第77話 天照大御神神社迷宮


 今日の姉はいつになく気合いが入っている。

 夜半前、冷たい川でみそぎをし心身を清めたまりまで行った。

 そして午前零時から今か今かと待ち続ける。


 姉の装備は巫女装束。

 新しくあつらえてもらっていた物を着て、長い黒髪を結い上げている。



 ここはあまてらすおおかみ神社迷宮(姉命名)。

 三日前、天照大御神からゆっくり話でもどうか、と神託が降った。

 緊張しながらもお答えし、すぐに準備を始めた。

 まずはお迎えする神社を建立しなければ! と忙しそうな吉田さんに無理を言って懇願し神社迷宮を設計してもらう。必死に頼む姉に吉田さんは理由も聞かず、いいよいいよと快く作ってくれた。

 日本で最高迷宮調律者である吉田さん作だ。そのデータは数億円の価値がありそうだ。

 さらに奉納する神剣を細井さんに打ってもらう。畑違いではあるが神鏡も制作して貰った。もう徹夜が厳しい歳だからあまり無理させるな、とコツンと頭を叩かれたが二振りの大小神剣と神鏡を渡された。

 尚、細井さんは少し前から打った刀が驚くほど素晴らしい出来になっている事を不思議に思っていたが、弟がニヤニヤとその姿を見ている事を察して、姉弟のおかげかと内心ありがたく受け止めていた。


 そして伊崎総理に連絡し、迷宮庁であらたな迷宮を開設する許可を即日出してもらうようお願いする。通常ならば管理者証控えを迷宮庁で管理するのだが、それは伊崎に今回の目的を話し、総理預かりとしてもらった。

 ただし、天照大御神は伊崎がよくお参りする伊勢神宮の主祭神だ。一緒に参拝と拝謁させるのが条件だった。


 そうして総理官邸迷宮の隣に開設する事になり、外からは中の様子を窺えない設定にした。

 入宮出来るのは伊崎と姉弟のみだ。他の者は神が実際におられる事さえ話していないので秘密裏に事を進める。イサナは勝手に入ってくるであろうが。


 巫女装束の姉と燕尾服を着た伊崎が緊張の面持ちで直立不動している。

 一方、弟は一応スーツを着ているがシャツの第一ボタンをはずしネクタイを緩め、座ってくつろいでいた。


 揃って二拝二拍手一拝。

 神社迷宮内いっぱいに光が溢れる。眩しすぎて目を開ける事が出来ない。姉と伊崎は頭を伏せ降臨をお待ちする。

 光が収まってくると足元からゆっくりと真っ白な袍を纏われた御姿みすかたが現れ始めた。

 弟は上を向き見えるはずがないのだが、あ、パンツ見えたと呟いている。その弟に姉の蹴りが入る。本気蹴りに近い。


『天照大御神である。待たせたな母上、畏まらずともよいぞ』


 母上!? と内情を聞いていない伊崎が姉の顔を見る。イサナが子であるとは聞いていたが、まさか天照大御神も? と姉を、聞いていないぞコノヤロウと睨む。


「こ、この度は御降臨いただき、き、恐悦至極に存じます」


『よいよい。そう畏まるな、普段の口調でよい』


「は、はい」


「こんばんわーっす。えーっと姪っこ?」


『は? ほほほほ! そうかそうか。姪っこか……叔父上?』


 してやったりと言わんばかりにアマテラス様がニヤリと笑う。


「お、おじ……」


『その者は、そうか。日の本を治める者か。伊崎であるな?』


「は、はっ! 天照大御神様よりお預かりしております葦原中国(あしはらのなかつくに)を代表してまつりごとを指揮させていただいております!」


『伊崎も畏まらずともよい。疲れるであろう? 妾もそのような話し方は疲れるぞ』


「はっ。わかりました。お目にかかれて嬉しゅう御座います」


『うむ。さて、座ってゆるりと話そうぞ。椅子の方がよかろう?』


 最近、妾は椅子の方が楽でなぁ、そう言われるとテーブルと椅子が出現する。

 アマテラス様が着席されるのを見て三人が座る。アマテラス様の正面に姉、右横に弟、左横に伊崎という順番だ。この度の目的は姉と話をする為であるので、姉が正面である。

 全員が座るとそれぞれにお茶が出現する。


『立派なやしろじゃ。日の本にはまだいい宮大工がおるようじゃのう』


「はい。これは吉田さんという方が設計された神社迷宮、です」


『うむうむ、居心地がよい。吉田か、覚えておこう』


「ところで、えーっと……姪っこは何しに来たの?」


 あまりにも失礼な物言いに姉から肘打ちが入る。伊崎もお前空気読め! と言いたげな視線を向ける。弟は、いてーよと文句を言いつつ、で、何で? と再度聞いている。態度を改めるつもりはなさそうだ。


『よいよい、今は言葉遣いなぞ気にするな。それとな、妾の名を覚える事を許す』


「いやーそりゃ嬉しいけど、絶対降ろせないよね? 死ぬって」


 姉は天之神様を降ろせるから降ろせるかな? と考えているが、伊崎にはピンと来ていない。


『叔父上は残念じゃが無理じゃろう。母上は繋がりが出来たでのう、簡単じゃろう。伊崎はそうじゃの、もう少しという所か』


「は? 伊崎兄そんな強いの? 魔王と関係あり?」


『魔物の王、魔那マナの王、妾らのくびきを解いた要因の王じゃからのう。理解が進めば妾でも簡単に喚ばれるじゃろう』


「喚……ぶ? あ、あの! 失礼かとは存じますが、質問をよろしいでしょうか」


『伊崎よ、畏まるなと申したじゃろう。よいよい、叔父上と同じでよい』


「そこまでほうではありませんので。では、喚ぶとは、私が天照大御神様をお招きすることが出来る、という事でしょうか?」


『今は無理じゃ。いずれはそうなるじゃろう』


「な、な、なんと」


 伊崎の目から涙が溢れる。自分が神をお喚びする事が出来るとは、今初めて魔王になってよかったと思っている。


『ところでイサナはどうしたのじゃ』


「俺らの島を乗っ取ろうとした外国の駆逐艦とかを吹っ飛ばして、アメ婆ちゃんが説教中」


『ほほほ! ほんに元気な妹じゃのう』


「あ、あれはイサナの仕業だったのか!」


 伊崎の涙がピタリと止まり、弟に向かって叫ぶ。

 数日前、姉弟の所有する島を突き止めたとある国の艦隊が島を包囲しようとしていた。姉を手中に入れる為に、島を人質……島質にしようとしていたのである。

 世界中で信者が増え続けている姉さえ引き入れれば、日本が鎖国状態になったとしてもその後の世界の主導権を握れる、もしくは日本が妥協して自国だけ優先的に門戸を開くかもしれないと考えたのだった。

 当然ながら政府はその艦隊の動きを掴んでおり、伊崎が海上自衛隊に出動命令を下した所、突然艦隊が消えたと監視部隊からの報告が入ったのだった。

 現在その海域では海自と海上保安庁が原因を究明中である。


「イサナ、いい子」


「姉ちゃん親馬鹿すぎー」


「親馬鹿で済む問題じゃねぇ! 国際問題だぞ、お前らも後で説教だ!」


「ワー、とばっちりダー。ここはアーちゃんに免じて」


『アーちゃん? もしかしてもしかして、妾の事か?』


「うん、そう。御名覚えていいって言ったし」


『ほほほ! 心地よい心地よいのう。うむ、そうじゃぞ伊崎、アーちゃんに免じて赦してやれ』


「は……はっ。しかし、子の責任は親にありかと」


『なるほど、なるほど。確かにそうじゃ、では母上だけ説教じゃのう。もし妾が何かしでかしたら母上頼むぞ?』


「そ、それはイザナギ様イザナミ様にお任せ、します」


 姉の言葉に伊崎が反応する。そうだ、確かにアマテラス様をお生みになったのはイザナギ様……とすると、アマテラス様に母上と呼ばれる姉、その相手というのは、まさか。


「イ、イサナの父上は、ま、まさかイザナギ様ではないよな? そうだよ、な?」


 否定してくれと言わんばかりに姉に聞く伊崎。


「そうそう。ナギ兄ちゃんだよ、だからイサナ超つええんだよ。兄貴の立場ないよ」


 兄ではないが叔父とは言いたくない弟だった。

 伊崎の顔が引きつる。聞かなければよかったという顔だ。


「俺は何も聞いていない、何も聞いていない、何も……」


 あらぬところで心痛の種が増えた伊崎である。

 伊崎が苦しみ憎むほど魔王として覚醒していく。この姉弟といると覚醒が捗る。

 しかし、可哀想。


『ほほ、伊崎よ。その問題は今は忘れるがよい』


「はっ」


『ところで母上は何を好まれるのじゃ。母上の事をもっと知らねばのう』


「はい……迷宮などを」


 姉がお見合いでの受け答えのような言い方で答える。


『なるほどのう。おや様から伺っていたが、生まれ育ちからしてそうじゃからのう』


「迷宮……か」


『伊崎は含む物がありそうじゃのう。鎖国と異世界をどうするつもりじゃ、高天原にも関係してくる物じゃからの、妾にも聞かせよ』


 全て心の内に留めておいた事だが、アマテラス様には黙っておくべきではない。意を決したように話し始めた。


「はっ。内閣総理大臣には代々申し送り書があり、これは総理大臣しか知らされない事であります」


 伊崎の顔と雰囲気が“内閣総理大臣”としての威厳をかもし出す。

 姉弟は私達が聞いていてもいいのか? と少し不安げだが、黙って言葉を待った。


「異世界神が迷宮技術を伝えましたが、それには代償がありました」


『確かにタダで教えるほど気安いモノではないのう』


「迷宮を伝えた国ではそれが例え迷宮内ではなかろうとも、人が死亡した場合にその魂と言いますか、エネルギーが異世界に送られ、それが異世界神達の糧となるらしいのです」


 人が死亡すると元の体重より二十一グラム軽くなると言われている。それは魂の重さであり、その魂は天に還っていく為に軽くなっているのだという。

 異世界においてそれはエネルギーのかたまりであり、異世界神が喰らう糧となっていた。

 地球より発展していない異世界は、医療技術も武器防具装備技術も低い。その為に迷宮内での死亡率が高すぎ、人口増加が見込めず減っていく一方だった。このままではいずれ異世界神じぶんたちの糧が足りなくなるという結論を出し、他の世界への侵略を目論みたのであった。


 アマテラス様と姉弟は黙って聞いている。その表情を窺うことは出来ない。それは怒りなのか恐れなのか、憎しみなのか。


「つまり、異世界神は人の命を喰らうクソヤロウだったのです! いや神などではない、悪魔だ!」


 感情を抑えきれない伊崎が叫ぶように言う。

 これまで何人の日本人の魂が喰らわれたのか。申し送り書を見たときに机を叩き割り、大声で叫ぶだけ叫んだ。

 しかし当時の総理大臣によって契約は成され、実際迷宮はありとあらゆる物を与えてくれた。契約によりなかった事には出来ない、今更それがない生活は考えられない。

 まさに麻薬。


 そしてその日本人の魂を犠牲にした技術を金を物資を、もっとよこせと世界中の国が群がる。

 伊崎が異世界を恨み、現世界を憎んで魔王となるのも至極当前のことだった。


「この世界もクソヤロウばかり、ならば異世界への入り口を開け、日本ごと向こうへ行って異世界神共を根絶やしにしてやろうと、そう決めました」


『そう、か。そういう絡繰からくりか』


「独断で鎖国をし、異世界へ領土ごと移す。歴代最悪、最厄の総理と言われてもいい。しかしこれ以上日本人の魂を奴等に渡す事だけはさせない!」


「伊崎兄……」



 アマテラス様が目を瞑りじっと何かを考える。伊崎はあらためてその憎しみを噛み締めたかのように俯き拳を握り、姉は何かを決心したかのような表情でアマテラス様の言葉を待つ。


 そして神社迷宮内にアマテラス様が降臨なされた時と同じように光が溢れる。

 おさまった時には、アマテラス様の横に天之御中主神が降臨されていた。




『日の本、よろずの神は子らを守るため、異世界侵攻に全面協力するぞ!』

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