第58話 池田湖迷宮


 日本、総理官邸。

 総理執務室にいつもは落ち着き払った官房長官が焦った様子で飛び込んで来た。


「総理!」


「どうした? 暴動は収まったか?」


「ご、ご姉弟が! あの姉弟が!」


「なんだ、落ち着け。何があった?」


「鹿児島で独立宣言を出しました!」


「なにぃー! 詳しく話せ!」


「鹿児島県を自らの傘下にするとし、知事も賛同。たった今、日本国内における特別行政区として独立すると宣言をだしました!」



「暴動治めに行って、ひどくなってるじゃねぇか!」




 同時刻、姉弟。


「伊崎兄怒ってるだろうなぁー、これでよかったのか?」


「うん。鹿児島だけでやっていけます。それに薩摩人は独立心旺盛で結束が強いのです。過去の歴史を見ても、何度も独立を目指しています。今回は私達の番です」


「いや、姉ちゃんはいいの? 鹿児島県民でもねぇし」


「……はい」


「嫌ならやめとこうぜ」


「嫌々やっている訳ではありません」


「そっか。ま、なんくるないさ」




 姉弟は伊崎総理からの依頼で、宇宙から戻って二日後に暴動が起きそうなのを止めに出発した。

 まずは鹿児島の池田湖迷宮へ向かった。昔からイッシーという恐竜が住むと言われている湖である。池田湖は国立公園となっているが、今のご時世イッシーと大うなぎだけでは観光客の心を掴みきれず、鹿児島県知事からの要請で国営迷宮のひとつとして迷宮化した湖である。

 湖全体を迷宮化し直径約四キロの湖面に、水中階層を合わせ全三階層。

 迷宮化後に管理者パッドで確認した所、本当にイッシーは存在した。今は三階層のボス『黒竜イッシー』として愛嬌を振りまいている。

 観光迷宮であるので階層は深くなく、魔物は弱い。高額ドロップ品も期待出来ないが、姉はイッシーパンツをドロップしてカーチャにお土産として渡そうと考えていた。


 最初にこの迷宮を選んだのは、扇動する者がここにいるのではないかという予想の元(博士調べ)、どうせなら水中ボディスーツ試作二号の試験も頼むよという博士の研究意欲のせいもあった。



 迷宮前には多くの探索者達が集まっており、鹿児島県警機動隊がバリケードを作って暴動を押さえ込もうとしていた。

 総理からの紹介状を出し、機動隊隊長を呼んでもらい状況を聞く。


「首謀者は特A級探索者のたかはしという者です。高橋の呼びかけにより、ここ三日間で全国から探索者が集結しつつあります。今にもここから飛び出し、暴動へと発展しそうな勢いです。他県の県警に応援を頼んでおりますが、間に合うかどうか……」


「なぜ、このような事態になったのですか?」


「はっ。通称『姉弟を探せ!』において日本各地の迷宮で一時はイベントとして盛り上がりましたが、ご姉弟は何処にもいらっしゃらずフェイクイベントを政府が起こしたという噂から不満に発展した模様です」


「俺達のせいかぁ」


「まずはその人と話をしてみます」


「危険です!」


「だいじょぶだいじょぶ。たぶん」


 機動隊のバリケードを抜け、探索者達が集まる迷宮前に二人で歩いて行く。迷宮前には十名ほどの探索者がおり門番のように立っていた。他の者は迷宮内で過ごしているのだろう。自由に出入りしている事から、管理室は占拠されたと思われる。


「止まれっ! え!? 本物?」


 門番の一人が声を掛け、探索者証を見せながら近づく二人を確認すると驚いている。


「ご本人だ! ご本人達が来られたぞ!」


 その門番が大声を上げ、そこに居た者が姉弟を見て跪き始めた。


「初めまして。ここをまとめていらっしゃる方とお話をしたいのですが」


「しょ、少々お待ちくださいっ」


 門番が慌てて迷宮内へ入っていき、しばらくするとクラウド並みの大剣を背負った探索者が一人、姉弟の前に歩み出て来た。三十代後半くらいの男性で黒髪短髪に無精髭がある。均整の取れた体格が装備の上からも分かり、強そうな独特のオーラがある。


「特Aの高橋だ。……確かに本人だな。話とは?」


「初めまして。なぜこのような事をされていらっしゃるのですか?」


「……なぜそのような事を聞く」


「質問を質問で返すかよ」


「貴様らに質問してよいとは言っておらん」


 高橋という男性は姉弟のことを快く思っていない様子であり、眉間にしわを寄せたままいぶかしげに言い放った。

 それに対して弟はカチンと来たようで、高橋とは逆にニコニコしながら言い返した。


「高橋様、ご質問してもよろしいでありましょうか?」


「ダメだ。帰れ。お前らは迷宮内で待機だ」


 取り付く島もなく姉弟に言い放ち、門番達に指示を出す。

 門番達は皆、姉弟の話さえ聞かず追い返そうとしていることに驚く。


「高橋さん、それは……せっかく来て頂いたのに」


「今更この二人が来ても遅い。もうすでに動き始めている」


「話を聞いて頂けないとなると……実力行使です」


 姉はそう言って両腰に帯刀していた双剣を抜く。弟も太刀を抜きながら話す。


「これが一番わかりやすいよなぁ。結局俺らは強い者に従うっちゅう習性だもんな」


「迷宮内に居る者も合わせて百五十人ほどだ。全員倒せると思うか? 特Aが俺の他に二人いるぞ?」


「それはやってみなくちゃ、わかんねーよっ!」


 高橋の挑発に弟はかかったようだ。スペルを詠むのも忘れ、勢いよくダッシュして一気に間を詰める。高橋はニヤリと笑い大剣を背から引き抜く。


 弟が太刀を構え斬撃を放とうとした瞬間、ボンッという音と共に煙幕が立ち昇って二人の行動をストップさせた。


「お!? なんだ!?」


 動きを止めた後、何事か見極める為にバックステップした弟の耳に囁き声が聞こえた。


「若様。いったん引いてください。高橋という者、裏があります」


 聞いた事のある声だが、姿が見えない事に首をかしげながら姉の元に戻り、姉ちゃん一度撤退だってよと言って共に機動隊バリケード後ろまで下がる。


「逃げるか!」


「作戦会議? そんな感じー!」


 高橋の問いかけに弟が叫ぶ。追ってこようとするが、機動隊のバリケードに阻まれ舌打ちをしながら迷宮へ戻って行った。

 弟がちょっと姉ちゃんと二人にして、と隊長にお願いすると天幕に案内してくれ、姉弟はそこのパイプイスに座る。

 周りに人の気配がなくなると、一人の男性が姿を見せ跪いた。

 その男性は黒頭巾をかぶり足元は、服装は全身真っ黒で忍者衣装その物だ。


「お? 忍者?」


「我らは所轄警察署ご姉弟護衛隊であります。しかし、もはや護衛の必要が無い状況ですので何かお役に立てないかと、諜報隊として動いております」


 男性がそう言うとゆっくりと懐に手を入れ、警察手帳と探索者証を取り出して見せ、身分の証明をする。

 張り込み用に潜伏スペル研究が必須であり、それを特化させた隊ですと説明を受ける。隊にはこの人を含め刑事が何名かいるようだ。


「おお、かっこいいー」


「忍者衣装……かっこいい」


 弟は諜報隊という存在に感嘆し、姉はその制服に惹かれたようだ。うっとりと見ている。


「よろしければクノイチ衣装をご用意致しますが」


「お願いします!」


「はっ。では後日お届け致します。……高橋という者の件ですが、自治会治安部に所属しておる者です。元々ここまでの騒ぎではなかったのですが、探索者達を暴動寸前まで煽っております」


「はぁー、またジチカイかよ。面倒くせぇ」


「自治会の趣旨と違っているようですが」


「治安部……というより自治会自体が絡んでいるようです。奴が言っていた他の特A級探索者二人も治安部の者です」


「何が目的なのでしょうか」


「治安部の最終目的はご姉弟の殺害かと思われます。居場所のわからないお二人を呼び寄せる為に騒ぎを起こしたようです。自治会の目的はわかりません」


「あー、まんまと引っかかっちゃった訳かぁ」


「自治会はこの件に関して何か言ってきていますか?」


「いえ、何も。探りを入れたいのですが、各支部を迷宮化しており中には入れません」


「どうする、姉ちゃん?」


「……まずはこの騒ぎがこれ以上大きくならないようにします」


 そう言った後、姉はエレーナへ電話をし指宿いぶすき市市長とのアポイントメントを取ってもらう。

 所轄諜報隊へは引き続き、自治会に対しての諜報活動をお願いした。


 弟が諜報隊の活動内容などを興味津々に聞いていると、すぐにエレーナから市長との面談予定が取れたと連絡があった。一般市民がこんなにも速くアポを取れるとはどのような手段を使ったのか、本当に優秀なマネージャーである。



 指宿市役所指宿庁舎。

 池田湖迷宮から十キロほど離れた庁舎に着き、総合案内で訪ねると市長応接室に通された。三階建ての庁舎は決して大きくはないが、優しいピンク色の壁と庁舎前の造園に温かみを感じる。クレームを付けに来た市民は入る前に癒やされるだろう。


 応接室でソファーに座らず立って待っていると、四十代前半で焦げ茶色の髪が耳までかかり、日に焼けた肌を持つ筋肉質の男性が入ってきた。青いアロハシャツにベージュの短パン、ビーチサンダルという格好である。


「お待たせしました。市長の豊島とよしまです。お二人の噂はかねがね伺っております」


「は? 市長? で?」


 弟の言葉にまたもや姉の後頭部ハタキが飛ぶが、市長は、いやいやはははと笑っている。いい人のようだ。

 豊島とよしま市長はにこやかに近づきながら握手を求め、二人はそれに応じる。姉弟はそれぞれ挨拶をしソファーを促され対面に座った。


「格好は南国というイメージを打ち出したい施策です。まぁ、たまに池田湖でジェットサーフもやります」


 マリンスポーツを好むようだ。ジェットサーフは超小型ジェットエンジンを付けたサーフボードに乗って自在に水面を走るスポーツだ。

 各地で競技を開催しており時速百キロを超えるそのスピードに魅了される者が多い。


「ジェットサーフ! やってみてぇ!」


「では、機会がありましたら御一緒に」


「なにそれ……シャコウジレイ?」


「いえいえ。いつでもという訳にはいきませんが、公務がない日でしたら」


「うん、よろしくー! あとでメアド教えて」


「ははは、わかりました」


 本題に入りたいのですが、と姉が居住まいを正し市長を見る。はい、どうぞと答えが返ってきて話を始めた。


「総理より暴動にならぬよう鎮圧をと依頼され池田湖迷宮に行きました」


「はい。県警から連絡が入っています」


「扇動している者と少しだけ話をしましたが、うまくいきませんでした。迷宮が乗っ取られており、そして今も探索者の集結が止まらないようで、このままではテロリストとして扱われ公安と自衛隊出動の可能性があります」


「……なるほど」


「テロリスト認定されますと観光客獲得に影響が出ると思います」


「確かに、そうです」


「その影響は現状から六十パーセント減。まずは宿泊施設閉鎖、関連する企業に影響が出て他の市か他県に移住する人が続出します。それを好機にテロリストが支配地を拡大し、やがて指宿市はテロリストの物となります。五年以内にそうなります」


「これ、うちのマネージャーの予測だってー」


「……」


 市長は絶句して言葉が出ない。そんな市長を姉がじっと見つめ解決策を提案する。


「解決策があります。予算は迷宮庁から助成金が半額出ます」


「な、なんでしょう!?」


 姉の言葉に市長は飛びつく。

 その姿はわらにも縋り付く悪徳宗教に勧誘だまされた者のようだ。




「池田湖周辺住民に全て立ち退いてもらい、別の迷宮で囲みます」

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