第53話 宗谷岬迷宮二


 宗谷岬迷宮最下層である五階層ボス部屋。

 姉が迷宮パンフレットを見ながら呟く。

 観光型迷宮には特色を載せているパンフレットを配るところが多い。攻略情報ではないので迷宮法に抵触しない。


「最下層ボスは、ゴマフアザラシのゴマちゃん……ではなくて、出汁之介だしのすけ?」


「んー? 手足と尾ひれが昆布? ご当地キャラじゃねぇか! そんなの斬っていいのか観光協会!」


 確かに、ラスボスにご当地キャラを配置して倒して良いのか、という意見はあった。それでも宣伝と、何度倒しても次の出番には再ポップするよみがえるというのを理由付けに配置されたのだった。

 そんな出汁之介が頭から真っ直ぐ左右に斬られ、二つの物体となった状態で横たわっている。光の粒が現れ始めた所を見ると、姉弟がボス部屋入る直前に斬られたようだ。出汁之介の前にはスーツ姿の男性がいた。


「やぁ、どうも。探索者自治会の方から来ました」


「詐欺?」


「常套句ですね」


「とはいえ、自治会だと証明する物はこれくらいしかないのですが」


 男性が言いつつ首から提げた名刺大のカードを見せる。離れているので詳しくは見えないが、自治会治安部ふくながという文字は読み取れた。


「全国迷宮あんぎゃを始められたそうですね。しかも行く先を告知してからとか……。自治会治安部としましては即刻やめていただきたい。いかがですか?」


「なに? 命令?」


「いえいえ、要請ですよ。どこに入宮しようと探索者の自由です」


「じゃ、なんで?」


 弟が威嚇するように声を低くして睨みながら言った。


「本気でそこを踏破したい者にとって邪魔です。野次馬のように集まるクズ共が迷惑。待ち構えるマスコミが煩わしい、という見解です」


「でも俺達の自由、なんだろ?」


「ええ、そうです。自治会は要請をお伝えしただけ。治安部としては警告。どうでしょうか?」


「断るわ。……で、警告の次は?」


「自治会としては持ち帰って検討、でしょうか。治安部は……即、制裁ですっ!」


 福永は言い終わると同時に左手に銃を持ち、撃ち放つ。

 撃ちながら接近し右手に持った両刃の剣で弟に斬りかかった。


「プレイヤーキラーかよっ!」


 弟が横に逸れながら太刀で剣を弾き返した。姉は即座に後ろへ回り込もうとするが、その行動に気付かれ、巡礼者達の中に紛れ込まれてしまった。


「ぎゃあああ!」

「うああ、ひいぃっ!」


 叫び声が響き、次々と巡礼者達が倒れていく。福永が人を斬り、銃で撃って行く姿が見える。群衆がパニック状態となりそこから逃げ出す者が出始める。

 そして再び姿を見失ってしまった。


「ちっ」


 姉は舌打ちをしながら群衆の元へ向かう。弟は傷ついた者の手当を始めた。

 叫びながら逃げ惑う人々が盾となって状況はプレイヤーキラーに有利だ。


 その時、姉の左頬を弾丸がかすめた。血が流れ出るが気に留めずに弾丸が来た方向へと走り出す。


“見つけた”


 右半身の魔物達が教えてくれる。刹那の時も空けずに近づき刀を振り下ろす。


 ガキンッ!


 銃を捨て両手で持った剣に受け止められる。最速に近い姉の攻撃を受け止められる者などそう多くはない。しかし、この男には止められた。

 続けて双剣を振るうが弾き返されていく。もう人の目では追える速度ではない。弾き返されるだけではなく、時折、蹴りを入れる動作も見られ姉と同等かそれ以上の者だと理解していく。


 プレイヤーキラーは対人に特化した者だ。人を殺すことだけに技を磨き、心を鍛えていく。そこに慈悲はない。ただの快楽殺人者や遊び半分に殺す者もいるが、目の前にしている者はそうではない。プロだ。

 対人ならば最強と言えるだろう。



 しかし姉は、


 マナ心臓が濃厚なマナを全身に巡らせる。それを喰らった魔物細胞達が人の領域を軽く超えた攻撃をフォローする。

 姉の蹴りが相手の左膝を砕く。

 双剣の横薙ぎがステップバックさせる。

 切り上げた一撃が右腕をとらえ肘から先を切り落とした。



 即座に弟が福永の背後からスペルを詠み、拘束する。右肘からの止血も同時に行った。

 姉は刀を向けながら問う。


「他にプレイヤーキラーは?」


「失礼ですね。治安部と申したでしょう? 私一人ですよ」


「あなたの考え?」


「治安部です」


「治安部は何人いるの?」


「さぁ……? 何人いるのやら……独断で動き殺し回っていますし、人数は把握出来ませんね」


「なぁ、自治会治安部ってPKKの立場だろ? お前、明らかにPKだよな?」


 PKはプレイヤーキラーの略語で、PKKはプレイヤーキラーを殺す者、プレイヤーキラーキラーだ。


「治安部にプレイヤーキラーはいませんよ。誤解されることが多いのですが制裁者です」


「気にくわねぇ奴は排除していくって?」


「まぁ……そうです」


「ちっ」


「取りあえず、レンコーしようぜ」


 姉弟は福永を連れ歩き出した。道中、質問をして来たが全て無視した。巡礼者達は全員入り口に戻っていた。弟の迅速な治療に幸い死者は出なかった。



 入り口付近に戻ると、ライオットシールドを構えた機動隊と警察官達が待ち構えていた。

上級探索者を取り押さえるには機動隊が必要だ。時には自衛隊が出動する。もはや怪獣扱いである。

 姉弟居住地の所轄警察署員も何名か姿が見える。姉弟護衛隊として独自に組織した者達だ。交代制で常に行動を共にしていた。もちろん非番の日に行っている。


「私は自治会治安部の者です! この姉弟の行動は自治会への造反です! この件は自治会が預かります。警察介入の必要はありません!」


 福永が叫び、拘束を振り切って走り出そうとした。すぐに弟が羽交い締めにし、姉が喉元へ刀を押し当てる。一筋の血が滴り出て諦めたかのように大人しくなった。


「自治会には入会していません」


「そうそう、勝手にルール作って入会していない奴にも押しつけるって、気持ち悪くね?」


「探索者が思うがままに行動していたら収拾つきませんよ。自治会はマナーを作って提唱し、治安部は抑止力なのですよ」


「抑止力って……周りの人もPKしようとしたじゃねぇか」


「警告はしました。警告せずにいきなり実行に移す者もいます。私は優しい方ですよ」


「治安部にマナー作りが必要なんじゃねぇのか?」


 思ったより治安部には裁量権限がありそうだ。そしてやっかいな事にその裁量が個人によって違うという事。姉弟は二人して溜息をつくと前方から声が響いてきた。



「武器を捨て投降しなさい! 人質を解放し迷宮から出なさい!」


 北海道警察と書かれた拡声器で叫ぶ警察官の声だ。

 人質? どこがどう間違って伝わったのか、姉弟が男性を人質に取り迷宮に立てこもっているという設定になっているようだ。


「姫様! お願いです! 私達を御傍おそばに!」

「姫! 革命ですか!? やりましょう! 世界征服しましょう!」


 姉弟護衛隊が叫びながら入って来ようとするが、機動隊に阻まれている。


じんたいです! 現行犯でした!」


「犯罪ではありませんよ。制裁で……」


「黙っとけ」


 ガツッと弟が福永の後頭部に頭突きを入れる。


「そのまま動くな! 武器を降ろしゆっくりとこちらへ来い!」


 警察官がそう言って誘導を始める。


「動くな、来いってどっちだよ……」


 弟の呟きが聞こえるが無視して姉は刀を降ろし、ゆっくりと入り口に向かって歩き始めた。


「両手を上げ頭の後ろで組め! 三人ともだ!」


 迷宮から出るとそう指示される。


「こいつ離すとまずいと思うぜ」


「言う通りにしろ!」


 仕方ないと姉が弟に向かって頷き、言われたとおり両手を頭の後ろで組んだ。

 その瞬間、福永は飛び上がって警察官の囲みを超え逃亡する。迷宮から出ると弟のかけた拘束スペルが効力を無くす。さらに羽交い締めも解かれたのだ。ここが逃亡のチャンスであった。


「あーあ、言ったじゃん」


「貴様、逃がしたな!」


「逃がしてねぇし! 言われた通りしただけだろ?」


 姉弟護衛隊が、確かに! そうだそうだと相づちをうつ。

 だがここで二人を解放という訳にはいかず、事情聴取の為に三十キロ離れた稚内警察署に連れて行かれることになった。

 パトカーに乗る前にエレーナと連絡を取ると、弁護士を呼ぶと言われた。


「そんな大げさにしなくとも……」


≪ダメよ! 被害者側であろうと弁護士を同伴しておいた方がいいわ。あなた達のスポンサード契約事項にもあるわ。二時間で行かせるからそれまで黙っておいてね≫


 稚内までその時間で着かせるという。プライベートジェットを使って移動してもらうようだ。エリート弁護士だ、かっこいいと思いをはせていると目的地に着いた。



 稚内警察署の建物は大きくはない。普段はガラガラである駐車場は報道陣の車で埋まっていた。

 姉弟は取調室に通されパイプイスに並んで座らされる。長机を挟み対面には刑事と思われるスーツを着た人物が一人、部屋の隅には記録を取る警察官が座った。


「ここの刑事課の者だ。早速だが状況を聞かせてもらおう」


「弁護士が来るそうですので、それまで何も話さないようにと言われています」


「弁護士? お前達と一緒に入宮した者に聞いたが被害者だろう? そんなものいらんだろ」


「俺らのスポンサー契約にあるんだって、面倒くさいけどしょうがねぇんだよ」


「スポンサーがついているのか。お前らの名前と住所、探索者級は?」


「黙秘します」


「名前と住所くらい良いだろ、探索者証出せ」


「拒否します」


「迷宮の管理者パッド、情報開示させてるからわかってるんだが、形式上必要なんだ。出せ」


「それよりさー、腹減ったんだけど何か食わせてよ。海鮮がうまそうなイメージなんだけど、ここの名物って何?」


「観光客には海鮮丼、ラーメンが定番だろうな。お土産には流氷まんじゅうとか……」


「うまそー! 聞いてるだけで余計に腹減るよ。来たからにはうまいもの食いたいし、刑事さんも地元を良い印象で帰したいだろ?」


「……まぁ、そうだな。ちょっと待ってろ」


 いつもの弟の人懐こい話し方と雰囲気で刑事の心を掴んだようだ。刑事が部屋を出て、外で待機していた警察官と何かを話すとすぐに戻ってきた。


 二十分ほど弟が刑事と談笑していると料理が運ばれてきた。

 海鮮丼、ラーメン、ホッケスティックなどのつまみ類、お土産など盛りだくさんだ。


「食って良いぞ。俺も食う」


 うおおお! と感激しながら箸をとり弟が食べ始める。姉も続いた。


「うーめーっ! これマジで美味いよ!」


「美味しい!」


 珍しく姉が感嘆符を付けるほど美味いようだ。

 速攻で海鮮丼とラーメンを平らげた弟がホッケスティックを手に持ちながら言う。


「すみませーん、生ひとつ!」


「あほっ! ここで出せるか! 聴取終わったら連れてってやるから今はお茶で我慢しろ」


「これ絶対、酒がうまくなるつまみだよ! 飲みてぇ」


 連れてってくれるんだ、と姉は思いながら、ごちそうさまでしたと箸を置いた。


「お金は多分、マネージャーが払うから」


 まだ食べ続けている弟が刑事に向かって言った。


「マネージャーまでついてるのか。お前らの特集番組とかは見たが、そんなに活躍してるんだな。たいしたもんだ」


 その時、部屋のドアが開く。警察官に案内されたエレーナと女性弁護士だ。


「なにここで宴会してるのよ」


「宴会じゃねぇよ。飯食ってただけ。腹減ったし」


「まぁ、いいわ。うちの会社の専任弁護士よ」


 そう言って女性弁護士を紹介する。


「どうぞよろしく。弁護士のみやしまです」


 三十台手前に見える美人弁護士だ。黒髪の肩くらいまでの長さでウェーブがかかっている。グレーのスーツを美しく着こなしていた。


「魔王……逮捕されたの?」


 エレーナの影に隠れていたカーチャが顔を出して心配そうに言う。


「いいえ、違います。迷宮内で暴れた人が居て事情をお話しするだけですよ」


「そうなの……後でわたしの流氷剣みせてあげる」


 そう言ってニコッと笑った。彼女の背には白い木刀があった。またもやどこぞの土産物屋で掴まされたようだ。



「やっと始められるな。じゃ、早速……」


「早速だけど、エレーナ母ちゃんここの飯代よろしくー。美味かったぜ」


「はいはい、受付で払っとくわ。あとは宮島の言う事をちゃんと聞きなさいよ?」


 エレーナは、まったくと呆れながら食事代を払いにカーチャと出て行った。

 その後は宮島弁護士主導で話が進む。刑事に主導権を握らせない、やり手だ。


 結局、すぐに解放されることになる。容疑者の腕を斬ったが、基本的に迷宮内では自己責任であるし告訴もない。自治会の福永というのが本人であるならば、これまでに多くの探索者を殺害してきた者らしく、参考人として出頭するよう何度も自治会に要請しているという。

 目撃者を全員殺害してきているが、今回のように誰も死んでいないのには感謝された。


 つかれたー、と言いながら歩く弟と共に警察署を出る。

 そこへ素早く姉に迫る者がいた。



「りゅーひょーおーけんっ!」


 白い木刀を上段から振りかざしたカーチャだ。

 姉は親指と人差し指、二本の指で木刀を掴み、取り上げてその場に投げ捨てる。

 そしてカーチャを抱え上げ俵抱きにすると、白いワンピースを捲り今日も履いていた姉弟パンツを脱がして、キツネパンツ尻尾付きを履かせた。


「はい、これお土産です。可愛い」


 カーチャを降ろしてお尻をペチンと叩く。



 そんな二人を報道陣が取り囲んでいる。


 ああ、これ……全国ネットだ。



 瞳に涙を溢れさせながら走り去るカーチャをカメラが追っていた。



「うあああああん! まおうー! ぜったい許さない!」

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