第17話 初詣迷宮


 姉は内股でしずしずと歩いている。いつもの荒……活発さが見えない。今日は母から譲り受けた振り袖を着ている。バッグは下駄の鼻緒と同じ柄で、持ち手がチェーンになっている。

 振り袖は絢爛豪華な刺繍の藤と牡丹が柔らかな赤い絹地に映えている。また帯は白地に金と朱華はねず色の紋様で、上品な変わり花結びが更に美しい佇まいに花を添えている。

 美しい黒髪をあえてサイドポニーテールで流し、結び目には着物と同色のちりめんで作られた大柄の梅の花を散らし少々のふわふわの羽が清楚さを、二本の金糸の房飾りが優美さを表しているようにみえる。

 弟は黒紋付羽織袴。家紋ではなく自社ロゴが入っている。袴は縞柄で白鼻緒の雪駄を履いていおり、手には鉄扇を持つ。

 着付けは吉田さんの奥さんがしてくれた。なにげにいろいろ出来る奥さんすごい。特に姉には気合い入れすぎだ。



 ここは初詣迷宮。

 年に一度、大晦日二十三時から元旦の深夜一時までの二時間だけ公開される。

 探索者達の間で、毎年この迷宮を一番に踏破した者がその年の迷宮男、迷宮女として崇められる。男性は羽織袴に雪駄、女性は振り袖に下駄、と着衣指定がある。武器は服装に即した物と規定があり、未婚の者に限られる。探索者の級指定はなく初級探索者でも出場できる。


 姉弟は年末年始をコタツでぐだぐだと過ごすのが恒例だが、町内会長さんから初詣迷宮に出てみないかと打診があった。お断りすると吉田さんと細井さんからも話が来た。二人から話が来るとは珍しい、いつもお世話になっているから、と出場を決めた。



「姉ちゃん! がんばって!」


 ミツル君の声が聞こえる。見ると町内会の皆さんで応援に来ている。応援幕もあり恥ずかしい……ミツル君も出ればいいのにと思いながら、姉は他人のふりをしようと決めた。


「おー! やるぜー! 見てろよー! な! 姉ちゃん」


 弟が大声で声援に応え他人のふり作戦は台無しだ。


 この初詣迷宮は全国的に有名で、多くの探索者が各地から集まる。年に二時間しか開かない迷宮、その珍しさと迷宮男女の栄誉を掴み取る為だ。


 迷宮の中は上下左右壁に囲まれる箱形巨大迷路タイプになっており、探索者を惑わす。登っていくタイプで全三階層。もちろん魔物も出るが初級探索者でも倒せる程度である。



かいきゅう、十分前。開宮、十分前』


 アナウンスの声が響く。探索者達の歓声が響き渡る。応援に来ている人々や観客達も大盛り上がりだ。テレビ、ネット中継もある。

 姉弟は着物をそれぞれたすき掛けにし、姉は振り袖の足元を膝の上から折り返して帯に突っ込み、ミニスカート状態で走れるようにした。残念、短いスパッツを穿いている。


『開宮、五分前。開宮、五分前』


 姉は準備運動を始める。屈伸、伸脚、アキレス腱伸ばし……体が温まってくると同時に心も熱くなってきた。弟は強化スペルを詠み入宮に備える。


『風よ、運べ』


 風に頼み二人の走る速度を上げてもらう。


いかずちよ、宿れ』


 雷を姉のバッグと弟の鉄扇に宿わせ一撃の威力を上げる。


『水よ、纏え』


 水を二人に纏わせ防御力を上げる。


 他の探索者もオリジナルスペルを詠み強化をしていく。スペルを詠み上げる声がそこら中から聞こえ、マナが飽和状態となる。やがて探索者達全員をマナの光が囲み美しく輝き始める。

 この光のドームも初詣迷宮ならではの風物詩だ。観客も大喜びである。



『初詣迷宮開宮! スタート!』


 アナウンスの合図と共に探索者達が走り出した。一斉に入宮していく。中では有線でカメラが設置されており、応援者や観客達が中の様子を見る事が出来る。


 姉弟は集団の中程を走っている。周りとのスピードが違う、どんどん追い越して行っている。間をすり抜け右に左に機敏に動く様をカメラで追いかけるのは難しい。


 先頭集団がいくつかのグループに分かれていった。迷路だ。二人の前が空く。

 目の前に壁があるが、姉がバッグのチェーンを引き延ばし、モーニングスターの如く振り回し壁を叩き壊す。弟は鉄扇を閉じたまま壁を打ち砕いている。


 迷路で一番早く到達できる方法は何か。ゴールまで直線で進む事だ。


 二人の行動に周りの探索者は驚き、なるほどと頷いて皆壊し始める。迷宮内は壁の残骸でひどい状況だ。迷宮管理者は頭を抱えている事だろう。来年からは壁が破壊不可属性になっているに違いない。この壁のことは吉田さんが教えてくれた。なぜ彼が壁を破壊できると知っていたのかわからないが、今はありがたく破壊し進む。



「姉ちゃん、後ろ来てる!」


 姉弟の後ろを着いていけば楽勝では? と考えた探索者達が追いすがる。


「行きます!」


 先頭を走っていた姉が弟を先に行かせ、振り向いて天井を破壊する。天井の残骸が落ちてきて後続の前に立ちはだかる。これで分断できた。姉は弟を追い次の階層へと向かう。


 二階層。

 先頭集団は四組に絞られた。慣れない袴に弟が転んでしまったのだ。

 二階層に迷路はなく、ただ広い平原エリアで芝生のような植物で埋め尽くされており、木も建物もない。この層では開催される年によって脱落者数が変わってくる。その年の干支の生き物が数万、時には数十万匹の魔物となって配置されているのだ。その年の干支魔物を配置して送り出そうという、迷宮管理者のおかしなこだわりである。

 魔物自体は弱い為、難なく斬り捨てていける。が、苦手な生き物やうさぎなどのつぶらな瞳を見てどうしても斬れない者も出て来る。

 今年の干支は巳、つまり蛇。苦手な者は数十万匹の蛇に失神寸前だろう。しかも普段見る蛇より大きい。


 探索者の中でも女性の叫び声が響く。男性にも苦手な者がいるようだがなんとか斬り進んでいる。一組引き返した。リタイアのようである。

 一方姉弟は、首をもたげて行く手を阻む蛇は叩き潰しているが、上を八艘はっそう飛びのように蛇を蹴りながら飛び越していく。

 それでも姉弟に追い付いてくる者がいた。毎年参加し迷宮男を勝ち取っている常連探索者の男性だ。


「よう! 初参加者だな? ここまでトップグループで来られるとはすごいぜ! 褒めてやる! だがここからは俺のステージだ!」


「出たからには! 負けません!」


 姉がそう言って蛇を掴み、その男に投げつけた。男に当たり仰け反って後退していく。

 だがすぐに追い付く。


「お前! 綺麗な顔してえげつないな! だが卑怯なんて言わないぜ! かかってこい!」


 男が立ち止まり、足を肩幅に広げ鉄扇を構える。この男性も武器は鉄扇のようだ。

 姉は、なぜ立ち止まったのだろう? と首をひねりつつも止まらない。そのまま置き去りにして駆け抜けていった。


「あいつ、アホウだな」


 弟も呆れかえっているようだ。



 三階層。

 ここはひたすら直線の道を走る。迷宮管理者としては、何組かの競い合いでデッドヒートという構図を期待しているのだろうが、今ここを走っているのは姉弟のみ。

 二人は時折立ち止まっては浅めの穴を掘っている。罠だ。探索者ならばこんなあからさまな罠にはかからない。だがもしも後から追い付いてくる者がいたら、この穴に気を取られ全力では走れないだろう。


 前方に扉が見えた。すでに零時を過ぎ新年を迎えている。あらたな年の扉を二人は開く。

 中には干支の馬、を模したペガサスがいた。


「よくぞ参った。今年の迷宮男、迷宮女よ。栄誉をたた……」


 姉は即座に反応しバッグ型モーニングスターで叩き潰す。光と共に消え、そこに静寂だけが残った。


「よっしゃー! 迷宮男ゲット!」


「やりました。迷宮女です」


『アー、君達。今年の干支を斬っちゃいかんよ。あれは祝福を与えてくれるのだ。という事にしてある』


 どこからともなく声が聞こえた。壁を見るとスピーカーがあった。迷宮管理者の声だったようだ。


「迷宮の最後にいるのはラスボスですよね?」


 姉が当然だ、というふうに答える。


『とにかく、斬らないで。もう一度出すから!』


 二人の目の前にペガサスが姿を現す。翼を広げ何度か羽ばたきをし声を発した。


「よくぞ参った。今年の迷宮男、迷宮女よ。栄誉を称え、祝福を与える」


 ペガサスから光が発せられ二人を包む。光の粒が舞い、渦を巻くように舞い上がっていった。やがてペガサスも消え、そこには「迷宮男」「迷宮女」とかかれた紅白たすきが落ちていた。


『そのたすきを付けてくれ。外へ転送する』


 二人は嫌そうな顔をしながらもたすきをかける。姉のミニスカート風にした着物とたすき掛けは取っている。


 やがて二人は転送され、神楽舞台のような場所に立っていた。周りに観客達が詰めかけている。舞台は一段高く作ってあり後方まで見渡せる。


『今年の迷宮男、迷宮女が誕生しました! 皆様拍手を持ってその奮闘を称えてください』


 女性の声でみんなにアナウンスされる。パラパラと拍手が沸き起こる。


「ブー!」

「卑怯ものー!」

「あんなのありかー!」


 観客から拍手と怒号混じりの歓声が聞こえてくる。町内会の応援者達は微妙な笑顔をしている。


『迷宮男、迷宮女から一言ずつ貰いましょう』


 女性が寄ってきて弟にマイクを向ける。


「文句がある奴は! 今年俺らに挑戦しに来いやぁー!」


 女性は引きつり笑顔をしながら次に姉にマイクを向けた。


「……明けましておめでとうございます。探索者と言うのはその時の機転を利かせ、そこにあるもの全てを使い先に進むのだ、と父に教わりました。今回の私達が間違っていると言うのならば、それは私の父を否定しているという事。いつでも……」


 姉が大きく息を吸い込み、観客を睨みながら叫んだ。




「かかって来なさーい! ……ハァハァ」

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