第3章 第1話 影の追跡者

  夜が明け出発すると越えるべき山脈が薄っすらと眺望できた。

 

 

「あそこまで行くのか……気が遠くなるな」

 

「羽があればひとっ飛びなんだろうけどねえ」

 

「方向を間違えようがありませんから、寄り道せずに進めばすぐです」

 

 

 疾走り始めると、すぐにそう簡単な事ではないと思い知る。

 金属の鎧に装備を揃えた亜人が集団で警戒していたのだ。


 大森林を抜けたといってもまばらな森、林、岩場や窪み。

 人間の背丈なら丈の高い雑草にでも隠れようと思えば隠れられる。

 しかしながら単なる移動の旅ではなく、すでに魔王の支配域。

 おおっぴらに疾走り抜けられないのが現実だった。

 

 探知が使えるカスミが先導し、シェギが空からの偵察を警戒する。

 人間の潜入はバレてはいないはずだが、巡回する魔物から身を隠さなければならない回数が多くどうしても移動が遅くなる。

 

 

「後方より追尾されています! 警戒してください!」

 

 

 隠れると言っても目視されないように身を隠すわけではない。

 探知魔法で巡回に気付かれないよう距離も取っている。

 尾行されたのは匂いか追跡スキルで気付かれたのであろう。

 

 

「ちっ、気付かれたか」

 

 

 追跡者が、標的の警戒に気付ききびすを返す。

 逆方向に走り出すと目の前に突然炎の柱がたちあがった。

 思わず突っ込んでヒゲを焦がされる、ヒゲはセンサーなので焼かれたのは痛い。

 だが何より追跡者にとって火は本能的な恐怖があった。

 

 

「存在を見つけられて簡単に返す訳にはいきません。

 ほほう、狐……の魔獣ですか」

 

 

 退路を塞ぐようにいつの間にか回り込んだシェギが姿を現す。

 杖が怪しく光りいつでも魔法が発動できる状態を維持している。

 


「……クァクァクァ、お前らの中に勇者がいる筈だ。

 狙いはそいつだけ、首を差し出せばおまえらの命は助けてやる」

 

「ボクの首? ああなるほど、ただの魔獣じゃありませんでしたか」

 

 

 踵を返した追跡者の後ろからも様子を見に来た勇者たちが出てくる。

 狐魔獣は前後を挟まれうろたえた。

 横に逃げたとしても魔法を喰らわずに逃げ切れるとは思えない。

 

 

「カスミちゃん、あれ私が貰ってもいい?」

 

「……火を恐れますから一匹なら何とでもなりそうですね?

 カスミさん、よろしいですか?」

 

「ケーッ! 数で勝てそうだっていい気になってんじゃねえ!

 深淵なる者の名に懸けてお前らの魂を捧げてやる!」

 

「!!」

 

 

_/_/_/_/_/

 

 うとうとと微睡みの海を漂っていたが、突然真っ暗になった。

 暗闇を抜けるとそこは戦場だった。

 

 ただの戦場じゃあない。

 不快で不愉快な奴との戦闘中だった、最悪の寝覚めだよ。

 愉快な事にベリアが獲物に向かって突進している。

 やっちゃえ、いけー!

 

 左腕で黒い戦斧の重心が乗った一撃が振られる。

 だが横合いから影が現れ狐を庇うように黒くにじむ剣で受け止められる。

 右腕の手斧が振られる。

 ベリアを知ってるならお馴染みの初手攻撃セットだ。

 

 

< ザシュッ! >

 

 

 あっさり入ったなぁ......でも影って切れるのかな?

 影の形が一瞬歪み、斬りつけた所から液体が流れ出している。

 黒い身体から黒い液だから見えないけど分かるったら分かる。

 

 

「召喚獣かねえ? 捉え所が無いけど切れるなら何とでもなるさ」

 

 

 出現した影は4体、それぞれに剣を持っている。

 盾は大小持っている奴一人づつと持っていない奴が二人いる。

 ロッタンが突撃し受けられた所にユウシャが突き入れ一体倒す。

 狐の向こう側でシェギが苦戦してる。

 

 ベリアが反撃される間もなく連撃を入れてもう一体倒した。

 もう一体の影がベリアの戦斧を剣で受け、盾で手斧を受け流す。

 

 影は見ると人と同じくらいの大きさで華奢に見える。

 ベリアの戦斧は勢いを付ければ身長差が二倍はある馬でさえも吹き飛ぶ威力だ。

 それを特に耐える構えもなく受けられるのは何故なんだろう?

 狐が影の後ろを周り込み、ベリアの隙をつこうと腱をたわませる。

 

 

< みゃう~にゃきみ、ぼくのこときづいていなかっただろう? >

 

 

 戦闘の真っ只中、不愉快な連中をぼーっと見ている訳はない。

 とっくに腱をたわませて、ボールを転がして溶かしてる。

 引き絞った弦を弾くように解き放ち、矢のように襲いかかる。

 

 強化された前足から引き裂く為の鉤爪を絞り出す。

 狐の鼻先をかすり、右目をえぐり背中から首のうなじへ牙を打ち込む。

 

 

< ガチン!! >

 

 

 鉤爪で目をえぐった感覚はあったが、うなじへの噛み付きは消えた。

 強化してても逃げられるかー、上か後ろから来るんだろ?

 わかってるよ。

 

 

< ドスッ ブチブチ >

 

 

 し、下?

 腹に喰い付かれた。

 完全に意識外からやられたのに気付く。

 

 

「グキャ......クソッ目をやられるとは、死ね!」

 

「う゛るぁあああっ!! ......た、たまちゃああん」

 

< ガスッ > 

 

 

 ベリアが狐に斧を叩きつけ、噛みつかれた僕ごとふっ飛ばされる。

 まったくベリアは乱暴者だなあ。

 走り寄ってきて涙目で必死にたてがみを撫でてくれる。

 

 その撫で方好きだけど、今気を許すと身体強化解けちゃうよ。

 強化が解けたら多分死ぬ。

 ていうかあいつ、半身真っ二つなのにまだ生きてる。

 止め差さないと逃げちゃうよ。

 

 

「ぅるるるる」

 

 

 ヨロヨロと立ち上がり、狐へ近寄る。

 新しいボールを作り前足と後ろ足へ押し込む。

 全く弾まずコロコロと転がるばかり、これはやばい感じ。

 

 狐の命の灯火ともしびは消えかかってるけど、影が出てこない。

 いるのは分かってるんだ、早く出て来い。

 あ、やばい……意識飛びそう。

 多分この瞬間を狙っていたんだろうけど、物陰に隠れた鼠が意を決して逃げ出すように影が突然飛び出てジグザグに逃げ出す。

 

 身体は反応してビクッとするけど動けない。

 悔しいなあ。

 

 白く輝く刃が影のかたまりを貫く。

 何とか頭を巡らせるとユウシャの苦笑いが見えた。

 

 なんだよお、コイツには貸しを作りたくなかったなあ。

 ……。

  

 

―――――

 

 コロコロ、コロコロ。

 僕はボールを転がして遊んでる……。

 なんだっけ? ううん、遊んでるだけだからそれでいいんだよ。

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