第3章 第8話 ねこまっしぐら

  精霊窟から中央森林地帯に入り、次の目的地へ向かう。

 山岳をへだてて森の様相ががらりと変わってきた。

 魔獣が数多く生息し、亜人も増えてくる。

 

 亜人たちは魔王軍の兵士ばかりとは限らない。

 単なる原住民で森の民も多いのである。

 勇者たちが目的地へ向かっているのを発見しても無関心であることの方が多い。

 

 とはいえ見かけで敵か罪のない住民かを見分けられる訳ではない。

 魔王軍の兵士と関係していなくとも、利害により敵性存在となることは充分ある。

 彼等の生活を脅かしているのは侵入している勇者たちなのだ。

 

 

「カスミちゃんよお、泣き言はいいたかあ無いが。

 飲まず、食わず、眠らずで3日目だ……強行軍にも程があるぜ」

 

「……とはいえ宿屋があるわけではありません。

 ましてやここは敵陣真っ只中です。

 キャンプを張って火を炊く訳にはいかないでしょう?」 

 

「私の分析ではロッタンは確かに体力も魔力も限界のようです。

 カスミさん貴女も……いくら気はいても歩くのがやっとではないですか」

 

「そうそう。

 シェギは魔力、あたいは体力でこれぐらいはどうとでもなる。

 でも敵陣で体力・魔力尽きてるメンバーがいるのはどうかと思うよ。」

 

 

 確かに少数精鋭で敵地へ潜入する部隊というよりは深い森で遭難した哀れな迷人たちといった状況である。

 

 ―――このやり取りで足を止めた勇者達に近づく者があった。

 

 シェギはいち早く気付き皆に警告をする。

 迎撃体制を取ったが近付いてきた者は両手を上げて姿を現す。

 

 

「初めまして勇者様方。

 私めは商いをしております旅商人、テテノイ・モリと申します」

 

 

 良く言えば恰幅のいい、悪くいえばでっぷりと太っている。

 人懐っこそうな笑みと幅広の耳、長毛種なのか首や手足から垂れ下がった白い毛が好々爺こうこうやをも連想させる。

 だが取り立てて年寄りという訳でもなさそうだ。

 

 

「お困りのようでお力になりたいと思いお声がけ致しました」

 

「困ってるといっても......何かが足りなくて困っているという訳ではないんだ」

 

「ほほう、物が足りないではない。

 では何をお困りなのか差し支えなければお聞きしても?」

 

「なぅ~」

 

[ ビビクッ ]

 

 

 ベリアの頭の上に猫族がいる。

 その事に気づいていなかった商人テテノイは大層ビックリした。

 テテノイはケット・シー族 ― 猫から進化した亜人である。

 

 ケット・シーたちは猫が苦手である。

 猫は進化前の姿。

 猫は欲望のままに食べ、欲望のままに繁栄する。

 子供の頃の妄想を見つけて恥ずかしくなるアレである。

 

 

『ユウシャ! こいつらを信用しちゃだめだ!』

 

 

 勇者カスミは たま からの念話が来てびっくりした。

 いつの間に たま は念話を発信出来るようになったのだろう?

―――――――――― 

名前:たま

生年:一年六ヶ月

種族:猫

魔法:[身体強化]

称号:[神獣の眷属]

スキル:[長寿][隠密][学習][ねこはいます]

    [影ふみ][伝心]

―――――――――― 

 銀の鬣を得て旅に同行することになった時には無かった[伝心]が増えていた。

 

 

_/_/_/_/_/

 

『ユウシャ! こいつらを信用しちゃだめだ!』

 

『どうしてだい? ケット・シーでも商人なら対価を払えばある程度は信用出来ると思うけど』

 

『別々になっていた時に、影付きのコイツラに殺されかけた。

 人間は毛皮に弱いだろ? 簡単にだまされるぞ!』

 

 

 ユウシャも人間だからね。

 話し合えば分かってくれるとか、思いやってくれるとか。

 なにかぬるいことを考えてるに決まってる。

 猫族は弱肉強食なんだ!

 

 こういう時、シェギは何だかんだで役に立つ。

 人の考えの裏をかく罠の解除に通じていたりするからかな?

 率先して交渉を始め、抜け目なく割引交渉までしている。

 くすしから買い込んだらしい木天蓼マタタビの粉を使ってだいぶいい条件の隠れ家へ案内してもらった。

 

 

「ここなら今日はゆっくり休めるな!」

 

「ロッタンとカスミはとにかく魔力を回復しないとですから回復ポーションを飲んでしっかり休んでてください。

 万が一を考えてベリアと私で交代で見張りをしましょう」

 

「あいよー、ふーやっと休憩できる」


「うにゃ にゃーう」

 

「あ、いってらっしゃい?」

 

 

 ベリア達が動きっぱなしだと、狩りが出来ない。

 何日ぶりかに思いっきり身体を動かそう。

 安全調査を兼ねて隠れ家の周りを見てまわる。

 不愉快な気配も、ケット・シーの罠もなさそうで一安心。

 

 隠れ家の近くにはいい獲物はいなかった。

 ちょと足を伸ばしてみるか。

 陽も沈みあたりはだいぶ暗くなっている。

 夜目の効かない獲物なら簡単に狩れるだろう。


[ キキッ ][ クァー! カアー! ] 

 

 でかいムササビと、魔獣カラスを狩る。

 カラスは不味いから喰わずに引き千切って辺りにばらまく。

 一時間ほど餌に喰らいつく獲物を待っているとクー・シーの一団が現れた。

 亜人は狩ってもまずくて食えなさそう、というかこいつら狩りの装備してる。

 狩りにきたんなら拾い食いすんなよ。

 

 餌を喰われる事に落胆していると、羽ばたく気配が上からした。

 クー・シーたちが武器を構えている。

 襲撃されて応戦するのかな?

 

 

「シザーズイーグルだ!」

「槍を掲げろ!」

「矢を撃ちまくれ!」

 

[ バツンッ ]

 

 嫌な音が響く、クー・シーの1人が革鎧ごとクチバシで食い千切られ胸から上が食い千切られる。

 ふむふむ、あのよく動く頭とクチバシが主な武器でたまに羽ばたきながら鉤爪で掴む感じか。

 鉤爪はしょぼいな、クチバシにやられないよう注意すれば……。

 

 犬亜人は勝てそうに無いので頂こうと鳥に奇襲を掛ける。

 背後から背中に飛び乗り翼のけんを狙う。

 

[ バリバリバリ バリバリバリ ]

[ グェーッ! グエ! ]


 羽毛だけでかなりのボリュームがあり、けんどころか筋肉が凄い。

 爪をめいっぱい伸ばしても、羽毛をドンドンむしってもダメージが与えられるまでいかない。

 

 首の太さなら噛み付ければ良いダメージが入りそうだけど、首はコイツの最も戦いやすい武器だから危険だ。

 なんとか背中に取り付いたまま考えるがいい手が思いつかない。

 

 

「あの猫加勢してくれてるワン?」

「そのようだな……。

 奴の気がそれて振り返る時がある、その隙を逃すな」

 

 

 何か右に傾いてる? あ、そうか羽むしったから……。

 片方の翼がダメになれば鉤爪攻撃も思うようにいかなくなる。

 むしる、むしる、どんどんむしる。

 翼の骨皮が見えてくる、これでもう思うように飛べまい。

 

 

[ グェーッ! ガアアアア! ]

 

 

 思いっきりこっちを向いて威嚇をしてきた。

 届かないギリギリを攻めてるから怖くないけどね。

 からかう意味でクチバシを引っ掻く。

 

 

「今だ! 突き刺せ!!」

「仲間の仇! うおおおおおおっ!」

 

 

 横っ腹を突き破る勢いで槍が何度も突き刺される。

 恐ろしい敵だった。

 

 

『分け前はどうする?』


「あ、頭の中に直接!?」

「君は念話が使えるのか……」 

 

 

 お互いどちらかだけでは勝ち切るのが難しかった。

 僕も人間ヒトも飢えている訳ではない。

 でもアイツラには成果を自慢したい。

 というわけで獲物証明に頭部分と片腿を貰った。

 

 持ち帰り易いように分け前をつなげて身体に乗せてくれたり、ケット・シーとの交渉用のお土産などをおまけとして貰った。

 意外といい奴らだった。

 

 

「あ、たま ちゃあああん。 おかえりー」

 

『今日は珍しく獲物を咥えてないね、おやそれは......』

 

 

 馴れ馴れしくユウシャが念話してきたのでしょうがないので今回の成果を語ってやる。

 コイツが如何に恐ろしい敵だったか、どう戦ったか等など……。

 

 

「ということだそうです」

 

「シザーズイーグルの頭と片足ですか。

 充分みんなで分けられますね、凄い成果です......これは?」


「クー・シーとの交渉用のおまけということでしたが」

 

「……なるほど、これは たま 専用のご褒美というわけですね。

 たま これは君のです」

 

 

 分けられた獲物の肉を喰っている僕にシェギが寄ってくる。

 肉の味はまあまあだ、干し肉よりはずっと美味い。

 シェギが僕の肉に、クー・シーたちがくれた袋から粉のようなものをひとつまみ振りかける。

 塩かな? 匂いを嗅いでみる。

 

 

「シェギ見張りこうたーい。

 おお、これが たまの取ってきた獲物かー。

 あれ? たまどうしたのひっくり返っちゃって」

 

木天蓼マタタビですよ、一気にあげると良くないですから少しづつで」

 

 

 これはやばいやつだ。

 一口食べるたびに頭がくらくらして、幸せがこみ上げてくる。

 癖になっちゃうよう。

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