第3話 ダンス迷宮


 姉が背中の大きく空いた黒いマーメイドラインのロングドレスを着ている。胸元も開いており放漫で豊満な胸がその存在感を主張している。肩まであるストレートの黒髪は美しく編み込みがされ、知らない者が見ればどこかの御令嬢かと見紛うかのようである。

 一方弟はウイングカラーの白いシャツに銀色の蝶ネクタイ、同じ銀色のベストに黒いフロックコートで着飾っている。姉より背が高く、そのエスコート振りは見事で周りに居る子女達に溜め息をつかせている。



 ここは二人のスポンサーのパーティ会場。

 すぐにでも借金返済の金策に走りたい姉であるが、今スポンサーに降りられると非常に困った事になる。具体的には装備修繕費が自腹になる。毎年の契約料が貰えなくなる。契約条項にもスポンサー主催の催しに参加する事と記載してあり、不参加ともなると場合によっては違約金が発生する。


 二人のスポンサーはスポーツ用品メーカーである。日本の迷宮法制定を切っ掛けに迷宮探索者支援に乗り出し、二人とスポンサード契約を結んだのであった。そういう事もあって二人の装備にはこのメーカーのロゴが入っている。

 ドロップした装備品の内、自分達で使用すると決めた物は一旦メーカーに預け、ロゴを入れて返却してもらう。これは違法ではない。チームのユニフォームに会社ロゴを入れるような物だ。


「姉ちゃん、ちゃんと食ってるか? こんなの滅多に食えないぞ!」


 弟が何らかの分厚いステーキを皿に盛り、食べながら言う。今回のパーティは立食形式のダンス有りレセプション。姉が憂鬱そうにしているのはダンスの為だ。スポンサー会社社長の子息と踊る事になっている。


「保存容器を持って来ています。係の人に詰めてもらうよう頼みました」


「おう! 明日もこれ食えるな! ラッキー」


 その二人に近づく同い年くらいの男性。銀髪緑眼でロシア系美形、探索者でもある彼は引き締まった体をしており、その体にマッチした紺色のタキシードを着こなしていた。

 スポンサー会社社長の子息である。天はこの男性に二物どころか、三物も四物も与えた。顔良し、スタイル良し、性格良し、語学堪能、お金持ち。しかし少しだけ空気が読めない。


「やぁ、楽しんでいますか? 後程のダンスを楽しみにしていますよ」


「私は楽しみではありません。剣舞でもよろしいでしょうか? 間違って刺します」


「はっはっはっ、いつもながら面白いジョークですね。今日も冴えてますよ、ふふ」


 この男に姉の本音は通じないようだ。


「姉ちゃん、こいついい奴なんだぜ。さっきお小遣いくれたし」


「騙されています。お父さん、お母さん。弟が騙されています」


「お金は持っている者が持たざる者へ使うのが道理であり、経済効果を生むのです」


「お父さん、お母さん。犯罪者になる私を許してください」


「はっはっはっ、犯罪者になっても貴方である事は変わりませんよ」


「な? いい奴だろ?」


「さて、少し仕事の話をしましょう。来月我が社の迷宮が開設される事はご存じですね。開設前にそこに挑み査定を行ってもらいたい」


「報酬条件を教えてください」


「入宮無料、マージンゼロの総取りプラス五百万円です」


「今から行きます! 毎日入ります!」


「この条件は一回切り、査定ですので」


「ちっ」


「登り型全二百層の難関迷宮を目指し開設します」


 二百層と言えば国営迷宮と同じ。この深さの(登り型でも深さと表現する)迷宮は運営が難しい。国営迷宮は赤字になったとしても大きな問題は無い。迷宮の研究とその中で行われる様々な実験に使用されるからだ。


 一方企業迷宮は利益が出ないと存続が難しくなる。株主達からの質疑応答に苦慮する事になる。研究目的の迷宮であればある程度の事は目を瞑られるが、それでも最終的には黒字に転化させなければならない。

 利益を出そうとするならば、より多くの探索者を呼び込み、珍しいドロップ品や貴重品を取得してもらうしかない。迷宮設定で魔物から簡単に落とさせる事は出来るが、姉以外の探索者達はそんな事を望んでいるのではない。

 迷宮を探索する歯ごたえと達成感の、絶妙なバランスの取れた物がいい迷宮の条件だ。


 これによりゲームメーカーから多くのシナリオライターやダンジョン制作者が企業に引き抜かれていった。その者達をダンジョン調律者、略してダン調と探索者達は呼ぶ。


 姉弟のスポンサーにもダン調がいる。日本最大のゲームメーカーからヘッドハンティングした者だ。子供から高齢者まで楽しめるゲームを製作しており、その調律は絶妙である。

 彼をヘッドハンティングした事は大きな話題となり、迷宮開設前から探索者達の入宮申し込みが殺到している。


 今回姉弟が依頼された査定と言うのは、迷宮難度とバランス、制覇時間を知る為である。

 A級探索者以上の者には査定資格があり、迷宮難度の決定権を持つ。

 迷宮難度はS・A・B・C・D・Zの六段階。吉田脱サラ迷宮は難度Zである。


「いつから入宮出来ますか?」


 姉が今すぐにでも入りたいと言う目で見ながら問う。


「明日からでも。査定は二段階行って頂きたい。初回は全力踏破して頂きその時間を、その後一階層に戻りバランス査定をお願いします」


 こんな所で申し訳ないのですが……、子息はそう言いながら契約書を取り出す。

 迷宮探索者達はTPOはあまり重視しない。即断即決即行動、三即の法則。それが自分達の命を守る事に繋がるからである。


「二回分ですから一千万円ですね?」


「すみません、二回で五百万円です」


「そうですか、二人ですから一千万円ですね?」


「すみません、二人で五百万円です」


 姉は美しい顔立ちに似合わず舌打ちをしながら、契約書を読み込む。弟はその間も食事にワインにと忙しい。

 ※姉弟は成人しており飲酒について何の問題もありません。


「この特記事項の「装備は用意された物を使用する事」これは受けられません」


「社で開発した新素材のテストを兼ねています。これははずせません」


「では、契約料の上乗せと予備に自分の装備を持ち込める事の記載をお願いします」


「……仕方ありません。いいでしょう、プラス百万円でよろしいでしょうか」


「よろしくありません。五百万円でお願いします」


「二百万円で」


「五百万円」


 今回の特記事項は命に関わる事もあり、姉は引かない。弟の命も掛けているのだ。命の値段と考えれば安いが、自分の装備を持ち込める条件もありとなれば妥当でもある。


「わかりました。その条件で行きましょう」


 子息は姉の本気度に降参し譲歩した。その場で訂正箇所を書き入れ、秘書を呼び清書するようにと手渡す。


「では、書類が出来上がるまで食事をしますね」


 姉がそう言いながら子息から離れようとするが、彼は離さない。


「ダンスの時間ですよ。ほら、曲が始まりました」


「……」


「お嬢様、私と踊って頂けますか?」


 子息の差し出した手を取り、中央フロアへ向かう姉。弟は、誘って欲しそうに見ている子女達に気づかず食事に夢中だ。


 ダンスのステップは剣舞に似ている。普段から剣の型を舞っている姉は子息の上手な誘導も相まって、二人美しく舞い、注目の的である。

 姉は子息の両手をいつもの双剣に見立てて舞う。中段から上段斬り、回転して袈裟斬り、交差させて十字斬り、そしてトドメを刺す。繰り返し動いていると楽しくなっている。その姉の微笑みを自分への物と勘違いしている子息は満足げである。


 ダンスが終わり向かい合って礼。押忍、ありがとうございました! 心の中で剣舞をしていた姉はそう呟く。

 周りで見ていた者達は惜しみない拍手を二人に送る。


「姉ちゃん、アレ剣舞だし。ダンスじゃねぇよ」


「彼を五十回殺しました。満足です」


「カワイソー」


 二人は契約書を交わした後、自宅へ戻る。

 明日のご飯の詰まった保存容器を持ちながら。



「今月、来月分まで借金返済は何とかなりそうです……」

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