第71話 魔王と人型迷宮


 外周迷宮、島の姉弟の家。

 糸がほどけていくようにゆっくりと姉の右半身が崩れていく。

 それを見た弟は崩れていく半身を押さえ何とか留めようとしているが、望みは叶わない。

 天之神が、こうなるじゃろうと思っていたと呟く。


「アメ婆ちゃん! どういう事だよ! なんで? なんで!」


『落ち着け。まずはそこへ座るのじゃ。そして話を聞け』


 弟は姉と天之神を交互に見ながら、不承不承というように椅子に座る。そしてもう一度姉を見た後、天之神の顔をじっと見つめて言葉を待った。


『先の異変があったじゃろう』


「うん、地震な」


『何処かで魔王が生まれ、その影響での異変じゃ』


「は? まおう? 姉ちゃん?」


『いや、人間の描く、想像する、所謂魔王じゃ』


「物語とかアニメの?」


『そうじゃろうな。実際にこの目で魔王を確認したわけではないが、シナツヒコが確認しておる』


「志那都比古神様が」


『うむ。日本中の迷宮からマナを吸い上げ魔王となった。迷宮と魔物は全て魔王の従属となったのじゃ。聖域の魔物もそうなってしまったが為に娘を元に戻せなかったのじゃ』


「そう、か。聖域の魔物が姉ちゃんの身体だし……。でもいま消えなそうなのはなんで!?」


『言ったじゃろう。は全て魔王の従属となった、と』


「は? あ……ああ! それじゃ人型迷宮の姉ちゃんは!」


 天之神がうむと頷く。


「何かないのかよ! 魔王を倒すとかさ!」


『魔王を倒しに行くか?』


「それで姉ちゃんが戻るなら行くさ!」


『魔王の名を、伊崎。お前らの兄弟子らしいのう。伊崎内閣総理大臣じゃ』


「はあ!? 伊崎兄? なんで、なんで伊崎兄が!」


『わからぬ。こと異世界の力が関わってくると妾ら神でもわからぬのじゃ』


「姉ちゃん……伊崎兄を倒したら、怒るよな。親父の弟子だもんな、細井のおっちゃんがゲンコツくらわすほど気を許してた人だもんな、俺達のことを気にかけてくれてた人だもんな。何より俺達が大好きな人だもんな。でも、でも姉ちゃんがこのままじゃ」


 弟の言葉にじっと耳を傾けている三体の魔物。それらが弟に近づき頭を撫でる。


「なんだよ! こんな時に、そんなのいらねぇよ!」


『そういう事で極秘事項がなくなりましたので、いろいろとお話しすべき事があります』

『乙女のひみつー』

『しかしきんてき無効は継続中!』


『ここまででお話の途中でしたので続きを、と』

『長い話よー、だから飲み物用意してねー』

『先にトイレに行っトイレ!』


「今、そんな話聞いてる場合じゃ」


『聞くべきです』

『聞きなさい』

『聞け、小僧!』


 様子が一変した魔物に弟はビクリと肩を震わせ、浮かしかけていた腰を椅子に戻す。

 それを見た大天狗がゆっくりと話し始めた。



 それは三百億年以上も前の話。

 何も、何もない所に名も無い、存在も無い、自身さえ無いモノがありました。

 思考さえ無く、ただそこにあるだけのモノ。そこにあるのかさえわからないモノ。

 百億年以上もそこにあり続け、ある時突然自我が生まれます。

 そしてソレは思考することを覚え、いろいろな事をいろいろな物を思うがままに定義づけて行きます。

 そして手と定義した物を打ち鳴らし、そこから生まれた物を宇宙と定義しました。

 ソレは生まれた物をただ見ているだけでした。見るだけで満足し、何かに手を加える事はありませんでした。

 星々が生まれ、地球が誕生し、そこで生きとし生けるものを眺めてどういう成長を見せてくれるのだろう、もしくは衰退していくのか思いを馳せ、ただただ眺めていました。


 ある時、別の世界から、別の宇宙から、もしかしたら別の次元から異世界神と呼ばれるモノがやってきてマナを与えます。

 マナは迷宮を造り、人間を変化させ、与えた地に影響を及ぼし、その地で信仰されていた神々にさえ変化をもたらしました。


『うむ。それで妾らはソレのくびきから解き放たれたのじゃ』


『軛という言い方は好きではありませんね』

『別に縛ってたわけじゃないしー』

『お前らが勝手に縛られてただけだ!』



 そしてソレは自分が造り上げ眺めていた物に異物が入り、穢され、邪魔された事に激怒します。

 異世界神を消滅させた後、マナも消そうとしましたがそれは叶いませんでした。

 そうして迷宮も日本という地も手の及ばない物に成り代わってしまいました。

 マナを解析しようとしますが、全くのわからずじまい。

 そこで自分を分け、体を作り実際に降り立ち解析する事にします。

 しかし、わかりません。

 しばらく後、迷宮で子を産む慣習がある島を見つけます。

 生まれた子を喰らい、自分のモノとすれば解析できると考え、子が生まれるのを待ちます。

 そして生まれた子を、自身の体で包み込みました。

 ですが、その包み込んだモノはその子を喰らう事が出来ませんでした。

 なぜなら、


 愛おしいという情が生まれてしまったのです。


 その包み込んだモノは自分の体を食べさせ成長を見守ります。

 その子はそれだけでは足りないようで、自らマナを取り込み始めます。

 一年後、また体を分けた別のモノ、バロウズ様がやってきてその子の半身を喰らってしまいます。

 包み込んだモノはその子が消滅しないよう必死でした。

 自分の体を更に与え、外から魔物を捕まえては与え続けます。

 生きながらえたその子は包み込んだモノから出て、今では神にも届くほどの力を持った美しい娘に育ちました。


「それが、姉ちゃん……?」


『……母様』


『包み込んだモノ、それが私達です』

『神よりも偉いのよー』

『今では追われる身だけどね!』


「え、じゃあ宇宙ってお前らが造ったの?」


『そういう事です』

『えっへん!』

『敬え、敬え!』


『正確には此奴こやつらの親玉が、じゃな』


『そして今、再び愛しい我が子が消滅しようとしています』

『この子もあたしらも満身創痍ねー』

『そういうわけで、小僧! さらばだ!』


「は? え? なに?」


『まだわからないとは』

『こんな子に育てた覚えはないわー』

『小僧は育ててないけどな!』


『私達が我が子の糧になる、と言っているのです』

『それではさようならー』

『小僧、少しだけ楽しかった。ホント少しだけな!』



 三体は手を姉に添え頷き合うと、積み木が崩れるようにバラバラになって姉の体に入っていった。

 そうして姉の左手と右足が少しずつ再生されていく。小さいブロックが折り重なるように手足をかたどっていき、やがて元の姉の身体に戻って行く。

 その様を弟は見ていた。ただ、見ていた。


 鼓動が始まり、姉の瞳に輝きが戻る。瞬きを何度か繰り返し、その瞳が弟を捉えた。


「姉ちゃん」


『母様!』


「なに? 何を泣いているの?」


「いや……元に戻って良かった。でも、あいつらが、天と玉と嶽が!」


「うん。知ってる。教えてくれました。イサナも……ありがとう。いつかきっと一緒に」


『うん!』


『よくぞ戻った』


「天之神様。ありがとうございました」


 姉はベッドから起き上がり、頭を下げ礼を言う。


『いや今回妾は何も出来なかった。何も、な』


「いいえ、舞を見せていただきました」


『う、む。そうか、お主の成長の糧になればよいがのう』


「はい」


 ニッコリと笑う姉を見て、天之神はゾクリと嫌な感情を覚える。気のせいと思いたいが神の祖たる己が感情を疑うわけが無い。神には無い。しばらく様子見とする事にし、弟を見るとじっと天之神を見ている。


『な、なんじゃ。妾に恋でもしたのか』


「アメ婆ちゃん」


 弟がずんずんと迫ってくる。真剣な顔だ。あの本気の礼を言われた時と表情がかぶる。ここで引いては名が廃るとこらえて次の言葉を待つ。


「褒美をくれ」


『あ、ああ? なんのじゃ!?』


「迷宮最上階まで来れた褒美をくれるって言ってたろ」


『うーむ。言ったのう、確かに言ったのう』


『言ったー!』


「な? くれ」


『まだ何も考えておらん。少し待つがよい』


「えー? なんかすごい力とか神剣とかさぁ! いろいろ持ってるだろ?」



『月光の君よ。私が月夜見のわざを伝授しましょう!』


 突然現れ、弟の肩に手を置いたその者は月読命。ふふっと笑いながら手をさわさわと動かしその感触を楽しんでいる。


「は? ぎゃあ! 遠慮します!」


 神速の勢いで離れ断る弟にツクヨミ様はそれでもめげていない。


『伝授の為には私の楽園エデンに行かなければなりません。さぁ、共に』


『うーむ。そうじゃのう、クソガキは防御向きじゃのう。ちと行って来い。それを褒美としよう』


「いやいや! 待って、それは無い! コイツと二人にしないでよ!」


おや様のお許しが出ました。もう断ることは出来ませんよ。大丈夫、楽園エデンにはたくさんの美少年おともだちがいますので寂しくありません』


「ちょ、ちょっと待っ」


 その言葉を最後に弟とツクヨミ様の姿が消えた。

 さらば弟よ。その心と身体をいろいろと清め給え、祓い給え。

 畏み畏みも白す。



「天之神様。私は伊崎総理に会いに行きます」


 寸劇を見ていた姉が天之神に向かって言う。


『奴は魔王じゃぞ? 大丈夫かのう』


「はい。会わなければなりません」


『そう、か』


『イサナが一緒だから大丈夫』


『イサナ、無理をするでないぞ』



 イサナの力を借りて瞬間移動した姉が国会議事堂そばの議員会館前に立つ。

 伊崎は官邸が崩壊した為、議員会館の一室を執務室とし、発動した政策を取り仕切っていた。

 そして今、ここに姉が来るのがわかっていたかのように伊崎が議員会館から出て正面に立つ。



「来たか、待っていたぞ。日本迷宮の件だな? 日本にとってそこが要だ。話を詰めるぞ」

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