第3話 電車通学は大騒ぎ、後編、その1

 しかしここでひるんでいるいる訳には行きません。もう山手線外回りの電車はホームに滑り込んできました。


 階段の上りではペースを落としていたので、階段を下りる時は全力疾走です。しかし階段を全力で降りるという事はスカートの中に風が舞い込んで来るものなのです。その結果、ホームを走っていた時よりも、もっと大胆にスカートがめくれ上がってしまいました。


「きゃーっ!イヤーン!」


 たまたま階段を上がろうとしていた女子高生達は、顔を赤らめて大騒ぎしています。


「んまぁーっ!」


 女子高生達を階段で追い抜こうとしていたおばさんは、目を見開いて口を押さえつつ黄色い悲鳴を上げています。


 田町ミカは今度はスカートの前を押さえながら階段をさらにユックリと下りざるを得なくなりました。


 ーーーピポピポーンーーー


「ベルが鳴り終わりましたら、ドアが閉まりまーす。駆け込みのご乗車はご遠慮くださーい」


 電車の出発ベルと発車のアナウンスが聞こえて来ました。もうこうなったらなりふり構っていられません。階段から一番近い車両に乗るしかありません。彼女は山手線外回りの電車のトビラが閉まる寸前に飛び込みました。


「プシュー」


 彼女が飛び込んだすぐ後ろでトビラは勢いよく閉まり、電車は緩やかに加速を始めました。


「トビラが閉まる直前の飛び乗りは、ご遠慮くださーい。大変にっ、危険でーす!」


 言葉に怒りを含んでいる車掌さんのアナウンスが車内に鳴り響いてきました。それと同時に、車内の乗客の冷たい視線が彼女に注がれているのを田町ミカは痛いほど感じます。


「ヤーね、あの制服って山手学園のでしょう?確か山学(山手学園はこう呼ばれています)の生徒は一番最後の車両に乗らなきゃいけないはずなのに、なんでこんな車両にいるのかしらっ」


 おじさんや男子高校生は、無言でニヤニヤしているだけですが、おばさんや女子高生たちからは冷たい言葉を投げかけられてしまうのです。


 どんなに冷たい視線を浴びても、ここはじっと耐えるしかありません。どうせ駅を3つ通過する間我慢すれば良いのですから。


 このくらいの試練に耐えられないようじゃあ、これからの長い人生生きていけないわ、田町ユミはそう考えながら、トビラの向こうを流れている東京の街並みを見るふりをして、おばさん達のつめたい視線を必死にスルーするのです……


 ***


 山手線の一周は34.5Kmです。そこに29駅があるので、駅間距離は1Km ちょっとしかありません。山手線を一周するのに約一時間かかるので、駅の間は2分程度です。目的の駅に到着するまで、たった6分だけ我慢すれば良いのです。


 ***


「ふー、やっと一つ目ね」

 田町ミカは制服の胸もとをほんの少し開けてパタパタする事で、制服の中に新鮮な空気を入れています。全力疾走したのと前の駅での大失態で身体が熱いままだからです。


 やっと一つ目の駅に着いたので、目の前のトビラが開きました。


「プシュー」


 すると驚いたことに、クラスメートの大塚メメが平然と乗って来たのです。


「あれ?おはよー。ミカもこの電車なの?」


 大塚メメは、まるでいつもこの電車に乗っているような口調で田町ミカにあいさつをして来たのです。


「え?何でメメこの電車に乗ってくるの。コレって山手線外回り電車だよ」


 汗をふきふき、田町ミカがノホホンとしている大塚メメに聞きました。


「だってこの方法が一番早いんだもの、仕方ないじゃ無い。あれ、ミカ汗だくだよ。何処かでマラソンでもしてきたの?」


 大塚メメはずり落ちて来た大きな黒縁のメガネの位置を元に戻しながら、不思議そうな顔をして、人懐っこい視線を田町ミカに向けるのです。


 ***


 山手線は環状線です。ですから最寄の山手線乗り換え駅から教室に行く場合、最悪だと内回りの電車で一周近く乗る必要があるのです。例えば、貴方が新宿駅経由で山手線に乗った場合、新大久保駅に行くのにどう行きますか?

 外回りなら一駅ですが、内回りだと二十八駅通らなければならないから、普通はそんなことしませんよね。


 ***


「メメったら、もしかして校則をガン無視していつもこの電車なの?」


 クラスメートが乗って来てくれたおかげで、乗客の冷たい視線を半減できて少し落ち着いてきた田町ミカが問いかけます。


「テヘ、まあまあ、その話はそこまでにしましょう。それよりも優等生のミカにこの電車で会えるなんて嬉しいよ!一体どうしたの?」


 間の悪そうな顔をしつつも、本気で反省しているようには見えない大塚メメが田町ミカに突っ込んできました。

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