第1章 第12話 魂の影

  ハイオークの撃破により大勢たいせいけっした。

 家屋に潜むオークの掃討を行い、逃げたものも多い。

 統率する上位魔物がいなければ群れる魔物ではないからだ。


 意外な事に開拓村の被害は少なかった。

 無論、防衛にあたっていた兵や討伐隊の被害はある。

 王国が早急に討伐隊を組んだという功績もあるが、オークは殺戮さつりくよりも支配・奴隷化を好む。

 家屋等も無駄に破壊しなかった。


 

「危険な任務のわりには被害が少なくて済みましたね」

 

「そうだな……開拓村の被害も思ったより少ない。

 状況を報告して防衛を再配備すれば復興も早かろう」

 

 ’少なくとも2体のハイオーク’ が実際は3体だった。

 依頼を掛け集まった冒険者はたった9名だった。

 この状況を考えれば全滅で任務失敗しても不思議はない。

 だがそれでも……と隊長は兵站馬車の近くにうずくまる2名と一匹を複雑な心境で見やる。

 

 

「うっうっ……トノム、ベサ、ビオラぁ」

 

「何でだよぉ、何で俺たちだけ生き残っちまうんだ」


「なーお」

 

 

 仲間の死をなげく少年たちと、3名の死体をじっと見つめる たま。

 

 

「彼らの死は私の責任だ。

 もっとうまい統率のやり方が無かったのだろうか……」

 

「ブラックウルフですか」

 

「君はアックスヘッドのシェギと言ったか。

 彼等をどうすれば死なせずに済んだと思う?」

 

「討伐依頼を鉄等級以上にする、とすべきでしたね」

 

「そこからか?」

  

「彼等は恐らく酒場の手伝い依頼を避け銅級になったのです。

 銅級になってからも戦闘の依頼を避け続け、日銭が尽きてから仕方なく木級でも出来る酒場の手伝いを始めたんでしょう。

 割りは良くても糊口ここうしのぐ稼ぎです。

 装備代やらを考えたら今回の依頼は魅力的ですよ」


「冒険者ギルドで戦闘訓練とかはやっていないのか?」

 

「やってますよ? 有料でね。

 余裕のある先輩冒険者が娯楽で無料指導する事もあります。

 冒険者ギルドを避けず、先輩方と絡んでいれば……。

 もっとも今回は運が悪かっただけで采配さいはいは関係ありませんよ」 

 

「隊長! 村民への食料配給完了しました。

 広場にて避難会議の準備も整っております!」

 

 

_/_/_/_/_/

 

 若い人間ヒトたちがやられた。

 

 僕らは人間ヒトたちがしんでも悲しくはない。

 でも人間ヒトと猫はなかよくできる。

 人間ヒトの子どもたちも遊び相手になってくれる。

 

 たましいが人間ヒトのなかまの上でおどり、のぼっていく。

 僕のたましいは死んだらどこにいくんだろうか?

 エリーたちとおなじところにいけるんだろうか?

 ご主人様かすみちゃんのところに戻れるんだろうか?

 

 たましいたちを追って不愉快な影が立ち昇る。

 全身が総毛立そうけだつ。

 瞳孔どうこうが狭まり怒りが湧き上がってくる。


 見れば、やっぱりメスハイオークから伸びている影だった。

 蝶を狩るのとおなじように飛び上がり影をはたき落とす。


 ロッタンに首を落とされているのに丈夫な奴だ。

 心臓を引きずり出し細切れに引き裂いてやろうか。

 あっちに転がっている首を放り投げ、叩きつけ潰すか。

 

 ちがうちがう! そうじゃない。

 僕はおいしいものをたべたいんだ。

 居心地のいい場所でゆっくり眠りたいんだ。

 

 

「ぅなーぉう」

 

 

 低くうなり、鉤爪かぎづめをメスハイオークの胸に突き立てる。

 陸に上がった魚のようにびたんびたんと影が暴れる。

 しばらくして、影の気配は消えた。

  

 あ、まただ。

 眠りから覚めた感覚、起きてるのに。

 覚めるんじゃなくてねたいんだよ!


 たましいたちが見えなくなり、お腹がすいていることに気づく。

 メスハイオークの肉はまずかった。

 人間たちにおねだりに行こう。


 

_/_/_/_/_/

 

「……というわけで最小限の荷物を積んで村の馬車を加えアグムルの街へ避難して貰う事になる。

 予備の装備が若干あるが襲撃があった場合は我らが対応する。

 無理に戦わず防御に徹してくれ」 

 

 

 広場で隊長が村人たちへ今後の行動方針を叫ぶ。

 正規兵たちや冒険者は食事を取りつつ襲撃警戒である。

 

 

「あたい、結構働いたと思うんだけどなあ……蜂蜜酒ミードは無しかぁ」

 

「この木の実入り小麦パンあるだけマシじゃね?

 村の備蓄らしいけど畑も無いのにいいもん食ってんなあ」

 

「ビシュマールからの支援もあるそうですからね」

 

「……ブラックウルフの二人、これからどうすんのかな」

 

「冒険者引退か、何処かのパーティに合流するかになりますね。

 考え方によっては彼等は今回の報酬を二人で貰えます。

 冒険者なら装備代ですが、引退ならひと財産です。

 すべてを失った訳ではないのが救いかと」

 

「お、たま だ。

 馬車襲ったハイオーク、どうやってやっつけたんだ?」

 

「たまちゃああああん、こっちおいで?

 小麦パンくう? くう?」

 

  

 いくつかちぎって たま に与えるも一つかじってそっぽを向かれる。

 ベリアの背嚢バックパック外ポケットを押上げ中から土鼠つちねずみを引きずり出し食べ始める。


「たまちゃん!? あんたいまどっから何を??」

 

「ベリア……こりゃ凄えぞ、鼠、兎がいっぱいだ。

 さばいてない獲物の死体がポッケ一杯詰まってる」


「ぅなう?」


「うう、叱りたいけどかわいくて叱れないよぉ」

 

 

 一方、勇者カスミはまぶたを閉じたまま中空ちゅうくうを見上げていた。

 そのまま たま のいる方向へこうべを巡らす。

 

 

「あの戦闘能力がこれだけのスキルで……一体何者なんでしょうか」

 

―――――――――― 

名前:たま

生年:一年六ヶ月

種族:猫

スキル:[長寿][隠密][学習][ねこはいます][影ふみ]

――――――――――

 

 他の者には聞き取れない独り言を呟き、スープを啜った。

 

 

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