第5話 百貨店迷宮


 今回の姉の装備は新しく武器スポンサーになった企業から提供された、ナウソードとグッドミツと言う銘の双剣。

 弟はもう槍はいらねーと言う意見を取り入れられ、クレセントムーンと銘打たれた太刀。

 二人とも防具は自前の物である。もちろんメーカーロゴが入っている。



 二人が行列に並ぶ先に、今日から閉店セールの百貨店迷宮。

 閉店セールとはいえ階層改装の為の一時閉店である。この百貨店迷宮は半期毎に閉店セールを行っている。まるで廃人ネットゲームプレイヤーが引退すると言って翌日普通にログインしてくるような物である。


 百貨店迷宮の名の通り、ここには様々な小迷宮が集まっている。アクセサリードロップに特化した小迷宮、防具ドロップ特化、靴ドロップ特化など欲しいドロップ品を選んで入宮する事が出来る。高額・高級品をドロップするが、ドロップ率は他迷宮と比べて低い。

 入宮したはいいが、戦利品なしという事もよくある。そのような現象をウインドウドロッピングと探索者達は呼ぶ。


 百貨店迷宮では他迷宮より高額の入宮料を事前に払う。ここで払う事によって中にある小迷宮の入宮料は必要ない。小迷宮開設者からすれば入宮料収入がないのだが、百貨店迷宮のネームバリューでの集客や宣伝の必要がない為、そこに金と手を取られる事がない。


 二人は閉店セールのドロップ率アップという謳い文句に釣られてやってきた。ただし、具体的なアップ率はどこにも記載されていない。それでも小市民的な心で希望を携え立っている。もちろん開店直行である。


 百貨店迷宮の入り口が開く。その中では左右十名ずつ程の制服姿の店員が並び、探索者達の道を作っている。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」


 店員がお辞儀をしながら探索者達を迎え入れる。このお得意様気分になれる瞬間を味わう為に通う探索者達もいるが、二人はそうではない。並み居るおばさま探索者達をかき分け目当ての小迷宮へとダッシュする。当然、弟が事前にスペルを詠み風の助けを借りているので動きは素早い。


 目当ての小迷宮前。

 ここはアクセサリードロップが売りである。マジックアイテムとただの装飾品が落ちる。マジックアイテムは迷宮内でしか使えないが、能力の底上げを期待できる。また装飾品は迷宮外でも使え、高額を維持している為に一攫千金を狙える。武具相場は変動が激しいので素人には見極めが難しい。よって、今回はアクセサリー狙いとした。


「いらっしゃいませ。当迷宮をご利用なさいますか?」


「はい」


「探索者証の提示をお願い致します」


 二人が探索者証を読み取り機カードリーダーにかざし入宮申請をする。


「まぁ! 特A級探索者様。ようこそいらっしゃいました。本日より閉店ドロップ率アップセール開催で御座います。どうぞ心ゆくまで御探索くださいませ」


「何パーセントアップですか?」


 姉が店員の女性に聞く。


「企業秘密で御座います」


 店員女性は慣れた受け答えをする。きっとそう聞かれる事が多いのでマニュアルに書かれてあるのであろう。迷宮ではドロップ率を提示する必要がない。迷宮法でも定められている。ドロップ率の低い迷宮は自然に探索者達の足が遠のくが、百貨店迷宮では一攫千金を狙える為にそのような事はない。


「さぁ、姉ちゃん。元は取ろうぜ」


 弟が駄目なギャンブラーの様なセリフを吐き、姉の背を押しながら迷宮へと入っていった。


 この小迷宮は一階層のみ。百貨店迷宮のほとんどが一階層のみの小迷宮である。小迷宮のブランド価値によって百貨店迷宮内での場所の優劣、広さが変わるが、ここは広めのようだ。

 迷宮内は外からの見た目とは異なっている。それが異次元なのか異世界へ繋がっているのかまだ解明できてはいない。ただし広さ・深さはお金を掛ける事で変える事が出来る。

 吉田脱サラ迷宮の三階層は個人としてはかなり頑張っている方である。


 開店直行ダッシュで来た事もあり、二人が一番乗りのようだ。姉はにんまりと笑みを浮かべ、目標を見つけると同時に移動し即殺する。

 やがて姉の即殺に魔物のポップが追い付けなくなる。三十体は狩ったがまだ何もドロップされていない。弟は何もする事がなく端に設置されているセーフティゾーンでお茶をしている。


「これ、別々の小迷宮に入った方がよかったかもなぁ」


 今更ながら思いつき、まぁいいかと姉を眺めながらお茶を口にする。


 しばらくすると中年男性のパーティーが入宮してきた。男性だけで四人のパーティーだ。 姉の完璧なポップ管理に男性パーティーはどうした物かと佇んでいる。

 意を決した一人の男性が姉に二、三ポップ譲ってくれないかと声を掛けた。


 ポップ管理は非常に嫌われる。魔物がポップする時間を覚えて、その順番通りに廻り倒していくので、他の探索者が入る隙がない。特に姉はこの小迷宮全ての魔物ポップを管理しているのでたちが悪い。


「すみませんでした。他の方が来ている事に気づきませんでした。どうぞ、そこの一角を狩ってください。五体ポップします」


 姉は快く中年男性パーティーに譲る。こういう事は助け合いだ。意地を張って譲らないでいると自分が困った時に助けて貰えないし、噂が広まると探索者自治会が動き出す。最悪の場合、プレイヤーキラーと呼ばれる暗殺者が来る。

 もちろん暗殺など違法。しかし迷宮の存在によって命の重みが軽くなってきている今、殺人に忌避感はあるが、正義を行使しているという自分勝手な免罪符を突きつけているに過ぎない。


「ああ、ありがとうお嬢さん。しかしすごいポップ管理だったね、見とれていたよ。職人技だ」


 男性は本当に感心しているようで、まるで神を崇めるように言った。他の三名もうんうんと頷いている。男性パーティーは中堅探索者のようだ。装備はそれなりでスポンサーはついていないのかロゴは見当たらない。


「では、狩らせてもらうね」


 そう言って姉の指定した一角に向かった。

 姉は五体のポップを譲った事もあり、先ほどより更に空白の時間が増え弟の所へお茶を飲みに行く余裕さえ見せた。


「姉ちゃん、俺にもポップ譲ってくれよ。暇すぎ」


「一体どうぞ」


「一体とか却って手間だよ、せめて三体」


「一体です」


「アーわかったよ、じゃあここの傍でポップする奴貰うわ」


 姉をよく知っている弟は、自分に一体譲るってのもかなり妥協してくれてるか、と少し微笑みながら姉を見た。


 それから姉は百体近く狩ったが何もドロップされていない。男性パーティーは一つドロップしたようだ。ドロップした時に姉は少しほっとした。

 日本人的感覚だが譲ったエリアで何もドロップしなかったら、なんとなく自分のせいかも? と思ってしまうのだ。そんな事はないのだが。


 しかし弟がドロップするのは許せないらしい。姉がお茶を飲んでいると横で弟が装飾品の指輪をドロップさせた。キッと睨み付け弟から目を離さない。弟が屈伸をしても反復横跳びをしようとも目が追っている。姉の後ろに回り込んでも、頭だけ回して追ってくる。


「ね、姉ちゃんも、もうすぐ出るんじゃねぇかな」


 こんな時のこういう言葉は慰めにならず全くの逆効果だ。弟は姉にも早く出てくれぇと祈るばかりである。


「そっか、そうですね。右回りだったから出なかったのです。左回りなら出るはずです」


 根拠のない自分ルールを定めた姉は左回りに狩り始めた。



 弟が二つ目のドロップを手にした頃、姉がもう帰ると半泣きになって言い出した。こうなると何を言っても火に油を注ぐだけなので無言で姉の後ろについて行く。

 男性パーティーは五体ポップを管理しきれなかったのか、持て余し気味で、後から来た女性三人パーティーに少し場所を譲っていた。



「特A探索者様。ご利用ありがとうございました」


 小迷宮入り口受付の女性店員がお辞儀をしながら挨拶をする。この際に店員は成果を聞いてはならない。ドロップ率アップ中とは言え、出ない探索者もいるのだ。姉がそうだ。


 姉が女性店員に体を正面に向けて言った。


「今日の物欲センサーは何パーセントですか?」


 探索者達の間でまことしやかに噂される「物欲センサー」。

 それは、欲しい欲しい、落ちろ落ちろと物欲全開でいると、物欲センサーという謎の超テクノロジーが働き絶対にドロップしない、と言う物。迷宮管理者がセンサーのオンオフを個人毎に設定できるのだ、という管理者にとっては迷惑な噂。

 迷宮においてその設定はない。いいがかりだ、姉。


「そ、そのような物は御座いません」


 当然、女性店員はそう答える。本当にないのだから。


「いいえ、あります。知っています。いいでしょう、今日の私はどうやら目を付けられたようです。次回は出るはずです。そう言えば今日は仏滅。そう言う事ですか」


 いつもより饒舌な姉が落とし所を見つけたようだ。仏滅が原因ならば六曜を知っている人間は皆そうなのだぞ、姉。


 二人で買い取りカウンターに向かう。百貨店迷宮での買い取りは小迷宮毎ではなく、一箇所でまとめて行う。小迷宮を梯子する探索者には便利だと評判がいい。

 買い取りカウンターには当然、ドロップさせた者達が集まる。姉はその者達を睨むのに忙しい。この人達が私の運を吸ったのだ、と心の中でいいがかりを付けている。


 弟が探索者証とドロップした二つのアクセサリーを出す。二つとも装飾品の指輪である。

 いつもは姉が全ての手続きをするのだが、私がドロップさせたのではない、と頑として譲らない。時に頑固である。


「いらっしゃいませ。査定致しますね」


 二つしか無いのですぐに査定は終わる。


「二つとも非常に貴重な物です。こちらはT社の三連リング。昔から変わらないデザインと品質を誇る物で今でも大変な人気であり、半年先まで予約で埋まっている物です」


 説明を聞き姉の機嫌が少し直る。なんだかんだ言って身内がドロップさせた物であるから褒められると嬉しい。


「もうひとつはV社のアーマーリング。一見迷宮装備品ですがれっきとした装飾品扱いです。これはもう製造されておりませんのでかなり価値が高い物になります」


 そう言われると、もう自分がドロップさせたような気になっている姉は、それで? それで? と身を乗り出し査定額を聞く体勢だ。


「ふたつで……四十パーセントマージンを引きまして、四百七十万円になります」


「よ、よんひゃく……」


「おおー! すげーな、やったな姉ちゃん!」


 ムフーと鼻息荒くする姉は得意満面だ。弟は、姉がご機嫌マックスなのでほっとしていた。


「時給百万円……」


 四時間と少し狩っていたのでその計算で合っている。百貨店迷宮はこのように短時間で一攫千金が期待できるので人気が衰える事はない。しかしセール時には開店直行しないと入宮制限が掛かり、その日の内に入れない場合もある。二人は前の晩から並んで待っていたのであった。


 いつもの惣菜店で弁当を買って自宅に戻る。今日は単品でメンチカツを追加した。

 先日の失敗(探索者互助会へほぼ全額送金した事)を少しだけ取り戻す事が出来た。夕焼けが二人を祝福しているように見える。



「探索者によってドロップ率が決まっているという噂、本当でしょうか……」

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