第61話 バロウズと異世界と迷宮


 ソレは所から這い出てきた。

 何処までが自分うちなのか、何処からが世界そとなのかわからない。理解する必要は無い。

 ただその空間を漂い、何も考える事はなく、成す事はなく、自分が何であるのかを欲する事も無い。

 とこしえの時の中で常闇の空間にて百億年以上の時を過ごしたが、時間という概念がないソレには百億年も一秒も同じ物だ。

 身体という物が存在するかさえわからなかったが、突然何かが何かに触れた。


 触れた?


 そうか、これを触れたと定義する。


 定義?


 定める事だと定義する。


 何に触れた。ああ、自分で自分に触れたのだ。


 自分?


 これが自分か。自らの身体か。


 なぜ自らがそのように定める事ができるのか、また定める言葉を知っているのかはわからないし、わからないという事がわからない。

 再び永劫の時をかけひとつひとつを、定めていく。


 定義を繰り返していると身体を自由に動かせるようになってきた。思考する力が加速度的に増してきた。

 右手と定義した物を左手に触れさせた。


 楽しい。楽しい?


 最初はゆっくりと、そして段々と強く打ち合わせた。


 パーンッ。


 手と手の間から何かが出て来たような気がした。驚愕した。驚愕した?

 これを音と定義する。


 パンッ。パンッ。パンッ。パパンッ!


 まだ加減を知らず力任せに右手を左手に叩きつけると、


 後に宇宙と定義する物が生まれた。



 宇宙はソレの一部であり、生みだされた物を元素とした。

 少しだけ考える力を与え、ソレの力の及ぶ範囲を超えた元素達は自ら他の元素と付いたり離れたりして気ままに色々な物を創造していく。


 ただ見ているだけで楽しかった。変化していく様を眺めているだけで飽きなかった。

 人間と定義した物が何を成すのか、何も成さないのか、想像するだけで充分だった。


 ある時、ソレの知らない物が宇宙へやって来てマナを与えた。マナは迷宮を造った。マナも迷宮もソレの一部ではない。

 自らのモノが犯された事に激怒し、異世界神と定義した物を削除した。

 しかし、マナと迷宮が消えることはなく認識外で様々な変化をもたらした。


 マナを視る事は出来なかった。知る事が出来なかった。感じる事が出来なかった。


 許せなかった。許容出来る物では無い。

 これは侵略だ。異世界とやらが己の物を盗もうとしている。



 そしてソレは逆侵攻をかける計画を練った。



「あの異世界神クソヤロウは余計なことをしてくれましたが、異世界への入り口を残したのだけは唯一褒めてあげましょう」


 イギリス女王を下座に座らせたバロウズが呟く。


 ここはバッキンガム宮殿。

 イギリス女王を喰らい、自らの手の者としたバロウズはイギリスを五十数カ国からなる連邦制国家として再生させ、日本を孤立させる計画をたてる。


 もはや自分の手の及ばない国、それが日本。異世界神の仕業なのか日本の領土内では力が思うように発揮出来ない。

 マナを研究させるにつれ、その万能さと狡猾さに地団駄を踏む思いだ。マナを取り込んで変質する人間に対し、自分が与えた元素、つまり自分を否定されているようで憎らしい。

 自らマナを取り込み解析してやろうと臨んだが、迷宮もマナもバロウズを拒絶する。

 マナを取り込む前の人間を喰らって、自分に取り込む計画をもしたがその人間にさえ拒絶された。人間のくせに。真実を知らぬ元素の固まりのくせに。


「いやいや、人間を非難するという事は自分を非難するという事、いけませんね。寛容な心で受け入れましょう。ただし、あのお嬢さんは人間ではないのでオッケーですね、ふふふ」


 そう、あの娘はマナを取り込む前に喰らおうとしたが、何故かわからず喰らうまでに一年もかかってしまった。そして半身しか喰らえなかった。


 しかも喰らった半身が自らの身体を逆に喰らい始めてしまった。

 娘には十年寝かすと告げ解放したが、それは虚勢であった。

 くそっくそっくそっ。全ては異世界のせいだ。すでに起きたことを嘆いてもどうしようもないから、こちらから嘆きを与えに行ってくれるわ。

 マナの解析と、異世界への入り口を開く。それを成し遂げねばならない。

 計画は順調だ。もう人間に未来は残されていない。

 人間がいなくなった後は何を見て過ごそうか。虫か、動物か、他の星か……何でも良い。

 今回は偶然にも地球を見つけ、人間を見ていたというだけだった。観察対象でしかない小さい星の事などどうなろうとも構わない。

 異世界へ行き、逆侵攻を行うまでは残しておいてやろう。何億年かかろうとも問題は無いが、今の所そこから行くのが一番早そうだ。


「バロウズ様。タキガワより連絡が入りました。日本政府は薩摩鹿児島を特別行政区として認可する方向で議会可決するようです」


 貴賓室のドアをノックし、二十代後半に見えるスーツを着た女性が入室して声をかける。コレも自らの一部の物であり元素が人間に変化する頃、ナアマと名付け造った。


「ふふふ。またあの娘か。何も知らないはずなのに、知っているかのように立ちはだかる。私のことわりからはずれた娘よ、本当に君は面白い。しかし、今は邪魔でしかない」


 ナアマは私の言葉を聞くと顔をしかめ憎らしげに言う。


「この世界……宇宙はバロウズ様の物ですのに……あの娘、削除する機会が来たならばどうかわたしにその命令を」


「その理からはずす切っ掛けを作ったのは私。謂わば私が育ての親というモノだ。親が子の暴走を止めるのは人間にとって義務なのだろう?」


「はい。人間のことはわかりませんが、そのようだと理解しています」


「よろしい。娘は私に任せ探索者自治会に次の行動を、と指示しなさい」


「かしこまりました。ロシアへの報復計画はこのまま進めてもよろしいでしょうか」


「もちろん。人間のルールに従って遊んで来なさい。日本へ編入される前に完遂するように」


「はい。退室してもよろしいでしょうか」


 ナアマに頷きで応えると、深く一礼し静かにドアを閉め出て行く。


「女王よ。形だけでも日本へ声明を出しなさい。特別行政区について、イギリスは反対の立場である、と」


「畏まりました、バロウズ様」


 女王も一礼してその背中に威厳を携えながら退室して行った。



「さて、次は中国か。一番暇そうな私が行きましょうか」




 日本、総理官邸。

 鹿児島から戻った姉弟が伊崎総理に報告へと訪れていた。二人は何となく総理と顔を合わせづらかったので、今回の話を持って来た博士から総理に伝えて貰うようお願いしたが、時遅く姉弟が報告に来たら直接総理官邸に来るようにと厳重に伝えられていた。


「伊崎総理。池田湖迷宮での暴動は無事治まりました」


 応接室で眉をひそめ姉弟を待っていた総理に姉が報告すると、総理は睨みつけながら言う。


「無事? お前ら、事をでかくしてるじゃねぇか! 独立ってどういう事だよ! 経緯を話せ!」


「ちょっと落ち着いてよ、伊崎兄。俺らのせいじゃねぇよ。島津のおっちゃんと自治会が」


「いいから、最初から何があったか順番に話せ!」


 二人は総理の対面のソファーに座り、池田湖迷宮到着時点の話から始める。

 指宿円形迷宮で囲んだ話には、手段はともかくよくやったと褒められたが、独立の話が出ると途端に不機嫌そうになっていく。

 弟は今日は茶も出ねぇのかーと悪態を吐いているが、総理は無視するかのように姉の話を聞いていた。

 姉が話し終わると島津(もうすぐ)特別行政区区長からの直筆手紙(毛筆で書かれ、直訴と書かれてある)を手渡した。

 直訴の文字を見た時に少し引き気味だった総理が手紙を読み終えると姉弟を見て言った。


「経緯はわかった。自治会のしようとしている事もわかっている。だが、自治会としては当然考え得る事だ。自治会が悪と決めつけてはいかんな。お前らの話だけではらちが明かん。自治会にも話を聞かないとな。しかし自治会を追い出して鹿児島はやっていけるのか? ざっくり考えて税収六割減だろう。厳しいだろうな」


「ま、そこは国王が宣伝するって事で」


「それだ。なんだよ国王って。天皇と並び立つ存在か? その称号はダメだ。絶対に議会で通らん」


「なんなら黒王でも酷王でもいいんじゃね?」


 弟がスマホで変換した文字を見せながら言う。姉がちょっとこっち向けオーラを出してすごい形相で睨んでいるが、横を向く勇気の無い弟だった。


「まぁ、いい。話は後日島津知事と詰める。特別行政区を認めるか認めないかの点も含めてな。各県が完全独立採算制を取る事を想定していなかった話ではない。迷宮庁主導でその辺りのプランもある」


「いやー、それが島津のおっちゃんが一緒に来てんだけど……」


「ああ? 早く言え! おい、知事が来てるのか? ここへお連れしろ」


 総理は控えていた秘書官に告げると、間もなく島津が真面目な顔をし竹中を引き連れて応接室へ入ってきた。


「伊崎将軍! 今回の事はほんではありませんぞ! どうか誤解無きよう! 薩摩鹿児島の未来を見据えての行動です!」


「将軍って……幕府?」


「島津さん。まぁ、座ってください。経緯は聞き手紙も読みました。話をしましょう。何事も話をしないと進みません」


「はっ!」


 島津は返事をした後、ソファーには座らず床に正座する。竹中はその後ろに控えた。


「いやいや、ソファーにどうぞ」


「将軍と国王と同じあつじょうなぞ、ワシには上がれませぬ。ご勘弁を」


「厚畳って……殿様じゃないんだから。島津さん、いいから座ってください」


 強く総理に言われようやく腰を上げてソファーにちょこんと腰をかけ、テーブルに扇子を置いた。

 上下関係をはっきりさせる、その態度の表れだ。


「なにこの扇子、暑がりなの?」


 何気なく聞く弟に島津が、うむと頷いて答える。


「一線を引く、と言ってな。ワシは貴方様より下の立場ですよという意味である」


「ほー、一線を引くって別の意味かと思ってた」


「距離を取るという意味が今では強いが、扇子を置くという行動と合わせると別の意味となるのだ」


「そっかぁ、じゃーこれいらないんじゃね?」


 弟がそう言って扇子を手に取り、広げて自分を扇ぎ始めた。


「な、なにをしておる! ワシが手討ちにされてしまうではないか!」


「ははは。島津さん、そんな事はしませんよ。それに弟くんの言う通り、私と島津さん、お嬢さん達の間に一線は必要ないですよ。腹を割って話しましょうよ」


 伊崎総理が笑いかけながら話し、島津との距離感を縮めていく。畏まっては突っ込んだ話など出来ない。無自覚に行動したと思われる弟に伊崎は感謝をしていた。



 この場で第一段階の根回しの為の根回しという話し合いが行われた。ほとんどの事は鹿児島で打ち合わせ済みであった為に、今後の政府との関係と探索者や迷宮の取り扱いについての話が主となっていた。

 そんな中で姉の呼称も決まった。最後まで姉は拒否したが賛成多数(姉以外)により可決された。


「いやです! しかも……ひ、ひらがな、なんて」




「がんばれよ、まおう様」

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