第3章 第9話 猫の手を貸す

  束の間の休息を得られ、翌日の朝。

 勇者たちの出発を図っていたかのようにテテノイが訪ねてくる。

 

 

「おはようございます。

 よく身体を休められましたかな?」

 

「はい、あれだけ広くて目立たない洞窟が良くありましたね」

 

「冬越えを終えた熊の洞窟です、入り口に手を入れてあるんですよ」

 

「我々はもう出発しますが、こちらに来られたのは?」

 

「はい、森の中には棲家をもたぬケット・シーが多くいます。

 イヒルギの森に住む彼等の多くは魔王の支配下なのですが……

 勇者殿は魔王を倒しにいかれるのでしょう?」

 


 魔王の支配域に人間…それも勇者が忍び込んでいるとなれば当然の疑惑であろう。

 だがテテノイ・モリが本当に中立な存在なのか保証もない。

 一行が言葉につまっていると、たま がテテノイを威嚇する。

 

 

「……目的地は魔王城ではありません、エルフの砦です」

 

「そうですか。

 先程お伝えしたように森には貴方達を見咎めるケット・シーが多い、宜しければ同行いたしますが」

 

 

 宿泊地の情報を交渉材料にするのはいい。

 敵の支配地域では限られた有効な路銀の使い方だからだ。

 だが例え良かれと思っての助力提案だとしても、訪問してきた事自体が勇者たちの[所在地情報]を悪用したとも言える。

 

 

「不要だ。 他に用が無いのなら失せろ」

 

 

 たま が同じ猫でありながら敵対しているからもあるだろうか。

 ベリアが強い口調で提案を退ける。

 商人であるからには交渉術にも長けているだろう。

 敵陣の中で助け手に頼りすぎるのは得策ではないという事もある。

 

 思わぬ苛烈な反応にテテノイは慌てて短く挨拶をして去っていった。

 ベリアが明確な敵以外に冷たい反応をするのは珍しい。

 

 

「な、なんだよう」

 

「いや、いいんだけどな」

「ですね、いきましょう」

 

 

 移動を始めると[探知]を持っていないロッタンとベリアも気づく。

 

 樹々が動いているという訳ではない。

 森の気配、潜む何かが付いてきているのだ。

 

 そのまま移動を続け、森の空白地で立ち止まる。

 高い岩地で樹が途切れている場所では隠れる場所が限られる。

 待ち構えて警戒していると、ゴブリンやオーク等がわらわらと集まってくる。

 

 

「相手には不足しか無いけど肩慣らしにやりますか」

 

「お願いします……が気を集中しないで下さい、裏がありそうです」

 

「だろうねえ」

 

 

 丈のある草や枝を払うように雑魚どもを薙ぎ倒しつつ気配を追う。

 戦場の鐘が鳴り響いているかのように集まってくる。

 前衛ではないシェギでさえ捌ける敵だが、数十も屠ればあたりは死体と血まみれになっていく。

 忠告がなければベリアなどは狂化していたであろう。

 

 

< ブモォオオオオオ! >

 

 

 雑魚が続いたあと一足飛びに、高位魔獣が現れる。

 ミノス――ただでさえ並の冒険者では歯が立たない魔獣。

 それがで通常の個体よりも大きく、身体のあちこちが変異していた。


 

[ ザアアアアア ドシュッ ドシュッ ]

 

 

 次の瞬間に空が薄暗くなるほどの矢衾やぶすまがミノスへ降りかかった。

 勇者たちが一撃を加える間もなく、ミノスは倒れる。

 森の端から弓を持った長身の亜人、エルフの集団が姿を現し近付いてきた。


 勇者一行は違和感を覚えていた。

 [探知]で警戒する一行に雑魚の大群が襲ってきたのである。

 真打ちが出てきたと思ったら合わせるように集中攻撃で即落ち。

 大量のゴブリン・オークやミノスが現れた同じ森の端からエルフが現れた。

 

 

「皆さんご無事でしたか?

 テテノイ・モリから情報を聞き、急いで参りました。

 私、エルフの砦を統べるアーリーンと申します。」

 

「は? はあ……」

 

「カスミちゃん? ?」

 

「……物凄く臭いですね」

 

「んじゃま、アーリーンさんとやら。

 茶番の責任とってもらいましょうかねえ」

 

 

_/_/_/_/_/

 

 なんだかよくわからないけどエルフたちが騙そうとしてた?

 ベリアたちには最初からそれが分かってたみたいだ。

 

 

『たま さん、ミノスの影を始末お願いできますか?』

 

 

 ユウシャが話掛けてくる。

 例の影は逃したらやっかいそうだけど特に強いわけじゃない。


 

『それならお安いご用だよ、まかせろ』

 

 

 出てくるなりエルフに矢でボロボロにされたミノス。

 出番は終わったと魂の影が亡骸から抜け出す。

 キョロキョロと周りを伺い、エルフたちの方へ逃げ出そうとする。

 ユウシャも僕も逃がすわけないじゃんか!

 

 ベリアから飛び降りて影の奴を追いかける。

 後ろから乗っかってはたき倒したらあっさり転んでもがき始める。

 ミノスとかいう魔獣ならわからないけど影そのものは余裕。

 

 

「ボクがアーリーンをやります!

 みなさんは他のエルフを頼みます、矢に気をつけて」

 

「あいよぉっ! おまえらやっと出番だよぉ」

 

「了解! シェギの護衛にまわる」

 

 

 みんなやる気まんまんである。

 魔王に辿り着くために助けを求めてエルフ訪ねるんじゃなかった?

 アーリーンとやらが不愉快な影付きだからかな。

 アーリーンの他は、ひーふーみー……いっぱい。

 

 数は敵のほうが圧倒的に多い。

 けれど戦闘が始まっても近寄ってきて剣で戦う様子はない。

 遠隔攻撃が主体でベリアが特攻すると木の陰に隠れる。

 あーあ、木の幹ごと真っ二つだぁ……。


 特攻したベリアに矢が降り注ぐが手斧で払って当たらない。

 背面からの矢も事も無げに斬り払うとか流石ベリアである。


 シェギは……ロッタンが盾で矢を受けて守っている。

 呪文を唱えるたびに風の塊が飛んでいって悲鳴が聞こえてくる。

 じっくり見たことなかったけど意外とやるじゃん。

 

 ユウシャは……普通に矢を食らっているなあ?

 何度か斬りつけてるけど受け流されてるし、反撃を躱せていない。

 なんだっけ? 神剣はピンチに本気出す?

 影付き猫魔獣の時もやられっぱなしでボロボロだったよね。

 

 ……

 いつも偉そうなことばっかり言ってるけどユウシャって弱い?

 ブラックウルフ達を守って欲しいとか頼られたっけ。

 あの頃の僕はまだ自信がなくて、人間ヒトが戦う相手はとても敵わない厄介事と思ってた。

 


「にゃ~ん」

 

[ コロコロ コロコロ ] 

 

 

 自分の意思とは関係なく体中にボールが転がる。

 牙がむずむずして毛が逆立つ。

 じっと前足を見る、にぎにぎしてみる、爪を出してみる。

 母さん、僕は強くなれているかな?

 

 

「グルルルル グヮオウ」

 

 

 自分のものとは思えない声が出た。

 頭を振り払い自分を見失わないよう背筋を思いっきり伸ばす。

 

 

「ぅなーぉう」

 

 

 そのとき、こんとんとした戦場の時がとまった。

 僕はここにいるぞ、殺せるものなら殺してみろ。

 勝つためならなんでもするぞ、かくれんぼでも空中戦でも。

 覚悟しろよ、きゅうしょねらいでもなんでもするぞ。

 

 それが僕の……弱肉強食けもののおきてだ!!



「 ギャアアアアォ! 」 

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