第64話 裏迷宮二
姉が双剣を十字交差で渾身の斬撃を放つ。
ぐははと余裕の笑いを見せながら、イザナギ様はまるで
猪突猛進的な攻撃では無い。
天之神にさえ届く神を薙ぐ攻撃だ。イザナギ様は初撃にこそ驚き神速を持って矛で弾き返したが、以降は動きを読まれのらりのらりと躱しているように見える。
躱しているイザナギ様の動きは美しい。振り下ろす矛から出る風の音が曲を奏でているようにも聞こえる。姉の双剣を弾く音さえも曲の一部のようだ。
弟はその舞のような動きと演奏に魅入られていた。
『イザナギ……? それは……』
イザナミ様がイザナギ様の舞を見て驚く。カミムスヒ様は、へぇーと感心するように見ていた。
『ぐはは! 小娘よ。そこか? そこが限界であるか? 我にはまだ上があるように見えるぞ』
イザナギ様の言葉が姉の覚醒を促していく。それは指導者が弟子を
事実、イザナギ様は初撃の神薙で姉の才能に喜びを感じ、そこに我が子スサノオに匹敵する素質を見た。
“もしや……? いや、まだわからぬが試す価値はある”
スサノオは末っ子で我が儘放題に育てたために言うことを聞かず、すっかりマザコンになってしまい自分の技を受け継がすことが出来なかった。
そして数千年経った今、この娘の才能を見た。
もう諦めかけていた。いくら時の流れなどない神であろうとも、幾千億の人間を検分し一人として目に留まる者がいない事に、探すことさえ放棄していた。
ましてや高天原で
それが曲を奏でるように舞い、相手の攻撃さえ舞の一部とし攻撃に繋げる技。
イザナギ様がスッと姉の胸元に突きを入れる。姉はそれを
“そうだ。そこしかないであろう? ぐはは、本当に面白い小娘よ”
少し技に覚えのある者ならば、先ほどの突きは下から弾き返す。本能がそうさせ、それが最小の動き、最適解だからだ。
だが、姉は上から叩き落とし、次の攻撃への一部とした。そしてそれは更に続けられる連撃に繋げられる。
その防御と連撃こそが舞曲神技『
姉の半身は三十兆もの思考する魔物細胞だ。それらがイザナギ様の技を覚えていくのに刹那の時すら要しない。それは世界中のコンピュータで分散処理するスピードより遙かに速い。
さらにイザナギ様の望む解答をはじき出し、マナ心臓によって強化された身体で再現できる姉は理想的な……いや、それを超えた存在だ。
イザナギ様の歓喜は留まることを知らず次々と技を繰り出し、繰り出させていく。
そして、ピタリとイザナギ様の動きが止まる。矛を降ろし姉をじっと見つめ、うむと頷いた。
『小娘よ。
姉も双剣を降ろし指導されている気分になっていた事に、やはりそうでしたかと頷き返す。
「ありがとうございます」
『うむうむ。小娘、我の名を覚える事を許そう』
「はい。えーっと……」
「イザナギ様だってよー。びっくりだよ、もう!」
「ありがとうございました。イザナギ様」
『坊主、貴様も特別だ。イザナミが許した貴様にも我の名を覚える事を許す』
「それじゃあ、ナギ兄ちゃん!」
『ぶはは! よかろう』
「イザナギ様。もう
イザナギ様の技を習得した姉は、更に見せたい物があった。見せなければならなかった。
『よかろう。来るがよい』
姉は、すうっと息を吸い一歩踏み出す。マナ心臓がこれまで以上のマナを全身に巡らせ魔物細胞を活性化させる。身体が薄くほのかに赤い光を浮き立たせた。
『ほう? ほうほう? 小娘、人間では無かったか。面白いぞ、さぁ来い!』
左
双剣を逆手持ちに変え、殴りつけるように右手を真っ直ぐ神速に近い速さで繰り出した。
イザナギ様は、ほっほうと感心した様子を見せながら半身になるだけで躱すが、追撃の肘打ち(双剣付き)によって左上腕に一筋の傷跡を付けられた。
『おおー! イザナギに傷を付けた者を初めて見たよー! すごいなお前の姉ちゃん』
カミムスヒ様(むーちゃん)が、飛び上がってその驚きと喜びを表している。
「うんにゃ、まだこれからだぜ。ちょっとやばいくらいに姉ちゃんは
その言葉にカミムスヒ様とイザナミ様は、はぁ!? と、弟を見ていた顔を瞬速で姉を見直す。
姉の顔に歪みがあった。それは耳元まで裂けた口だ。笑っているように見え、威嚇しているようにも見える。目は赤く染まり瞳孔がなく、赤一色だ。
髪は燃え盛る炎のように逆立ち、触れた物全てを焼き払うかのようである。
姉の“全力”だ。
右双剣を下段から振り上げる。その勢いで身体ごと回転し背後から左双剣が伸びてくる。イザナギ様は難なく受け流し、そのまま更に回転してきた右双剣を受けようとするがそこに右腕は無い。
姉の右腕は身体から離れイザナギ様の左腕に突き刺さっていた。そしてそのまま肘から先を切り飛ばし距離を取る。
あり得ない物を見たというように神々が固まっている。イザナミ様は目を見開き口をあんぐりと開け、カミムスヒ様は、うおおー! と(姿だけ)少女らしからぬ声を上げ、イザナギ様は何が起きたかまだ考えが追い付いていない。
「ありがとう、ございました」
姉の言葉に三柱が再起動する。
『何だ今のは! ……いや、そうか。小娘、異世界とやらの魔物を取り込んだな?』
「はい」
『うむ。我の腕を切り落とすとはな……見事である!』
『な、な、何なのよあの娘!
「な?
『アメちゃんが鍛えただけあるなー! それだけじゃないだろうけど、あたしらを驚かすなんて面白い子だなー!』
姉がふうっと息を吐き、双剣を一振りすると元の体に戻っていた。地面に双剣を横に置き、あらためてイザナギ様に向かって拝礼をする。
『ぶはは! 我が存在していたのは今日この日の為であったか!
イザナギ様が笑いながら切り落とされた腕を拾い、それを姉に向けた。受け取れという事だ。
腕を貰っても……と戸惑う姉だが、神様の贈り物だ。うやうやしく両手で受け取った。
するとその腕が光を発し目を開けていられないほどになる。
姉弟は目を閉じたままだが、イザナギ様とカミムスヒ様はニヤリと笑いその様子を窺っていた。
光が収まり目を開くと、姉の腰ほどまでしかない背の美少女が姉の顔をじっと見ていた。顔は何処となく姉に似ている。姉がニコッと笑いかけると、破顔し抱きついて来た。
「この子は……?」
『我と小娘の子であるな! よろしく頼むぞ』
『はあああ!? 浮気ぃっ!?』
『あははは! 久しぶりに神が生まれたねー』
「え、姉ちゃんの子? 姪っ子? じゃ、俺は叔父? ……おじ」
当然であるという態度のイザナギ様。そして浮気浮気! と責めるイザナミ様。何百年振りかの神の誕生を喜ぶカミムスヒ様に、おじという言葉にショックを受ける弟。
三者三様の様子を新しく生まれた神はきょとんとして見ていた。
日本の神様の出生はそれはもうすごい。何からでもお生まれになる。神の涙から血から鼻水から、それこそ糞尿からでも生まれる。祖に近いイザナギ様の腕からあらたな神がお生まれになるのも当然だ。
そしてそれを切り落とした姉が母親となるのは神にとって当たり前の事である。
『名を授けるが良い』
「え? え? そ、それではイザナギ様の
『イサナ! うちはイサナ! うふふ、よろしくね母様!』
姉を喜びながら見つめるイサナの可愛らしさに思わず頭を撫でてあげる姉。そしてそれを大喜びするイサナであった。
『我からは
そう、イサナは裸だ。神に性別は無いがさすがに裸では困る。イザナギ様が右腕をさっと振るとイサナの体に服があてがわれた。
それは腰まである長い黒髪によく似合う半袖のレース付きワンピースだ。丈は短く色は薄いピンク色で、白いショートブーツと合っている。
イザナギ様、なかなかセンスが良い。
「可愛い……イサナ」
姉が屈んで抱きしめるとイサナも喜んで抱き返してきた。
「イサナー、俺はお前の……おじ、おじ……お兄ちゃんだぞ! よろしくな!」
どうしても叔父という言葉に抵抗があった弟がさらりと嘘を吐く。
『よろしくね、叔父ちゃん!』
「お、おじ……」
イサナは生まれたばかりであっても、神である。嘘くらいわかるし、この世の
それにイザナギ様と姉の子供だ。戦闘においては二人の技を自然に使え、当然弟よりも圧倒的に強いのである。
『イ、イサナ? 私の事はわかるわね? イザナギの伴侶よ。謂わばあなたのもう一人のお母さん。よ、よろしくね』
カミムスヒ様に挨拶を促されたイザナミ様がイサナに向かって言う。まだ少しだけわだかまりがあるようだ。
『うん! ナミお姉ちゃん!』
『ま、まぁ! なんていい子! さすがは私の子だわ!』
イサナは世の渡り方を理解していた。
姉に似て腹黒い面があるようだ。
「イザナギ様。イサナはこれから高天原に連れて行かれるのですか? もう会えないのでしょうか?」
『小娘に預けたのだ。頼むぞ』
「え? 外で……育てても?」
『当然である。イサナを見に爺ぃ共が会いに行くやもしれんがよろしくな』
それは神が降りて来られるという事。なんて迷惑な、とも思いながら頷いて了承した。
「こ、来られる際にはどうか人に神とわからぬよう、伏して願い
『厳命しておく、安心せい』
『取りあえず、あたしはアメちゃんに教えてこよーっと! 君達のこと気にしてたからもう知ってるかもしれないけどね! じゃーねー!』
カミムスヒ様は、ばいばーいと言いながらその姿を消した。最上階にいるであろう天之神の所へ向かったのだ。
『さて、一階層クリアである! 通るがよい』
これで一階層クリア。残り九十九階層。まるでここがラスボス階層であったかのように疲れた姉弟はイサナと共に上階へ進む……?
「姉ちゃん、もう帰らねぇ? すげー疲れたわ、心も身体も」
「今、帰って天之神様のお怒りを受けるのと進むの、どちらがいいと?」
「あー……待ってる、よな?」
『大丈夫! イサナに任せて!』
姉弟が迷宮受け付けに来た時点で天之神には知られているであろう。最上階で今か今かと心待ちにしているはずだ。イベント好きの神様であるし。
ここで引き返すと大変な神罰が
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます