第60話 島津と迷宮


「ふはは! よかろう、受けて立つ!」


 姉の宣言に島津知事が心から楽しげに言い放った。その言葉に竹中がすぐさま島津知事を止めに入る。


かた様。ご姉弟殿には協力を仰ぎに来たのでは?」


「ふはは! 戦って勝ち得た物の方が価値があるわ!」


「勝ちだけになぁ」


「自治会は貴様の参戦を認めんぞ! 所詮、貴様は政府の犬であろうが!」


「わん!」


 変な突っ込みとボケを入れている弟の頭をはたき、姉がソファーに立ったまま自治会九州統括の立花を睨む。


「もう、私は我慢の限界なのです! 何ヶ月高額ドロップ品を手にしていないと思っているのですか! 迷宮に引き籠もりたいのですよ! いい加減にしてください!」


 姉の激昂に立花は勢いをそがれ押され気味だが、言葉の意味がわからない。それがどうして鹿児島を支配する事につながるのか……他の者はぽかんとしている。



「あー、翻訳すると姉ちゃんはロシア行ったり、誘拐されたり、帰って来たら家には居れないわ、好きな迷宮にも行けないわで本島から離れたり、かと思えばいろんなとこへ行かされたりで振り回されて、探索者としての活動が出来ていない、と。だからいっそ鹿児島のトップに立って、誰にもちょっかい出させずに生活したい。そして三百階層くらいの鹿児島迷宮作ってそこで思い切り籠もりたい、と。そう言ってるんだよ。借金返済もあるしなぁ」


 弟の言葉に姉はうんうんと頷く。姉の言葉の何処にそんな真意が? と皆、頭をひねるがとにかく姉が参戦するのは理解したようだ。


「ふはは! トップに立ったら立ったで忙しくなるぞ。それこそ迷宮に入る暇などないであろう」


「君臨すれども統治せず」


「丸投げー」


 キラリ。

 姉の言葉に竹中の眼鏡が光る。


「そうしますと、統治する者が必要となりますね? ここは……御屋形様」


「ふはは! ワシにその役をせよという事だな?」


「はい。政府との平和的交渉をお望みでしたらその方法が一番かと思います。当初の計画とそう変わりはありませんし」


「うむ! 当初の計画ではワシと姉弟は横並びの立場。しかし先の言葉は姉殿が上の立場。ここはワシが引く為にも一度、刀を合わせねばなるまい!」


「畏まりました。フラワー公園の一部を迷宮化し舞台を整えさせていただきます」


「ふはは! 任す!」


「しかし、自治会の参戦理由を伺っておりませんが」


「うむ、そうであるな。なぜ自治会は探索者の管理をしたいのだ?」


「……その方が何事もスムーズに行くに決まっているだろう」


「ふはは! 言い淀んだな? 本当の理由は聞かされていないと見た。それでは民が着いて来ぬわ。民の為であろうとおのが為であろうと口にすべきだ。言葉は力だ! 自治会に勝機はない!」


「自治会は探索者という力を持っている! 鹿児島から探索者達を引き上げさせるぞ!」


「やってみるがよい!」


「迷宮法に緊急時以外の探索者移動制限を課す事は出来ないとあります」


 脅しに屈しない島津知事と竹中を、くっと悔しそうに睨む立花だがそこにこれまで黙って後ろに控えていた自治会鹿児島県支部長のきもつきが発言する。


「では、自治会の命令ではなく注意喚起として告知します」


 そう言って携帯端末をタップする。すぐに姉弟とエレーナ以外の携帯端末からメールの着信音が聞こえて来た。

 鹿児島県在住の探索者のみならず、自治会所属の者全員に一斉送信したのであろう。


 これまで探索者の為に迷宮法の改正をさせ、新人達へ定期的に講習会の開催、迷宮グッズの安価販売、引退する者へは職の斡旋など、幅広くサポートしてきた自治会は多くの者の信用を勝ち得ている。自治会の意向となれば半数以上の者が従うはずだ。

 自治会には探索者全体の八割もの人間が加入している。その影響力・資金力はひとつの県より圧倒的に大きい。県どころではなく小国より力を持っているかもしれない。


 自治会所属探索者が来ない鹿児島県は入宮する者が激減し、それに伴い税収が減る。県運営が立ち行かなくなってしまう可能性がある。

 これまでに各迷宮に対して個別に“注意喚起”を出した事はあるが、自治体に対しては前例がない。支部長が待っていましたとばかりに一斉送信した所を見ると、もっと上の方からの指示を受けてきており、これも計画の一端なのであろう。


「うひゃひゃひゃ! どうだ! これで鹿児島は終わりだな! 池田湖迷宮の探索者を解放すれば取り消し通知を出してやらんこともないぞ」


「ふはは! ワシがやってみよと言ったのだ。このままでよい! むしろ自治会のやり方がわかったわ! ワシは自治会を退会する!」


「私も退会致します」


「同じく」


 立花の取り引きに応じることなく島津知事は自治会退会を申し出て、竹中と黒田もそれに続いた。


「ふはは! 自治会と鹿児島県は敵対となった。もうここに居る必要は無いのではないか? 出て行け! 鹿児島支部も閉鎖して即刻立ち退け!」


「く、くそが! 後から交渉しようと思っても応じないぞ!」


「あなた方こそ今回のやり方がテロリズムとされ、組織解体を命じられぬようお気をつけを」


 捨て台詞を吐きながら応接室を出て行く立花と肝付に、竹中が捨て台詞返しを発する。

 怒りに任せ乱暴に閉められた扉の音が静まると、意を決したように島津知事は体を姉に向け跪いた。姉はソファーに立ったままである。


「お嬢。伏して頼む。この鹿児島を助ける手段となってくれ」


 そう言うと竹中と黒田も同じように跪き頭を下げた。


「よ、よきにはからえ?」



 それから六人で長い話し合いが始まった。

 竹中の立案に黒田とエレーナが修正案を出し、島津が了承、そして姉は「よきにはからえ」と発する。弟はたまに思いついた事を口に出し、今後の鹿児島運営方針を固めていった。

 自治会の代わりにひとまず、姉弟が所属する探索サポート会社が探索者のサポートを請け負い、急遽社長を呼び寄せ細部を詰めていくことになる。



 三日経ち、姉は鹿児島市内にある鴨池公園内陸上競技場の真ん中に立つ。グラウンド内には姉一人。観客席に県内各市町村代表者と関係者達、テレビ局などの取材陣などが座っている。

 姉の前にはスタンドマイクがあり、これから発せられる言葉を受け止めようとしていた。

 お辞儀をして正面を向く。その仕草にこれから始まるのだと観客達は理解し、カメラやネット中継を始める各者が慌ただしくなる。



「こんにちは。私達は池田湖迷宮で起きた立て籠もり事件を解決する為に派遣されました」


 言葉をゆっくりと明瞭に発した。一呼吸置き話を続ける。


「事件は解決し、投降してきた首謀者を鹿児島県警が逮捕。他の者達は厳重注意の上にしばらく監視が付くことになります」


 数台のカメラひとつひとつに視線を合わせるように顔を動かし、ここからが本番だと言わんばかりにマイクに右手を置く。


「首謀者は自治会治安部の三名。これは自治会が主導しこの鹿児島を発端に組織をより強力な物にしようと企んでいる事がわかりました。県民生活に影響が出るほどの事をしようとしていたのです。この事に島津知事は憤慨し自治会を鹿児島から退去させ、自治会に頼らない鹿児島独自のシステムを作り上げようとしています。県民を守り、探索者を守り、鹿児島をより発展させる為に! 私も協力します!」


 目線を下げ、すうっと息を吸いながら再び目線を上げ力強く話を続ける。


「前に進むのです県民よ! 鹿児島を喰らい尽くす害虫はもういない! 今そこにある地図を見なさい! そこに鹿児島という国を載せるのです! 小さな小さな国ですが……ひとりひとりの熱い想いは世界中の誰にも負けません! 立て! さつ人よ! ここに薩摩鹿児島という国を発足させる事を宣言するっ!」


 右手を高く上げ、空を掴むように拳を握った。


 独立宣言は終わり、姉は控え室に戻る。テレビとネット中継には詳細は県のホームページで、とテロップを入れて貰うよう手配済みだ。

 控え室では弟と島津が待っていた。参謀達(竹中、黒田、エレーナ、社長)はこれからの事に大忙しで動き回っている。


「姉ちゃん、おつかれー」


 弟の言葉に頷きで応える。


「ふはは! よい宣言だった。後は任せろ!」


「伊崎兄怒ってるだろうなぁー、これでよかったのか?」


「うん。鹿児島だけでやっていけます。それに薩摩人は独立心旺盛で結束が強いのです。過去の歴史を見ても、何度も独立を目指しています。今回は私達の番です」


「いや、姉ちゃんはいいの? 鹿児島県民でもねぇし」


「……はい」


「嫌ならやめとこうぜ」


「嫌々やっている訳ではありません」


「そっか。ま、なんくるないさ」


「ふはは! 総理が伊崎さんだから今、独立を目指したというのもある! 話せばわかるお人である! 武人であるしな!」


「まぁ、話しやすいってのはあるなぁ。それに姉ちゃんにロボットで挑む戦闘狂だし」


「ふはは! ワシも総理に手合わせを願いたいな! ……その前に、お嬢! 参ろうか!」


「……はい」


 姉と島津が控え室から出て行くのを弟はにこやかに手を振って見送る。

 これから競技場で第二部、姉と島津の模擬戦を行う。指宿庁舎応接室での会話であったが、なかった事には出来なかった。ワシの上に立つならば強者でなくてはならん、と島津が譲らなかった。

 当初、場所を指宿市フラワー公園で行う予定であったが、独立宣言後県民に見せるのが良かろうという提案で競技場グラウンド内のみを一時迷宮化し、関係者の見守る中執り行うこととした。



 二人の登場に競技場が再び活気づく。

 中継のテロップには、「国王 対 (もうすぐ)特別行政区区長」と出ているはずだ。

 特別行政区であるのに国王とはどうなのか、と姉弟揃って疑問を投げたが、何事もわかりやすい方が良いとの一言に仕方なく折れた。

 姉は薩摩鹿児島に国王として君臨する。……するが、行政は投げっぱなしで特に役割は無い。ミス鹿児島(キャンペーンガール)のような扱いだ。しかし、何処へ呼ばれてもキャンペーンガールのような謝礼金は出ない。当然だ、国王なのだから。

 その代わりに薩摩鹿児島迷宮(難易度Sを希望)を開設することを約束して貰ったが、探索者が激減し税収が減ることがわかっている今、それがいつになるかはわからない。



「ふはは! 国王よ! 挑ませて貰うぞ! A級探索者島津、参るっ!」


 二人ともスペル無しの状態で戦う。島津にはスペルを使用しても良いと言ってあるが、条件は対等でなければ意味が無いと一蹴された。

 A級と特A級の差は大きい。A級は努力で取得する事が出来る。勤勉に努め、数々の迷宮を踏破し生き残っていればいつかはなれる級だ。

 しかし特A級はさらに才能が必要だ。その者達はすでに人間の域を超えている。


 そんな特A級を三人も投入した池田湖迷宮事件は自治会の本気度がわかる。逮捕された彼らは裁判によって裁かれるが、判決次第では絶対に脱獄できない刑務所迷宮送りか、探索者資格停止となるだろう。



 上段に構えたまま突進してくる島津を姉は双剣を構え迎え撃つ。島津の武器は大太刀だ。巨体故に普通の太刀と見紛うが、一般探索者がそれを持てばその大きさと重さに驚愕する。


 ふんっ! という声と共に大太刀を振り下ろす。刃を返し振り上げ、再度返し刃で袈裟斬りにする。渾身の三連撃を放つが、そこに姉はいない。

 姉は連撃を見切り、バックステップで避けていた。魔物相手であるなら、横へ飛びそこからの攻撃、または背後を取りバックスタブを仕掛けるが、弟から王なら正面から行けよーと言うアドバイスでバックステップに切り替えたのであった。


 島津には悪いが、この試合は演舞だ。国王として魅せる試合をしなければならない。二人の実力差ならば最初の振り下ろしが来る前に一撃で終わっていた。決して島津を侮っているのではない。

 そう言い訳に思いつつ、神薙を舞い始める。


 ゆらりゆらりと舞う姉を島津の剣戟が襲うが、捉えることが出来ない。

 これまで培った技を次々と全力で出すことのできる喜びに、島津はいつの間にか剣を修得し始めた少年の笑顔になっていた。それはまるで神にでも指導して貰っているような光景だ。


「ふはは! ふはは! 楽しいぞ! 喜ばしいぞ! 終わりたくない、終わらせたくない!」


 それは心からの言葉だ。三十分ほど神薙が続き、やがてゆっくりと姉は舞を止め島津に向かって、もういいでしょう? という気持ちを込め頷く。


「届かぬ! ふはは! かすりもせぬ! ……国王、参りました」


 動きを止めた島津が姉に頷き返して跪き、姉に向かって畏敬の念を込め降参を告げた。


 それを見ていた鹿児島県民は姉が国王となることを誇りに思った。

 信者とファンはあらためてその場で祈りを捧げた。

 鹿児島を出た探索者達は少し後悔した。

 自治会幹部達は舌打ちをし、会長は不敵に笑っていた。




 そしてバロウズは……


「それはもう通用しませんよ。見せてくれてありがとう」


 そう呟いた。

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