第16話 ゴルフ迷宮
まだ朝日が昇っていない、暗闇の中。緑広がる大地に姉弟は立っている。
姉は幅の広いブルーの帽子にブルーの長袖シャツ、同色のスキニーパンツ。そしてスポーツシューズ。
弟も同じ帽子、シャツにハーフパンツ。そしてスポーツシューズだ。
二人の服にはもちろんスポンサーロゴ……いやもう自社ロゴと言うべきか。
ここはゴルフ迷宮。
ゴルフ場経営者が奇抜なコースを欲し自社所有のゴルフ場を迷宮化、通常ではあり得ないコースを造り上げてしまった。
そこに何故、姉弟がいるのかと言うと二日前にさかのぼる。
「やぁ、社員になってひと月以上経つけど、初出勤ですね。とんでもない社員です。ハハハ!」
「好きにやれって事だったよな?」
「それでもたまには顔を出して欲しいですね。社のみんなに顔を覚えて貰った方が、君達をサポートする時に力の入れようが違います」
ここは親会社ビルの三階を間借りしている探サポ用フロア。すでに机、椅子、パソコンなどの事務用品が入っており、社員が十名ほど座っていた。まずは顔を覚えて貰いましょう、と子息の言葉に二人は挨拶回りをし、握手をして回った。ひと月以上して初めて顔を出した事に不満を言う者はいなかった。むしろ超一流探索者に会えて喜んでいるようであった。
「皆様の力が無いと私達は入宮する事さえ出来ない迷宮に挑みます。どうか力を貸してください。よろしくお願いします!」
「お願いします!」
全員の前に立ち、二人が挨拶すると拍手と歓声が沸き起こった。
子息はうんうんと頷いた後、応接室に案内しそこで話をする。
「しつもーん!」
弟が手を上げ子息に向かって言った。
「なんでしょう?」
「俺らの机ないの? なんか憧れる感じ!」
姉もそうですと頷き同意している。
「ああ、用意してあります。個室ですよ」
「あーいや、さっきの感じだとみんなと同じとこがいいんじゃねーの?」
「わかりました。ではその方向で」
影は薄いがいつも一緒にいる秘書に向かって言うとメモをしている。次に出社する時には同じフロアに席があるだろう。
「今日出社命令を出した理由ですが、私と共にゴルフ迷宮に行っていただきます」
「はぁ? ゴルフ?」
「え、あなたと……? 嫌です」
「はっはっはっ、今日は冗談はよろしいのですよ。いや面白い」
姉は冗談ではありません……と小声で言っている。
「ゴルフした事ねぇし」
「これは日本迷宮に関する仕事です。調べた所、現在日本迷宮挑戦への申請受理が非公開でストップしています。申請を受け付ける事さえしていない状態なのです」
「ああ? 何だソレ」
「そんな……」
「そこで政府の偉い方とゴルフでもして心を緩やかに、受付も緩やかにしていただこうと言うわけなのですよ。ゴルフ迷宮に興味があるらしくて、一日貸し切りで抑えました」
「汚い、大人汚い」
「まぁそうです。こう言う汚い裏の仕事は本来私達に任せていただきたいのですが、実際に顔を合わせておいた方が政府の方もお情けをくれると言いますか、魚心あれば水心と言いますか……」
「接待をするという事ですね」
「はい、その通りです。これは厳密に言えば違法なのですが、そこは抜け道がありますので」
「しかしゴルフねぇ、姉ちゃんに出来るかなぁ」
姉が弟を睨むが気にしていない様子。
「あなた達はプレイをする必要はありません」
「お、そうなの? 何すりゃいいんだ?」
「キャディです」
◇
そういう経緯で、二人は朝早くから政府の偉い人と子息が来るのを待っているのだった。
政府の人達は全部で五人。こちらも五人。キャディが十人。
政府の人一人に会社の者一人がつきプレイヤーが二人、キャディが二人という組み合わせで回るのだ。姉弟がついて回るのは政府の申請受理の要となる人と子息。スタートは最終組である。
五十代くらいの男性で、申請受理の要の人(以降、要さんと呼ぶ)と子息が談笑しながら歩いてきた。
「おはようございます」
「おはようございます!」
二人が挨拶し、お辞儀する。
「おう、おはよう。今日のキャディは若いね。美男美女だ、いいねぇ」
要さんがにこにこしながら挨拶を返してくれた。
「今日のキャディは特A級探索者です。ここも迷宮ですから安全を考慮しております」
子息が説明をする。なるほど、迷宮だった。
「うんうん、頼むね。しかしゴルフ場を迷宮にするとはねぇ、天候の心配をしなくて済むからいいねぇ」
「そうですね。風情を出すために日の出と日の入りは演出されているそうです」
「そうだねぇ、やはり朝早くからやってこそ、だもんねぇ」
「さぁ、四組目がグリーンまで行きました。私達もスタートしましょう」
一番ホール。レギュラーティー三百八十一ヤード。パー四。
フェアウエイ両脇に崖がそびえ立ち、OBは無い。二打目シャンクしても跳ね返って戻ってくるのだ。ガター無しボーリングの様な物である。
「ヤードって何だよ。メートルじゃ駄目なの?」
弟の事は無視して姉はティーアップした要さんを見る。
ビシュッ……打ったボールが真っ直ぐに飛んでいく。
「ナイスショーット!」
「ナイスです」
「ナイショー!」
子息、姉、弟の声が響き渡る。
「おっちゃん、上手いなぁ! 真っ直ぐビューって飛んでったぜ!」
「あははは、そうかね。今日は調子が良さそうだよ。キャディがいいからかな」
「だろう? キャディ大事だよな」
馴れ馴れしく話す弟にも優しく返してくれる。いい人だ。しかし弟は人を乗せるのが上手いようだ。多分本音で言っているのだろうが。
子息が打つ。ビシュッ……
「おお、ナイスショット!」
「ナイスです」
「接待なんだからもうちょっと下手に打てよ」
弟よ、ぶっちゃけ過ぎなのではないか。
「はっはっはっ! いえいえ接待だろうと勝負は勝負です」
「その通りだね、うん。わざと負けられたら気分悪いよ」
「あ、そんなモンなの? じゃホールインワン狙え!」
「そんなに飛びませんよ」
「姉ちゃんなら飛ばしそうだけどな」
「おや、君達は姉弟かね。ふむ、打ってみるかね?」
要さんが姉にクラブを渡してくる。姉はいえいえ! やったことありませんし! と断っているが、強引に持たされた。
余計なこと言ってと弟を睨みながらクラブを構える。
「姉ちゃん、なんか見てたら下段からすくい上げ斬りだぞ」
なるほど、と言いつつ思い切りボールを斬る。
ドビシュッ! 明らかに先ほどと違う音がしてボールが飛んで行く。
「おー、一発で当たった!」
「ファー! ファー!」
子息が慌てて大声を出している。姉の打ったボールはグリーンにまで届きそうな勢いだ。
「ファー!」
要さんも大声で注意を呼びかけている。
ボールは真っ直ぐにグングン伸びていきグリーンに突き刺さった。
グリーン上にいた四組目の人達が驚き、こちらとボールを交互に見ていた。
「いや、すごいね、君。パー四をワンオン? イーグル狙えるんじゃないかね」
「驚きました。フォームも美しかったです」
弟も打つよう勧められたが、俺はこれ無理ときっぱり断っていた。
要さんと子息が二打目を打ち、要さんがグリーン端に子息がグリーン手前バンカーにつかまった。
子息がバンカーから出そうとした時、砂が盛り上がって魔物サンドウォームが飛び出してくる。サンドウォームはボールを加えそのままの姿勢で停止した。ボールは頭くらいの高さにある。
姉がサンドウォームを素手で倒そうとしているが、子息が止める。
「これを打てという事なのでしょうね」
子息はパターでボールを押し出すように打った。打ったボールはグリーン上、カップ手前へ。
「ナイスリカバリーだね」
「ありがとうございます。これぞ迷宮ですね」
「ははは、楽しいねぇ。こんなゴルフ無いねぇ」
要さんがパットをしカップ手前五十センチ。オーケーを出しナイスパーセーブ。そして姉の番。
要さんのパターを借りて構えるがどう打てばいいのかわからない。
「水平に真っ直ぐ当てる事を目標にしてください」
子息のアドバイス通り、スッと引き、ガッと当てる。強い。ボールは勢いよくカップに向かい、縁に当たって真上に上がる。そしてそのまま落ちてきてカップインした。
「ナイスイーグル!」
「おお、素晴らしい」
姉はよく分かっていない様子できょろきょろしていたが、褒められていると気づき、ありがとうございますと言って要さんにパターを返した。
その後、子息も入れパーセーブ。
みんな楽しくホールを回り、ウォーターハザードに水竜のいるホールや、浮遊グリーン、ティからグリーンまで洞窟トンネルになっているホールなどいろいろな物を体験し、ホールアウトした。
クラブハウス。
四人で席に着き今日のことを振り返っている。もう勝ち負けは頭にない。要さんと子息はあのホールをいかに攻略するかという話に夢中だ。
「今日は楽しかったねぇ」
「はい、お付き合いいただきありがとうございました」
「うん。で、この子達が?」
「はい、日本迷宮に挑戦させたいと思っています」
「そうか……なぜ申請受理をとめているか……わかるかね」
「いいえ、ただあなたの一存だとは伺いました」
「うん、そう。私はもう入宮して帰って来ない人を待つのがいやなんだよ。何人も入っていまだ誰も帰ってこない。死にに行くようなものだ。なぜ探索者達はあんな危険な迷宮に入りたがるのか……わからない」
「ゴルフをしない人はなぜあんな小さいカップにボールを入れたがるのかわからない、と言います」
「確かにね。でもゴルフは終わったらみんな帰ってくるだろう? あそこは帰れないんだよ。君達はなぜ入宮したいのかね?」
要さんが姉弟に向かって真剣な顔で聞いてくる。
「父と母を迎えに行きます」
「うん、親父と母ちゃんが中で待ってんだよ。それにさ探索者証に日本迷宮踏破って載ったらかっこいいしな!」
「そうか、ご両親が……ご両親のお名前は?」
姉が答えると、要さんの目に涙が溢れてきた。三人が驚いてどうしたらいいのか戸惑っている。
「すまんね、そうか……君達はあの
「両親をご存じなのですか?」
「うん、私が送り出した。迷宮入り口で手を振って送り出したよ。あの方達ならば、と思っていたが……」
姉の目にも涙が溢れてきた。弟も俯いている。
「やはり駄目だ。君達までいなくなっては……もう私は辛い思いはたくさんだ」
「そんな! 両親は生きているんです! 迎えに来るのを待っているんです!」
「確か、大規模な私設捜索隊を出したとか……見つからなかったのだろう?」
「捜索隊は下層階しか捜索していません! それにまだ状態が生存になっていると!」
「む、それは聞いていないな。本当かね」
「はい、私の方でも調査しました。管理者パッドでは生存状態だそうです」
要さんは目を瞑り、腕を組んで考え込んでいるようだ。姉弟は不安そうに見つめる。
しばらく経ち、目を開けると姉弟に問いかけてきた。
「君達は入宮して帰ってこれる実力はあるのかね」
「いいえ、まだありません。まだまだ足りません」
姉は正直に言う。弟も頷いている。
「まだ……か。……
「え? どうしてその名前を……」
「会ってないよ」
「宗川さんに会えて彼が協力してくれると言うのならば考えよう」
それ以上はもう迷宮のことは何も言わない要さんだった。
全員で政府の方々を見送り、姉と弟と子息の三人でテーブルに着く。
「宗川さんとはどなたですか?」
「わかりません。ただ二人の人に宗川さんを探せと言われました」
「さっきのおっちゃんと、もう一人は……秘密契約? で話せないんだよな」
「どなたかと秘密保持契約をされたのですね。それでは仕方ありませんね。他に宗川さんの情報はありますか?」
姉が宗川さんのフルネームを伝える。子息は私の方でも探しましょうと言って別れた。
少しだけ前進したような気がする。ゴルフ迷宮に夕焼け空が広がり一番星が出ている。
二人はまだまだこれから、とお互いに拳を合わせた。
「あれ? こっから自腹で帰んの?」
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