第75話 バロウズツンデレ迷宮
日本が鎖国宣言を出した後、世界はパニックに陥った。
友好関係にあった国から引っ切りなしに総理との会談申し込みが相次ぐ。敵国認定していた国は遺憾を表明する反面、内情は次の世界での覇権を狙おうと虎視眈々と準備に入っている。
アメリカは友好関係でも敵国認定でもないどっちつかずの態度をしてきており、他国からアメリカがしっかり日本を抑えておかないからだ、と今回の事態の責任を問われている。
大昔から日本はアメリカに寄り添いその意向を尊重していた為に、日本の親のようなものと認識されていたからである。
しかしそのアメリカが一番の被害者となりそうである。今やアメリカ企業のほとんどが日本資本に切り替わっているからだ。
Dズニー、Mドナルド、Mゾンを始め、各種ファンド、保険会社までジャパン迷宮マネーに屈している。
ニューヨークの三分の二のビルは日本企業の物であり、日本街と揶揄されているほどだ。迷宮マネーなしではどの企業も、どの団体も身動き出来なくなってしまっていた。
また迷宮技術は迷宮の無い国の実生活をも変えた。
マナコンピュータが開発され、その処理能力は世界中のサーバを並列処理させても一台のマナコンピュータには敵わなかった。その為にほぼ世界中のデータセンターが迷宮内に集約され、その処理能力無しでは世界経済が回らず、研究分野においても既存コンピュータの数千年分の計算能力を発揮していた。電源部は博士開発のマナエンジンの応用で冷却の必要が無くコストが安く済み、日本政府は世界への貢献という意味も含めて、各国の教育機関に無償でその処理能力を貸し出していた。
ただ、処理能力がいくら高くてもデータを受け取る側のコンピュータがその膨大なデータを処理仕切れない為に、結局処理スピードをかなり抑えて使用している。それでもこれまでの数十倍の成果を上げていた。しかし、日本の研究機関ではその処理能力を百パーセント発揮でき、深淵を覗こうかという手前まで来ていた。
そこでやめておけ。
そして迷宮内で気候に左右にされない農業と畜産分野においては期間が短く大きく育ち、農薬を使用せず味が良かった。食品・外食産業では“迷宮産原料使用”と表示されていないと消費者が見向きもしない状態にまでなっていた。
カロリーも抑えめ。
こうした背景から今、日本が世界から隔絶されてしまうと経済のみならず、研究や人々の生活などにも多大な影響を与える。
生活レベルが数十年前に戻り、食糧やエネルギー資源を巡って世界大戦が起きかねない事態でもある。
冷静な判断が出来ない国では日本に戦争を仕掛けようとしているところさえある。
そのような中でイギリスに拠点を置く、バロウズ。
その姿はすでにイギリスには無かった。
「バロウズ様、お似合いです」
「黒目黒髪、掘りの浅い顔。不満点はありますが、まぁいいでしょう」
「あとは異世界への入り口を突き止めるだけですが」
「日本政府要人に優しめに聞いてみましたが誰も知らないとは……。やはりあの娘か、突然大胆な宣言をした総理大臣か」
「聞き出してきましょうか」
「そうですね。ナアマはあの娘を、私は総理と会ってきます」
「畏まりました」
その会話後、姿を消す二人。バロウズは探索者自治会会長を以前から傀儡にしており、鎖国宣言にやられたと地団駄を踏む思いに駆られながらも、会長を喰らいなりすましている。ナアマはそのような能力はない為、そのままである。
その会長の立場を利用して総理に会談を申し込む。ナアマでは穏便に会うことは出来ないし、もし殺してしまっては意味が無い。
異世界へ行くまでは迅速かつ穏便に事を進めたい、進めさせたい。ここで力に訴えてしまうとその入り口が閉ざされてしまうかもしれない。あの
バロウズは姉と会長、二人のマナを体内に持つ。解析も分解も出来ない為に体内の一箇所に集め置き、放置するしか無い状態だ。そのマナを自ら利用する事も出来ない。
自分が作った世界を邪魔するだけ邪魔をして、余計な
入り口は何処かの迷宮にあるはず。ただの迷宮ならば強引に押し入る事が出来るが、その対策を異世界神が用意している事を念頭に置かねばならない。
数日後、現在非常に忙しい総理ではあるが、自治会会長の面談申し入れは断ることが出来なかった。急遽建てられた総理官邸迷宮でバロウズと伊崎が向かい合って座っていた。
「伊崎総理。お忙しいところ面談の時間を取っていただきありがとうございます」
「お前、何者だ? 人間ではないな。以前会った時と何かが違う」
魔王という事を自覚し、その能力を把握し始めた伊崎が魔王の威圧を出しながら言う。
バロウズはそれでも落ち着いて答えを返す。
「単刀直入に伺います。なぜ鎖国を? そしてなぜ各迷宮のスーパーユーザーが総理になっているのでしょうか?」
会長になりすましてすぐに自治会管理迷宮の管理者権限が全て引き下げられている事が発覚した。そして自治会管理以外の迷宮も調べさせたが、スーパーユーザーという新たな権限が出現しその名前が伊崎になっていた。
迷宮運営自体はこれまで同様何の問題もないが、持ち主であるはずなのにそれ以上の権限を持つ者がいるのは気味が悪い。迷宮を閉鎖しようと思えば簡単にそうされてしまうからだ。
「まずは俺の質問に答えろ」
動揺せず冷静な態度の会長に伊崎の警戒度が上がる。
「わかりました。ただあなたの正体も教えてください。あなたも人間ではない」
「……いいだろう」
「人間が解りやすい言葉ですと創造主と言います」
「神、だと言うのか」
伊崎は冷静に神か、と聞き返す。実際に神の存在をその目にしているからだ。
その神は神らしくはないが、神であることは間違いない
「神は人間が造った想像物が具現化した物です。ええ、実際に神はいますよ。人間の思いとは強いですね、神さえ創造してしまう。人間が創造した神が世界を創造したと信じているのですから、これほどおかしい物語はありません」
「神よりも上の存在か?」
「おや、理解が早い。物事を
「俺の質問にまだ答えていない」
「ほぼ答えたと同じでしょう。この宇宙全ては私の物です。私の手の中から生まれた物です。星々、自然や大地、人間、動物、昆虫、全て私が造った物です」
突拍子もない話だ。伊崎が魔王で物事を見極める力がなければ、視野が広がっていなければ、そして迷宮内の
「何百億もの星を、何億種もの動植物を全てお前がひとつひとつ造り上げたと言うのか」
「私は見ていただけですよ。最初の元素を造りそれを自由にしてあげた結果が今です」
「それでは全てがお前の物という訳ではない。元素を造った功績は素晴らしいだろう、創造主と呼び崇めてもいい。だが、地球はその元素が独自に発展し今の環境を造り、社会を組み上げた。もうお前の手から離れている」
「お前達人間も星も全て私の元素が構成しているのですよ。私の物でなくて何なのです」
「お前は最初の一点を示しただけ、あとは元素が自分で造り上げた。この地球ではな、お前を第一次産業と言うんだ。そして世界を造り上げた元素を第二次産業、社会の仕組みを作った人間を第三次産業と分別するんだよ。牛を育てた酪農家が、食堂に行ってそのステーキは俺が育てた肉だと言ってもいいが、俺の物だとは言わん」
「なるほど、なるほど。わかりやすい例えをありがとうございます。つまり私の責任においてその育てた牛が病気になったら殺しても構わない、むしろ殺して他の牛を守らなければならいという事ですね」
「……どういう事だ」
「私の造った
「わからん」
「つまり、マナという異物に犯されたこの地球を破壊する前に、原因である異世界の場所を突き止めそこを破壊しないといけないという事ですよ」
「そうか、お前は協力ではなく敵対しに来たのだな?」
「もっとスマートに事を進める予定だったのですが、あなたが人間では無いとは思いませんでしたのでね。本当に日本はやっかいです。状況が把握出来ない」
「日本は? 会長ではない……人間でもない……人が変わる……お前、バロウズか!」
以前、滝川との話題に出ていたバロウズが人が変わったようだと言う事、慎重を期すバチカン銀行を思うがままに動かし、イギリスさえも手中に入れている事、それらを推測材料に伊崎が言い当てる。
「ほう? ほほう、素晴らしい。その思考力、その辿り着き方、お前は何なのです?」
「創造主ならばわかるのだろう?」
バロウズの先の言葉、『日本は状況が把握出来ない』から迷宮関連において創造主でも解らない事がある、と挑発をしてみせた。その挑発に簡単にのせられるバロウズ。
「今すぐ地球を破壊してもいいのですよ?」
「異世界へ行きたがっているのではないのか?」
「それは何億、何千億年かかろうとも探し出します。私に時間は関係ありません。今の所、この日本にあるはずの入り口から行くのが早いというだけです」
「ははは、時間は関係ないと言いながら、
それは苛つくだろう? と挑発を続ける伊崎。異世界のマナに対して怒りを感じている事がわかり、感情はあると見た。相手の弱みになり得る事を突くのは、何百年も受け継がれてきた日本の政治家のお家芸だ。さらに伊崎は言葉の魔王。言を持って制し、言を持って和とするのだ。
「それはそれは。ならばそのぽっかり浮いた日本をかき回して上げますよ」
「ああ、ひとつ言っておく。俺が拒否すればお前が例え創造主であろうとも二度と日本に入る事は出来ない。何しろお前の異物だからな」
それは
その上の存在であるというバロウズにはもしかしたら効果は無いかもしれないが、敢えてマナを異物と言うからには何も解っていないはずだ。解っているならば異物という言葉は使わない。ならばおそらく結果は同じだろう。
「……お前は何なのです。まだ答えを聞いていません」
「第百五十二代内閣総理大臣、伊崎純之介。歴代最悪、歴代最厄の総理大臣として名を残す予定の男だ」
すでに世界中から悪魔呼ばわりされているけれどな、と付け足しつつニヤリと笑う。
「この私をからかっているのですね? この、創造主たる、私を!」
「短気だなぁ、創造主サマよ。茶でも飲んで落ち着けよ。おいブルー、お茶のおかわりだ。超VIP用の茶葉を使えよ」
突然姿を現した青いビキニ姿の魔物がテーブルの湯飲みを下げ退出していく。
最初は人間の秘書官がお茶を持って来た。それを敢えて魔物を出現させて見せる。
「それもスーパーユーザー権限ですか。何のコストもなしに」
「まぁな。だが日本以外ならば創造主サマも出来るのだろう?」
さらりと能力に探りを入れていく。だがバロウズはそれに乗ってこなかった。
「さて何億年も使っていませんので忘れましたね。お前以上の事は出来るでしょうね」
時間は関係ないと言ったのにな、こいつ感情は小中学生並みだなと伊崎は感じる。
ああ、そうか。困ったちゃんを倍増させたイサナかと少しだけ思った。
「さて、どうする?」
「どうするとは?」
「もちろん協力するか敵対するか、だ」
「協力? お前達はお前達だけで完結させるのでしょう? 何を協力してほしいと言うのです」
「そりゃー創造主サマがついていれば官軍だろうよ。大手を振って異世界への入り口を開けられる」
「お前達は入り口を開けてどうしようというのです」
ブルーが戻ってきてお茶を淹れる。そのお茶を一口飲み、伊崎が言う。
「今は言えん、が異世界を破壊、蹂躙する事ではない」
「私はその異世界を破壊しに行くのですが?」
「お前が破壊したいのは異世界その物か? それともこの世界に異物を送り込んだ者達か?」
「……なるほど。妥協せよ、と。この私に妥協せよ、と」
伊崎はまだ異世界神をバロウズが消滅させた事を知らない。が、どの世界でも神と呼ばれる存在は複数いるものだ。それは以前異世界神に
もはや生活に欠かせない迷宮、無くては生きていけない麻薬のような迷宮を送り込んできた異世界神
「妥協ではない。問題のすり替えだ」
堂々と創造主たるバロウズにそんな事を言う。これにはバロウズもあっけにとられる。
「はははは! 人間如きが、いや人間ではありませんでしたね。小さき存在が私を笑わせるとは……いいでしょう。異世界への入り口が開いた時、世界その物の破壊はやめましょう」
「約束出来るか?」
「この場合、人間ならば神に誓う、と言うのでしょうね」
「まぁ、その神はなぁ。一柱しか会ってないが、あれが神とはなぁ」
大変失礼な伊崎。後日、虫の知らせを受けたイサナがブルーに、イサナの悪口言ってなかった? と聞き、このことを筆談で教える事を今は知らない。
普段ブルーは政治的会談や密談の時には呼ばないし、口が利けない魔物だから伊崎は安心していたのであった。
都合良く誘導し自分の正体を告げずに創造主バロウズを味方に付けた伊崎。
後日、教え合ったメッセージアプリに正体を教えろと何百通も届き、迷惑アカウントとしてブロックをかける伊崎であった。
「既読が全く付きません!」
「バロウズ様、ブロックされたのでは?」
「ちっ。ナアマ、携帯端末を貸しなさい!」
バロウズよ。伊崎は知らない番号も全てブロックしているのだ。
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