第55話 軌道エレベータ迷宮


 その日、日本中の公営迷宮内に姉弟の姿があった。

 国営迷宮で姉が次々と魔物を倒す様子が、各地の観光地迷宮でガイドをする姉弟が、公営ビーチ迷宮では黒いビキニ姿の姉と、七色に移り変わるブーメランパンツを履いた弟の姿が確認された。

 また、トライアスロン大会では美しいフォームで泳ぎを見せる姉と追随する弟が見られた。その姉を中継で見ていたエレーナは、偽物ねと一言こぼしていた。


 各地の迷宮では何の予告もなく現れた姉弟に歓喜する人々の中、姉弟を付け狙い暗躍する者の苛立ちが最大値を超えていた。


 まずは一手、と総理が公営迷宮管理者達に姉弟を模した魔物をポップさせるよう指示したのだ。

 姉弟の体型データは民間で出回っている為、容易に再現することが出来る。また、探サポに協力を願い、ダン調から提出された性格と行動予測、口調データも反映されている。

 本人と全く同一だと迷宮法に触れるので、瞳の色を変える、弟を女体化するなど法に背かないようにしていた。

 強さはそこそこだ。上級探索者ならば一撃で倒せる程度である。倒してもドロップはない。


 ダンコミに出現情報が投稿され、離れた迷宮間での目撃情報と本人との微妙な違いに魔物であると判断したが、もしかしたら本物がどこかにいる『姉弟を探せ!』というイベントなのではないかと盛り上がった。

 また民間迷宮ではなく公営迷宮に出現していることからも、そのイベントの信憑性に拍車をかけていた。

 テレビ局、ネット配信局等もこの話題に飛びつき、数時間で日本のみならず世界中でイベント内容が伝わっていった。この事は巡礼に訪れる者らの分散にも役立ち、各地方の活性化に貢献した。

 総理の一手はこの日だけではなく、しばらく続くことになる。



「ほえー、こんな事になってるのかぁ。伊崎兄おもしれぇこと考えたなぁ」


「絶妙な作戦ですね。これならば本人は居なくても良いですし、もしかしたら別の迷宮ならいるかもしれないという、宝探しのような射幸心をも煽っています」


 施設の応接室でネット中継を見ている弟と社長が感心しながら話している。

 伊豆大島迷宮に来てから五日。無重力空間での訓練や緊急時の対応法を教わるなどして過ごし、明日、いよいよ出発する予定になっていた。


「おお!? なぁ、あれ姉ちゃんの男バージョンじゃね? かっこよくね?」


「確かに、ちょっと嫉妬してしまうほどですね。女性探索者が群がっていますよ」



「あー……これはダン調の趣味が入ってる気がする」


「ははは、顔はご姉弟で体は八頭身の猫と犬、ですか」


 二人が楽しんで見ている中、横では姉がメモを取るのに忙しそうにしている。そんな姉を見て、弟はまたかと呆れ、社長は不思議に思って聞いた。


「中継を見て何をメモしていらっしゃるのですか?」


「……恨み晴らすリスト」


「えっ!」


 社長がそっと覗き込むと名前や迷宮名がつらつらと書かれており、ダン調の名前もそこにあった。そのリストのトップに自分の名前があるのを見て、恋心が打ち砕かれたかのように思えショックを受けて下がっていった。



 今、この研究実験施設では皆が忙しそうに走り回っている。博士が一番忙しそうでお茶を飲む時間さえないようだ。探サポからダン調が召集され博士と共に最終調整中だ。

 先に吉田さんに召集をかけたのだがやんわりと断られ、代わりにダン調を紹介されたのだった。


 そのダン調が姉弟の元に来て管理者パッドを見せながら説明を始める。

 今日のダン調は茶系のズボンに青い綿シャツ、靴は動き回るのでスポーツシューズだ。博士に借りた白衣を上から羽織っている。


「計画の詳細は聞いたな? お前らと俺の三人で行くからな。何かあったら俺を守れよ?」


「はい」


「ダン調。あちこちの迷宮でやってるイベント、趣味出し過ぎ!」


「うるせぇ、上から遊び感覚でいいって言われたんだよ! 総理名義で指示書が来たが、話のわかる総理だぜ」


「しかしなぁ、本人の俺らにとっちゃあ微妙な気持ちなんだけど」


「いいじゃねぇか、文句言うな。あんまり文句言うとこう言う事してやるぞ」


 ククッと笑いながらダン調は管理者パッドを操作し、ソレを弟の目の前に出現させた。



「にーに、ひさしぶりぃ! 元気だったぁ?」


「げっ!」


 ソレはキャバクラ迷宮で弟の接客に着いた幼女魔物。

 今や迷宮調律界で吉田さんの次にカリスマと実力があるダン調にとって、その魔物を見ただけでコピー作成する事など造作も無いのだ。いつか弟をからかってやろうと幼女魔物を作成しておいたのだった。


「ひざまくらして、にーに」


「ちょ、ちょっとダン調! 消して、こいつ消して! チェンジ!」


「にーに、ひどーい」


「こいつは身の回りの世話用に連れて行く。家政婦プラグインも入れてある。楽しみにしてろ、はははは!」


「ひでぇっ! 鬼! 悪魔!」


「にーに、うるさい」


「可愛い」


 その様子を見ていた姉が幼女魔物に近づき頭を撫でる。


「ありがと! ねーね!」


「仲良くしましょう、ね」


「うん!」


「はぁー、出発前から疲れたよ」



 翌日早朝。

 施設外にJAXA職員と研究者達、約百名が並んで立っている。姉弟とダン調と幼女魔物はその前に立ち、世界初の出来事に挑もうとしていた。

 総理が姉弟達と同列に並びスピーチを始める。


「本日、この三人と一体が歴史を変える。初めて迷宮を開設して以来、君達が研究と実験を重ねてきた成果が出る時だ。諸事情により大々的には行う事が出来ないが、確実に日本、いや世界の歴史の一ページを飾ることになる。今! 日本は世界から阻害され孤立しようとしている! がしかし、こんな小さな星で留まるつもりはない! もっと広い世界へ、さらに遠くへ! その一歩を踏み出すのだ! 君達に感謝を! さぁ、行こうっ!」


 うおおおおお! と歓声と拍手が鳴り響く。涙を落としている者もいる。前に立つ姉弟達に、頼むぞ! ガンバレー! と言う声援も聞こえていた。

 博士はそっとポータブル音楽プレイヤーのスイッチを入れ、施設のスピーカーから姉の歌声を流し始めて、姉弟を見てニコッと笑った。

 弟には大受けだが姉は苦虫を噛み潰したような顔をしている。恨み晴らすリストに博士の名が乗る日も近い。幼女魔物は曲に合わせて歌い始めていた。



 三人と一体は三階建ての真っ白な建物に入る。

 二階がロビーになっており、一階と三階は物資収納スペースだ。ロビーはかなり広く作ってあり、ゆったり座れるソファーや寝転がれる空間、ちょっとしたバーカウンターもある。

 姉弟はソファーに座り、目の前に座ったダン調を見守る。幼女魔物は弟の膝の上だ。


「じゃ、やるぞ?」


 ダン調の言葉に姉弟が頷きで返事をした。


「軌道エレベータ迷宮開設っ!」



 ダン調が管理者パッドをタップする。外では一直線に空に向かって迷宮が伸びていくのが見えるはずだ。


 これは軌道エレベータ迷宮。

 静止軌道上にステーションを作成し、そこからケーブルを上下に伸ばしていって建設するのが一般的な理論だ。

 その理論では赤道近くに建設するのが理想と言われる。ケーブルへの張力の関係と地球に対して垂直にケーブルが伸ばせる為だ。


 しかし日本は迷宮開設という技術を手に入れた。その技術を研究応用しこの軌道エレベータ迷宮開設に漕ぎ着けたのだった。


 まず地上施設から姉弟達の入った建物自体が迷宮内を移動しながら、迷宮を空へ向け百キロメートル伸ばす。空と宇宙の境界線、ここまでが一階層だ。そこに二階層として展望フロアを作る。のちに観光用として開放する時の為であり、民間人はここから先に昇る事は出来ないようにする。

 さらにそこから伸ばし続け、地上から二千キロメートルの低軌道高度までが三階層とする。その高度に四階層目を置き、監視フロアとして他国の衛星と地上を監視する。

 そして五階層目を高度三万六千キロメートルまで伸ばし続け、静止軌道上に六階層として広大な機材製造フロアと住居・研究実験フロアを作る計画だ。

 それより先に向かってカウンターウェイトは置かない。迷宮特性により制御できる為である。

 さらに迷宮を破壊不可属性にする事により、台風や雷などの気候や地震等にもビクともしない。また宇宙空間では他国の人工衛星が衝突しようとも問題なく、宇宙線(放射線)をも侵入させないのだ。


 軌道エレベータ迷宮が稼働し始めれば、宇宙空間での宇宙船製造が可能になる。物資輸送コストが大幅に抑えられるほか、迷宮管理者パッドにより部品と消耗品製造を行う事が出来る。ここを拠点としてこれまで以上に低コストで素早く、宇宙の探索へと旅立つ事が出来るのである。

 一般観光者は二階層まで時速二百キロのエレベータで移動し約三十分で到着出来る。

 しかしここは迷宮だ。時速二百キロのエレベータで一週間かかる四階層の監視フロアと六階層の最上階フロアまで、管理者パッド操作により人間の強制転送が可能となる。大型物資を運ぶ為には運搬が必要となるが、その為に現在姉弟達が入っている建物が今後運搬用に使用されることとなる。運搬する為の動力は博士が開発したマナ動力が使用される。博士すごい。



 ダン調が順調に迷宮を作成していく。途中、数十箇所に航空警告灯を外部に設定し航空機が衝突しないようにする。

 やがて高度百キロメートルに達し、二階層の展望フロア製作に入った。地上で一気に高度三万六千キロメートルの六階層まで作って開設する案もあったが、ここまで大規模の迷宮は初めての事であるので慎重案を取り、順番に作っていく事にしたのであった。姉弟はフロアに出来た窓から外を眺め、初めて見る景観に興奮していた。


「丸い! 地球丸い!」


「すごい……綺麗、です」


「にーに、おなかすいたぁ」


「お前、今感動してるとこだろ! 見ろよ! 魔物でここまで来たのお前が初めてだぞ!」


 お腹をさすり腹ぺこアピールする幼女魔物に弟は声を上げる。幼女魔物は素知らぬふりだ。


「それにお前、家政婦プラグイン入れてんだろ? 作れよ! お前が俺らの世話するんじゃねぇのかよ!」


「にーに、うるさい」


 弟の言葉に腕を組みぷんぷんと怒った格好をするあざと黒い魔物だった。



 二階層の製作を終えたダン調が上を指さしながら言う。




「さぁ、ここからが宇宙空間だ。行くぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る