第62話 薩摩鹿児島と迷宮


「まおうさまー!」

「薩摩王さまぁー!」


 鹿児島市内を走る国道沿いに詰めかけた県民達から歓声が上がる。

 鹿児島中から来ているではないかと思えるほど多くの人々が、国道をパレードする島津と姉弟に手を振り、声をあげていた。


 称号は『まおう』となり漢字では『魔王』であるが、この称号はどの国においても認められておらず愛称のような物となるために、伊崎総理の心配していた天皇と並び立つ存在とはならないと判断しこの称号を許可としたのであった。


 まだ国会での承認はないが、姉による鴨池宣言(そう名付けられた)と、島津秘書の竹中と黒田の画策により県民には良いように周知されており、すでに独立に向け心はひとつとなっていた。

 議会可決に圧力をかける為にもパレードを行いアピールするのが良いと参謀達(エレーナ、竹中、黒田)の提案により、他国のメディアらを招待したレセプションとパレードを行ったのであった。今では加盟自体にあまりメリットはなく、おそらく加盟認可は下りないだろうが、国連にもアピールをしておきたかった。

 鴨池宣言と今回のパレードにより各都道府県の独立心を煽り、編入を望んでいる他国の嘆願が激しくなるだろう。


 伊崎総理大忙し。



 中継を見ながら睨み付けているであろう伊崎総理を気にせずにパレードは進んで行く。

 当然県民の全てが独立を望んでいるわけではない。その者らに島津はパレード前の演説で強硬姿勢を見せた。


「薩摩人の血を引く者らよ、その血に聞けっ! 此度の薩摩鹿児島立国にグツグツと燃え滾っておろう! 我らは日本人にあらず! 薩摩人である! それだけでわかるはずだ! 他県他国からこの地へ来た者らよ。住んでいた土地、肌の色、目の色……関係なしっ! この地に骨を埋める決心をした時、その時から薩摩人である!」


 生粋の薩摩人とこの鹿児島に移住してきた者らは、喉が張り裂けんばかりに歓声を上げる。

 日本からの独立という事を普段から願っていたわけではない。現状でも充分生きていけるのだ。

 だが、それが手の届く……いや現実の物となった今、脈々と紡がれてきた血が、熱き心が、島津の演説によって人々を震わせた。


「あえて言うのである! この道は困難だ! 先祖代々目指してきて数百年できなかった事だ。探索者自治会を追い出し税収が減るであろう。反感を持つ者や他県が取り引きを止め、撤退する会社が出るであろう。今と同じ水準の生活の保障はできん! しかし! 今しかないのである! 薩摩の心は金では買えぬ! 薩摩の心は金では売らぬ! 金で動く者はいらぬ! 鹿児島から出て行くがよい! 引っ越し費用は出してやるわ!」


 再び大きな……それは地響きと言うような歓声があがり、島津はしばらく県民を見回した後、右手を挙げ歓声を止めたのち、声を発する。


「ここに薩摩鹿児島を率いていく方にお出で下さった! 称号は、まおう! 伏してお迎えするのだ!」


 その声に県民が低頭し始める。当然、下げない者がいるがごく少数だ。それは自治会の監視者や、島津に同調出来ない者達である。


 姉が島津と同じ壇上に上がる。島津は端に寄って跪き迎えた。

 地面を引きずる長さの黒いマーメイドラインドレスに黒いオペラグローブ、胸元はその存在を象徴するかのようにハートカットネックにしてある。顔がよく見えるよう帽子等は着けていない。


「まおうである!」


 姉の第一声はそれであった。参謀達からとにかく偉そうに話せと(まおうなのに)厳命されていた。


「今、我にこうべを垂れぬ者は去れっ!」


 低頭していなかった者達はびくりと肩を震わせ、していた者はその者達を睨む。その圧力に低頭し始める者とすごすごと去って行く者に別れた。

 まず、小さくとも共通の敵を作り上げる事で連帯感を生み出し、畏敬の念を持たせる作戦だ。

 ゆっくりと見回し、数十秒たっぷりと溜めを作って大きく息を吸う。


「顔を上げ我を見よ。お前達のまおうを見よ。これからの薩摩鹿児島の行く末を思い描け。お前達ひとりひとりでは出来ることは小さい。だが、我を先頭に皆が同じ未来を目指すならば必ず出来よう。さて、この先なにを目指すのか。日本統一? いやいや……世界制覇? ふふふ、小さい小さい。そんな事は何もわかっていないほうに任せよ。我が望むのはお前達の心の豊穣である! 土地を広げて何になろうか! 他人を支配して何を得ようか! 金持ちになって心が豊かになるか! 心を広げよ! お前達の心はこんな小さな星よりも大きい! 今! ここが! ここからが転換の期だ! 手を掲げ空に向け叫べ!」


 姉が手を空に向け、うおおぉー! と発すると、呼応するように島津が立ち上がり叫ぶ。県民達も同じように叫び始め、鹿児島の地がその叫びに震えた。その一瞬だけその場所で姉のマナと合わさった県民の叫びが宇宙まで届いた。

 声を出させる事で萎縮していた身体と心を解き、同じ目的の動作をする事で共通意識を持たせる。ある種の洗脳だ。そして姉の声がそれに拍車をかけている。


「我が国民と薩摩鹿児島に本社を置く会社に優遇措置を取る。詳しくは明日公開する国のサイトを見よ。ひとつだけ先行して明かそう。薩摩鹿児島国民は無税である!」


 一瞬、え!? 本当に? というように互いに顔を見合わせ再び叫びがあがった。

 そう、薩摩鹿児島国民は無税。消費税、住民税、所得税など様々な形で徴収される税金、それを一切無くす方針にした。

 それで国の運営が成り立つのか……成り立つわけがない。当然、国民に求める物がある。


 ・探索者資格の強制取得。これは以前から島津が行ってきた政策でほぼ浸透している。

 ・住居建物の迷宮化義務。これにより空き巣や強盗目的の犯罪が無くなり、その分警察組織の簡素化が進む。また、常に迷宮内にいる事によりマナ作用で身体が丈夫になり、怪我や病気になりにくくなる。そうすると病院の縮小化に繋がり国が負担する医療費が減る。さらに迷宮の特性により火事になる事はないので消防活動も激減する。ただし、家の中でWi-Fi、携帯電話等、電波を使う機器が使えなくなる事は小さい文字で書かれてある。

 ・二十歳から五十歳までの者は週七時間以上の公営迷宮探索義務。税収が無い代わりに迷宮ドロップ品のマージンで補う。


 その他にも国策と法律が掲載してある。


 姉は、すぅっと息を吸い込み声を上げた。


「あらためて、ここに薩摩鹿児島立国を宣言するっ!」


 ……しかし、日本政府の議会可決はまだである。




 鹿児島県には多くの島が存在する。

 その島々に参謀達が説明と薩摩鹿児島への参入の諾否を問いに飛び回っていた。

 島は各島独特の文化があり、独自の風習がある。これまで県知事として県運営をしてきた島津という名に反感を抱く島もある。

 大昔の事をいつまでも拘っている訳ではないが、心から島津スゲー! という念を抱く気にはなれない者もいる。


 結果として奄美大島以南の島々は沖縄県への編入を望んだ。

 姉の鴨池宣言以降、沖縄県でも琉球王国復活と言う声が高まって来ていたのだった。

 そしてその琉球王国の国王には沖縄出身である姉を推す嘆願書が多く県庁に届いていた。




「はぁー、終わった終わったぁ。姉ちゃんおつかれー」


 特に何もしていない弟が、疲れたーと言いながら姉の肩に手を置く。姉はその手を取りじっと弟を見つめる。その瞳には涙が溢れそうになっていた。


「ど、どうした姉ちゃん! 何かあった!?」


「このまま……迷宮……いこ……?」


「お、おう」


 なんだかんだでとにかく長い間迷宮に籠もっていないのだ。人ならば餌切れ寸前、姉には身体の特性上、マナ切れ寸前という所である。


 控え室でドレスを脱ぎ捨て普段着を身につける。廊下には警護の者達が守っている。ここは窓から脱出するしか無い。


「窓かー、ここ三階だけどまぁ何とかなるかぁ」


「忍者さん忍者さん」


 姉がくうに向かって小声で呼ぶ。

 すぐに所轄警察署姉弟警護隊、現在は忍者さん(姉命名)が一人現れた。


「はっ。ここに」


「ここから脱出して迷宮に入りたいのです。深い迷宮がいいです。手応えのある迷宮が良いです。何よりエレーナさんに見つからない迷宮がいいです」


「畏まりました。法すれすれではありますが、裏迷宮という物があります。そこは何故か入宮記録が残りませんし、迷宮庁でも把握できません。全百階層、高額ドロップ品ありですが、マージンが九十パーセントと法外です」


「うわ、たっけー!」


「それでも入宮する探索者は絶えません」


「へぇー、なんで? なんかあんの?」


「あくまで噂ですが、踏破すると最上階で異世界神と会え、願いを叶えてくれるらしいのです」


「まじ!?」


「え!?」


「はっ。しかし、踏破した者はいまだ出ていないらしいです」


「行きましょう!」


「面白そうー、行くかぁ!」



 それから姉弟は忍者さんの手引きでその裏迷宮へ向かう。




 控え室には『神様に会いに行きます』という手紙が残されていた。

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