第4話 電車通学は大騒ぎ、後編、その2
「うん、電車で寝過ごしちゃったの。それに家を出る時もバタバタしてて、パンツ履いてくるのも忘れちゃったし……」
大塚メメからイキナリ核心をついて来た質問を受けたので、田町ミカは動揺しつつ、つい余計な事まで喋ってしまいました。
「えーーーっ!ミカったら、今日はノーパンなの?」
ほんの一瞬の沈黙の後、車内は異様な雰囲気に支配されていきました。車内では、おじさんや男子高校生の頭が声の主を探すように忙しなく動き出しました。どうした事でしょうか、男子高校生たちの息も荒くなって来ました「ハア、ハア、ハア……」
電車の中はただでさえ混んでいるのに、男子高校生達の熱気が暴走を初めたために空調も効かなくなって来たように感じます。
……「ちがーう!下着パンツは履いてるよーッ!毛糸パンツを履いてないだけーっ!」
このままではヤバイと思った田町ミカの全身全霊を込めた声が、車内にこだまします。
車内の乗客達に誤解されたまま、車内で暴動が起きるよりは、ほんの一瞬だけ恥をかくだけなら大丈夫、という顕明な田町ミカの判断です。
田町ミカの自己犠牲による冷静な対応が功をそうしたようです。先程の異様な雰囲気はみるみるしぼんでいきました。しかも、何故か車内のあちらこちらからため息も漏れて来ます「ハアーッ……」
「冷え性だから毛糸のパンツは必須なの。それに駅の全力ダッシュでスカートがまくれても気にする必要が無いし」
田町ミカは大塚メメに小声でそう言いながら、さっきの駅での大失態を思い出して再び顔が赤くなって来ました。
「へー、でもそれは分かる気がする。私も毛糸のパンツを履いてるもの。あ!予備のパンツもあるからミカに貸してあげようか?」
そう言いながら、学校指定のリックを開けて探す素振りを始めました。でもそこは、流石に厚かましいと思った田町ミカがやんわりと断ります。
そうこうしている間に電車は目的の駅に到着しました。やはり持つべきものはクラスメートです、最初に乗り込んだ時の冷たい視線を十分耐える事ができたのですから。それにメメの爆弾発言のお陰で、「山手学園女子部の生徒が指定車両とは別の場所に乗っている」程度の話題は吹き飛んでしまったのです。
「プシュー」
トビラが開いて田町ミカと大塚メメは目的の駅に降りました。
しかしコレで安心してはいけません。何故ならここは山手線外回りのホームだからです。ホームルームが始まる前までに、内回りのホームに移動して、そこからさらにホームの一番端にある教室に向かわなくてはなりません。
「メメ、急ぐわよ。階段ダッシュよ!」
田町ミカは大塚メメに掛け声をかけますが、何故か大塚メメはノンビリと階段の一段目に足をかけ始めます。そしてこう言うのです。
「大丈夫よ、ミカ。だって担任の新橋先生はいつも1分30秒遅く来るんだもの」
階段をノンビリと上がりながら大塚メメはお茶目に答えます。
田町ミカは、それを聞いて愕きました。
何故メメはそこまで正確に担任の動きを把握しているのかしら? 何か新橋先生のプライバシーに関わる秘密でも握っているのかしら。え?まさか新橋先生とムフフな関係だったりして。でも新橋先生ってカタブツで奥手だっていう噂だし。あ!もしかしたら新橋先生ってムッツリさんなのかしら。
大塚メメは、黒ぶちまん丸の眼鏡をかけて、肩に届くかどうかの短めの髪を軽くソバージュにしている、クラスの女子の中では前の方に並ぶくらいの背の低い女の子です。でも、笑うと右の八重歯がキラリと光る、誰もが心を許しちゃう笑顔が可愛い女の子なのです。
しかし、彼女の最大の特徴(武器)は胸にあるのでした。彼女の胸元には、いつも朝食で食べるパンのクズが乗っています。噂ではそのパンクズ目掛けてスズメが飛んで来たこともあるらしいです。そのくらいのサイズになると階段や駅のホームを全力で走ると胸が揺れて本当に痛いのだそうです。ですから彼女はいつもユックリと歩いています。
新橋先生のホームルーム開始時間を秒の単位で知っている理由を、いつか聞いてみようと思いながら、田町ミカが大塚メメと階段を渡り切って内回りのホームに着くと、もう一人のクラスメートである駒込サクラが歩いて来ます。
「あ!おはようー。ミカ、今日は随分ギリギリじゃないの。一体どうしたの?」
口元から爪楊枝を出して、おじさんのようにシーシーしながら声をかけて来ました。彼女の口元からは出汁のいい匂いが漂って来ます。
「おはよう、サクラ。あんたもメメと同じくギリギリ組なの?それにしてもいい匂いさせてるじゃない」
田町ミカは、駒込サクラの口元の爪楊枝を気にしながら質問します。
どうも、駒込サクラは駅の中にある立ち食いソバ屋でソバを食べて来たようです。まだホームルームが始まる前からの食事なんて、究極の早弁ですね。
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