第18話 吉田さんの心の迷宮
カンカンカンカン……鍛冶場に鉄を叩く音が響く。鍛えられ祈りを込められた鉄を水につけ冷やす。水蒸気と共に鉄と水の雄叫びが上がる。
ここは姉弟の家の裏にある、細井さんの自宅兼鍛冶場。
細井さんの奥さんから、旦那が呼んでるわよーと言われ二人揃って顔を出した。
自宅を迷宮にし鍛冶場を造ったのは最近だ。細井さんは以前から武器鍛冶をしていたそうなのだが、何処に鍛冶場があったのかはわからない。
奥さんがお茶を出してくれて、細井さんの手が空くまで飲んで待つ。
「迷宮男、迷宮女おめでとう、ふふふ」
「くっ」
「おー、ありがとー! 面白かったぜ」
「お姉ちゃんの言葉、ちょっと泣いちゃった……」
奥さんがまた思い出したようで目が潤んできている。そっと拭い二人とは別の方を見ながら話し続けた。
「あなた達のご両親とはね、幼なじみでね……うちの旦那も合わせて四人でよく遊んでたのよ。お父さんは弟くんによく似てるわー、顔もやんちゃなとこも。ふふふ。お姉ちゃんはお母さん似ね。普段は物静かなんだけど、怒ると怖い怖い。早く帰って来ないかなぁ……」
奥さんの目から涙がこぼれ落ち、ごめんねと言って奥へと下がっていった。奥さんも両親がまだ生きていると信じているのだ。
鍛冶場が静かになり、細井さんがこちらへやって来た。紺の
姉に双剣を渡す。いま打っていた物とは別の物だ。
「前のは駄目だ。打ち直した。これを使え」
ぶっきらぼうに言うがどこか優しさを感じる。
「はい、ありがとうございます。お金は……」
「いらん。前も言ったはずだ。お前達が探索者を続ける限り打ってやる」
「おおー、んじゃ吉田さんとこで玉鋼取ってくるよ」
弟の言葉に細井さんは少し笑って、そうか、と言って頭を撫でる。
すぐに真剣な顔になって確認するように言った。
「お前達の武器スポンサーから聞いた。あそこへ入るそうだな」
「あそこー? どこだー? 刑務所?」
細井さんは弟のこめかみを両手で挟みグリグリと捻り始めた。所謂ウメボシだ。
「お前だけ行ってこい」
「いてー! いててて! ごめん、ごめんって!」
いつの間にか戻ってきていた奥さんが姉と一緒になって笑っている。
弟へのウメボシ攻撃をやめ、じっと姉を細井さんが見つめる。
「はい、日本迷宮へ行きます」
しばらく姉を睨むように見つめていた細井さんが、肩の力をフッと抜いたように言う。
「あそこに持っていく武器は全て俺が打つ。何本でも打ってやる。武器スポンサーにも話を付けた」
「え!」
「おー! これで安心だぜ、やっぱ細井さんのじゃねぇと
「う、嬉しいです。嬉しいです!」
「な? 姉ちゃんも細井武器じゃねぇといやだよなぁ」
「うん」
二人の様子を見て、うむと頷き一本の太刀を弟に渡した。
「お、これ俺のー? かっこいい! ありがと!」
「でも、どうして……そこまで」
「奴にはあそこへ行く事、言ったのか?」
「だーれー?」
「宗川だ」
「え!? なぜ……なぜ知ってるんですか!」
「言ったのか?」
「いいえ、何処にいるかもわかりません……」
「ちっ……あいつめ」
細井さんが眉間に皺を寄せ怒りを露わにし、そして二人を鍛冶場から連れ出した。
細井さんは怒りで足が速まっている。ズンズンと進む細井さんの後ろ姿に、姉は何が起きているか分からない。
「宗川っ! てめぇ、こいつらがあそこ行くの知ってただろっ! なに黙って見てやがる!」
細井さんが二人を連れて駆け込んだのは、吉田脱サラ迷宮だった。二人は驚き戸惑って、細井さんと吉田さんを交互に見ているだけしか出来ない。
「細井さん……」
吉田さんが困惑した顔で細井さんを見る。
「いい加減に腹ぁくくれや! いつまで引きずってんだ!」
「もう……帰らない人を見送りたくないんだよ……」
「ちっ、帰らないんじゃねぇ! まだ探索途中だ!」
細井さんがカウンターに座っていた吉田さんの顔を殴る。後ろに倒れ込み、殴られた顔を押さえている。吉田さんは立ち向かって行く様子は無く俯いたままだ。
騒動に気付いた吉田さんの奥さんが慌てて奥から出て来た。
「ちょっと! どうしたのよ、喧嘩しないでよ」
「喧嘩じゃねぇ! このクソ野郎の心を打ち直してんだ!」
「細井さん……あなたはどうして耐えられるんですか……この子達はこんなに若いのに向かおうとしている。……あんな所へどうして送り出せるんですか!」
吉田さんが立ち上がり細井さんに向かって怒鳴った。体を震わせ目には怒りさえ見せている。
「俺らが何もしなくても絶対こいつらは行くんだよ。そしたら何もしなかった事を後悔するんじゃねぇのか? 全力でサポートした方がこいつらの生き残る確率が上がるんじゃねぇのかよ!」
「……」
吉田さんはそれきり黙ってしばらく俯いたまま立っていた。
やがて一言だけ姉弟に向かって言った。
「三日後、ここに来て下さい」
姉弟と細井さんは吉田さんの奥さんに謝ってから吉田脱サラ迷宮を出た。帰り道、三人とも黙っていたが細井さんがゆっくりと口を開く。
「俺はお前達の両親のサポートをしてたんだよ。武器を打ってた。あそこに挑戦するって聞いた時は最初は反対したよ。お前達を残していくな! ってな。殴り合いにもなった。しかしな、探索者としての全盛期は今だからと押し切られてな……」
「そう、だったんですか」
「探索者って馬鹿しかいねぇからよ。行くって決めたら何があっても行っちまうんだよな。だからよ、お前達が行くと決めたなら、俺が打つしかねぇ。何百でも打ってやるから任せろや」
「ねぇ、吉田さんって宗川さんなの?」
「まぁ、それは奴に聞け」
三日後、吉田脱サラ迷宮。
姉は少し緊張していた。先日、細井さんと喧嘩した吉田さん。思い詰めたように三日後に来いと言われた。いろいろな事が急展開すぎてこの三日はあまり眠れなかった。
弟は別。
「吉田さーん、来たよー」
弟がいつもの調子で入っていく。姉は中を窺うようにそっと足を踏み入れた。
「やぁ、来たね。ちょっとそこへ座ってくれるかな」
カウンター前に椅子が用意してあった。奥さんがお茶を淹れてくれ、一緒に椅子に座った。同席するようだ。
「僕らが一年前にここに越してきたのは知ってるね」
吉田さんが話し始める。頷いて肯定する。
「それまでは……日本迷宮の調律をしていたんだよ」
「えっ!」
「おおお!? まじで!?」
「うん。あの極悪な迷宮を造ったのは僕。君達のご両親が帰らぬ原因の元は僕なんだよ……」
その言葉に二人は何も言えなくなった。ただ静かに吉田さんの言葉を聞いている。何の感情も湧かない。何も考えられなくなっていた。
「何人もの人が入って、誰一人帰って来ない……僕が殺人を犯しているのと同じなんだ……もう、耐えられなくて。この町は奥さんの実家がある町でね。吉田というのは奥さんの実家の名前なんだ。誰にも探して欲しくなくて、誰にも知られたくなくて……逃げたんだ」
「……」
「謝って済む事ではないことはわかってる。それでも、ごめんなさい。僕のせいだ。僕のせいで君達のご両親は……」
吉田さんは立ち上がり、二人に向かって腰を折り謝罪する。涙が落ちている。同席していた奥さんも同じように腰を折っていた。
「吉田さん……知っていますか? 今も両親は生きているんですよ。生存になっているんです!」
姉も涙を落としながら吉田さんに向かって叫ぶ。それだけが心の支えだから。
吉田さんは顔を上げ、二人を見ながら一度、うん、と頷いて言った。
「知ってるよ。僕もそれを希望にしていたよ。でももうすぐ四年。さらにこの先も待つのは僕には辛すぎたんだよ」
「なぁなぁ、吉田さん、あれ? 宗川さん? が辛いのは、悪いけど俺らはどうでもいいんだよ。俺らは行くって決めたし、ぜってぇ行くんだよ」
「ハハ、そうだね。これは僕の思い。君達は君達の思いがあるんだよね。それを大人の思いで抑えつけては駄目なんだね」
「よくわかねぇけど、そういう事。で、名前どっち?」
「吉田って呼んでよ。さて、僕はまた間違いを犯すかもしれない。後悔するかもしれない。でも、細井さんが言った通り何もしない方が後悔が大きいと思うんだ。だから君達を全力でサポートさせて欲しい。どうかな?」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
二人は立って、吉田さんと奥さんに頭を下げる。吉田さんと奥さんは涙を拭きながらにっこり笑っていた。
「今日、来て貰ったのはこの話をする為と、ここの四階層に行ってもらう為なんだ」
「え? 四階層……?」
「あれ? ここ三階層のしょぼい迷宮じゃなかったっけ?」
「うん。そのしょぼい迷宮のさらに下に急遽造ったよ。日本迷宮十階層」
「え!?」
「うおおー! すげー!」
「ただ十階層のほんの一部だけ。お金も時間も足りなかった。ごめんね。ただし、君達をモニターさせて貰うよ。危険を感じたら管理者権限で即、退宮させる」
「あー勝手に転送させられる奴か。んん……? ねぇ、日本迷宮でもその管理者権限で退宮させられないの?」
「僕が造ったのは三百階層までなんだ。そこからは迷宮が自分で考えて自分で変更を加えて行くように組んだ。今は五百階層まである。迷宮が増やしたんだ。そして管理者権限を受け付けなくなったんだよ」
「なんて迷惑な迷宮だよ!」
「ごめん」
「吉田さんのせいじゃねぇし」
「吉田さん、行きましょう!」
日本迷宮十階層を模して造ってあると聞いて姉は心がはやる。すでにフル装備で構えている。
これから超最難関の迷宮に挑む。二人は武者震いを抑えられずにはいられなかった。
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