第22話 闇迷宮


 今日の姉は警察官の制服で身を包まれ、背筋をピンと伸ばし堂々と立っている。紺色の帽子、同色のブレザーに白いシャツ、グレーのネクタイをし膝上の紺色スカート、ここはあえて黒パンストだ。靴は低いヒールの黒いプレーンパンプス、自社ロゴは今日は無し。

 一方弟はグレーのスーツに白いシャツ、紺色のネクタイにウイングチップの黒い革靴だ。サングラスを掛け姉の護衛だと言う、SPごっこをしたいようだ。



 ここは姉弟が住んでいる町の警察署。

 この町で唯一の特A級探索者の姉弟に一日警察署長の依頼が来たのだ。弟は警察ではなくどちらかというと捕まる方の態度と容姿である為、姉を前面に出す。実は制服に憧れがあった姉は一も二も無く引き受けた。

 制服を着て姿見を見ながら、ふふっと嬉しそうに笑う姉を、弟は小型カメラで密かに録画している。




「気を、つけー!」


 元署長の号令に警察署の中庭に並んだ制服姿の警察官達が美しく姿勢を正す。一糸乱れぬ姿に姉の心が引き締まる。ローカルテレビ局やダンジョンコミュニティの取材も来ておりその様子をしきりに撮影していた。


「休め!」


 ザッという音と共に約百名が、休めの姿勢を取った。


「本日はこの町唯一の特A級探索者であられるご姉弟のあねぎみを一日警察署長に任命した。署員はの優秀な姿をご覧に入れるように!」


 元署長から警察官達へ一日警察署長の紹介があり、姉に向かって頷く。それを合図に姉は朝礼台へと進んだ。

 きびきびした動きで朝礼台に上る姉に署員達から、口々に感嘆の声が漏れる。


「歌姫だ」

「歌姫……」

「姫さま」


 花見迷宮の出来事がダンジョンコミュニティを通じて拡散しており、歌はとある肉親が流出させていたのだった。



「おはようございます」


 にこっと笑顔を見せ挨拶を終えた後、署員を見渡す。


「おはようございます!」


 本来挨拶は返ってこないが、全員で示し合わせたかのように声が揃っている。


「このような大役を賜り緊張しています。今日一日よろしくお願いします!」


 簡潔に話を終え、敬礼をすると署員達が答礼をする。敬礼をされたら答礼をするのは法で決まっている事であるが、今この署員達は法とは関係なく心から姉に敬礼をしている。



 朝礼が終わり姉弟は数名の警察官と共に町内を歩く。弟が先導し、はい、どいてどいてと言いながら群衆をかき分けるように手を左右に動かしているが、群衆はいない。近所のおばちゃん達が道の脇で手を振っているくらいだ。


 吉田脱サラ迷宮の前を通ろうとした時、吉田さん夫妻と細井さん夫妻が並んで手を振っていた。奥様方と吉田さんはにっこり笑って、細井さんはニヤッとした笑いだ。

 その四人の前に弟が出る。


「はい、下がって下がってー。邪魔だよー」


「なによー、全然邪魔じゃ無いじゃない」


「ちょっとお巡りさん、この人態度悪いわよー逮捕逮捕」


 弟の言葉に吉田さんと細井さんの奥さんが抗議する。

 姉が警察官に向かって指示を出す。


「確保!」


 その言葉に反応し警察官が弟を取り押さえる。為す術もなく弟は警察官に両脇から腕を掴まれ最後尾に追いやられた。冗談であっても手錠はかけない。

 その姉の態度に奥様方は拍手。細井さんは、何だこの小芝居と呆れている。

 尚、テレビカメラは回り続けている。カメラマンはいい絵が撮れたと呟いていた。



 町内巡察を無事に終え、警察署に戻ると少し慌ただしい様子だ。姉が近くの警察官に事情を聞く。


「何かあったのですか?」


「はっ! 姫様。先日闇迷宮が見つかり捜査を進めておりました。本日これから押収に向かう所であります!」


 姫様の部分に物申したかったが闇迷宮の方が気になる。



 闇迷宮。

 企業や個人所有の迷宮を暴力団が譲り受けたり、借金の担保に差し押さえたりする場合がある。暴力団自体がペーパーカンパニーを作る、買い取るなどして迷宮を開設する事がある。暴力団関係者の迷宮開設は迷宮法で禁じられているので隠れ蓑を使うのだ。

 真っ当に迷宮運営をして資金調達をする暴力団もあるが、中には迷宮内で違法薬物の製造、盗品のオークション、犯罪組織の拠点として使われる場合があり、警察では暴力団関係者の迷宮所持には尋常では無く厳しい。

 また暴力団関係者は探索者資格を得る事が出来ない、その為入宮する事が出来ないので探索者を引退した者や、強引な手口で言う事を聞かせた者に管理運営をさせる事が多い。

 しかし今の時代、暴力団を見分けるのは極めて難しい。普通の企業と何ら変わらない構成員、組織体制に警察は専門調査部隊で対抗している。

 こうした迷宮関連の犯罪が増えている為、現在の警察官は探索者証を得るのは必須だ。



「私も行きます!」


 弟がやはりという顔で、迷宮鞄を用意する。


「は!? いけません! 姫様はここでお待ちください!」


「署長命令! ……は、あまりに勝手すぎますので、特A級探索者として捜査に協力します」


 このやりとりに気付いた署員らが集まってきている。


「姫様、もっと命令を!」

「ハァハァ、姫様かっこいい」

「署長がいなくなれば姫様がずっと署長かなぁ……フフフ」


 と、男女関係なく姉を称えている。


 姉の一歩も譲らぬ態度に警察官は折れ、同行を許す事になった。



 ここは闇迷宮の見える位置に止めた車の中。

 姉は警察官制服のままだ。武器は殺傷力の低い棍を借りた。弟はスーツ姿のまま警棒を用意している。迷宮武器ではないので、外でも装備でき手に持って待機している。

 中の人を殺しはしない。あくまでも逮捕が基本だ。棍でも人を殺す事は出来るが、手加減して使用する。


 調査によると何処かのホテルを経営していた男性が迷宮を開設。契約探索者らに迷宮運営を任せていたが、その探索者達が最近死亡し運営が立ち行かなくなってしまった。

 迷宮からの収入が無くなり、資金に困った男性は銀行に融資を申し込んだが、ある大企業が男性のホテルグループからの経営を撤退、株を全て売却した。それが決め手となり銀行は融資を断る。

 その大企業の影響力は大きく何処も融資をする所は無かった。ただ一社を除いて。

 そこが暴力団のフロント企業だったのだ。


「不幸な話です」


「不幸すぎる」


 姉弟は我関せずと決め込んで突入を待つ。

 警察官と機動隊が配置につく。姫様……いや姉が同行すると聞いた署員達が、我も我もと突入要員に立候補し警察署のほとんどの者が来てしまった。


 監視している者の合図が出た。号令を下すのは一日警察署長である姉だ。

 無線機を手に取り姉が号令を出す。


「出陣!」


 それは違うぞ、姉。

 しかしノリノリの警察官、機動隊が雄叫びを上げ突入を開始する。何処から持って来たのか法螺貝を吹く音がしてきた。


 まず機動隊が迷宮管理室を占拠。署員と姉弟の探索者証で入宮出来るよう操作する。支援部隊が強化スペルを詠み全員に掛けていく。完了の合図で迷宮内へなだれ込む。

 音楽隊もやってきた。士気を上げる為に演奏を始める。姉が歌った曲だ。姉の声だけサンプリングされて音楽隊に合わせて歌が聞こえ始める。


 全員、士気マックスだ。


「一番隊、行け! 次、二番隊前へ!」


「一番槍は貰ったああぁぁ!」


「姫様の為にこの城をとるんだぁー!」


 交通機動隊がバイクに跨がったまま入宮していく。騎馬隊のように警棒を右に左に叩きつけながら迷宮内の関係者を薙ぎ倒していく。


 姉弟も入宮し最速で奥を目指す。姉はスカートだがいつもと変わらない速さで走っている。そんな姉弟を制圧完了した署員達が左右に並び歓声を上げ見送る。テレビカメラマンもハンディカメラを持ってついていく。


 ここは下に降りていくタイプの全十階層。階層の全てがホテルロビーのような大理石風のタイルで敷き詰められ、ギリシャ神殿の柱のレプリカが立っている。魔物は無視できるほど弱い。暴力団が中で違法作業をさせる為にそのように指示したのだろう。



 五階層。

 姉弟の行く手を探索者崩れの男達五人が阻む。手には迷宮武器を持ち二人を睨む。相手は充分殺傷能力のある武器だ。

 そこへ姉弟の後ろから機動隊五名が走ってきて、ライオットシールドを構えたまま一人一人男達を壁まで押しつけた。


「一人一殺!」

「おう!」

「姫様! ここは俺達に任せて先に!」

「終わったら酒でも飲みましょう」

「ここが俺達の死に場所だぁっ!」


 なんでしょうこれは。なんだこれ。

 姉弟は戸惑いながら、やりきった感を出しているカメラ目線の機動隊に頷き先を急いだ。



 十階層。

 最後の部屋は扉が開け放たれていた。そこへ飛び込む。中に以前姉弟に絡んできたホテルオーナーがいた。


「君達か! 頼みがあ……ぐふぅっ!」


 姉は全速で突っ込んで行き、止まろうとしたが大理石風のタイルで滑って、棍を前方に構えたままだったのでそのまま男の腹を突いた。そして男は倒れる。


「あ……」


「あ……」


 男はここで違法薬物の精製を行っており、その証拠隠滅を図ろうとしていた。が、あっけなく終了。

 すぐに署員達が追い付いてきた。皆、感極まって叫ぶ。


「姫様が敵首魁の首を取ったぞぉおおおっ!」

「うおおおお!」

「勝ちどきだー!」


「えい! えい! おー!」


「いえ、あの……これは偶然……」


「まぁまぁ、姉ちゃん。水を差すなよ、盛り上がってんだろ」



 こうして闇迷宮を制圧。弟は感謝状を、姉は名誉署長の称号を贈られた。


 署員全員の前で姉は言う。


「私が言うのは烏滸おこがましいとは思いますが、今後の為に助言を……迷宮管理室を占拠したら、後は中にいる人達を強制退宮させるといいと思います……」


 署員は全員あらぬ方向を向き目を合わせようとしない。わかっていた、それはわかっていたのだ。だが、姫様と一緒に突入したかったのだ。はやる気持ちを抑えきれなかったのだ。実は本来の署長も突入していたのだ。

 許してやれ、姉。



 帰り道、二人を見送る警察署署員。皆、手を振り笑顔で送り出してくれた。泣き叫ぶ者もいる。縋り付きそうになった者は別の者が取り押さえている。

 姉はよほどの事がない限りここには近づきたくないだろう。




「制服……返却義務……はぁ」


 姉が肩を落とす姿に署員達は都合のいい勘違いをしていた。

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