第2章 第11話 魔法の喚び声

  開拓村を離れると、人間の支配域は終わる。


 勇者一行が進むのは道なき道となっていく。

 道というものは迂回が酷くならなければ傾斜を避けて敷設される。

 道が無ければ、荒れ地をまっすぐ進むことになる。

 身体強化の魔法で肉体的な疲れは抑えられても、岩や雑草だらけの大地を疾走するのは精神的にも負担になるものだ。


 ペースは落ち、陽が沈み始める。

 暗ければ疾走は難しい、視野が広い高台で野営することになった。

 

 

「さすがに全速力で走ってると雑草に足取られるのが気疲れするぜ」

 

「ぱっと見わかりにくいですが緩やかな登り坂ですからね。

 これだけ走れれば御の字です」 

 

「テントの準備できたよー、ちょっくら肉狩ってくるね。

 シェギ付いてきて」

 

「はいはい……」

 

 

 キャンプ地が決まってもすぐ食べて眠るような時間でもない。

 筋肉の維持にも魔法の回復にも栄養は大事である。

 保存食はいざという時のための保険だ。

 先を考えれば現地調達も必須となる。

 

 見通しがいいので薄暗くとも獲物になりそうな獣はいくらかいた。

 食えるかどうか、勝てるかどうかは見た目だけでは判断出来ない。

 シェギが分析をして無駄な狩りを防ぐのである。

 

 

「カスミちゃんが言ってたスキルを飛ばすってのできる?」

 

「そんな器用な事普通は出来ませんよ……。

 ただ、魔法なら遠くで発現させることは出来ます。

 気配を抑えこちら側へ逃げるように仕向けるのは問題ありません」


「流石シェギ、頼りになるぅ」

 

 

 スピアバイコーンの群れを見つける。

 毒も無く、街の近くの草原でも見かける草食動物だ。


 角の欠けた奴に狙いを定める。

 シェギが魔法で奥側・左右の三ヶ所に火柱を上げ逃げ場所を誘導。

 狩り捕る為にベリアが動くと、獲物は状況を理解した。

 

 スピアバイコーンはその名の通り長くまっすぐと伸びた角がある。

 草食ではあるが臆病ではない。

 敵を突き刺そうと頭を下げ角を突き刺そうと突進してくる。

 

 

「はあっ! しゃあああ!」

 

[ ドスッ ]

 

 

 右手の手斧で角をかち上げ、左手で戦斧を叩き込む。

 斧頭が深々とめり込みスピアバイコーンの大きな体があっけなく横に吹き飛ぶ。


 

「背骨ごと断ち切ってますねこれ」


「あはは、ごめんね? コイツの切れ味よくってさー。

 良く焼けば大丈夫大丈夫」

 

 

 獲物はベリアの体躯よりも大きい。

 頭を首元から斧で切り離し、ひょいと担ぎ挙げキャンプへ向かう。

 今晩の食事は充分だろう。

 だが食べ切れない分を乾燥させて干し肉にする暇はない。

 

 さばいて焼いていると たま が取り分けた内臓等の食わない部分を食べ始める。

 

 

 

「ええぇ……、捨てる部位だからいいけどさぁ。

 たま、生の内臓には寄生虫とかいるんじゃないの?」

 

「たま は野良みたいなもんだからなあ。

 それにしても今夜中に一頭は食べ切れないんじゃないか?」


「アイアンワンドのメリーさんに教わったんですが、大葉と一緒に巻いて外側を炙っておけば日持ちするそうです。

 ロッタンに採取お願いしていましたよね?」

 

「ああ、もちろん。

 大葉は特徴的だから楽だったぜ、ありったけ葉を摘んどいてある」

 

 

 雑草としてあちこちで見られる大葉(青紫蘇しそ)やドクダミは殺菌・防腐作用があり食中毒予防にもなる。

 香りが比較的おとなしく、苦手でなければ有用である。

 

 

「ほい、カスミちゃん。 もも肉焼けたよー」

 

「ありがとう。

 明日からは山越えになります。

 しっかり食べてゆっくり休んで下さい」

 

 

_/_/_/_/_/

 

「あの小さい体のどこにあれだけ食ったものが入るんだろう……」

 

 

 うるさいなー。

 食べざかりなんだよ、たぶん。

 それにうまいからしょうがない、やっぱり草食くさはみ獣は食べやすい。

 う、うまひー

 

 

[ がつがつ がふがふ ]

 

 

 おなかいっぱいになった。

 もうこれ以上食べられないよう。

 しばらく満腹感にひたりながらごろごろする。

 暗くなり始めてから腹ごなしにパトロールに出かける。

 

 人間が使っている身体強化魔法、今回の移動で凄さがよく分かる。

 見て覚えられるものじゃないけど練習してみよう。

 香箱座こうばこずわりしてしっぽを巻きつけたりしながら集中する。

 

 鳥の羽音、落ち葉の下に潜む者たちのかさこそ音。

 風のそよぎが体の毛を撫で付ける。

 体の中にができた……そのボールをはじくと体が反応する。

 

 はたき落とすと腰がビクンってする。

 はじきあげると耳がピクピクする。 

 頭の中がすっきりする、これなんなんだろう?

 ボールをそっと覗き込むイメージで集中するとじわじわと眉間を通って鼻先まで押し込まれて行く。

 

 ボールがはじけた……溶けた?

 体中が熱くなり前足や後ろ足まで流れていく。

 ゆっくり目を開けると、ざわざわと本能が動き出す。

 牙がむずむずする、四肢に力がみなぎる。

 

 

「ひゃっ! ……た、たま? たま だよね?」

 

 

 ベリアが斧を構え僕を警戒する。

 にゃおんとひと鳴きして、溶けたボールを片付ける。

 牙のむずむずが消えて、四肢の力が抜けその分気だるくなる。

 

 

「ベリア! どうした?」

 

 

 寝ていた三人も飛び起き、襲撃を警戒する。

 

 

「元にもどっ……た?

 なんか牙が伸びてたてがみが逆立つように伸びてたの。

 魔獣かと思った」

 

「マジかよ、変身する魔獣? 退治しといた方がよくないか?」

 

「うーん……やめといたほうがいいですね。

 いつの間にか神獣の眷属の称号を得ていますよ」


「ふぇ?」「は? マジ?」

 

「カラスの魔獣退治や、猫魔獣討伐に参加してましたしね」

 

 

 ふええ……なんだかしらないけどベリアにぶっころされるのは回避できたらしい。

 とりあえず怖いから媚びておこう。

 足にまとわりついてゴロゴロ喉を鳴らしておく。

 たまらずにやついたベリアが撫で撫でしてくるのであった。

 

 ベリアちょろい。

 

―――――――――― 

名前:たま

生年:一年六ヶ月

種族:猫

魔法:[身体強化]

称号:[神獣の眷属]

スキル:[長寿][隠密][学習][ねこはいます][影ふみ]

――――――――――

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