第3章 第10話 影の英雄
イヒルギの森は大陸において全ての源である。
大地の生み出す魔力が樹々を通して地上へ表出する。
森から精霊が生まれ風が精霊を広い世界へと渡らせて行く。
エルフは森の管理者として生まれた。
最も古い種族であり、始まりの
神話として伝えられる英雄譚に幾度となく語られる者。
それが英雄精霊アーリーンでありイヒルギの森のエルフ達だった。
勿論、魔王が生まれ勇者たちが召喚されていった時代にも森の管理者であるアーリーンは常に中立を崩さなかった。
それが神々の争いがきっかけによって崩された。
唯一神が失われ、眷属が争う世界の混沌。
神格が整った頃には冥神が地の底に封印されていたのである。
神々は魂を管理し冥神は魂を力とす。
混沌が残り冥神の力が世界に影を生み出した。
イヒルギの森も例外ではない。
森の獣達に留まらず魔王の兵に至るまで影が
魔王、
運命の
冥神が蓄えた力を持って英雄精霊アーリーンへ影が
アーリーンは精霊でありながらエルフという実体を持ち、太古より剣技を極め、魔術を極めてきた。
イヒルギの森にいる限りアーリーンは無敵なのだ。
加護がしぶとくとも
加護に守られた哀れな少女を切り刻み続けていると思わぬ方向から攻撃を受けた。
< シャー!! >
首への噛み付き、爪での足への攻撃。
いずれも単なる野生動物とは思えない鋭い動きだ。
認識阻害が影響して不意打ちを受けやすいので種族的に[隠密]を使いこなしているのであろう。
「何だこいつは?
神の使徒である勇者よりよっぽど手強いではないか? くっくっく」
戦いの経験を積めば、動きが定まる。
強いものほど敗北に学べない。
弱肉強食に生きる野生動物は生存していることが勝ち続けている証であり負けたことは一度もない。
「
アーリーンは背後からしつこく足の
たったそれだけで、伏兵は無力化した。
「あとはそう、刃が突き通るまで刺せばいい」
勢いを失った勇者の攻撃を受け流し、斬り払い蹴り飛ばす。
まだ刃は通らないが軽い勇者は蹴りだけで距離が開く。
小さな伏兵は魔力の鞭に絡め取られジタバタと暴れている。
アーリーンは戦う時、身に沁みた剣技で殆どの片が付く。
大木を叩き折る程の強力な剣技を当ててみるが、若木へ棒を叩きつけてしなるように猫の身体には傷一つつかなかった。
「きさまも神の加護もちか? 加護の大盤振る舞いだな。
それならそれでやりようはある。
勇者めには効きが悪いがきさまにはどうかな?」
< フギャアアオ! ギニャアアアア!! >
魔力の鞭を通じて雷鎚を叩きつける。
強烈な痙攣で死のダンスを踊るのを楽しむ。
「筋肉の引き攣りを感じるだろう?
やがて筋肉も疲れてズタズタになる」
心臓も筋肉で出来ている。
ズタズタになると言うことは死ぬこと。
「させるかっ!」
勇者がアーリーンを邪魔するように剣で攻撃してくる。
勇者には力も速度も、剣技も足りない。
受け流し隙を作り
「たま になにするのよ!!」
「ロッタン! エンチャントを重ねがけで支援します!
ベリアと連携してあいつを攻撃してください。
思ったよりも手強いようです、気をつけて!」
勇者の仲間たちが攻撃に合流してきた。
ベリアの猛攻を
アーリーンの連れてきた仲間達はどうしたのであろうか?
アーリーンには遠く及ばないにしろエルフの英雄達である。
人間の冒険者などにそうそうやられる者ではない。
仲間へ意識を飛ばす。
「猫が! 猫が!」「猫がいる!」「やめろお! やめてくれ」
不可解にも何もいないあさっての方向を指さし怯えている。
無論エルフの英雄達が猫を怖がる筈もない。
幻覚、とでもいうのだろうか。
それよりもアーリーンは大事な事に気が付いた。
「きさま……たま だと?」
_/_/_/_/_/
こいつ、強い。
強化魔法でぱわーが体中に満ちていて、不意打ちの手応えが何度もあったのに全部防がれてる。
くじけずに何度でもチャンスが有れば攻撃を仕掛けたけどあっさりと捕らえられてしまった。
地に足がついていない状態で捕らえられちゃったら、尻尾を巻くぐらいしかすることが無い。
勇者もくじけずに突撃はくり返しているようだ。
弱いんじゃないかって疑ってごめんね。
一っ掻き出来ないかと暴れてると強烈なビリビリを食らわされる。
手足が勝手にビクンビクンと動き、スジが
影付きの奴って何度か戦ったけど強さは色々だったよね。
こいつの強さは不愉快だけどケタちがいだ。
ベリアとロッタンが援護しに来てくれた。
それでもこいつはうまくかわして勝てる気がしない。
「きさま……たま だと? 何故きさまがここにいる?
生きている筈がない」
ん? 僕を知ってるの? 僕はあんたを知らないけど。
おおう、意識はこっちに向いてそうなのにベリアのでっかい斧とセットの手斧両方かわしたぞ。
ついでにロッタンの追撃まではじき返した、器用だなあ。
「そうだ……間違いない、運命を狂わせ輪廻から外した。
きさまはもう死んでいる!!」
さっきまで余裕ある感じだったこいつがいきなり逆上し始めた。
剣を何度も斬りつけてくる、痛い痛い! 痛い……けど?
ビリビリで
それに気付いたのかこいつの指からニョキニョキと爪を生やす。
「くふふ、加護付きに刃物は効きが悪いか。
ならばこの爪はどうだ!」
なんで
ずるいよ!
逃げる事も反撃することも出来ずにめったうちにされる。
痛い……もうだめかな。
皮が引き裂かれ血しぶきが舞う。
身体のなかのボールが生まれては転がる前にはじけてしまう。
あ、ユウシャが凝りずにこっち来た。
なんだろうあの構え、攻撃をするというよりはかかげるような。
……?
ベリアの怒号と金属の打ち合うひびきが突然止みしずかになる。
ついに死んじゃったかー、エリーにお別れいいたかったな。
『ずいぶんと諦めが早いんですね。 まだ貴方は死んでいませんよ』
「ふにゃ?」
『カスミが無様にも助けを求めてきたのはこれで三回目です。
数いる勇者の中でも一番の落ちこぼれ。
ですが今回ばかりは褒めてあげなければいけませんね』
またかみさまだった。
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