第63話 裏迷宮
宮崎県高千穂町。
「
「えー!? めんどいよ
「お前、以前約束したであろう?
「待って! 待って! 親父短気だし! 何されるかわかんねぇし! 行くから! (俺の子が……)」
そんなやり取りがあったかどうかはわからないが、
もし天照大御神の言いつけ通り子の
そんな数々の神話が残る土地、高千穂町に姉弟の姿があった。
「なぁ、姉ちゃん。嫌な予感しかしねぇんだけど?」
「ハァ……ハァ……ハァ」
「絶対ここ、最上階にいるの異世界神じゃなくてアメ婆ちゃんだと思う……」
「ハァ……ハァ……ハァ」
「ま、いっか。姉ちゃんがマジギレしそうだし。入宮手続きしてくるわ」
息も絶え絶えな姉(しかし目はギラついている)を余所に弟が迷宮管理室前で入宮手続きを始める。
迷宮入り口前には
一般には天之神の
「ええーっ!? なんでここに!?」
弟の驚き声が上がる。姉はゆっくりとそちらに顔を向けると受け付けで何かあったようだ。
『う、うむ。
「やっぱ、ここの最上階ってアメ婆ちゃん?」
『それは、天地が裂けても言うでないぞ、と賜っておる』
「もうその言い方でわかっちゃうよ……でもさぁ、神様がこんなとこいていいの? 受け付けとか他に居なかったの?」
『妾の迷宮受け付けを任せられるのは貴様しか考えられん、とまで言われてはな。フフフ、ワシは信頼されておる』
「騙されてる気がする」
『さぁ、入宮手続き完了である。何処まで進めるか見ておいてやるわ』
「中で力を借りるかもしれないけど……行ってくるわ!」
受け付けにおわしたのは
本体ではなく御神体に宿った依り代であるだろうが、絶対に迷宮受け付け業務などをさせるべき神ではない。そんな事をさせた者には
「何かあった?」
「ここアメ婆ちゃんの迷宮で間違いないわ。受け付けにいたの建御雷様だった」
「そう、ですか。クク」
弟の言葉を聞いた姉はニヤリと笑う。天之神の強さを知っている姉は、苛烈な迷宮に違いないと思ったのだ。
もはや日本迷宮以外に踏破が困難な迷宮はないと少し自惚れていた姉にとって嬉しい情報だ。
現状最難関迷宮は日本迷宮。次いで国営迷宮裏ルートであるが、そこはただ魔物の数が多いだけで時間さえかければ踏破できると見込んでいた。
「行きましょう」
「はいよー」
弟がスペルを詠む。すぐ近くに建御雷神があられるので何だか気恥ずかしい。
建御雷神は、うむと頷いて受け付けに座ったまま、ひょいっと雷の加護の力を授けて下さった。
裏迷宮一階層。
いきなり姉弟は苦戦していた。攻撃がかすりもしない。
襲ってくるのは魔物ではない。神様達だ。
日本には
そんな神々の頂点であられる天之神からの甘言。(失礼)
『近頃、日の本では迷宮という物が流行っておってのう。どうじゃ、妾らで迷宮を造って人の格を上げてやらんか?』
暇な(大変失礼)神々は大喜びで話に乗る。どのような
全柱が参加した訳ではないが、何しろ八百万を超える数である。結集された力は半端ではなかった。
非常に凝った迷宮となり、落とし穴が
人には到底踏破出来る代物ではなくなってしまった。
全百階層ある迷宮だが、開設当初一流探索者であるA級の者でさえも十階層に到達するるのがようやくで、上層階で待機する神々は話が違うと天之神に上訴を申し立てる神が出始めた。
そこで待機階層はローテーションとなり、運の悪い探索者は一階層でいきなりラスボス格の神にあたってしまうという自体になり、ますます踏破不可能迷宮となってしまう。
当然、入宮する探索者は相手が神々だとは知らない。しかし、こんなに困難な迷宮であるならば噂は本当か!? と更に広まって行くのであった。
そしてその運の悪い探索者が今、一階層でイザナギ様、イザナミ様と戦っているのであった。
『ぐははっ!
『ふふふ、こっちの坊やは更にまだまだダメねぇ。一階層で終わりかしら』
イザナギ様とイザナミ様が余裕綽々と姉弟の攻撃を躱しながら隙を突きダメージを与えていく。イザナギ様は姉を、イザナミ様は弟を相手にしてくださっている。そして悔しい事に手加減をされているようで、傷の具合は内出血程度に抑えられていた。
それでも姉弟は向かっていく。久しぶりの超格上の相手である。こんな機会はそうそうあるわけではない。
弟の顔は真剣だ。武器メーカーと細井さん合作の太刀をかつてないほどの速さで振る。突く。そして体術を交え、蹴る。殴りつける。
しかし、それは受け止められさえしない。全て躱されていく。
『ふふふ、人間にしては上の方ではあるわねぇ。でも、退屈をしのげるほどではないわねぇ』
煽りの言葉とわかりつつも反応し力が入りすぎてしまう。その隙をイザナミ様が、ふふっと笑いながら顎に掌底をいれ、弟は仰け反ってしまった。まずいと感じた刹那、更に追撃され胸と腹部への掌底に弾き飛ばされる。
地面に転がりすぐに立て直そうとするが、イザナミ様が馬乗りになり往復ビンタを入れていく。弟の顔が右に左にと交互に揺さぶられ、頬が赤く染まり腫れ上がっていった。
ビンタを入れられている弟は何とか膝を立て、それをそのままイザナミ様の股間へヒットさせる。その事にビクリと反応したイザナミ様は飛び上がって、股間を押さえながら距離を取った。
偶然の事ではあるが、未だカグツチ様を産んだ時の火傷のトラウマが残っていた。
『……坊や。いえ、偶然よね。神とは言え女性の股間を蹴るなどダメでしょう?』
頬をヒクつかせながら平静を装い弟に告げる。
その様子に弟は、そこかぁそこが弱点かぁ、しかしソコかぁ……と逡巡するが『弱点を見つけたら容赦なく狙え』との父の言葉にのそりと立ち上がりじっとソコを見つめる。
股間をじっと見られる女性は非常に不快な気分と、恐ろしい気持ちが沸き上がってくる。それは神でも同じ事のようだ。
イザナミ様は股間を右手で押さえながら、左手で打撃を繰り出すが先程までとは精彩に欠ける。そして掌底であった攻撃が握りこぶしの打撃となり、少し余裕が無くなってきているようだ。
『ぼ、坊や。変態の目になっているわよ……ちょっと怖いわ』
怖いという感情を引き出した。さらに平静ではなくなっているようだ。ここぞとばかりに弟は、ニヤァと口を開けながらグヘヘと笑い迫る。
イザナミ様は太刀の下段からの斬り上げを躱すことが出来ずに、股間を押さえていた右手で受けた。
ほんの少しの進歩であるが、躱され続けた攻撃から届き始めている。
太刀を手放し、突進して蹴り上げると今度は両手の十字受けで止められる。
行ける! そう判断し右手を真っ直ぐ伸ばして……
イザナミ様の胸を揉んだ。
『きゃあああ! 何するのよ!』
両手で胸を押さえその場でしゃがみ込むイザナミ様。股間が弱点であり、更にセクシャルハラスメント的な攻撃にも弱いのだった。
何しろ一度死んだ自分を黄泉まで会いに来たイザナギ様に対して、こんな恥ずかしい格好(死体の自分)を見られてしまったと、殺す勢いで追い返したイザナミ様だ。
その心は乙女であった。
両手を揉み揉みしながら近づく弟と、瞳を潤ませて胸を守りながら後ずさりするイザナミ様。
どう見ても変態が女性を襲う姿だ。
イザナミ様が後ろを壁に阻まれそれ以上後退出来なくなった時に一柱の神が現れた。
『はい。勝負ありー。イザナミの負けー』
『
顕現されたのは造化三神のうちの一柱、
そんな偉い神であるが、格好はお姉様風のイザナミ様と違い、人間で言えば十歳ほどかと思われるボーイッシュスタイルの女性体だ。
『なぜ、ここに……?』
『アメちゃんからジャッジを任されてるからねー。なるべく人死にのないようにって。でも逆にイザナミが泣かされてるけど。ぷぷぷ』
「終わりー? はぁ、きつかったぁー、つえーつえー」
『人間、よくやったね。あたしの名を覚える事をゆるしてあげよー』
「えーと、むーちゃん?」
『あははは! むーちゃん! いいねー。人間、お前の事を覚えておいてやろうー』
「さんきゅー。しかしここ一階層からこれって、踏破無理じゃね?」
『さてね、攻略的な事は言うてはならんぞ、と約束させられたからねー。この先どうなるんだろうねー』
「ま、いっかー。ところでイザナミ? 大丈夫? てか、イザナミってあのイザナミ様!?」
『ひぃっ』
『あははは! イザナミは人間にトラウマを植え付けられたようだねー。そうそう、その子は人間の言う、国産みのイザナミだねー』
「あちゃー、それは失礼な事を……すみませんでしたっ!」
『ま、まぁ、いいわ。次は負けないわ。私の名を覚える事を許すわ、坊や』
「ありがとうございます! じゃあ、ナミ姉ちゃん?」
『あははは! あたしがむーちゃんで、ナミ姉ちゃんか! ホント面白いな、人間』
「えーっと、ナミ姉ちゃんが俺の相手してくれたって事は、姉ちゃんの相手は……」
『うん、イザナギだね! かなり強いねー』
「はぁー、姉ちゃんガンバレー」
『加勢する気はないようだねー』
「まぁ、そういう事なんでしょ?」
『そうそう、わかってるね、人間。そういう事』
ここは迷宮でありながら迷宮では無い。
神々が直接相手をするという事は、神への選抜をしているという事である。
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