第21話 花見迷宮


 姉は腕組みをして立っている。足はリズムを取っており楽しげである。今日の装備はアンダーシャツにスパッツ。その上から桜色のジャージ上下、もちろん自社ロゴ入り。髪は桜色のリボンでひとつにまとめている。足元はスポーツシューズだ。

 一方弟はアンダーシャツとスパッツの上から深緑色のジャージ上下に、スポーツシューズだ。片手に青いビニールシートを丸めて持っている。足元には社で開発した機器が入った迷宮鞄がある。



 ここは花見迷宮。

 公営迷宮の括りになるが、春の一ヶ月間だけ解放される。一階層のみの広い平原で桜魔物が動き回る。それを倒さずに固定させて花見をするのだ。

 ここの桜魔物は通常の桜の木より葉振りがよく、花びらが大きく美しい。更にこの迷宮では昼夜の時間の流れがあり、夜になるとその花が淡く光り幻想的で名物となっている。

 当然探索者しか入れず、この迷宮の為に探索者になる者もいる。



 二人は社長命令で花見場所確保を命ぜられた。社長(子息)曰く。


「一番若い者が花見の場所取りに行くのです。それが日本の常識、だそうです」


 何処から仕入れた情報かわからないが、きっぱりと言い切った。一番大きい桜をお願いします、と二人に場所取りを託された。



「姉ちゃん、何か楽しそうだな?」


「うん、お花見初めてだから楽しみです」


 二人の周りには同じように場所取りを託された大勢の探索者がいる。それぞれ作戦を確認し合っているようだ。中には場所取り専門にしている探索者がおり、日本中のいろいろな花見迷宮を巡る者もいる。

 花見迷宮にも種類があり、梅、桜、藤などが楽しめ、それらを月ごとにポップさせて年中開設している民間迷宮もあるが、一種類に拘った魔物の大きさ、美しさ、なによりそこでしか楽しめないという希少性には敵わない。

 日本人は、ここ限定、その季節だけという侘び寂びを楽しむ人種なので、その民間迷宮にはあまり来宮者が多くないようだ。


 この迷宮のルールは武器持ち込み不可、魔物の固定にロープなどの機材使用不可、魔物を傷つけない事、ひとつのシートに必ず一人以上待機要員がいる事、ゴミは持ち帰りましょう、だ。



『花見迷宮、開宮します』


 アナウンスが入る。探索者達から拍手と歓声が沸き上がる。姉弟のテンションが上がってきた。昨晩から並んでいたので一番先頭で入宮だ。

 迷宮の門が開き姉弟を先頭になだれ込んでいく。弟の強化スペルはすでにかけてある。あらたなスペルはまだ編み上がっていないようで旧スペルだ。


 走る。視線を様々な方向に向け探しながら走る。

 すでに手頃な魔物を見つけ、固定しようと準備を始める探索者も出始めた。ここでは先に見つけた者優先ではない。先に固定した者にその魔物を愛でる権利があるのだ。



「奥! 大きいのいます!」


 姉が指さしそこへ向けてダッシュする。その魔物に目を付けた者が何組かいたようで同じ方向へ走ってくる。今回の桜魔物で一番大きく立派であろう物を取り囲む。姉弟の他に二組。二組ともプロのような佇まいだ。場所取り専門探索者に違いない。


 姉は魔物から少し距離を取り、その場にかかと落としをする。ドガッという音と共に土が舞い上がり、半径、深さそれぞれ一メートルほどの穴が開く。そこに弟が迷宮鞄から取り出した特製肥料を撒いた。


 桜魔物は開花に体力を使い果たし栄養を求める。その栄養を与えてあげるのだが、問題はいかに魔物にとって美味しそうな物であるか、だ。

 他の二組の探索者も穴掘りを終え肥料を撒いた。あとはどの穴に入ってくれるかを待つ。


 桜魔物がふらふらと寄ってきて穴を覗き込む。匂いも大事だ。三つの穴を覗くが決め手に欠けるようだ。探索者達が手を叩き、声を掛け呼んだりする。その度にふらふらと行き場が定まらない。


 弟が迷宮鞄からポータブル音楽プレイヤーを置き、姉の歌声の入った曲を流した。綺麗な澄んだ声だ。桜魔物が寄ってきて体を揺らして曲を聴いている。やがてその横にあった穴に入り込み腰を落ち着けた。

 すかさず土で埋め、水(御神酒)をやり根を固定し、姉が桜魔物に手を添える。


「お願いします。私達に愛でさせて」


 言葉と共に優しく撫でると一瞬虹色に輝き、小さなサクランボが姉の前にゆっくりと降りてきた。過去に例のないドロップ品だ。しかも桜は幹を振るわせ花弁を姉に降らせている。

 姉の歌声に反応したのかは判らないがまだまだ謎な迷宮だ。周りにいた探索者達は驚き感嘆の溜め息をついている。

 何はともあれ一時契約の完了だ。これでこの桜魔物は肥料の栄養分と御神酒の酒精がなくなるまでここで固定されるのだ。御神酒はふんだんに用意してある。

 他の探索者達は良い物を見たと穴を埋め、他の桜魔物を探しに行った。

 来年から女性の歌声で誘導するのが流行るだろう。



 ◇

 姉の歌声を録音する時に紆余曲折あった。

 場所取りの社長命令が下った後、ダン調から指定の場所に来いとマップ付きでメールが来た。出向くとそこはカラオケボックスだった。


「おう! 受付は済ませてる。とにかく入ろうぜ」


 ダン調の言葉に弟が、今からカラオケ!? なに歌おっかなーとテンションが上がる。個室に入り早速曲選びをする弟だが、ダン調から待ったが掛かる。


「待て。今日の主役はお嬢ちゃんだ。歌を録音する」


「え! なぜですか」


「えー? ちょっとくらいいいだろー?」


「駄目だ。花見迷宮の魔物固定のやり方は聞いたな? おそらく他の探索者と誘導争いになる。そこで決め手が歌だ」


「はぁ? 歌で魔物を誘導すんの?」


「そうだ。普通大きな音を出したり声を掛けたりするんだが、ある所から女性の美しい歌声が最も効果的だと教えてもらった」


「そ、それで私ですか? 他の人にお願いして下さい!」


「会社で一番ぶらぶらしてるのはお前達なんだよ! みんな忙しいの!」


「ガーン……ぶらぶらしてるわけじゃねぇんだけど」


 姉はそっと部屋を抜け出そうとする。しかし三人しかいない部屋でそれは無理だ。弟に腕を掴まれ座らされた。


「姉ちゃん、よろしくー」


「どんな曲がいいんだ? 何が歌える?」


 弟とダン調がもう諦めろといい、曲選びをさせる。


「ト、トイレ行ってきます」


「駄目だ。歌い終わるまでこの部屋から出さん。ちゃんと迷宮グッズも持って来たぞ」


 ダン調が自分の鞄から簡易トイレ、食料、寝袋、録音機器を取り出す。本気で籠もるつもりだ。


「か、監禁です! これは誘拐です!」


「大丈夫だ。今回はある省庁の偉い人が絡んでてな、警察は動かんぞ」


「全然大丈夫じゃないです! 偉い人って誰ですか!」


「俺だ」


 個室のドアを開け入ってきたのは博士だった。少し照れながら嬉しそうに入ってくる。


「弟くんの「俺だ」をやってみたくてね。ちょっと照れるね」


「おー! 博士ー、元気?」


「は、博士……どうして?」


「牧田さん、わざわざご足労頂きありがとうございます」


 ダン調は立って博士を出迎え、握手を交わした。ソファーへ誘導し座ってもらう。


「うん、いいよ。この姉弟に興味あったしね。二人とも宗川さんに会えたようだね、よかったよ」


「え? ダン調さんとお知り合いですか?」


「正確には会社を通じて、だね。宗川さんから連絡があってね。一緒に君達のサポートをしようって。まぁ、私の煮え切らない態度がいけないんだけど、怒られちゃったよ。これから君達のサポートをさせてもらうからよろしくね」


「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


「お願いします!」


 博士の言葉に、立って頭を下げる二人。その二人を博士はうんうんとにっこり笑って見つめる。


「その話は後日ゆっくり詰めるとして、今回は花見の魔物だね。以前その魔物が実験対象だった頃があってね。人間に危害を加えない大人しい部類だし、人の声に反応するからいろいろ聞かせてみたんだ。声、つまり音波はエネルギーだからね。魔物はそれを欲しているらしくてね。開花で体力使うからお腹空かせた状態なんだ。検証の結果、女性の歌声を好む傾向だった。それでお嬢さんの出番だね」


「嫌です! 無理です! 出来ません!」


「姉ちゃん、歌上手いよ。売ってたら即買いするくらい」


「ほー、それは楽しみだね。じゃ、やろうか。曲は選び終わったかな?」


「きょ、今日は仏滅なので日が悪いという事で……」


「今日は大安だね。仏滅は昨日。さ、選んで」


 博士には謎の抗えない威圧感があり、おずおずと曲を選び歌を録音されたのであった。




 ◇

 弟がブルーシートを敷き姉と一緒に座る。


「おつかれー」


「ふふ、面白かったですね」


「やっぱ姉ちゃんの歌が決め手だな!」


 姉が睨むが意に介さないようだ。

 姉が曲を止め、音楽プレイヤーを片付けようとすると魔物が暴れ出した。また曲をかけると静かになり少し揺れながら聞き入っている。


「エンドレス再生けってーい!」


「くっ」



 しばらくすると会社の皆がやって来た。ダン調、吉田さん夫妻、細井さん夫妻も来ている。

 社長(子息)が労いの言葉を言う。


「やぁ、お疲れ様です。素晴らしい桜魔物ですね。さすがです」


「多分、こいつが一番でっかい奴だよ」


「夜になるのが楽しみですね。見応えがありそうです。……しかしこの曲は?」


「アー、姉ちゃんの歌。これ止めると暴れ出すからエンドレスね、よろしくー」


「いい声です。素敵な花見になりそうです」


 姉は俯いて恥ずかしそうだ。他の皆も歌に聴き入っていた。


 そして持ち寄った料理や飲み物を用意し始める。弟とダン調は用意しながら、もう飲み始めている。細井さんは桜魔物に鉱物を渡している。鉄分を与えると花を更に美しく見せてくれるそうだ。枝を伸ばして鉱物を受け取り幹に直接取り込んでいる。


 やがて夕暮れから夜に変わる。花が淡い光で包まれる。眩しくはない、優しい光だ。無数の桜の花が光り、幻想的で美しい光景を見せてくれる。

 その光景があちらこちらで見られ、この時期でしか見られない情景に皆、目を奪われていた。


 姉の歌声と共に……。




「うん、いい声だね。繰り返し再生にしておこう」


 博士は実験施設で、ひとり酒……。

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