第59話 指宿円形迷宮


 テロリストにとって迷宮は理想的な拠点だ。

 内部への入退出を管理出来るので、裏切り者が出ない限りスパイされることはない。

 中で何をやっているのか外からは見えないし、攻撃されたとしても(それが核攻撃であろうとも)、中は平気だ。食料等は管理者パッドで出すことが出来る為、資金さえなんとかなればずっと立て籠もる事が出来る。


 今回、そのようなテロリストになり得る者達の封じ込めに、周辺を迷宮で囲み閉じる。これで人の出入りが出来なくなる。謂わば絶対に脱獄できない刑務所だ。

 他にもいくつかの手段があるのだが、騒動が大きくなりすぎた為に、解決したことをわかりやすくアピールしなければならないのだ。



 姉が池田湖迷宮前の作戦本部天幕内で指示を出す。


「周辺住民の引っ越し作戦を開始してください!」


「はっ! オペレーションサカイ開始せよ! 繰り返す、オペレーションサカイ開始せよ!」


 市長との面談から一週間後、作戦名『サカイ』が開始された。

 この一週間で周辺住民に説明とお願い、相場の二倍以上の金額を提示し、時には強制退去を匂わせて池田湖迷宮から百メートル以内の住民全てに了承をとりつけた。

 池田湖全体を囲む百メートル幅の円形迷宮を開設し、封じ込める。


 各所へ作戦開始の通達が届き、範囲内の建物が次々と消えていく。

 消えた後にはそこに住んでいた人と飼っているペット、確認の為に立ち会っている警察官と市役所職員だけが残され、間もなくさらとなった。

 これは一軒一軒の建物、場合によっては地区ごとを個別に迷宮にしデータ化する。そうする事で管理者パッドにデータとして残るので、後は引っ越し先で迷宮開設をすれば同じ建物、同じ内装と装飾品として展開される。

 引っ越し先でそのまま自宅を迷宮として使う者もいれば、迷宮化を解除して普通の住居として住む者もいる。

 今回の作戦で引っ越し業者に要請し、『引っ越しらくらく迷宮化コース』で協力してもらったのであった。



 迷宮開設技術は引っ越し業者にも影響を与えた。業者は従業員全員に迷宮管理者資格を取らせ、一時的に引っ越し元の家を管理下において引っ越しをするという画期的な方法を編み出したのであった。

 おかげで人件費が減り、引っ越し代金は格安になった。家ごと移動するので建売業者や大工さんなどは売り上げが落ち、人員削減を余儀なくされたが、職にあぶれた者は探索者となり行政の税収に貢献している。



「一区から五区完了。六区はまだ。七区から十四区まで完了」


 作戦本部に次々と報告が入ってくる。作戦が開始された今、後は待つだけだ。

 今回の件を鎮圧した後に残される円形迷宮は、豊島市長たっての希望もあってオーバルトラック(楕円形のレースコース)としてジェットサーフレースや各種イベント用に使用する。指宿いぶすき市はイッシーと砂風呂だけではないとアピールすることが出来るだろう。


「了解。……全地区完了しました!」


 各地区の報告を聞いていた機動隊隊長が姉に告げる。姉は頷き右手を挙げ、前方を指さす。


「迷宮化開始してください!」


「はっ! 指宿円形迷宮開設せよ! 繰り返す、指宿円形迷宮開設せよ!」


 同じ天幕内にいる円形迷宮の管理者となる豊島市長が管理者パッドをタップする。


「指宿円形迷宮開設!」


 池田湖を囲むように水が下からせり上がってくる。この迷宮の壁は破壊不可属性をつけた透明な壁だ。観客が外から競技を見て楽しむ事が出来る。また、後日観客席の作成をすることになっている。全二階層となり地上層はオーバルトラックで、地下層は駐車場と倉庫に使用される予定だ。

 競技のない日はミニチュアイッシーと大うなぎが中を泳ぎ、周囲十五キロの巨大流れるプールとしても開放する。お子様は家族カードで入宮可能である。



「開設完了! 封じ込め作戦完了であります!」


 隊長の報告を聞き姉が頷きで応える。

 これで池田湖迷宮から出る事が出来ず、余所から集まってくる探索者達が入ることも出来なくなった。有線で繋がない限り、外部と連絡すら取れないので完全に孤立した状態だ。


「では、資金源をちます」


 姉が電話を手に取り、迷宮庁探索者管理部と連絡を取る。


「探索者管理部部長をお願いします。はいそうです、総理から依頼された件です」


 管理部部長と繋がり、池田湖迷宮内にいる全探索者の探索者証による金銭取り引き停止処分を告げた。

 迷宮庁探索者管理部では、迷宮内にいれば探索者の居場所を特定出来る。当然、情報は機密扱いであるが、今回は総理からの要請であるので超法規的措置をとり、探索者証機能のひとつ、財布機能を停止させた。

 これで管理者パッドからあらたに食料等を出すことが出来なくなり、迷宮の改装も実行出来ない。

 姿の見えない諜報隊から、姫様、兵糧攻めとはさすがですとささやき声が聞こえるが無視する。

 探索者はある程度の食料は常に持っている。それが尽きるのを待つのだ。

 クククと笑い出しそうな黒い笑みの姉をカーチャが見たら、魔王降臨とおびえることだろう。



 待つだけの作戦を実施している最中でも暇ではなかった。次々と県内企業代表者や各市町村代表、鹿児島県知事との面談申請が入り、捌ききれなくなった姉弟は応援エレーナを呼んだ。


「はい、お疲れ様。十五分後に鹿児島県知事と面談よ」


「あ、パス。眠い」


「何言ってんの! 他はキャンセルしてあげるから知事だけは会っておいて」


 弟の頭を軽くパシンと叩きながらエレーナが言う。姉は無言で睨んでいるが、その重圧をさらりと躱すエレーナすごい。


 面談の為に借りた指宿庁舎内応接室に、六十代くらいの白髪交じりで貫禄がある男性が入室してきた。背は高く巨体で半袖の白いシャツから筋肉もりもりの腕が見える。雰囲気から上級探索者である事が窺える。


「ふはは! お初にお目にかかる。知事のしまである!」


「……なんか疲れそうなおっちゃん」


 ぼそっと呟く言葉に笑いながら弟の背を叩く。


「いてーよ! 手加減しろよ!」


「ふはは! まだ三十パーセントの力しか出しておらんぞ!」


「どこのラスボスだよ」


「初めまして。どうぞおかけ下さい」


 二人のやり取りを無視して姉が着席を勧め、知事に座っていただいた。エレーナは姉弟を紹介して後ろに立って待機する。


「池田湖迷宮兵糧攻め見事! 実に理にかなった城攻めである!」


「城攻めじゃねぇんだけど」


「ありがとうございます」


「あれを見て血がたぎったわ! 先祖がワシに叫んでおる、今が好機! とな」


「それ……爺ちゃん婆ちゃんが、はよこっち来いって呼んでるんじゃねぇの?」


「ふはは! ワシの父は島津家の者、母は西郷家の者でな。謂わば武将のサラブレット! 天下を取る日を待ち望んでいた!」


「あー、ダメな大人だ。クーデター起こそうとしてる」


「密かに竹中家、黒田家の者を呼び寄せ県職員としてワシの秘書をさせている!」


「ワー、最強軍師ダー」


 もはや何がしたいのかわからない知事に突っ込みを入れる弟を余所に、姉はぼうっと見ているだけだ。


「話はわかったな?」


「わかんねぇ」


「ふはは! 入って来い!」


「このおっちゃん、マイペースすぎ……」


 知事がドアに向かって叫ぶと、二人の女性が入ってきた。両名とも二十代後半くらいの歳と見える。


「島津の秘書をしております、竹中です」


 細身のその女性はグレーのスーツに腰近くまである黒髪ストレートの髪で、顔立ちは良く青いフレームの眼鏡をかけていて背は低く胸は小さめだ。


「黒田だ」


 反面、もう一人の女性は背が高く茶髪で耳にかからない程度の短髪。顔立ちははっきりしており、欧米顔だ。胸は大きく、黒いTシャツにジーンズそしてスポーツシューズという出で立ちである。

 二人は知事の後ろに立ち竹中はメモの用意を、黒田は腕を組んでニコッと笑っている。


「ふはは! どうだ! これで天下が取れるだろう?」


「取れねぇよ。それに俺達は伊崎兄の味方だよ」


「ふはは! 迷宮の仕組みを知ってワシは天下が取れると思っておる。鹿児島県では県民全員、探索者資格取得必須である! どうだ? 県全域を迷宮化したら何者も手が出せんとは思わんか?」


「うーん」


 考え込む弟をチラリと見てエレーナが答える。


「僭越ながら私が意見を述べさせて頂きますと、穴が多すぎですわ。まず、お金がかかり過ぎます。そして探索者証の停止を迷宮庁に行われたら終わりです」


「ふはは! わかっておる! 資金は何とでもなる。我が県は海外貿易と島津家先祖代々の金がある! それにクーデターを起こすわけではない。平和的に交渉し独立する! これは日本の為でもある。探索者証の管理もこちらに任せて貰えれば尚よい」


「試算しました所、県予算で全域迷宮化が可能です。我が県で重要なことは迷宮化後に桜島の火山灰に悩まされる事がなくなる、という事です。そして今やほとんどの県が独立採算制を取っており、日本国への上納金納税は微々たる物です。そこで県が独立しますと日本国との貿易という形であらたな収入が生まれ、日本国から支払われる補助金、国道と国営迷宮の整備資金、国家公務員警察官などへの給与支払い等、財政を圧迫していた支出がなくなり日本国は潤います」


 知事の言葉の後に竹中が眼鏡をついっと上げた後に答えた。それに対しエレーナが反論する。


「県内にある国営迷宮はどうするのですか? 納税が微々たる物と言われましたが、迷宮税はかなりの額となっているはずです。それに独立と言われましたが、日本ではなくなると迷宮開設が出来なくなるのではないでしょうか」


「国営迷宮は日本国からレンタルという形でそのまま維持します。迷宮税という形では納税せず、例えが悪いかもしれませんが、鹿児島という土地のリースという形にできればと考えています。また、完全な国としての独立ではなく、日本国内における特別行政区として立ち上げます」


「法律等は独自の物を作るという事でしょうか」


 もはやエレーナと竹中の論戦になっている。他の者はお茶をすすったり、お菓子を食べたりしながら雑談して和やかだ。


「アメリカは州ごとに法が違います。それを参考にし謂わば日本で連邦制を敷いてはどうかという事です。地方自治体条例の権限をもっと大きくした形です。いずれは日本でも大統領制になるのが私達の理想です」


「島津知事が天下を取るという表現をされていましたが、鹿児島だけではなく他県を飲み込んでいくという事でしょうか」


「いいえ、あくまでも鹿児島県のみです。物事を単純に考えるお方ですのでご了承下さい。ですが、もちろん他県との合併は想定しております。また、私達を発端に各県が独立すればさらなる発展が望めます。今の制度では日本国憲法が邪魔で県ごとの特色が頭打ちとなっています。もっと思い切った施策を打ち出し国民には自分に合った県を選んで欲しいのです」


 エレーナは竹中の揺るぎない回答に説得されかかっている。腕を組んでうーん、確かにそうねぇと考え込み始めた。


 話が途切れ静かになる応接室を余所に、何やら廊下側が騒がしい。ツカツカと足音が聞こえて来たかと思うと、ドアが勢いよく開けられ二人の男性が入室してきた。

 それに反応し黒田が島津知事を守るように立ちはだかり、拳を腰に添え構える。


「何者だ!」


 入室してきた男性に向け黒田が叫ぶ。


「探索者自治会鹿児島県支部、支部長きもつきです」


「探索者自治会九州統括、立花だ」


 二人が名乗り、エレーナがやはり来ましたかと呟き応える。


「今は面談中です。アポを取ってください」


「池田湖迷宮にいる探索者を解放しろ。やりすぎだ! 殺す気か!」


 エレーナの言葉を無視して立花が姉に向かって叫んだ。

 島津知事はこれは面白いことになったという顔をし、ニヤニヤと笑い顔を浮かべながら姉と立花を交互に見ている。


 姉はすっと立ち上がり立花の方を向き、はっきりと告げた。


「お断りします」


「なんだと! これは自治会からの命令だ! 貴様も探索者なら従え!」


「自治会には入会しておりません」


「そんな物は関係ない! 探索者になった時点で自治会のルールに従うのが当然だ!」


「お断りします」


「貴様……」


 毅然としてはねつける態度に立花の怒りボルテージが上がっていく。ここが迷宮ならば武器を抜いている、そう思えるほど短気な性格が見て取れる。


「あのさぁ、なんでこんな事になったのかわかってんの?」


 二人とも譲りそうに無い態度に弟が姉の味方をして立花に話しかけた。


「世界中の人を巻き込んだフェイクイベントを起こし、探索者活動に支障をきたした政府に対する抗議活動だ!」


「実力行使ではなく、まずは話し合いをすべきです。何でも力で解決してはダメでしょう?」


 立花の言葉を跳ね返すように姉が答えた。


「貴様が言うな!」


 返って来た言葉に、弟とエレーナは確かにと頷きながら納得する。そんな二人を姉は見て舌打ちをした後、言葉を返した。


「自治会は“自治”の名の下に暴走しかけていませんか? 今回の騒動は治安部の三名が先頭に立っています。以前、治安部にはPKされかかりましたし」


「ルールを守らない者が多いからだ! ルールは必要だ。治安部は抑止力としての必要悪だ!」


「自治会全体を見ていただいて、そのあり方を見直した方がいいのではないでしょうか。あの騒動はやりすぎです。ここで私が治めなければ自衛隊が出て来ます。そうなるともう国との戦闘です」


「想定内だ!」


 立花の返答に、むっ? といぶかしげに島津知事がゆっくりと立ち上がって脅すように凄む。


「お前、この騒動が起きるのを知っておったな? 九州探索者自治会、いや日本探索者自治会は今回のことを容認しているな? 治安部の暴走ではないという事だな!」


 島津知事の巨体にたじろぐ立花だが、後退しそうになるのをぐっと堪え睨みながら応えた。


「だったら何だ! 政府一括管理の探索者資格を自治会へ委譲するよう求めている! その発端とさせる為の行動だったのだ!」



 あちゃーと言いながら頭を抱える弟。姉は何処かで聞いた言葉だと立花と島津知事を交互に見る。エレーナはО нет! 外国人お手上げポーズだ。



「ふはは! ならば我が県と同盟を組むか対立するか、返答を貰おう!」


「同盟とは県が自治会を後押しするというのか?」


「何を言っておる! 鹿児島が独立すると言っておる!」


「なにぃっ。ならば対立だ! 県が頭に立ったのではこれまでと同じ事。自治会主導という事に意味がある!」



「フフフ、フフフフフ!」


 姉が靴を脱いでソファーの上に立ち両手を腰にあて、全員を見下ろしながら笑い声を上げた。奇妙な行動に皆が注目する。


「あー、姉ちゃんキレたか……」



「私が鹿児島県を支配するという案もあります」



 姉はニヤリと魔王笑いを浮かべながら皆を見渡した。


 全員ドン引きだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る