第3章 第2話 究極の選択

  影の集団を召喚したとは言っても、発見されたのは一匹の追跡者だけ。

 斥候という訳でもなく援軍がいる危険性もないようであった。

 

 かろうじて たま は生きてはいるものの狐の牙が骨の守りがない腹部を貫き血が止まらず呼吸以外はピクリとも動かなくなった。

 勇者カスミが回復魔法、シェギが薬での応急処置をする。

 

 

「ううう、たまぁ!

 あの野郎が横から襲ってくるのを助けてくたんだよぉ……。

 命の恩人なんだ、死んじゃやだあ」

 

「ベリアさん、治療措置はしましたから安心して下さい。

 ただ……ここでこうして看病しているわけにもいきません」

 

「そう……だな。

 たま は懐いてたし餌もやったりしたが、元はと言えば野良猫だ。

 冒険者なら仲間がやられたとしても、首札くびふだを遺品に進む所だろ?」

 

「それは言い過ぎですよ、人によっては稼ぎを犠牲にして仲間を取るってケースだってあるでしょう?

 まあ、たま の場合はそれも当てはまりませんが……」

 

「ロッタンのばかぁ! きらい!

 あたしアックスヘッド抜ける! もういいもん!」

 

「いいもんって……」

 

「リーダー抜けたら解散ですよ……」

 

「うーん、でしたら皆さんは依頼継続不可で構いませんよ。

 神告で無理に参加していただいたのです。

 出発後一人になっても問題ありません。

 ギルドへの依頼失敗料金も後で負担いたします」

 


 カスミの思わぬ提案にアックスヘッドは気まずくなる。

 ロッタンの言う通り、対外的に たま は仲間でも友人でもない。

 従属もしていないし眷属でもない。


 カスミがいいと言っても、ギルドでの依頼失敗は評判に響く。

 何より勇者とはいえ自分たちより遥かに幼い少女を一人で行かせる事になるのが憚られたのだ。

 

 

「ここなら簡単には野生動物には見つかりません。

 結界も張りましたし、回復できたら食べられるように干し肉。

 確約は出来ませんが たま に運があれば生き延びられるでしょう」

 

「うん、シェギありがと。

 たま……元気になって生き延びてね、ごめんね」

 

「本当によろしいのですか?

 ……ならば行きましょう、あまりゆっくりとしていられません」

 

 

 こうして勇者一行と たま は行動を別にすることになった。


 勇者カスミは影、[深淵なる者]の眷属との戦いで知っている。

 奴らは己も影も存在そのものが[死]なのである。

 致命傷でなくとも、毒を塗られた刃の如く死を与えてくる。

 

 カスミは勇者であり[死]を与えられてもどうということはない。

 呪いも、病も、傷に対しても耐性がある。

 だが たま はそうではない、おそらくあのまま死ぬであろうと。

 

 

_/_/_/_/_/

 

 水音がする。

 雨が降ってきたのだろうか。

 柔らかな風が、気温の低下により身体の熱を奪っていく。

 

 体調はさいあく、でも何故かなつかしい。

 ああそうか……ご主人様かすみちゃんに拾われた時に似ているな。

 家族を失った最悪の記憶だけど、ご主人様かすみちゃんとその家族に迎えられた幸せな記憶でもある。

 

 寒さが寒気に変わり、何がどうしてこうなったかを思い出す。

 傷はふさがっていて包帯みたいなものを巻かれている。

 治療はしてくれたというのはわかった。

 でも体調は酷くなる一方。

 

 

「みゃ……みゃ……」

 

 

 ぼやける意識を集中しボールを転がす。

 あーなんとなくわかった!

 噛まれて傷ついたないぞうのところにあいつらのかすがいる!

 

 あいつらのかすにボールを思いっきりぶつける。

 反応はあるけど、当たった所が薄くなるくらいですぐ戻っちゃう。

 ボールが弱すぎるんだ、なんでこんなにちっちゃいんだろう。

 

 

< ぐぅ~きゅるる >

 

 

 集中できないからか。

 置いてあった干し肉を平らげる。

 全く足りないのでふらつく身体を引き摺って狩りに出る。

 

 

『蛇とか鼠なんてぜいたくいわない、何でも食わなきゃ』

 

 

 みみず、足の遅い虫、石の下にいる蟹みたいなの。

 食えるものは何でも食う。

 あ、そういや寄生虫対策しとかなきゃ?

 エリーがいってたな、ヨモギだっけか。 


  

< あぐあぐ >

 

 

 苦い……まあ薬だと思えば。

 そういや薬やのメスが解毒にきく草の話してたなあ。

 なんだっけ言ってたハート型のくさいやつ……?

 あ、あった。

 

 

< あぐあぐ >

 

 

 まずーーーー!! くっさいーーー!!


 どれだけ食べればいいのかわからないので食べられるだけ食べる。

 マズイ思いは何度もしたくない。

 

 寝場所に戻って再チャレンジする。

 意識の集中も安定して、ボールも大きくすることが出来るようになった。

 かすに三っつぶつけると綺麗に消えた。

 ざまあみろ!


 それからは驚くほど楽になる。

 ないぞうの傷もボールでならす様に転がし続けると、日が沈む頃には完全に塞がった。

 

 命の危険が去るとベリアたちにおいて行かれた事にやっと気付く。

 群れの中の怪我した個体は見捨てられる。

 弱肉強食けもののおきて……とは違うか、常識だよね。

 

 

「ぅなあ〜おおおおおう」

 

 

 街では中々出来ない遠吠えを上げる。

 勇者たちは山……が目的地って言ってたっけ。

 追いついて出会えるとも思えないし乗り物ベリアなしじゃ他猫よそのひとの縄張りうろつくのもやばい。


 

『ほほう?

 ここら辺では見かけない御仁ですな』

 

 

 ふと気付くと、たま の三倍はある黄色い猫がじっと見下ろしていた。

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