多いようだ。


「それはダメっ!」


 姉の悲鳴のような叫び声があがり注目を集める。弟がドロップ品を陳列しようとしていた所だ。


「えー? もういらねぇだろ? 使い道無いし」


「ダメ! これは私の子、三助……」


 そう言って三角スケール(定規)を抱きしめる。地方整備局迷宮で九ヶ月ぶりのドロップ品としてゲットした物だ。これが落ちたとき姉は久しぶりのドロップ品に涙した。


『母様の子?』


 子と聞いてイサナが寄ってくる。


「そう、あなたのお兄ちゃん。三助」


『そっかー、よろしく三助お兄ちゃん』


 イサナ(神)には物に対して、それが人間であるとか三角スケールであるとか拘りはない。拘りはないと言うより区別がなく、その視点で言えば人間も動物も物も同一扱いである。

 ただこの三角スケールはイサナが認識したことにより、今後もしかすると命が宿るかもしれない。


「三助は寡黙で内に籠もっているけれど、人との距離を計れるいい子」


 確かに物言わず、定規なので計れるではなく測れる。


『母様、三助お兄ちゃんの心、聞いてあげようか?』


 イサナの提案に、そんな事が出来るの!? と言いたげに反応する。


「お願い!」


『はーい。三助お兄ちゃん、母様と居られて幸せですかー? 今何を思っていますかー?』


 両手を胸の前で握り、じっと待つ姉。三助に不満があったらどうしようと考えている。


『なるほどーそっかぁ。母様、三助お兄ちゃんは、もっといろいろ測って欲しいって! 母様の役に立ちたいって言ってるよ。あと本革のケースが欲しいって』


「よかった。三助、もっと何でも測るね。ケースも用意するね」


 イサナから三助を受け取り再び抱きしめる。その後、いろいろな場所で様々な物を測っている姉を目撃する事になる。ちなみに三助の身長は十五センチしかないので、長い物を繰り返し測る姉が見られた。



『おじちゃんのこの子の心も聞いてあげようか?』


 弟が並べていた品を見て、さっきはいい事をしたと言わんばかりに聞くイサナ。


「いや、これはいい。未使用だし、愛着ねぇし。突っ返したいくらいだし」


「アンドレ様。それでは一度着用されてみてはいかがでしょうか?」


 スッとまたもや弟の隣に跪き話しかけるピエール。神であるのに人間に跪き崇める態度だ。それでいいのか? 日本の神々は本当に自由奔放である。


「いや無理。それにもうこういうのは持ってるし、しかも七色」


 弟が出品しようとしていたのは、夜の食国で履かされようとしていた黒いブーメランパンツ。結局、強い拒否によりそれは未使用のまま返却したのだが、地上に戻ってくるといつの間にかポケットに入っていた。


「な、七色のパンツ……ハァハァ。身につけられた御姿を是非撮影させてくださいませ!」


「無理。拒否。絶対イヤ。お前もこんなとこに勝手に入ってくんなよ」


 一応、神なので入宮手続きなしに入ってきたのではと弟は思い強く言う。


「私は半神半人ですので、ちゃんと探索者証を持っておりますよ。正式な手続きの上、入宮しております」


「あ、そうなの? 御名聞いてもいい?」


「はっ。阿加流比売あかるひめと申します。いつでもお喚びくださいませ」


「……は? お前女だったの!? ツクヨミ様は男しか傍におかないんじゃなかったっけ!?」


「はい、ですが聖典を奉納した褒美に男装して御傍につかせていただいております」


男装ソレ、お前の趣味だろ……」


「そうですが?」


「あ、そう……」


「さて今日、私はいろいろと忙しいのでこれにて失礼致します。即売会を開きます故、是非お立ち寄りください」


「いや、絶対いかねぇ。多分ろくなもんじゃねぇ」


 後日、弟はピエールからモデル代として探索者証越しにお金を渡される。何のモデルだと問い詰めても笑って誤魔化される弟であった。



 弟とピエールがきゃっきゃっうふふしながらも、姉とイサナは商品を並べていく。今回出品する物は、使用しなくなった防具(会社ロゴ入りなので許可を取ってある)、探索者グッズ、回転迷宮の割引券、観光型迷宮でゲットしたドロップ品、あとは不要品だ。武器は販売禁止となっているので置いていない。

 一通り並べ終わると姉がカーチャを呼ぶ。


「これから探索者になるならこのようなグッズと防具が必要になります。差し上げますので自由に見てください」


「いいの?」


「はい、イヴァンさんやニコライさんが買ってくださるかもしれませんが、最初は新品よりある程度使われた物の方が動きやすいですし、それにここの物は全て私が使って生還している物です。げんかつぎにもなりますよ」


「ありがとう! まおうのよろいを着る勇者もいるわよね!」


 途端、にっこり笑って機嫌良く品を見ていくカーチャ。ふんふんふん、と鼻歌も聞こえ始める。


「これは何?」


「それは目覚まし時計です。迷宮内だけでしか使えませんが、電池いらずで便利ですよ」


 そこへニヤリと笑った弟とイサナが近づいてきた。


「ただーし! バンシーの目覚まし時計と言って、セットした時間の鳴き声がやむまでに止めないと、死ぬ!」


『バンシーだけにばんに値する!』


 横から弟が説明すると手に持っていた目覚まし時計を落とす。顔がこわばり手が震えている。目に涙がこみ上げてきてイサナの渾身の冗談は耳に入っていない。



「カーチャ、これはどうですか? 暗い迷宮内でもすごく明るく照らします。実はこれ魔物避けにもなっているのです!」


 ほらほら、と姉は機嫌を直してもらう為に普段にはないテンション高めで話し、小さめのライトを渡す。

 肩に装着出来るアタッチメントがセットになっているミニライトだ。


「魔物寄ってこないの? すごい!」


「休憩する時には便利でしたよ。あ、今は電源入りませんよ、電池切れてます」


 そっかー、休憩グッズも必要なのねと機嫌を直し感心するように眺めているカーチャ。

 またそこへ弟とイサナが茶々を入れる。


「ただーし! そのライトのは国営百五十階層ボスドロップ品!」


『そんな便利な物がタダで使える訳がない!』


 確かにそうだ。その品が便利であるほど高階層ドロップ品、という法則だ。

 ミニライトは非常に便利な物であるが、その動力源を取りに国営迷宮百五十階層まで辿り着かなければならない。それからさらにボス戦だ。

 誰かに依頼、もしくはオークション等に出ていたとしてもかなりの高額になる。とても初級探索者が持てる物では無かった。


 だがカーチャは、それはそうねと納得顔で姉にお願いをする。


「動力源を依頼するのでお願いします。わたしのお小遣いで足りる?」


 そう言って電子マネーカードの残高表示をさせてから見せる。

 そこにはゼロがたくさん並んだ数字が表示されてあった。

 カーチャの家は超お金持ち、そして自然に人を使う事を心得ているのだ。


『おじちゃん……これはイサナ達の負け』


「小遣いってレベルじゃねぇよ! 家が買えるよ! 都心一等地だよ!」


 姉はニッコリ笑って、お金はいりません、近日中に……いえ今から行ってきますねとカーチャの頭を撫でた。


『母様、何だか嬉しそう?』


「いい口実が出来たからだよ! ただ入宮したいだけだよ!」


 姉の「今から入宮」はエレーナが止めたが、間違いなく近いうちに姿を消すはずと、警戒心が上がる。

 姉は心で舌打ちしエレーナの警戒網をどう突破するか考えながらカーチャに次の物を見せる。


「防具はどうですか? 女の子ですから胸当ては丈夫な物を選びましょう」


 そう言って自分が使っていた胸当てをカーチャに充てる。


『おじちゃん、これは……カーチャ可哀想』


「これからに期待、だな!」


 自分に充てられた胸当てを見下ろすカーチャ。そこは胸と防具の間に随分余裕があった。


『あの隙間に何か隠せないかな!?』


「おーなるほど、暗器とかだな」


 カーチャは姉を見て、キッと睨む。そして捨て台詞を吐きながら駆けていった。


「うわああああん! デカパイまおうー!」


「デ、デカパイ……」


『何処でそんな言葉を覚えたんだろー』


「日本語学校だよな。ろくな先生じゃねぇな」



 いろいろなドラマを生んだフリマは無事? 終わる。

 今回のフリマで最も売り上げが多かったのはピエールであった。

 その区画は女性が群がりそこだけ周りと違う熱気に包まれていた。その女性達はほとんどが固定客である。



「新作出てる! これは……神作!」



 確かに神が作っているから神作である。

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