第74話 ロシア一行と迷宮


 会社が用意した仮宿である山荘迷宮。

 そこで一回目の「日本迷宮に関する準備と踏破を目的とした対策会議」(以降、日本迷宮対策会議)が行われる。会議名については、お役人様は何かと長い名前を付けたがるのでしょうがない。


 日本迷宮入宮許可が下りてから一ヶ月が経つ。姉としてはその当日からでも始めてもらいたい勢いであったが、各分野のスペシャリストを集めるのだ。日程調整だけでも相当な労力である。が、そこはエレーナの出番。総理より権限をもらい強権を発動させ、三ヶ月はかかる調整を三日でこなし、この日の開催に漕ぎ着かせたのである。


 そしてその間、イヴァン元大統領一行の日本国籍取得申請が無事(?)通り、今は日本ひつじの皮を被ったロシアオオカミとして迷宮に通う毎日である。



 日本迷宮対策会議に出席するのは、姉弟(弟は時の流れの違う夜の食国で五年もの間アンドレしていた)、博士(牧田教授)、吉田(宗川)、細井、社長、エレーナ、滝川、迷宮庁・経産省・文科省・防衛省の部長クラスが参加する。


 会議は首相補佐官へと転属になった滝川が進行役として進めており、そつなくこなしている。

 しかし外では波乱が起きようとしていた。



 そこにはカーチャが腕を組んでイサナを睨み立つ姿があった。


「わたしの前によく顔を出せたわね、魔王の娘!」


『フハハハ! イサナを倒すことが出来なければ魔王を倒す事などできないぞー?』


 イサナは当然、これまでのカーチャの偉業を解っておりちゃんと付き合ってくれている。


「くっ。これはゆうしゃの試練。のりこえなければいけないのね」


『勇者カーチャ。イサナを倒せたらこの布都御魂ふつのみたまを授けてくれようー』

 ※天叢雲剣、天羽々斬と並ぶかみさんけん


 そう言ってイサナが取り出した神剣。あ、本物だ。

 何処から持って来たのか、いや出所はわかっているが、持ち主に許可を得ているのかが問題だ。


「え……かっこいい。ほんとに?」


『まおうの娘として嘘は吐かない!』


 俄然やる気が出るカーチャ。そして背にしていた聖剣を引き抜く。


「このせいけんエクスカリバーで悪をしょうめつさせる!」


 聖剣エクスカリバー。カーチャは以前運命の出会いをしたてきのおじちゃんと再会していた。


 “ごめんごめん、この前のは試作品。この岩に刺さっている聖剣エクスカリバーを引き抜くことが出来たならば本物の勇者だよ。一回五百円”


 そして見事、エクスカリバーを引き抜くことに成功し、天へと掲げ真の勇者となったのである。尚、カーチャ妄想図では聖剣を掲げたときに剣先が輝き、背から後光が差していた。

 その横でおじちゃんが次の聖剣を岩に刺していたがカーチャの目には映っていなかった。



「いくぞー!」


 カーチャが聖剣を上段から振りかざす。イサナはそれを神剣で受け、余りの勢いにノックバックさせられた!


『さすがは勇者。やるなー!』


「くふ、くふふ。いける、魔王の娘にはこうげきが通じる! やぁー!」


 二度三度と斬撃を繰り返し、その度に後退させられるイサナ。背には山荘の柵、もう逃げ場が無い!


「追いつめたわ! ここで決めるわ! 必殺! ゴールドラッ」


「なーにやってんだ、カーチャ」


 今が最大のチャンスと必殺技を出しかけていたカーチャを、休憩に出てきた弟が後ろからひょいっと持ち上げる。

 

「あ、あ、うわああああ!」


 すぐには何が起きたか理解出来なかったが、地面から浮いている足を見て、持ち上げられているその手を見て、頭を後ろに仰け反って弟の顔を確認した後、暴れ出した。


「うお、なんだ!? ごめんごめん」


 自分が何かの邪魔をしたと空気を読んだ弟がそっとカーチャを降ろす。

 しかし刻すでに遅し。

 イサナがカーチャの聖剣を奪い取り仁王立ちになる。


『フハハ! 勇者カーチャ。イサナの従士にやられたか。まだまだであるぞー。修行しなおしてこーい』


 その言葉にカーチャは少し潤んだ瞳でキッと睨み、弟に向かって叫んだ。


「魔王の手先めー! おぼえてろー!」


 勇者は捨て台詞を吐きながら山荘から出て来たエレーナの方へ駆けていった。



「イサナー、俺、カーチャのお兄ちゃんだったのに、敵になっちゃったよ。どうしてくれんだよー」


『いつかはこうなる運命だったのだー』


 その時、弟とイサナに神託が降る。


≪こちら建御雷ですが、イサナ様。私の布都御魂ふつのみたまをお返しください≫


『見つかっちゃったー!』


「お前、建御雷様からパクってきたのかよ!」


『だってイサナ用の剣ないんだもん。日本迷宮に持っていこうと思って』


 てへっとあざと可愛いポーズを取るが、弟が返して来い! と強く言うと、しょうがないかーと言いつつその場から消え高天原へ飛んだ。


「はぁ、神様が神様からパクるとかあり得ねぇ」


「確かに騎士としての誇りは何処に行ったのでしょうね、アンドレ様」


 弟の横に跪いてスッっと現れたピエール。

 彼はツクヨミ様の命により弟の撮影……もといお手伝いと新たな聖典の入手を言い渡されていた。

 当然の事であるが、夜のおすくにの住人であるピエールも神の一柱である。


「アンドレでもカンドレでもねぇよ。もう帰ってくれよ」


「はっ。いつでも御傍におります故」


 帰るつもりはないようだ。その場から姿を消すがそこには一冊の本が残されていた。

 なんだこれ、と言いながらその本を弟が手に取る。


「JUNE、ジュネ?」


 再びピエールが現れ、申し訳ありません、落としてしまいましたとすばやく奪い取り姿を消した。


「なんかやばそうな本だった……絶対あそこへは戻らねぇ」




 国営迷宮三階層。

 そこでは自らの強運により、入宮権を抽選で当てたイヴァンが魔物を相手に剣を振るっていた。伊崎も一緒だ。


「イサキよ! これだ、これが俺が求めていた迷宮だ! はははは!」


「喜んで貰えて何よりです。私も久しぶりの入宮ですので楽しいですよ」


 初級探索者用装備で身を固めた二人が、童心に返ったような笑顔で魔物を倒していく。

 金に物を言わせ高級装備を用意することも出来たが、それでは腕が身につかないとイヴァンの方から断ってきた。


「あらためて弟子にしてくれた事、感謝するぞ! 情報を集めていたが実戦はやはり違うな!」


「普段は私も忙しいので、相馬君に教わってください」


「わかっている! よろしく頼むぞ、ミツル!」


「は、はいぃ」


 イヴァンが伊崎に弟子にしてくれと懇願して来て、一度は時間が取れないからと断ったが、“ドージョーではセンセイ自ら教えるのは滅多にないのだろう? 実際にはシハンダイが教えるのが日本の武道ではないのか?”という提案になるほどと熟考し、同じたけるさん一派の流れで相馬ミツルに思い当たった。

 以前、姉弟からミツルの事を聞き、顔合わせをしておいたのが良かった。ミツルは迷宮大学を卒業しB級探索者として独り立ちしており、伊崎自ら立ち合いをしてその実力はわかっていた。

 そしてミツルには国営迷宮入り放題という報酬えさでイヴァンの指導を任せた。

 日本のトップから願いを受け、ロシアの元トップの指導をする一般人のミツル、可哀想。


「カーチャが探索者資格試験を受けると言っていたからな、その時は頼むぞミツル!」


「は、はいぃ。え? カーチャ?」


「俺の姪だ。ミツルの姉弟子を倒す事が目標らしいぞ、ははは!」


「そ、それはとてつもなく高い目標ですね」


「目標は高い方がいい! 俺も一年以内に国営迷宮踏破を目指すぞ!」


「それは無理……」


「それは厳しいでしょうねぇ」


「はははは! それくらいの意気込みでやるぞ!」


 少し整理すると、

 健――姉弟――ミツル――カーチャ(予定)

 健――伊崎――イヴァン

 という弟子関係になる。

 ロシアの魔王と言われたイヴァン、本物の魔王の伊崎、そしてまおう姉、三人の魔王を弟子に持つ健はこの事を知ったらどう思うだろうか。あげくには孫が神という複雑家系だ。

 島津では無いがこの一派だけで世界が取れるだろう。


 キンッ!


「おっと、余所見は禁物、集中してください」


 イヴァンに向かって魔物が放った矢をミツルが剣で弾き返す。

 まだここは三階層。罠はなく魔物は弱く、先ほどの矢の速度も遅い。一般人には見えないだろうが、探索者としてはスローモーションに感じる。もし命中したとしても皮膚を裂く程度で矢尻が刺さるほどではない。

 だがイヴァンは伊崎に向かって話をしていたのでそれに気づけなかった。そこをミツルが止め、助言をした所だった。


「すまん! 気が抜けていたようだ。ここは戦場と同じ、生き死にの場だったな。気を付ける!」


「はい、謝るのは外へ出てから。低階層でも死ぬときは死にます。例えそれが寝ているときでも気を抜かないように」


 敢えて厳しく言うミツル。全て姉弟に教わった事だ。

 迷宮大学でも教わったが、姉弟と共に実戦をこなしていたミツルに授業内容はあまり役には立たなかった。


「うむ。まさしくそうだな。腑抜けになっている自分を鍛え直そう。ミツル! 外に出たら妹を紹介させてくれ。命を助けてもらった恩を返す。俺と家族になろう。妹は独身だ」


「あー……イヴァンの妹で独身と言えば、元駐日ロシア大使の……五十前じゃなかったですかね」


「見た目は三十くらいだ。いい女になっている。さぁ、まずは探索だな! 中は楽しい、外でも楽しみが待っている! ははは!」


 これはもう逃げられそうにないミツル。エレーナから兄さんと呼ばれる日は近いぞミツル。



「……オーチン プリヤートナ」

 訳)初めまして!



 満更でもなさそうなミツル。彼は熟女好きであった。

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