第54話 伊豆大島迷宮


 姉弟の滞在する山荘迷宮前に黒塗りの車が三台止まっている。護衛らしき人物が数名、車の周りに立ち警戒している。その様子を所轄警察署の姉弟護衛隊がいつでも飛び出せるよう管理室の影から窺っていた。


 訪ねてきた人物は伊崎総理大臣。

 応接椅子に座り姉弟と社長を目の前にし、話しを始めた。



「インターポールから国際逮捕手配書が来た。被疑者は君達だ」


「は? なんで?」


 すぐに弟が反応する。姉と社長は詳細を聞こうと待ち構えている。


「イタリアがインターポールを通じて出した。容疑は弟くんが密入国容疑、お嬢ちゃんがフェリーネ枢機卿殺害容疑だ」


「はぁっ!? そんな事! したけど……姉ちゃんを助けにいったから」


「殺していません」


 弟が伊崎総理を睨みながら言うが、よく考えれば確かに密入国したなと言葉が小さくなっていく。姉は即座に否定した。


「わかっている。弟くんは……まぁ、したのは事実だから代理処罰で何とか出来ると思うが、それよりもお嬢ちゃんの引渡しを強く求めてられていてな……渡さんが」


 代理処罰とは今回の場合で当てはめると、イタリアで起こした犯罪を、逃げ帰った日本で裁くよう求める物である。


「それは……イタリアとの関係が悪化するのではないですか?」


「悪化も何も、向こうから一方的に国交断絶されてる状態で引き渡せと言われても、心情的には渡すわけがない」


「心情的には?」


「うむ、そこがややこしい所なんだが、国交断絶すると通達があったわけではないから、いろんな条約や取り決めが生きている状態なのだ。建前として国交再開を望んでいるのだが、ここで突っぱねてしまうと多くの国がはっきりと敵国となる可能性がある。俺、個人としては、もはや日本だけでやっていけるから余計なしがらみはいらんのだがな」


「国際的に孤立してしまうと……」


 黙って聞いていた社長が問いかけた。


「そうだ。これまでの日本は建前と見栄の国だった。他国からの視線をびくびくと気にしながら国交を行ってきたのだ。それが未だ国民や議員達に根付いている。物資的には孤立しても何の問題も無いのだが……怖いのだ。地球で一人になるのが恐ろしいと思うように連綿と教育され続けてきたのだ」


「何となく、わかります。ロシアでは自国優先教育なのですが、日本は他国共存というイメージですし」


「超大国との違いだな。昔から一人でやっていける者と、人の力を借りなければ生きて来られなかった者。その転換を今、日本が問われているのかもしれん」


「それで、姉ちゃんはどうなるの?」


「引渡しはしない。これがEUと決別の決定打になる。後で知らされるより先に教えとこうと思ってな。訪ねてきたのだ」


「そっかぁ、引き渡しされても連れ戻しにいくけどな! 外国行っとかなくてよかったな、姉ちゃん」


「む? 何処か行く予定だったのか?」


「いいえ、滝川さんから今の状況を何とかする為に一度オーストラリアに行ってはどうかと」


「断ったけどな」


「それは状況が悪化するだけだな」


「プランAとか言ってたけど? んで、今はプランBやってるとこ」


 なんだそれは、と総理が怪訝な顔をして聞き、社長が滝川さんのプランを話した。怒り顔で総理は話し始める。


「プランAは最悪だな。なぜそれが最上位なんだ。プランBは確かに地域活性化に貢献するが……きちんと練られているとは思えんな。これは俺が預かろう、滝川と迷宮庁に問い合わせる」


 プランを総理が知らなかったことに三人は驚く。姉を総理大臣にという冗談は確かに聞いた、と伊崎総理は言った。だが、他のプランは聞いていないと言う。思い返せば滝川さんは総理の承認を得た、とは言っていないのだ。

 その場にいる(弟を除く)三人に嫌な予感が通り抜ける。


「こう言うのって、問いただした伊崎兄が殺されるパターンだよな?」


「なっ」


 バチーン!!


 姉の平手が弟の後頭部を襲った。いてーよ、と抗議しながら頭をさする弟だが、伊崎総理はなるほど確かにそうかもしれん、と考え込み始めた。



 総理が沈黙して考えている最中、その間を埋めるように社長が話し始める。


「そう言えば水泳特訓の進み具合はどうですか? トライアスロン大会は来週ですが」


「……」


「姉ちゃんはバタ足だけで俺に着いてこれるよ。息継ぎ出来ねぇけど」


「そ、それはそれですごいですね」


「自転車とランニングに賭けるしかねぇってエレーナ母ちゃんが言ってた」


「質問です。優勝しなくてはならないのでしょうか? 契約にはイベントへ参加する事とはありますが、優勝とは書いてありません」


「そうですね。本来の選手ではありませんので優勝は求めていません。」


「あのさ、選手としてじゃなくてもいいんじゃね? レポーターとか?」


 なるほど、と姉の顔が上がる。瞳を希望に輝かせ、どうなんですか? と社長の顔をじっと見つめる。


「た、確かにそれも参加と言えますが……社としては選手として参加していただきたいですね」


 社長の言葉に肩を落とし顔を伏せる姉。そこへ総理が待ったをかけた。


「その大会な、出場を見合わせてくれんか? 二人に手を貸してもらいたい事がある。この際、探サポにも協力してもらおう。社長も一緒に来てくれ」


「わかりました!」


 内容も聞かず姉は即答する。皆の注目を集めた姉は少し照れながら、総理の要請を断る訳にはいきません、と言い訳をしながら顔を逸らした。


「何すんの?」


「ここからは極秘事項! 身内でも話すなよ。期間はわからん」


「母がマネージャーなのですが」


「エレーナさんか、しばらく出掛ける事だけ伝えろ。大会不参加はまだ言わないでくれ」


 今から行くぞと総理が立ち上がる。社長は慌ててエレーナに電話をし、しばらく留守にする事を伝えた。総理に着いていき車に乗り込む。姉弟と社長は総理の後ろの車だ。



 何処へ連れて行かれるのか不安になっている三人を余所に、一眠り出来る時間ほど進み、調布市内のとある施設に車は入っていく。

 車から降りると説明もなしにヘリコプターに乗せられ飛び立つ。一機ではない。三機のヘリが編隊となって伊豆方面へと向かった。


「何処へ向かっているのでしょうね」


 社長が外を見ながらふと呟く。ヘリはすでに海上だ。


「何処でも良いけど……腹減ったぁ」


「食事は現地で出来る。君達はしばらく身を隠してもらう。目的地は伊豆大島だ」


「大島というと……火山活動を抑える為に」


 総理に目を向けながら社長が思い出したように言った。


「ああ、その名目で住人には悪いが退去して貰って迷宮化した」


「名目、ですか」


「島の管理者は内閣府、つまり俺だな。そこに宇宙開発戦略本部とJAXAの研究実験施設がある。ほら、見えてきたぞ」


 総理が外へ顔を向けると、三人は競うように見る。

 伊豆諸島最大の島、大島。人口七千人ほどが住んでいたが、定期的に起こる三原山の噴火を抑えるという口実で全員退去してもらい島全体を迷宮化した。三原山のみ迷宮化すれば事は済んだのだが、そこだけしてしまうと他の場所に噴火口が出来るという研究結果をもとに避難させたのだった。

 迷宮化し許可なく立ち入れなくなった孤島は、極秘の研究実験にうってつけだ。領空をも制御圏に入れ、上空からの偵察を出来なくしている。グーグルアースには謎の光が入る。裸で日光浴しても大丈夫だ。


 その理想的な場所に宇宙研究開発施設を開設した。迷宮によって潤沢な資金が投入出来る日本は、他国は気付いていないが今や世界一の宇宙開発技術を有している。



「ここであのロボットも作ったの?」


 ほーすげー、と眺めていた弟がそう言えばと、言葉の後に総理に聞いた。


「ああ、そうだ。あれは第二世代型だな。今ここでは第四世代型の開発が進んでいる」


「古いやつかぁ」


「最新型が最高の性能とは限らんぞ。あれは扱いやすいのだ」


「乗ってみてぇ」


「ま、機会があれば乗せてやろう。さぁ、到着だ。降りるぞ」


 総理と弟はロボット談義に話しを咲かせながら連れ立って降りる。それに社長が続き、姉が降り立つと見知った人物が微笑みながら待っていた。

 探索者証を出し、入宮許可が下りるとすぐにその人の元へ駆け寄る。


「博士! こんにちは、お久しぶりです」


「おおー! 博士! ここも博士の施設なの?」


「牧田教授、こんにちは」


 姉の言葉に弟と社長が気付き、待っていた博士と挨拶を交わした。


「総理、急な呼び出しですなぁ。しかし楽しくなりそうですな、ふふふ。二人とは強制退宮事件(エレーナ呼びだし)以来だね。ここはJAXAの施設だよ。まぁ、私らの研究にも関係するし協力体制だねぇ。社長は先日ぶりだね、あの件は進めているよ。順調順調」


「牧田さん、すまんね。あれを前倒しで始めてしまおう」


 総理が博士と握手を交わし、まずはちょっと落ち着こうと施設の会議室に通された。



 会議室は広めで楕円形の机の周りには二十人が座れる椅子がある。真ん中には立体ホログラムでJAXAのロゴが回転している。

 上座に総理が座り、その正面に博士が、博士の左側に社長、右側に姉と弟が座った。


 机は全体がタッチパネルになっており、着席している人物それぞれに飲み物の注文を促すメッセージが出ている。総理と博士と姉はお茶を、弟はコーラ、社長はコーヒーをタップすると即座に机に出現した。


「おお!? なにこれすげー!」


「ははは、迷宮管理者パッドの応用だよ。各迷宮内実験施設で研究された成果だね。ただこれは人間が造り上げた技術ではない。いずれは根本から解析し造り上げたいねぇ。なぜそうなるのか、未だわからない部分が多い。研究者としてはわけの分からない物を、わからないまま使うと言うのがどうも気に食わなくてねぇ」


 弟の驚きに博士が少し不服そうに答える。弟は一口コーラを飲んで、ふつうーとこぼしていた。


 皆が一息ついたところで総理が一度咳をし、全員を見回してから話し始めた。


「さて、ここに連れてきた説明をしようか。まず君達姉弟には現状、敵が多い。バチカン銀行を動かしEUを意のままに操っているバロウズという者。今はお嬢ちゃんの報告によりイギリスに潜伏している物と思われる」


 皆を見回した後に、何者かはおいといて、と話を続ける。


「イタリア。インターポールを通じて国際逮捕手配書を回してきた。次に探索者自治会治安部の福永という者。そしてまだなんとも言えないが、外務事務次官滝川。これらは君達を殺害、もしくは日本から遠ざけるよう仕向けている節がある」


「滝川さんも? そんな風には見えないけどなぁ、優しいし」


「滝川で気になった点は、俺にプランを話していない事と最上位プランが外国へ行かせようとしたことだな」


 総理の言葉に社長が確かにそうです、と頷いて応えた。姉と博士は静かに聞いている。


「滝川についてはこちらで調べるが、その前にちょっとこいつらを引っかき回す」


 なるほど、と頷いて博士が総理に問いかけた。


「それで前倒しの計画ですな?」


「そうだ。社長にはここで二人のメンタルケアと牧田さんとの連携をやってもらう。そして、君達には……」


「俺達には?」




「宇宙へ行ってもらう」



「ええーっ!?」

「うおおおお! 宇宙飛行士!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る