第15話 国営迷宮三


 今日の姉はいつもと雰囲気が違う。静かだ。明鏡止水とはこの事か。

 装備は新素材をさらに改良した新新素材アンダーシャツにスパッツ。その上から黒竜ガンマの胸当て、手甲、短パン。ブーツも黒竜ガンマの皮で作って貰った。武器は細井太刀。双剣は痛みがひどかった為に細井さんに預けてある。

 一方弟は姉と打って変わって騒がしい。気合いを入れる声が響いているが、姉は目を閉じイメージトレーニング中だ。

 装備は新新素材アンダーシャツにスパッツ。マナ増幅ピアス、亡者の服、黒竜ガンマのブーツ、ダブルリッチのマントだ。武器は銘をリトルフォックス、太刀だ。



 姉弟のスポンサー契約内容が変わった。より踏み込んだサポート体制を整える為、二人はスポーツ用品メーカーの親会社に社員として迎え入れられた。年俸制となりストックオプションの提示もされたが、よくわからないので現金にしてもらった。社員となったので自分で確定申告をする必要がなくなり姉の負担がかなり減った。

 子息は姉弟の為に探索者サポート専門の会社を立ち上げ、二人をそこへの出向社員とした。子息はその会社の社長に就任する。

 二人の扱いは柔軟で出勤の必要は無く、これまで通り迷宮に専念できる事を契約に盛り込んだ。イベント等への参加、会社が指定する迷宮への入宮は出来るだけこなしてもらう条項はこれまで通りだ。

 また武器スポンサーにも日本迷宮挑戦の話をし、探索者サポート専門会社(今後探サポと呼ぶ)に出資してもらい、二人のサポートをより強力な物とした。

 まだ全て書類上の物なので社屋、社員雇用、サポートの方向性など子息にはやるべき事が数多く残っていた。



 一気に状況が変わった二人が立っているのは国営迷宮。

 ドロップ品目的ではなく能力向上がメインである。しかし姉の為にドロップ品はもちろん拾う予定だ。

 探索者達が入宮待ちしている列に並ぶ。皆、何処で狩るか、何が欲しいか、探索ペース計画など楽しそうに話しながら並んでいる。次々と入宮して行き姉弟の順番が来た。


「探索者証の提示をお願いします」


 スーツ姿の女性職員が提示を求める。二人は博士に貰った黒い探索者証を渡す。


「こ、これ! ちょっとこちらへお願いします」


 女性職員があわてて二人の手を引き、カウンター隣の控え室に引き込む。

 二人はなんかまずい事したかな!? と慌てている。

 控え室の椅子に座らされ、女性職員が話しかけてきた。


「これを何処で……いえ入手経路は結構です。このこくしょう(黒い探索者証の略だと思われる。会員番号八の人ではない)は、次回からこちらへ直接お入りになってご提示ください。一般探索者に見られると困りますので」


 二人はなるほど、と頷き、すみませんでしたと謝罪した。


「いえ! 謝罪など……こちらこそ申し訳ありませんでした」


 女性職員は恐縮そうに謝罪返しをしてきた。黒証は限られた者、つまり偉い人しか持てないのでこの女性職員のように腫れ物に触れる感じで扱われるわけだ。


「今、お茶をお出ししますので!」


 そう言って出て行こうとしたが引き留め、すぐに入宮したいからと控え室を出て、無事入宮する事が出来た。


「なんか偉くなった気分だったなー」


「博士は簡単にくれましたが、よかったのでしょうか」


「あれだろ、寂しい老人の相手してくれーって。秘密契約? もしたしな」


「……それだけじゃないような気が」


「ここで考えても仕方ねぇって。行こうぜ」


「うん」



 二人は魔物を狩って行く。より速く、より正確に、これまでのただ斬り捨てて進めればいいという思いではなく、武器消耗を最小限に、時には魔物に攻撃をさせて回避が出来るように、自分達の能力を高めていく。

 百階層から裏ルートに入り、同じように考えながら進むが、こうも魔物が多いと何度か攻撃を受け危ない場面があったりもした。


「姉、ちゃん! 俺らも! まだまだ、だな」


 魔物に攻撃しながら弟が言う。


「うん、まだ! 伸び代が! あると言う! 事ですね」


 姉が攻撃しながら、回避しながら返事をした。いつもとは違う体の動きに息が上がってきている。この動きに慣れていかねばならない、この動きを自然に出来るようしなければならない、そう思いつつ体をひとつひとつ確かめるように動かしていく。



 百三十一階層裏ルート。

 経済産業省の実験施設の扉を弟がドンドンと叩く。のぞき窓が開き人の目が見える。


「誰だ」


 若い男性の声だ。博士ではないようだ。


「俺だ」


「知らん。帰れ」


「ちょ、ちょっと待って! 博士! 博士呼んで!」


「博士? ……ああ、教授か。ちょっと待ってろ」


 しばらく待つとのぞき窓から目が見え、ドアが開いた。


「よく来たね。さぁお茶でも出そう。中へ入りなさい」


「博士? 教授? どっち?」


「ん? 呼び方はどちらでも構わんよ。その者が特定できて周りが認識できれば問題は無い」


 じゃ博士でいっか、と弟が言いつつ博士の後を追う。今日はこの前の部屋と違い、生活感溢れた部屋だ。ベッドがあり、机がありその上に管理者パッドのような物があり、テーブル、ソファーがあった。ソファーを勧められ二人とも座る。博士はお茶を淹れてから対面のソファーに座った。


「うん、いらっしゃい。来てくれて嬉しいよ」


「博士ー、この黒証? の使い方教えといてよ。入り口でびっくりされたぞ」


「ああ、そうか。人に渡したのは初めてでね、失念していた」


「ま、いいけどよー」


「ここに入る時もそれを見せたまえ、入れてくれるだろう」


「おー、わかった」


 何種類かの茶菓子も出してくれた。このお茶と茶菓子も管理者パッドで生成したとの事。便利だ、税金で作っているのだが。


「何か進展ありましたか? ……あ、聞いても大丈夫なのでしょうか」


「ああ、構わんよ。うーん、成果はない、進展はした、という所かな」


「成果を出す為の途中作業ってやつ?」


「うん、そう。あまり派手に動くとね、五月蠅い連中がいるんだよ。ほら、物の生成過程を調べてるだろう? 生成するのにお金かかるからね、税金の無駄使いするなーってね。無駄じゃないんだけどね。一部しか見えてないからそんな事をいうんだよね」


「俺らの税金だもんな、俺が許すよ! 結構税金納めてるしな」


「心強いね、それだけ稼いでるんだね。若いのにすごいんだね」


「まぁ、借金返済に全部消えるけどな」


「そんなに借金があるのかね」


「……はい。家のローンと両親探索の為に使って……」


「む、そうか。悪い事を聞いたかな、すまん」


「いえ」


 博士は腕を組み目を瞑って少し考え込み、大切な事を話すように優しくゆっくりと二人に向かって言う。


「君達のご両親を知っている……うん、違うな。友人だよ。前に君達の探索者証を確認させて貰った時には気付いていたんだが……」


「え!?」


「そうなの? へー、こういうのアレ? 世の中狭いなって言うやつ」


「そうだね。ご両親が入宮する時にサポートをしていてね。まだ管理者パッドでは生存となっているようだが……」


「ええ!? 博士がサポートを……」


「そっかー、俺らのサポートもやってよ!」


「む? あそこへ挑むのかね?」


「はい、まだ先だと思います」


「いや……サポートは、もう出来ない。すまない……違うな、怖いんだな」


「そう、ですか。でもまたここへ来てもいいですか?」


「ああ、もちろんいいとも。ぜひ来てくれたまえ、私も嬉しいよ」


 博士はにっこりと笑って二人を見た。

 博士が両親のサポートをしていた。巨大迷宮へ挑むサポート体制とはどういうものなのかわからない二人だが、博士に任せれば安心出来そうと実現しそうにない考えを巡らせていた。


「あ、博士、これお土産ー。温泉饅頭」


「おお、ありがとう。嬉しいよ、饅頭はまだ生成出来なくてね。久し振りだ、みんなでいただくよ」


 博士は本当に嬉しそうに笑いながら温泉饅頭を受け取り、大事そうに机の上に置いた。


「じゃあ、私もお土産をあげよう。宗川むねかわさんという人を探しなさい」


 そう言って紙にフルネームを書いてくれた。


「この人をどうして、ですか?」


「うん、私の名前を言えばきっと宗川さんが教えてくれる」


「いいけど、博士の名前知らないんだけど?」


「おお、そうだったか。牧田だよ。よろしくね」


 博士のフルネームも同じ紙に書いてくれた。


「でもさー日本中でこの宗川さん探すの無理っぽいんだけど」


「会うべき時に会うべき人に会う。時の運、人の運。運命と言う。君達は会えるよ、きっとね。実験物理学者が言う言葉ではないけれどね」


「博士と出会えたのも運命ですか?」


「まさにそう。会うべくして会ったんだね。不思議だよね、これも異世界パワーかな。ふふ」


 よくわかんねーと弟はソファーに背を預け天井を見上げていた。博士は姉弟を、目を細めて見つめている。孫を見ているように優しげだ。

 ※孫ではありません。



 それから世間話などをし、挨拶をして実験施設を出た。


「……運命」


「姉ちゃん、考えすぎない方がいいんじゃね?」


「うん」


 これから二人は、穏やかな流れから急流に変わるように、加速的に取り巻く環境が変化してくる。


 がんばれ姉弟、君達の戦いはこれからだ!



 二人は裏ルートであらたな動きを確認しながら進むのは危険と判断し、表ルートに戻って上層階へ退宮の道を辿った。

 ドロップ品査定額は一億円を超えていた。前回国営迷宮に入宮した時よりかなり少ないが、下層階よりも上層階での鍛錬に時間を割いたからである。億超えの査定額なんて滅多に出ないのでこの金額はすごいのである。単位のインフレに慣れてはいけない。



 数日の探索を終えた帰り道、朝日と共に帰る。朝帰りである。


「宗川さーん! 出てこーい!」


「はーい」




「姉ちゃん、そういう冗談やめて……」

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