第6話 海浜迷宮


 麦わら帽子に黒いビキニ姿の姉、ピンクのビーチサンダルを履き、左手に浮き輪右手に小さめの熊手を持っている。熊手はもちろん武器スポンサー提供の物だ。浮き輪は姉の名誉の為に詳細を省く。

 弟は青いサーフパンツにサングラス、プラスチックバケツに熊手を入れた物を左手に持ち、右手に水鉄砲を装備している。足装備はない、裸足だ。

 二人の水着は、スポンサーであるスポーツ用品メーカーの新素材で出来ている。先日の素材テストにより耐性が向上しているが、素肌の部分が多いので今回はあまり意味がない。



 ここは海浜迷宮。

 迷宮なので季節は関係ない。一層のみの迷宮だが広い、とてつもなく広い。白い砂浜には波が打ち寄せ二人の足を洗っている。

 とあるリゾート経営会社が迷宮運営に乗り出した。一年中日本で常夏が楽しめるのだ。閑散期のないリゾート地。客にとって日本でありながら南の楽園。経営会社には売り上げ天国なのである。


 今日はその一部分である海浜迷宮のプレオープンである。特A級探索者である二人に招待状が来た。大企業運営の迷宮では上級探索者を無料招待する事が多い。「あの姉弟も絶賛!」という謳い文句をパンフレットに載せたいのだ。あわよくば写真付きコメントも貰いたいと思っているはずである。


 二人は砂浜宝探し大会が目当てである。砂浜に埋まっているドロップ品を掘り当て、一攫千金を狙うのだ。姉には一攫千金という言葉が刷り込まれてしまっている。このままだと株に手を出しかねない。素人はニーサで我慢だ。


 プレオープンに招待されたのは姉弟だけではない。他の上級探索者達も招待され、中には家族カードを使って子供連れの者もいる。

 日本中に様々な迷宮があるが、子供が楽しめる迷宮はない。迷宮に入る為に必ず探索者証が必要となる。探索者になるには国家資格レベルの試験があり、年齢制限はないが今のところ十五歳以下の探索者はいない。


 しかし子供向けの商材を扱っている企業は考えた。いろいろな会員証には家族カードがあるじゃないか、と。

 企業の圧力に政府は折れたが、条件をつける。

 子供を入宮させるには最低レベルの難易度Zである事、魔物ポップなし、一階層のみ。探索者同士の殺傷なし、にしなさいと。

 ここでも企業達は悩む。魔物ポップなし、探索者同士の殺傷なしという迷宮設定はない為だ。またもや企業は閃いた。


 一階層を全部セーフティーゾーンにすればいいではないか、と。


 武器には制限をつけ、殺傷能力のない二十センチ以下のならば持ち込み可能。姉弟の熊手は武器スポンサーが製作しているが、遊具である。

 探索者同士の喧嘩は起こるかもしれないが、それは迷宮でなくともあり得る事。政府はそれならばと認可を出したのであった。


 そうして漕ぎ着けたプレオープン。リゾート経営会社は社運を賭け、自社で所有していたリゾート地を丸々迷宮にした。まずは海辺だけであるが、今後周辺の迷宮もオープンさせていく予定である。


「姉ちゃん、目標を決めようぜ!」


「目標、一億円です」


「そりゃ無理だろ。さすがにここじゃ一億はいかねぇわ」


 実は二人の稼ぎは多い。次回の確定申告では相当な税金を納めるはずである。民間迷宮でのドロップ品については、きちんと納税分を残しているが、姉は先日のスポンサー迷宮での税金を確保したいと思っていた。



『皆様、当リゾート海浜迷宮へようこそ! 本日は飲食無料、ドロップ品マージンゼロの総取りとなっております! どうぞ心ゆくまでお楽しみください。 まずは砂浜宝探し大会のイベントスタートです!』


 スピーカーから主催者の声が流れてきた、それと同時に二人は砂浜宝探しを開始する。開始の合図を待たずに探し始める探索者もいたが、二人はきちんとスタートの合図を待って始めている。そこは大事な所だ。


 姉は熊手を掲げ砂浜に振り下ろした。姉を中心に半径五メートルほどの円形に砂が舞い上がる。キラリ。砂と一緒に舞い上がった何かが光った。すぐに駆け寄って正拳突きを繰り出し掴み取る。小さなカニだ。舌打ちをしつつ優しくプラスチックバケツに入れる。元に戻すと誰かが踏んでしまうかもしれないからだ。

 そして場所を移動し同じ事を繰り返す。カニが集まっていく。


 一方弟はスペルを詠み上げ、風の力を借りて砂を掃いている。落ち葉掃きブロワーのようだ。姉より効率が落ちるが、のんびり楽しみながらすればいいや、と思っているのでこれでいい。


「姉ちゃん、物欲センサーがそっち見てるぞ」


 弟の声に姉はハッとし、必殺熊手スイングダウンアタックをやめしゃがみ込む。そして無理矢理笑顔を作って慣れない口笛を吹きながら、私は潮干狩りに来たんです、宝物? へーそんな物があるんですかーというテイで熊手を掻く。


 そんな姉を微笑みながら近づいてくる男がいた。


「こんにちは、お嬢様。楽しんでいますか?」


 スポンサー会社社長の子息であった。自社新素材の赤いサーフパンツにビーチサンダル、サングラスを掛けたロシア系美男子である。

 姉は下を向いて舌打ちすると、すぐに顔を子息に向け立ち上がり、にこやかに挨拶をする。弟も寄ってきた。


「こんにちは。いらしていたのですね」


「お、いい奴はっけーん。ういっす!」


「ハイ、ここのオーナーから招待いただきました。父の友人なのですよ」


 お金持ち同士というのは何処かで繋がっている物だ。結束が強いが、見切りも早い。


「探索者証お持ちでしたっけ?」


「はい、まだC級ですが持っていますよ」


 迷宮法において日本国籍の者しか迷宮探索者証を取得する事が出来ない。姉はなんとか追い払う口実を考えているが、第一弾は敗北であった。


「おお? つーことは日本国籍取れたんだ?」


「ええ、もう半年になります。取れた時にお伝えしましたがお忘れですか?」


「すみません、あなたの存在自体忘れていました」


「はっはっはっ、今日も冴えていますね! あなた方、ご姉弟といると本当に楽しいです。これからも良き友人でいてください」


「お断りします」


「はっはっはっ!」


 子息は本気で姉弟を友人としてみている。会社が姉弟のスポンサーになって一年。その頃の二人はA級であったが、若すぎるA級探索者に最初は不安を感じていた。

 しかし二人は会社の指定した迷宮を次々と踏破し、そのストイックでひたむきな(彼にはそう映る)姿に心を打たれ、彼の心の迷宮をも踏破されてしまった。


 一方姉は本気で疎ましく思っている。お金だけ出して放っておいて欲しいと思っている。だけではなく、直接伝えるがいつも冗談に取られてしまう。

 弟は、時々お小遣いくれるいいお兄ちゃんと思っている。


「では、宝探しが忙しいのでこの辺で失礼します。そして永遠にさようなら」


「はっはっはっ! どうです? VIP浜へ行きませんか? 埋めてある宝が数も金額も三倍だそうですよ」


「行きます!」


「おー、すげーな金持ち。でもたまには庶民に交じって遊んだ方がいいぜー」


「はっはっはっ! あなた方と遊んでいますよ」


「なるほど、そりゃそうだな。俺ら庶民だもんな」


「さぁ、行きましょう!」


 姉はもう居ても立ってもいられず、子息の手を取り進み出す。子息は、オー私がエスコートします、と姉に腕を組ませ案内を始めた。


 そう言えば飲食無料だった、と姉が海の家をチラチラ見ながら歩く。焼きそばのソースの焦げる匂いが、かき氷を作るしゃりしゃりという音が、響いてくる。

 後ろからも匂いが漂ってきている。振り向くと、いつの間にか弟は手に焼きイカを持って食べている。姉の睨み付ける視線に負け、食べかけの焼きイカをそっと差し出すと、勢いよくかぶりついてそのまま持って行かれてしまった。しょうがねぇな、と弟は逆の手に持っていた焼きトウモロコシを食べ始めた。


 姉の食べる焼きイカに子息が興味を示し質問している。早速子息も焼きイカを注文し食べ始めたようだ。満面の笑みで食べている所を見ると満足しているようである。


 弟から見ると姉と子息はお似合いの二人だ。

 一年経っても尚、なかなか進展しない仲に気を揉んでいるが、借金返済終わらないと姉にそんな余裕はないかもな、と半分あきらめ気味でもある。


 三人が立つ目の前には、VIP浜と書かれた豪華な門と柵。

 姉はわくわくが止まらない。子息はにこやかに微笑んでいる。弟はVIPって何の略だ? と考え込んでいる。

 そこへ受付と思わしきサングラスをした何処かのSPのような体つきががっちりした男性が近づいてきた。


「こちらはVIP浜となっております。身分証の提示をお願いします」


 男性が言い、子息が探索者証を見せ、この二人は友人だよ一緒に入るのだ、と言っている。


「確認致しました。どうぞお入り下さい」


 と、横にそれ、道を空けた。


 中へ入ると海の家や屋台などはなく、一流レストランかと思われるような造りの店舗が並んでいる。そこのテラス席ではお金持ちでセレブな人達が、優雅に食事やお酒を楽しんでいた。

 砂浜では子供達が宝探しをしているようだ。大人はいない。


 姉は子息の顔を、行っていい? もう掘っていい? というような顔で見ている。子息は、どうぞというように手を砂浜へ向けた。


 砂を蹴りダッシュする姉。蹴り上げた砂が子息と弟にかかっているが気にしていない、というかもう見ていない。早速子供達の横で必殺熊手スイングダウンアタックを開始する。

 子供達は驚いていたが、その技に歓声を上げた。掴みはばっちりのようで、もう一度、もう一度とねだられている。姉が子供達に離れるよう手振りをし、技を見せている。

 技が披露されるたびあがる歓声に姉は得意げだ。


 弟は、姉を放っておいてレストランでの飲食を楽しむ事に決めた。子息も弟に付き合うようだ。美男同士が食事を取る姿に周りの子女や奥様方は、良い物見れたわとうっとり見つめている。二人の話す言葉は聞こえないが、そのイケナイ雰囲気にお腹いっぱいという感じである。


「なんだ、これカタツムリなの? げー気持ちワル。こっちはナニコレ? ウンコ?」


「はっはっはっ。堪能してくれ弟くん」


「ウンコうめーわ、すみませーん、ウンコもうひとつ!」


 ……聞こえない方がいいだろう。



『砂浜宝探し大会終了です! たくさん取れましたかー?』


 終了の合図に弟が姉を呼びに行くと、姉は呆然と佇んでいた。姉の目の前には、子供達と造った立派な砂の城。子供達は大喜びだ。城門は子供がくぐれるほどあり、城内にかがんで入れるほどの大きさだ。よくこの短時間で出来たと感心する。

 こりゃすげーな、と弟は心から感心している。



「宝探し……忘れてました……」


 本日の収入はゼロ。楽しんだ者勝ちだ、姉。

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