第4話 スポンサー迷宮
頭まで覆う銀色の全身タイツに包まれながら、姉弟はスポンサー迷宮入り口に立っている。
スポンサーの新素材テストを兼ねた企業迷宮の査定である。素材テストである為、デザインは一切考慮されていない。普段からお洒落に気を使わない二人は全く気にしていないが、少し気にして欲しい。
武器テストも兼ねている。姉は百センチほどの、刀に似た形状のツルマルソード。弟は長柄の槍で銘をキヨマサスピアー。銘付けからもこの武器を開発したのが外国企業だというのがわかる。
これは二人のスポンサー製ではなく、他社から依頼されたものだ。
この武器テストについて、契約書にないと姉は入宮前に文句を付けた。日本人は、まぁまぁとなぁなぁで納める事が多いが姉には通用しない。
結局、報酬にプラス一千万円、さらに一年間の武器スポンサー契約を取り付けた。姉が使っている双剣は、家の裏の細井さんに貰った物だ。
姉に武器の拘りはなく、細井さんが双剣好きでそれをくれたから使っているというものである。
弟はこんな長い槍、迷宮では使えねぇーと悪態をつき、企業の迷宮鍛冶技術者に半分以下に切るよう迫ってその通りにさせた。
二人にモーションキャプチャー時につけるような、各種センサーが取り付けられていく。小型改良されたバッテリーを背負い準備完了である。このバッテリーは歩く・走る運動を変換し充電を行っている為、最後まで持つはずだ。
「では初回踏破試験開始します。お二人ともよろしいですか?」
スポンサーの技術者が声を掛け二人をじっと見る。
「はい、行けます」
姉はそう返事し、弟は拳を握り親指を立てた。
「スタート!」
弟は各種サポートスペルを詠み上げ自分達に掛ける。姉は弟に向かって頷き走り出した。初回踏破試験は全力で最上層まで行き、その時間を計る。
順調に魔物を斬り捨てながら百階層を五日で超える。このくらいの階層から姉の様子がおかしい。途中、バランス栄養食を食べ睡眠を充分に取り、体調の方は問題ないはずであるが姉の目が血走ってきている。
「姉ちゃん、ストップ! 大丈夫か?」
弟が気遣って一端足を止めさせる。息も荒くなってきているようだ。普段の姉ならばこのくらいの階層で変調を
「ハァハァ……うぅ」
血走った目から涙が零れ始めた。ますます持っておかしい。
「どうした! 戻るか?」
「だいじょう……ぶ。高額ドロップ品を拾えないテストとかつらい……」
そうらしい。百階層を超えるとドロップ品が高額な物になり、それひとつだけでも三日分の生活費になる。初回はタイムアタックなのでドロップ品は全て放置する事が契約になっている。それが姉の心を痛めつけているようだ。
弟はほっとし、次の査定では拾えるから! たくさん拾うから! と姉を説得し先を急ぐ事にする。
「あぁ、三日分……あれは五日分……」
と、姉は生活費に換算しドロップ品を恨めしげに見ながら斬り捨てていく。この査定が終われば最低でも現金で二千万円が入るのだが、先の大金よりも目先の小金を選ぶ姉は貧乏性である。
百二十四階層でリンビングアーマーZと戦闘中に姉のツルマルソードが折れた。
百三十階層のボス、土の竜(モグラではない)のクラッシャーランブレスを受けて全身タイツが破れ、水鉄砲キャバクラのような状態になった。また弟のキヨマサスピアーも砕け散った。
すぐに予備で用意しておいた自分達の装備に変え難を逃れたが、細井さんの双剣よりも弱いツルマルソードに、姉は今後のスポンサー契約に不安気味だ。
土の竜からは土竜剣(モグラではない)がドロップされた。姉は血の涙を流す勢いだが、拾っていない。約束と時間はきちんと守る、と両親に育てられたのだ。
日本の南の地方では、約束時間に待ち合わせ場所に着くのではなく、その時間に家を出る風土病があるが、姉は時間にうるさい。南の人との待ち合わせはおおらかに構えて見て欲しい。病気だから仕方ない。
百九十九階層を超え、二百階層ボス部屋前。ラスボスである。これまで高階層では竜がボスだった事が多く、当然ラスボスもその系統だろうと予想している。もしくはこれまでのボス勢揃いか。
もう姉は普通の精神状態では無い。数々の高額ドロップとまた出会える日を信じて別れを告げ、自分の腕を噛みながら耐えてきた。時には弟の腕も噛んだ。
百階層までかかった時間よりも、百階層からの時間の方が短いくらい全力で誘惑を振り切った。
その日々は、もう終わる。
姉はボス部屋の扉を勢いよく開ける。扉を壊しかねないほどに。
姉の目に信じられない物が映る。数々の宝物、美しい宝石、一級品の武器になるであろう鉱物類、武具、マジックアイテム……
姉の目から涙が落ちる。肩が震える。脱力しその場に座り込みそうになった姉を弟が支える。
「あ……ア……ァ」
姉は嗚咽を洩らし始める。その時、宝物達の後ろからボスが現れる。ラスボスだ。
ラスボスは黒竜ベータであった。アルファは百六十階層で瞬殺した。ベータはより大きくより凶暴で強大に見える。間違いなく強敵だ。三キョウだ。
人間の言葉を話せるようだ。黒竜ベータが二人に声を掛けた。
「落とし物、拾って持って来といてあげたぞ。散らかしちゃいかんな」
それが黒竜ベータの声を聞いた最後だった。首が落ち翼が落ち、手足も切断されている。
黒竜ベータが光の点と共に消え、残ったのは双剣を振り切った姿勢で固まっている姉だった。
弟は宝物達の上にシートを敷き、そこに姉を寝かせる。一見痛そうだが姉は恍惚とした表情になっていった。ボス部屋ではドロップ品が時間経過で消える事はない。つまり次回またここに来ればこの宝物達と会えるのだ。それを希望に今は眠れ、姉。
二人は休憩した後、事前に教えて貰っていた最上層隠し部屋へ入り、そこにある管理パネルから一階層へ転送で戻った。
ほとんどの迷宮には最上層、もしくは最下層に隠し部屋がありそこが予備管理室になっている。あらかじめ迷宮探索者証を登録している者しか入る事が出来ない。今回、二人は転送で一気に一階層まで戻ったが、通常探索の場合はまた来た道を戻らなければならない。
「予想より速い踏破です。素晴らしい、でも悔しい!」
技術者が戻ってきた二人に声を掛け、賞賛と踏破された事の悔しさを表す。
姉弟はボロボロになった銀色全身タイツと武器を渡し、どの階層でどのように壊れたか話す。技術者達は皆真剣な顔で聞き、記録に残している。
衣料メーカーやスポーツウエアメーカー、時には軍事用に納入するメーカーもこぞって新素材等の開発を進めているが、迷宮ドロップ品には品質が追い付いていない。防具、武器のドロップ品は迷宮内でしか使えない為、迷宮内に研究施設を作る企業も多い。
また皮などの加工も迷宮内でしか行えない為に、迷宮内に工場を建設し針子が待機するなどしている。他にも工場自体を迷宮にするケースが増えている。
姉弟の家の裏に住む細井さんは、鍛冶作業の為に自宅を迷宮にしてしまった。
ドロップ品には二種類ある。迷宮内でしか使えない物と外でも使える物だ。それの判別は迷宮探索者証にドロップ品
一通り説明と打ち合わせが終わり、二人は再び銀色の全身タイツ姿になっている。武器は前回とは違い姉がサモンジソードとヒューガ・Mソードの双剣、弟がトンボカットという槍。今度の槍はあらかじめ最初に指定した長さに調整してあった。
二人の持ち込み装備の修繕をしてもらい迷宮に入る。今回はバランスと難易度を見る為だ。高額ドロップが多い百階層まで一気に進みたい姉だが、これは仕事、これも料金の内と自分に言い聞かせてチェックしていく。
初回の三倍以上の時間を掛け百階層に到達し、スキップしながら魔物を狩りドロップ品を迷宮鞄に入れていく。百八十五階層で迷宮鞄(大)がドロップされた為、姉の喜びは頂点に達し踊るように即殺して行った。
そして二百階層、ラスボス黒竜ベータ。ここには前回放置していたドロップ品が集まっているはずである。わざわざ集めてきてくれた黒竜ベータを即殺する事はなかったな、と姉は少しだけ反省し扉を開けた。
「また君達か、もう即殺はやめてくれよ? 反省して宝物は片付けたよ。なんか宝物を見て怒ってたし、この前はごめんよ」
黒竜ベータの言葉が姉の頭の中でリフレインする。
片付けたよ……片付けたよ……片付け、るなー!
またもや即殺される黒竜ベータ。斬った後失意にうなだれる姉。呆れて笑いしか出ない弟。
二百階層には姉の涙しか残っていなかった。
ラスボスのドロップ品が落ちるはずであるが、宝物嫌いだと思った黒竜ベータは気を利かせてドロップ抑制をしたようだった……。
それでも、これまでの階層のドロップ品と契約料二千万円が入る、と姉は復活。
弟と共に隠し部屋から一階層へ戻り、結果報告をする。
「お疲れ様でした。早速ですがレポート提出と難易度査定結果をお願いします」
技術者が濡れタオルを渡しながら労う。弟がレポートを渡し姉が査定結果を伝える。
「難易度Dです」
「は? いやそんな事はないはずです! ダン調がAは確実と調律していましたから!」
「アー、姉ちゃんは全部一撃だったからなー。俺がちゃんと見てたよ。難易度Sだよ」
姉はラスボスさえ一撃、なので手応えが全くないと感じた為にDとした。弟はそれをわかっていたので自分がしっかり見ないと駄目だなと、レポートと共に査定も行っていた。普段はお調子者であるが、姉の事はしっかりと見てフォロー出来る弟であった。
「ありがとうございます! 難易度S! 最高難易度ですね、ダン調も喜びます」
難易度Sはただ強い魔物を配置すれば良いというだけではない。下層階では初心者でもやり応えのある物を提供し、中級探索者にはもう少し、もう少しで行けそうなのに! というジレンマを。上級探索者にはこれまでに培った技が出せるよう、また更なる飛躍が出来るように調整を行わなければならない。
この迷宮はその全てを兼ね備えた素晴らしい迷宮になっていた。人気が出るだろう。
「一つこれはちょっとなー、という所があったわ」
「はい、何でしょう? 参考にします」
弟は遠慮がちに技術者に言う。
「セーフティーゾーン? あれなんだけど……」
階層の深い迷宮になると上層階にセーフティーゾーンを設ける事が多い。ここでは魔物がポップせず、水の提供をし休憩が出来るエリアとしている迷宮がほとんどである。ここスポンサー迷宮では百階層以降、二十階層毎に階層の一角をセーフティーゾーンとしていた。
そこでは探索者は武器を抜く事が出来ない。屋台を置く迷宮もあるが、調理の際に使う包丁などはあらかじめ使用できるよう登録してある。
「はい」
「メーカーロゴのネオンが眩しすぎて落ち着けない。無い方がいいよ、反感買いそうだ」
企業迷宮のセーフティーゾーンで企業アピールをする所は多い。ほとんどは周りの景色に即した物を置き、さりげないアピールをするのだが、姉弟のスポンサー企業は外資系。ここぞとばかりにド派手に飾りアピールしまくっていたのであった。
「わかりました。上と相談します。ありがとうございました」
依頼完了のサインを貰い、買い取りカウンターへ向かう。姉の足は地に着いていない。
依頼料の二千万円はサインをしたと同時に、迷宮探索者証に振り込まれる。
カウンターへドロップ品を出し査定して貰う。迷宮鞄(大)は今後も使う為に残しておく。今回は百層以降からしか拾っていないとは言えものすごい数である。査定時間も相当かかって結果が出た。
「わーすごいです。総出で査定しました。一億六千八百五十四万円となります!」
「い、いちおく……」
「すげーな! これでマージンゼロの総取りだろ? やべーやべー」
しばらく呆けていた姉が、カッと眼を見開きカウンターの女性に言った。
「一億八千八百万円を迷宮探索者互助会へ送金願います!」
叫ぶように言って自分の迷宮探索者証を渡す。迷宮探索者互助会は両親捜索の為に組んだ私設捜索隊を依頼した組織。最高ランクのプランを選択し、捜索隊を三隊組んだ為に今回送るお金でもまだまだ足りない。
しかし少しでも前倒しで返す事が出来、姉は涙と共にほっとする。
「はーい、送金完了です。ちなみに企業迷宮ですから税別ですよー。今回金額大きいからざっと九千万円くらいくるんじゃないかなー」
姉はその場で気絶した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます