第57話 軌道エレベータ迷宮三
日本、総理官邸。
ロシアからのホットライン用電話が鳴る。
「もしもし」
≪イサキ! どうだ?≫
「二日前に監視フロアから通信が入りました。順調です」
≪そうか! 俺も昇りてぇなー! 本気で日本国籍取ろうと考えているところだ≫
「そ、そうですか。しかしまずは大統領任期を全うしてから考えてください」
≪知ってたか? 大統領なんていつでも辞める事が出来るのだぞ?≫
「まぁ、その時は民間人扱いになりますね。亡命だとロシアが国籍を放棄させてくれないでしょう」
≪甘い、まだまだ甘いなぁ、イサキよ。俺だけじゃねぇぞ、この前演習を見た議員のほとんどがそう考えているのだ≫
「そ、それは……ロシアという国がなくなってしまいます」
≪この先を考えるとそれがいいかもしれん。小国から日本編入への打診来ているのだろう? なぁ、この際だから本当の事を言え≫
「……はい」
≪どうするのだ?≫
「お断りしています」
≪なぜだ! 平和的編入だろう? 我が国がソ連だった頃を知っているか? そこから多くの国が独立していった。謂わばその逆バージョンだろ、簡単な事だ。最近でもイギリスが五十数カ国をまとめあげ連邦共和国を名乗っている。先例があるのだ≫
「イギリスの場合は元々連邦に所属していた国ですし……」
≪いや、同じだよ。イサキよ、ロシアの日本編入を考えてくれ。すでに根回しはしてある。日本が了承すれば明日からでも大丈夫だ≫
「前向きに検討させて頂きます」
≪その返事はダメだ。聞き飽きた≫
「わかりました。本気で検討させて頂きます」
≪良い返事しか待ってないぞ。姪と甥によろしくな!≫
そうしてイヴァン大統領からの電話は切れる。伊崎総理は溜息を吐き、昔から大国は難題を押しつけると呟いて立ち上がった。
宇宙条約という物がある。これは西暦一九六七年に月や天体の領有と軍事利用の禁止を定めた物だ。当然のことながら日本も
この法は、国土を守る為ならば宇宙空間において軍事利用もオッケーという物だ。
もちろん多くの反発を招いたが、この件に関してはいつもの弱腰政策は見られなかった。
そのおかげで軌道エレベータ迷宮は宇宙船製造拠点の他に、超戦闘態勢の取れる即応型軍事施設としての利用も考えられている。
他国から見れば軍事国家日本の復活と
もう、日本は我慢をしていない。
「はぁー、退屈すぎ。ダン調、何かやって」
「知るかよ、本でも読んでろ。それか嬢ちゃんのように一階で鍛錬でもしてろ」
静止軌道まで三万六千キロメートル。そこまで塔を伸ばし続けなければならないのだ。相当な時間が掛かるのは当然だ。
ダン調はしっかりとバッチを組んでオート作成にしており、一杯やりながらパッドで本を読んでいるのだった。
「にーに、一緒に飲む?」
「お前、また飲んでんのかよ。これまで一度も家事してねぇよな? ダン調、ホントにこいつに家政婦プラグイン入れてんの?」
「おう、入れてるぞ。入れてるが、機能をオンにしているとは言っていない」
「なんだそりゃー! オンにしてよ! というか、こいつもうチェンジ!」
「にーに、うるさい」
「こっちの方が面白いからオッケー。それに家事なんてする事ねぇしな」
「はぁ……もう、いいよ。三階で鍛錬してこよ」
「じゃあ、わたしはお昼寝ー」
「ホント自由だな、お前」
なんだか鍛錬する前から疲れている弟は、とぼとぼと肩を落としながら三階へ向かった。一階と三階は本来は資材搬入用スペースだが、今回は何も積み込んでおらず白い空間が広がっている。
スペルで強化した後、ユーザーパッドで魔物をポップさせる。
「とりあえず、三時間連続……徐々に強くなる設定でいいか」
誰かに対して呟いたわけでもないがだだっ広い空間に一人きり、静かすぎるので寂しいのだった。
次々と斬り捨て、さらにスペルで攻撃しながら黙々と鍛錬をしていく弟。
姉弟は鍛錬中と探索中は基本的に無言で攻撃する。掛け声は攻撃のタイミングを相手に知らせることになると、両親の教えだ。必殺技名を叫ぶなどもってのほかである。
対人戦では特に技名の一部だけでも次の攻撃が予測出来るので、対処されてしまう可能性が上がるのだ。反射神経、判断力の優れた探索者同士だとそれが顕著に表れる。
「島の魔物の方がバリエーション豊富で手応えあるなぁ。今度ダン調連れてってあの魔物のコピー作ってもらうかぁ」
パッドにあらかじめ用意されている魔物はどうしても攻撃が単調になる。段階を踏むごとに強くはなっていくが、それは攻撃と防御が強くなるだけで考えた動作はしないのだ。
「飽きた……姉ちゃん見にいこ」
三時間設定の所、二時間ほどで切り上げて一階の姉のところへ行く。
そこでは姉が島の魔物、
「は? なんでこいつらここにいんの?」
弟の存在に気付いた三体の分身が襲ってくる。それを即座に斬り捨て姉に近づく。
姉は本体を斬り終えた後、
「姉ちゃん、なんでこいつらここにいんの?」
「
「
『ははは、
『内緒だったのにー』
『秘密保持契約と借用書にサインせよ!』
「そうなの!? 島じゃねぇのに……姉ちゃんすげー。あとしれっと借用書出すなよ、金借りてねぇよ」
『私達は島に縛られるモノではありませんから』
『召喚獣ぅー』
『くらえメガフレア!』
バシッ!
弟は
「島の魔物じゃねぇって事? じゃ、なんなの?」
『極秘事項です』
『禁則事項です』
『
「はぁ……もう、いいよ。姉ちゃん、俺も一緒に鍛錬させて」
「うん。ではリセットして対複数モードをお願いします」
姉は三体に言うと、額に刻まれていた
それから二人は数時間休憩も無しに鍛錬を続ける。弟に限界が来て気絶した時にはスコアが五千を超えていた。島での鍛錬より大幅にスコアが伸びたのは、二人の能力が上がっていることもあるが、姉のマナ心臓が普段より濃いマナを放出していたからでもあった。
姉が弟をおんぶして二階へ戻ると、ダン調が良い物を見たという風に声を掛けてきた。
「ははは、どうしたソレ」
「気絶するまで鍛錬していました」
「そこまでやるのか。そこに寝かせてやれ」
ダン調はそう言ってソファーを顎で示す。姉はそっと弟を降ろし寝かせた。
「にーに、添い寝してあげるね!」
幼女魔物が弟の横に寝そべり頭をよしよしとなで始めた。
姉はそれを見てふふっと微笑むと浴場に向かう。
湯船に浸かり両手をじっと見つめる。
……
地球から離れるほど、宇宙空間に入っていくほど力が溢れてくるようだ。弟とダン調は変わらない様子なのでそれは姉の身体の特性なのだろうか。
そんな姉を余所に軌道エレベータ迷宮は順調に塔を伸ばし続け、静止軌道まで辿り着いた。ここに最上階六階層の住居・研究施設と資材製造設備、宇宙船ドックを製作する。
「おつかれさん。長かったな。ここが一番広いから時間かかるぞ、のんびりしといてくれ」
早速、ダン調が作業に取りかかった。まずはラスボス配置、と言いながらパッドを操作しこの軌道エレベータ迷宮のラスボスをポップさせる。
大きさは姉の膝くらいまでしかなくデフォルメされた姿だ。そのラスボスに幼女魔物がちょっかいを出して噛まれている。
「なんだよ、ラスボスって黒竜かよ。これ公営迷宮の決まり事なの?」
「ああ、そうらしい。本来の大きさじゃ、でかすぎるからこのサイズにした。まぁ、マスコットだと思え。自ら攻撃はしないはずだ」
公営迷宮ではラスボスは黒竜というのが仕様であった。民間迷宮でもそれに習って同じ魔物を配置する事が多い。ここでは黒竜ゼータが配置された。変形はしない。
六階層は相当広い。滑走路を含めた羽田空港なみの広さで、東京ディズニーランドを端から端まで三十往復するほどだ。
あらかじめ区画セットを作ってあり配置していくだけだが、どうしても細かい調整が必要になる。ダン調はマナカー(マナ動力の車、仮称)で動き回りながら配置と調整をしていった。シムシティ感覚でパッドを操作し、実際に目で見て確かめる。箱庭マニア大歓喜だ。
この街作りに上下水道管と電線は必要ない。ここは迷宮内である為に、飲み物はパッドで出せるし、電灯は謎の光でまかなえるのだ。
通信は階層内でイントラネットを組み、地上ターミナルのイントラネットと専用線で繋ぐ。当然、強固なファイアウォールを備えている。
このファイアウォールは研究改良した魔物だ。魔物同士の通信の為に他国は解読が不可能となっている。この魔物を利用し階層内の通信プロトコルも魔物に任せている。
各端末にデフォルメされた魔物が接続され通信を行っているのだ。凝り性の者はその魔物を好きな容姿に変更し使用している。
副産物としてこれは個人認証にも繋がった。作った者、または登録した者しか通信出来ないのだ。探索者証と同じくマナで認証する為に世界一強固なプロテクトであった。
現在は有線接続しか出来ないが、マナの研究が進めば迷宮内での無線接続が可能になるはずだ。
ダン調が一週間をかけ街作りを終える。こんな短期間で終わったのはプラグインのおかげだ。パッド内で建物を作成し必要な機器を配置する。そのいくつかの建物を区画ごとのカテゴリー分けをしてひとつのプラグインとする。それを配置して区画を接続していくのだ。
このプラグインのおかげで迷宮製作時間が格段に短くなった。今も主流のパッド用OS、Y-OSが事実上標準OSとなった理由である。このプラグインを読み込める派生型OSもあるが、Y-OSはオープンソース化しており年々機能が追加されている。初期のY-OS開発者が未だ改変に尽力している事もあり、まだまだ安泰である。
その開発者とは吉田さんの奥さんだ。
Y-OS Hyper Integrated Dynamic Access。
頭文字を合わせるとYOSHIDA。
婚約者の宗川さんが日本迷宮製作に携わることになり、管理者パッドの使いづらさを吐露した所、じゃあいっそOS作っちゃおう! と作り上げてしまった物だ。
現在のバージョンは肉。二十九とかけており、奥さんの茶目っ気が出ている。
何世代もバージョンを重ねてきているが、まだ謎のコードが潜んでいる。どうやって使うのかわからないコードが多く、開発者達はパズルゲームでもやるかのように一喜一憂しながら改良し続けて行っている。
この謎のコードは異世界神が仕込んだ物だ。人間にその管理者パッドを使いこなせているとはまだ言い切れないのである。
「お仕事完了ー! あとは実際に使う人達にお任せだな」
「おー、ダン調おつかれー。なぁ、こっそり俺の家作ってよ。自由に行き来出来るようにするとかさ」
「おつかれさまです」
「あほー、本来無い物を付け足したり、バックドア作ったりと、余計なことがシステムやこの迷宮自体の崩壊に繋がるんだ。その抜け道は絶対に後から悪者に使われる。余計なフラグ立てんじゃねぇよ」
「あー、映画とかである奴な?」
「そういう事だ。帰るぞ」
仕事には超真面目で几帳面なダン調が管理者パッドを操作し全員を転送させる。帰りは一瞬だ。
地上ターミナルに着き、その場に居た研究者に完成したと伝える。後に完成検査で立ち会いが必要になるが、それはダン調だけで大丈夫だ。姉弟の軌道エレベータ迷宮入宮許可を取り消し、三人は応接室のソファーでくつろぐ。
幼女魔物とは
三人が戻ったと聞いた博士が応接室に飛び込んでくる。
「お帰り、おつかれだったね。帰って早々悪いんだが、二人には頼みたい事があるんだよ。まぁ、私ではなく総理からの依頼なんだけどね」
「はい。なんでしょうか」
「各地の迷宮で暴動が起きそうなんだ。騒ぎを収めてほしい」
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