人生と音楽

天照てんてる

人生と音楽

 僕には好きな人がいる。その子が僕のことを好きかどうかは、わからない。嫌われてはいないと思う。だが――何故か今日はその子が僕と口を利いてくれない。


 目の前にはクラスメイトの女子がいる。彼女は、僕の顔を覗き込み、言った。


「どうしたの? すごく暗い顔。まるでこの世の終わりみたいよ」

「や……まぁ、悩みというか。仲のいい女子が、今日は口を利いてくれないんだ。何か怒らせちゃったのかなと……」


 ふわり、と彼女の髪が揺れた。


「なによ、痴話喧嘩? 相変わらず仲がいいのね」

「痴話……そういうんじゃないよ。きっと僕が失言して怒らせちゃったんだ」


 首を傾げ、彼女は言う。


「冗談だってば。そんなに悩まないで」

「まったく……僕はいま真剣に悩んでるんだよ。それこそこの世の終わりみたいに」


 彼女は丸くて大きな目を細めて、言った。


「怒らせたなら、謝ればいいじゃない。雨降って地固まる、よ? 明日からまたラブラブでしょ」


 僕は真っ赤になりながら答える。


「だから、ラブラブとかそんなんじゃ……」

「冗談だって言ってるじゃないの。いちいち真に受けられると話がしづらいわ」

「だったら冗談やめてよ」


 彼女の顔が真剣になる。


「そうね。じゃあ、いいこと教えてあげる」

「いいこと?」

「うん。ピアノで作曲しててね? 間違えて違う音鳴らしちゃうこと、あるでしょ?」

「僕はピアノが弾けないけど、まぁそうだろうね」

「そういうときにね、やり直すか、ここから新しい曲にするか、悩むのよ」


 彼女は窓の外を見ながら続ける。


「あたしは、大抵新しい曲にしちゃうの。その方が、もともと考えていた曲よりずっといい出来になるのよ」

「そういうモノなのか……」


 僕の方を向き直した彼女は真剣な眼差しで僕に言う。


「ねぇ。何言いたいか、わかるかしら?」

「いや……さっぱり……」


 ふふ、と彼女は笑って、言った。


「人生にはやり直しなんてないの。間違えた音を鳴らしたら、新しい曲を作るしかないの」

「……僕が、あの子を怒らせたのは、間違えた音を鳴らした……?」

「そ。それで、この先の人生、新しい曲を作るために、まずは次の音、鳴らしましょ?」


 彼女の言いたいことがようやくわかった。


「それが、僕から声をかける、ってこと?」

「そうそう。物分りいいわね」

「それからどうなるかは……」


 彼女はまた窓の外を見ながら、言った。


「その次の音はあの子が鳴らしてくれるでしょう?」

「そうか。それで、僕がちゃんとした曲になるように次の音を鳴らせば……」

「素敵なラブソングができるわよ」


 窓の外を見ている彼女の表情は、僕には見えなかった。

 が、窓ガラスに映っている彼女の口元は――

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