第66話 裏迷宮四


 ようやく姉弟達は最上階、百階層へ辿り着く。

 娘をドロップし、天照大御神あまてらすおおみかみ降臨権をゲットし、途中様々な神物を頂いていた。

 腕に覚えのある神は姉弟と立ち合い、辛勝ではあるが姉弟に軍配が上がった。また、のんびりと過ごすだけの階層では神のお眼鏡にかなわないと通過する事は出来ない。

 二人は、個性あくは強いがそれぞれ何かが目に留まったのであろう。



 そして、姉弟の目の前にラスボス『天之御中主神あめのみなかぬしのかみ』が奥の玉座に座り二人を見てニヤリと笑っていた。

 天之神との距離はかなり開いているが、一瞬で間を詰められるだろう。二人はいつでも対応できるようそれぞれの刀を抜き構える。



『よくぞここまで来たな、探索者ゆうしゃよ!』


「あれー? 何かに影響されてるぞー?」


『国産み神産みが神、イザナギ・イザナミをくだしたことはいずれ褒美を取らす』


「もう帰っていいかな? アメ婆ちゃんとは島で会えるし」


『さらに妾が三貴子(みはしらのうずのみこ)が一柱、スサノオを倒した事は褒めてくれよう』


「倒してねぇよ? シスコンとマザコンだっただけだよ」


『しかしスサノオは三貴子(みはしらのうずのみこ)でも最弱……』


「それ言いたかっただけだよね?」


『新たな神、イサナの誕生に慶びを覚える』


「お兄ちゃんと呼んでくれれば俺も喜びを感じるんだけど……」


『おい、クソガキ。さっきから五月蠅い。お前は活躍の場が少なかったな? ここで試練を与える』


「活躍したし! ナミ姉ちゃんに勝ったし!」


『あれはただの変態じゃ!』


 天之神が右手を左から右に振り、続けてことを発せられた。


つくよみ! 来るがよい!』


 天之神が喚んだのは、三貴子(みはしらのうずのみこ)の内の一柱『月読命つくよみのみこと』、ツクヨミ様。

 アマテラス様の弟、スサノオ様の兄にあたる夜の食国(よるのおすくに)を統治する神様である。

 スサノオ様とは対照的にとても物静かで優しい神様であると伝わっている。



 その御姿みすかたは……黒い王子様。

 全体が黒で統一された服装で、襟元にジャボ(ひらひらの段々飾り)があり、袖口もひらひら飾りのついたラッフルカフス、ストレートのズボンに金飾りの入った黒ブーツ、そして金の刺繍が所々に入ったテールコートを上から羽織っていらっしゃった。

 御尊顔は整った美形青年風で、碧眼の瞳をされぐしは肩まである金のストレート髪を後ろで一括りにしておられた。腰には細身のサーベルを帯剣して、飾り紐が揺れている。

 そして御降臨時に何故か赤い薔薇の花びらが舞っていた。

 


『やぁ、僕は夜の食国よるのおすくにの王子、ツクヨミ。人間に興味はないんだけど天之御中主女王の命令だからね。さっさと終わらせて僕の楽園エデンに戻らせて貰うよ』


「あー、この神様も何かに煩ってるこじらせてるなぁ」


「王子……様? え? 日本の神様ですよね?」


『その辺りは見て見ぬ振りをしてやってくれ……。イザナミが育て方間違ったのかしらと相談に来たことがあるしのう』


「なぁ、アメ婆ちゃん。これまで会った神でまともな神様いないんだけど?」


『……それは妾も含めての言葉か?』


「もちろんだよ! きっと最初の祖であるアメ婆ちゃんがソレだからみんな変なんだよ」


『ツクヨミ。四肢分断くらいは許す。断ち切る度に妾が治してやるわ』


「そんなところだよ……」


『では僕のこの天之尾羽張あめのおはばり、改めヘヴンテールウイングで断ち切ってあげよう』


 ツクヨミ様がそう言いながら帯剣していたサーベルを抜き構える。

 その刀身は月光のように優しく青い輝きで、その剣の前に立つ者を魅了する。


天之尾羽張神あめのおはばりのかみ……」


「え? あれ神様なの? サーベルなのに?」


「イザナギ様御所有の刀で、建御雷神のお父様であられるはず、です」


「はぁ!? それやばくね? 神様が神様使うの!?」


 その時、弟の手にある太刀が輝く。その刀身に雷が宿り稲光が纏った。


『小僧、ワシが助太刀してくれるわ。親父殿と仕合う機会を望んでいたのよ』


 太刀に宿ったのは建御雷神。これまで攻撃の補助のみを加勢してきたが、父の姿を見た建御雷神が直接助力してくれようと刀身に纏われたのであった。


「太刀だけに助太刀……?」


『五月蠅いわ! ワシを上手く使うことに専念しろ。ツクヨミ様も親父殿も……強いぞ』


『ふふふ、いくらビルドサンダーゴッド(建御雷神の事と思われる)がアシストしようとも僕に敵うわけがないよ。そうだね、ハンデとして目を瞑って相手をしてあげよう』


 そう言われたツクヨミ様が目を瞑った。それでも弟は敵わないだろう、例え建御雷神が助太刀したとしても。


「もうちょっとハンデくれない? こっち二人と一柱で……ダメ?」


『困った人間だね。本当に人間は欲深い。まぁ、いいさ。一人、もしくは一柱のみ許そう』


 ツクヨミ様が迫ってくるが、足は動かしていない。ほんの少しだけ浮いたままスウーッと移動している。銀盤を舞う妖精(フィギュアスケーター)のようである。


 弟に近づきまずは剣を固定したまま四回転サルコウ、そして四回転トゥループとトリプルトゥループのコンビネーションだ。竜巻のように剣が回転しながら弟に襲いかかる。

 なんとか躱し続けるが、こちらの攻撃のタイミングが掴めない。

 ツクヨミ様はさらにフライングスピンで強烈な回転攻撃を出し、縦横無尽に弟を狙っていく。そして再度ジャンプ攻撃、トリプルアクセルからのステップ。その歩法に惑わされる者は多い。

 足替えシットスピンから流れるような動きでコンビネーションスピンを行った後、ツクヨミ様は満足そうに両手を上に掲げた。


「えーっと……点数付けた方がいい?」


 パチパチパチパチ!


 姉とイサナは流麗な舞に見惚れ思わず拍手をしていた。


『母様すごいね! さすが王子様だね!』


「はい。全てが計算された美しい舞、です」


 ツクヨミ様は額の汗を一拭いし(汗は出ていない)、フッと笑った。


『どうだい? 今の舞で敵わないとわかっただろう? 四肢を落とされる前に五体投地で赦しを請いたまえ』


「それ仏教……」


『君は形に拘るのだね。そんな物、今の時代に合わないよ。時は流れている……月の光が毎日毎秒うつろうように、ね』


「何もしないまま赦しを請う訳にはいかねぇ、なっ!」


 今度は弟がツクヨミ様に迫る。

 志那都比古神しなつひこのかみの力をお借りした瞬速の移動だ。まだまだ全力の御力を引き出すことは出来ないが、それでも人の目に留まらぬスピードである。

 そして間合いに入ると太刀を振るう。その太刀筋に雷撃が追加され加速される。


 キンッ!


 何でも無いようにツクヨミ様の剣が半円を描いて振るわれ弾かれた。


 防御陣『つく・半月』


 ツクヨミ様は防御に特化した戦闘スタイルを持ち、先の舞は防御陣のひとつを見せただけであった。


『まだまだだね。ヒコ兄様の御力を借りても、その借りる人間が出来ていない。建御雷の使い方もわかっていない。それでは貸している神々が可哀想になるよ』


「んなこと、俺が! 一番! わかってるよっ!」


 さらに追撃を繰り出す……出すが、どんなに太刀筋を変えても、連撃をしようとも弾き返される一方だ。

 ツクヨミ様は一歩も動いていない。動く必要が無い。『月夜見・半月』の間合いに入った物は全て弾かれるのだ。


『無理無理、届きはしないよ。月が輝きを失うくらいあり得ないよ。さぁ、もういいだろう? 終わりにしよう』


「大きなモノに隠されると月も輝きを失うんだぜ?」


 そのような事はないさと笑いながらツクヨミ様が動き出す。その動きは円運動でつかみ所が無く、斬撃を何とか受けるのが精一杯だ。前に出ることは出来ずに徐々に後ろへ後ろへと追い詰められ、ついには迷宮の壁際にまで後退されてしまった。


『建御雷のおかげで何とか受けることだけは出来るようだね。それでも人間にしては偉いよ、褒めてあげよう。褒美に僕の唯一の攻撃技を見せてあげる。……月夜見・三日月斬』


 そう言ってこれまで瞑っていた目を開き攻撃対象を見る。

 眼を見開く……大きく眼を見開く。驚愕の顔を浮かべながらさらに眼を見開く。


 そして、壁……ドンッ!


『君、名を告げることを許す。意中の者はいるのかい? いや、いてもかまわないさ。素晴らしい! この顎のライン……そこから伸びる白く輝く美しい首筋。まるで月光をしたためたような輝きだよ。君を月光の君と呼ぼう。そうだ、僕と楽園エデンで一生を共にしないか?』


 壁まで追い詰めたツクヨミ様が、弟の顎にそっと手を触れながら優しげに話す。

 近い、顔が近い。体もすり寄せるように近づいて行く。


「ひっ! ご、五体投地で赦してください!」


『そんな事する必要ないよ。ああ、あれかい? 僕と一緒に五体投地で上下に重なりたいのかい?』


「い、いいえ! ちょ、近い、近いですよ!」


 話している間にも顔を近づけてくるツクヨミ様に弟は変な汗をかきながら解決法を模索する。


『これから心の距離も近くしようね。大丈夫、僕に任せて』


「何を!?」



『母様、これは絶景ですね! 美男同士のまぐわいが見れるかもしれないです!』


「こんな趣味があったなんて……」


「ねぇよ! 姉ちゃん誤解してるよ! 俺は女の方がいいの!」


『ふふふ、神に性別はないよ? 僕は私にも成れるから大丈夫さ。人間の言う、ふた成りさ』


「違う! 多分使い方間違ってる! ああ、もう! ここでハンデの助っ人頼むー! お願いします! むーちゃん!」



『はーい。まぁ、よくあたしを喚べたね。後が大変そうだぞ、大丈夫かなー?』


「……身体動かなくなったら、姉ちゃんおんぶして」


『は? 神産巣日かみむすひおや?』


 弟が喚んだ助っ人ハンデ神産巣日神かみむすひのかみ。こんな高位の神を降ろすなど後に身体がバラバラになるような痛みに襲われるだろう。

 人間に降ろせる神ではない。志那都比古神しなつひこのかみ闇御津羽神くらみつはのかみの加護と建御雷神たけみかづちのかみが直接降りてきているからこそ出来る奇跡だ。三柱の支えがなかったら降ろすのは当然出来ず、降ろそうと試みただけで心に異常をきたし死に至る。

(注・姉は人間ではない)


 カミムスヒ様を降ろす事が出来たのも、御名みなを覚える事を許されそしてその名を為である。

 しかし、幾柱かの御名を覚える事を許されたが、どの御柱も普段では降ろす事が出来ない。



『き、君……おや様を喚ぶなど卑怯ではないかね?』


「一人、もしくは一柱のみ許すって言ったよな?」


『言った!』

 イサナが


「言いましたね」

 姉が


『妾も聞いておったな』

 天之神が肯定する。



『それは、ここにいる者の……』


「そんな事は言ってないぜ?」


『言ってなーい!』

 イサナが


「言っていませんね」

 姉が


『言うておらんのう』

 天之神が否定した。


『はーい、という訳であたしが助っ人の別天津神(ことあまつかみ)が第三神、造化三神(ぞうかさんしん)が一柱、創造神で治癒の女神と名高い神産巣日かみむすひ! 愛称むーちゃんだぁ!』


 むーちゃんがシャキーンという効果音でも聞こえそうな決めポーズでツクヨミ様に向かって名乗りを上げる。

 ツクヨミ様はどうしたらいいのか混乱しているようだ。


「むーちゃん、かっけー」


『イサナも! イサナもかっこいい名乗りが欲しい!』



 自分に沈着エスナをかけたツクヨミ様がサーベルを納刀し、むーちゃんに向かって言う。


『み、おや様……こ、こんな児戯にお手を煩わせる事はないのではないでしょうか』


『大丈夫! 暇だしねー!』


『参りましたっ!』


 サーベルを地面に横一文字に置き、正座して頭を下げるツクヨミ様。

 むーちゃんは、えー!? という顔をして見下ろしている。


『一合くらいやろうよー!』


『勘弁してください!』


「で、では、私が、神産巣日神かみむすひのかみのお相手を……」


 戦闘狂の姉がうずうずとしていた態度を隠しもせず、今にも双剣を抜かんとむーちゃんに言った。


『おい、お前の姉とやら、すごいな……おや様の御力がわからん阿呆には見えんし、それをわかった上でのあの言葉か』


 姉の言葉にツクヨミ様が驚愕した顔で弟に話しかけた。


「うん、敬いすぎてそれが居ても立っても居られなくて、自分がどうなってもいいから仕合いたいって感じだと思う。ま、いつもの姉ちゃんだな」


『そこまでじゃ。お前の相手は妾じゃ、落ち着け!』


 天之神の言葉に、ハッとして我を取り戻す姉。

 そうだった一番美味しい所が残っていたと思っているに違いない。

 カミムスヒ様と天之神を比べると、別天津神(ことあまつかみ)第一神の天之神の方が格上。島の鍛錬ではごくごく一部の御力しか視る事が出来なかった。

 あれから鍛錬を続けて力が上がっている。宇宙へ行った時にマナの活性化がより最適化されている気がするし、この迷宮ではイザナギ様に指導をしていただいた。

 試したい……そう思えるのは当然の事であった。

 双剣を抜きそうだった手を引き、カミムスヒ様に申し訳ありませんでしたと頭を下げる。


『んー、人間ではないその娘ともやってみたかったけどねー。アメちゃんが言うならしょうがないねー』



『さて、クソガキ。結局、お前の才を見ることは叶わなんだな。たまには全力を出せい。いつまでも姉の影におるでないぞ。いつも知略と謀略で事が進むと思うな』


「は……い……よ。か、身体……動か……ねぇ、んだ。ちょっ……と、姉ちゃん……頼む」


 カミムスヒ様を降ろした代償が来たようだ。地面に這いつくばり口を開くのさえも相当苦しい弟だった。

 そこにツクヨミ様が近づく。


『ふふふ、僕の楽園エデンで少し休むといい。癒やしてあげよう』


「い……やだ」


『癒やしてじゃなくて、いやらしくして、だよね、きっと! ね? 母様』


 コクコクと頷く姉ではあるが、イサナのこの知識は何処で得たのか……イザナギ様の性格を受け継いでいるのか……まさか自分の中にこのような事に興味が!? と困惑していた。




『さぁ、待ちに待った時間じゃ! 妾の力を少しだけ見せてくれようぞ』

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