第1章 第11話 開拓村

  小高い丘を越えると開拓村が見えてきた。


 開拓村は普通の村とは違う。

 王国より[大陸中央寄りの支配域を確保したい]

 という意向がなければ態々わざわざ危険な地帯へ村を作る意味は無い。


 整地する為に岩を掘り起こし、邪魔な樹々を伐採する。

 ましてや大森林が近く、植生しょくせいとしてはたけの高い樹が多い。

 ほぼ肉体的に強靭な成人男性で構成される。


 大陸中央からの魔物をはばすべも無いため魔物対策に軍属兵士も多数派遣されていた。

 

 その開拓村が僅か1ヶ月で魔物に蹂躙されたのである。


 ハイオーク襲来であった。

 オークは他魔物に比べ、悪知恵の回る知能の高い魔物である。

 武器を使い、他魔物を使役し戦闘技術すら覚える。

 

 

「で、蹴散らされたと。

 弟者おとじゃ、貴様はオーク以下か」


兄者あにじゃ、そう言ってやるな。

 弟者おとじゃもそれなりの戦士じゃ、それを凌駕りょうがする冒険者が居ると。

 楽しめそうではないか?」

 

 

 3匹のうち、背が低いメスのハイオークが笑う。

 開拓村へ討伐隊が到着し、侵入者を知らせる警鐘けいしょうが響く。

 

  

「人間共を歓迎しろ! オークの戦闘力を見せてやれ!」

 

「うごぉー!」 「ぐるぁー!」

 

 

 号令が響き、開拓村の家屋から次々とオークが飛び出してくる。

 剣を持つ者、農具や丸太を持つ者等装備は様々である。

 

 

「うらぁあああ! だっしゃーーー!」

 

 

 ベリアは屈強なオーク達を雑草でも払うように薙ぎ倒していた。

 

 

「ベリア! 突出し過ぎるな! 新兵共は兵站馬車をカバーしろ!」

 

[ ガリィッ ]

 

 

 重心を乗せた戦斧せんぷの一撃を大柄なハイオークが幅広な剣で受け止めベリアの猛撃に立ち塞がった。

 

 

「オヌシが斧使いの冒険者か、弟者おとじゃのカタキ取らせてもらうぞ!」

 

兄者あにじゃ! まだやられてねえぞ!」

 

 

 兄者あにじゃと呼ばれたハイオークの口上こうじょうに弟者がツッコミを入れる。

 弟者おとじゃの方は正規兵へぶつけたオーク集団を従えていた。

 

 オークは狩りを主体とした戦闘民族だ。

 基本的に人間とは地力じりきに圧倒的な差がある。

 例え正規兵であっても、オークが束になってかかれば押し潰せるものだ。


 だが正規兵の隊長は銀級の実力者であり攻め切れず、拮抗きっこうしていた。

 

 

「オークの数が多すぎます! ロッタン! 下がって後衛に攻めてきたオークを片付けて下さい!」

 

「ちくしょう! 弓当たってるのにひるみやしねえ!」

 

「ブラックウルフ! 無闇に攻撃しなくていい、後衛に手負いを呼び込むぞ!」

 

 

 肉を裂く音、剣戟けんげき、悲鳴と血しぶきが錯綜さくそうする。

 

 ベリアの猛撃がオークを蹴散らし大柄なハイオークが抑える。

 手負いのハイオークが正規兵の集団を押し込み隊長が抑える。

 正規兵はオークを削るが、数は増えるばかり。

 

 数で圧倒され攻撃をしのいで行くうち正規兵も盾や装備のダメージがかさんでいく。


 

_/_/_/_/_/

 

 勇者カスミは迷っていた。

 

 畏怖いふのスキルを使ってもオーク共には効果が無い。

 期待したベリアの突進力での撹乱かくらんも長身のハイオークに抑えられてしまった。

 長引けば単純に数で負ける。

 

(ベリアを抑えるハイオークを殺し戦局を傾け殲滅力せんめつりょくを上げる……)


 後衛にオークが入り込んでいない事を確認する。

 意を決し前線のオークを蹴散らし長身のハイオークを目指す。

 


[ ぞろり ]

[ ぞろり ]

[ ぞろり ]


 

『キヒヒヒ、みぃつけた。 時は来たれりぃ? ってね。

 ちょっとだけなら大丈夫。

 って見せた弱点に剣を突き立てられる気分はどうだい?

 おじょうちゃん』

 

 後衛から突如湧き上がった悪意にカスミは己の判断を後悔した。

 開拓村の壊滅には影が関わっていた。

 カスミだけは気付けていたのに文字通り気の緩みを突かれたのだ。


 前線の一角で正規兵の首と身体がちゅうに吹き飛ぶ。

 鉄製の防具すら切り裂く二振りの曲刀を構える、長髪牙無しのメスのハイオークが後衛に斬り掛かっていった。


 

_/_/_/_/_/

 

 ベリアに掴まっていると、ぱわーだけでない人間ヒトの身体を使っての戦い方っていうものがよく分かる。

 相手のオークもすごいつよい。

 こいつらの戦いは参考にはなっても手を出せない。

 でも他のオークは思った以上に弱かった。

 

 動きは鈍いし攻撃も単調。

 戦い方を工夫すれば猫でも何とかなりそうな気がした。

 

 

[ ぞろり ]

 

 しっぽが……全身が総毛立つ。

 不愉快な気配が急に戦場を漂い始める。

 

 

[ ぞろり ]

 

 瞳孔を目一杯狭めて気配を探る。

 耳をピクピクと動かし違和感を聞き取る。

 ばしゃの方向に不愉快な気配が漂って来ていた。

 

 

[ ぞろり ]

 

『キヒヒヒ、みぃつけた……』

 

 

 ベリアの頭を蹴り弾丸のように飛び出した。

 コイツは僕の敵だ。

 存在をめっさなければならない

 

 剣戟けんげきの音と咆哮ほうこうと悲鳴が消失していく。

 瞳孔が狭まり通るべき空間しか映さなくなる。

 四肢ししにぱわーが流れ込んでいくのがわかる。

 鉤爪が土を噛み、後ろ足が一歩ごとに爆発するように地を蹴る。

 

 

_/_/_/_/_/

 

 攻め手の軍隊に於いて、最も怖いのは兵站を奪われる事である。

 有能な兵隊であろうとも兵站無しでは実力を発揮出来ない。

 だからこそ兵站はの戦力を割いてでも護衛する。

 

 そう、所詮はだ。

 突然現れたメスのハイオークは兵站馬車の護衛を殺戮さつりくしていった。

 正規兵とはいえ新人の銅級、そして……

 

 

「うわああ! 急に敵がっ、たす―」

[ ドスッ ]

 

「トノムっ? いや、嫌ぁぁト―」

[ ザシュッ ]

 

「ビオラッ、トノムッ。 ちくしょおおおっ!」

[ ギィンッ ズバッ ]

 

「キヒヒヒ、大事な馬車を守る騎士にしてはいい声で鳴くじゃない」

 

 

 返り血をぞろりと舐め取る。

 次の瞬間、右目が何かにえぐられ視界が赤に染まった。

 


「なっ! 魔獣猫? ……大森林猫か? 何でこんな所に!!」

 

 

 激昂し斬り掛かかろうとするが振りかぶった瞬間に姿が消える。

 左足に激痛が走ったかと思うと力が入らなくなり昏倒する。

 けんを切られたのだ。

 敵は人間ヒトではない、獣だ。

 

 本能的に両手の剣を手放し首を防御する。

 

 

[ ブツッ! ガフガフ ]

[ バリバリバリ ガフガフ ]

 

 野生の獣は獲物を捉えるのに最初に喉笛へ噛み付く。

 息絶え抵抗しなくなってから柔らかい腹を食い破っていく。

 肋骨に守られていない内臓を喰らうためだ。

 生きたまま筋肉を穿ほじられ喰らわれていることに戦慄する。

 

 

「あそこです! たま が襲いかかってる! ロッタン止めを!」

 

「!? ブラックウルフが……くそっ!」

 

 

 人間ヒトの増援が来て、後衛に襲いかかったハイオークは絶命した。

 

 

_/_/_/_/_/

 

 

姐者あねじゃがやられた!? 一体何故!」

 

 

 ほんの一瞬、長身のハイオークの気が逸れた。

 双方重心を乗せた一撃をかわし距離を置いたタイミングであったのだが、ベリアにはそれで充分であった。

 重心が乗っていなくても右腕のスナップを効かせ手斧を投げる。

 

 武器払いや牽制に使う手斧ではあるが、投げナイフ等と違い充分な重量がありハイオークの腹筋を切り裂き突き刺さる。



兄者あにじゃ!? 姐者あねじゃ!?

 馬鹿な……【深淵しんえんなる者の加護】を持つ我々がなぜ」

 

「その加護を与えた者は教えてくれなかったのか?

 それって猛烈にくさいんだ」

 

 

 振り向いた先には勇者カスミがいた。

 数十のオークの屍の中に返り血で真っ赤になった彼女が弟者おとじゃの心臓を貫いた。

 

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