プロローグⅡ
敵が攻め入ってからまだ1時間と経っていないが、既に軍事基地内の3分の1が破壊され、死者は数えきれない程。
もはや一人の少年による〝蹂躙〟状態となっていたのだ。
その後、魔導通信から次々と部隊が壊滅しているとの情報が入り、しかし数分後には悲鳴や命乞いまでもが通信機から響く。
その場で待機していた兵達は止まらない汗を拭い、震える脚を殴りつける者まで出てきた。
この事実を事実として飲み込む事が出来ないゴルバフもまた、次第に“敗北”の二文字が脳裏を過り、焦りを強く感じていた……
「ゴルバフ元帥……私としても非常に受け入れ難いのだが、このままでは壊滅する恐れも――」
参謀のハンデルも、この現状で最悪の可能性を考えざる負えなかった。
故にもしもの時を考慮し、魔導銃を手に取った。
「このままではこの俺が積み上げた不敗神話が総崩れた! その前に始末してやる!
ハンデル! 残りの機銃部隊を呼び戻し、その他待機してる兵には魔導銃剣を持たせて格納庫に集めろ!!」
たった一人の少年相手に壊滅などあってはならない事実だ!と、ゴルバフはプライドも何もかもを捨て、残る全ての武力を以て迎撃する指示を出したのだ。
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格納庫は縦長に設計され、施設からは一本道で繋がっている。その為、格納庫への入り口も一か所しかないのだ。その後方は魔導駆輪の駐車場、そして試作用の小型魔導飛行艇の滑走路になってた。
ゴルバフ自ら伝令を下し、30分ほどで各機銃部隊と兵達が集結。
格納庫内でそれぞれのポイントで待機する形になった。
「さぁいつでも来い! ドーバルに敵対した時点でお前の死は確定しているのだ!
このゴルバフの力、思い知らせてやるぞ!」
つい数十分前までは爆発やそれに伴う地響きが様々な場所で起こっていたのだが、今はまるで時が止まったかの様に不気味な静寂が支配していた。
そして、偵察兵からの通信が入る。
『敵、補足しました。 目標地点到達までおよそ30メートルです!』
目標地点とは、格納庫の入り口だ。
「よし、全員構え! 銃剣部隊はいつでも突撃出来る状態にしておけ!
飛び道具が効かないなら突き刺してやれ!」
参謀ハンデルからの指示で兵達の緊張感は一気に高まり、ゴクリ、と生唾を飲む者もいる。
そして数分後、ついにその瞬間を迎えた。
ドゴーン!
格納庫の入り口が突然吹き飛ばされ、漆黒に包まれる紅い眼の少年がゆっくりと入って来る。
「まんまと来た……何!? まさか……あやつ、“色眼持ち”なのか!?
いや、まさかな。 とにかくここまで来た事は褒めてやるがお別れだ! 各部隊、敵を撃ち殺せぇぇぇ!!」
ゴルバフの合図で各部隊の銃器から数多の魔弾が対象めがけて一斉に発射された。
バババババッ!と、数分間の魔弾による蹂躙によって弾幕が張られ、既に入り口は跡形もなく吹き飛んでいる。
そして銃声は止み、一斉掃攻撃で魔力切れを起こした兵はその場で倒れていった。
「銃剣部隊! ヤツは煙幕で視界を覆われている! そのまま突撃しろ!」
ハンデルはこの好機を逃さず、更に追撃の一手に出た。
だが、その直後、好機は一瞬にして絶望へと変わるのだった……
数名の銃剣兵は突撃したと思えば、その瞬間煙幕がゆらりと動き、兵達の動きが停止したのだ。
「どうした!! なぜ立ち止まる!?」
ハンデルが声を掛けるが兵達からは反応が無い。
しばらくすると、突然その場で立ち止まっていた銃剣兵達の首がボトッと転がった。
「何!? 何が起こった!? まさか……あれをくらって生きているだと!?」
兵達も何が起こっているのかを理解出来ず、只々呆然としている。
そして煙が晴れた瞬間一同は驚愕した。
魔弾による蹂躙を物ともせず、その手には先ほどは持っていなかったはずの漆黒の鎌を持った少年の姿だ。
何より、突如として現れたその鎌はまるで〝死〟そのもの。
それをゆっくりと下すと、少年は紅い眼光と共にこの世のものとは思えない程に壮絶な殺気を放ち、周囲を支配した。
更に、その殺気によって兵達は瞬間的に意識の中である映像が流れたのだ。
〝鎌をその首に当て、刈り取っていく死神の姿を〟
古い文献や歴史書などに神話として描かれている黒装束の骸骨、世に実在しないその姿をしたナニかに自身の首が刈り取れていく――
ハッと意識を戻した兵達はその手で首元を触り、繋がっている事を確認すると安堵した。
だが、幻覚を現実として感じてしまう程にドス黒く濃厚な殺気。
身体はその恐怖を覚え、次第に嘔吐を繰り返すなど、体調の異変を訴え始める兵も複数居た。
自分自身の首が刈り取られる、それは単なる殺気ではなくむしろ精神攻撃とも言えるだろう。
その為、もしここから生き延びる事が出来ても一生のトラウマになるのは必至だ。
ゴルバフ含めて兵達全員が感じただろう。幻覚であろうとも、目の前にいる鎌を持つ紅い眼をした少年こそが、今この場での〝死神〟なのだと。
「ゴルバフ、お前だけは必ずこの手で殺す。 絶対に許さない……一度ならず二度も! 俺から全てを奪ったお前だけは!!」
少年は叫び、更なる殺気を放ちながら走りだした。
「うぬぬ……私は私の野望の為に動いたまでだ! 貴様に許しを乞う必要はない!
お前達、さっさとヤツを殺せ! 討ち取った者には相応の地位と勲章をやるぞ!」
出世を望む兵からすれば喉から手が出る程の言葉。しかし、実際には既に魔力切れを起こし、機銃類は使えない状態。
銃剣隊も先ほどの殺気に怯え、思うように身体が動かす事が出来ていない。
「元帥閣下、ここは退いて下さい。 私がヤツの足止めをします。
まだ試作段階ではありますが、魔導飛空艇なら逃げられるでしょう!」
ハンデルは非常に忠誠心が強く、そして軍人。
ここまで共に軍を育てて来たからこそ、その要であるゴルバフを失う訳にはいかないのだ。
「逃げた所で不敗神話は……いや、この際そんなものは捨ててやる。 ハンデル、すまない!
お前を失うのはココを失うよりも大きいが……私の心に永遠刻まれている!」
「閣下のここからの快進撃、共に歩みたかったですが、この命、常に貴殿と共に!
後はお任せを!」
ゴルバフは兵達の混乱に乗じて魔導飛空艇へと向かった。
その間、少年は次々と兵の首を刈り取っていった。その速度は計り知れず、誰もが目で捉える事なく、気付けば絶命していた。
そして兵達を切りながらも左手を前にかざし、呟く。
「―
すると左手からボッと黒炎が現れ、次第にそれが無数の
黒炎によって生み出されているそれらは当然銃や剣で振り払う事は出来ない。また、触れれば黒い炎がその身体を包み、焼き尽くしていく。
死神と思しき少年と全てを焼き尽くす地獄の業火の様な黒い炎。
気付けば周囲は血の海となり、黒墨となった兵達が転がる地獄絵状態だった。
その中で、ようやく少年の所に一人の軍人が辿り着いた。
「私はハンデル・デフレーゼ! これ以上ドーバルの誇りを失わない為に、ここで貴様の息の根を止める! 我が剣の錆となれ!」
この命に代えても閣下を逃がす!その並々ならぬ覚悟で抜剣したハンデルが少年に向かって突き進む。
ハンデル自身、参謀の地位に就く以前から剣術に優れ、魔道具に頼らずともその名を轟かせていた将軍でもあるのだ。故にそこらの兵達とはそもそもの実力が違う。
そして少年は今、数名の銃剣兵に囲まれている状態だ。
ハンデルはこの機を逃さぬよう、囲んでいる兵の後ろから兵もろ共切り捨てるべく、その剣を振り下ろした。
「ぎゃあああ!」
ガキン!
兵の悲鳴と同時に、金属同士がぶつかる音が響く。
少年の死角からの攻撃にも拘わらず、ハンデルの剣はあっさりと受け止められてしまったのだ。
「ぐぬぅ……このまま好きにさせる訳にはいかぬ! 大人しく斬られろ!」
切り捨てた兵など見向きもせず、すかさず追撃の一手に出た、が――ハンデルはいつの間にか自分が天井を見つめている事に気付いた。
そして、視界がゆっくりと天井に近づいていく。
「な……なに、を……?」
そう、刎ねられた事にも気付かない速度で首を刈り取られ、ハンデルの頭部だけが天井に向かって飛んでいたのだ。
「邪魔だ」
「ばか……な……」
少年からの冷めた一言も届かないまま、ハンデルの体は崩れ落ち、頭も地面へと叩きつけられた。
残りの兵達は既に黒天鼠によって掃討されている。
すると、遠くの方からブォーと何かを起動する音が聞こえた。
「チッ」
少年は音のする方向へ速度を上げて飛び出した。
「小僧! これほどの不快はないわ! 必ずその首を晒してやるから覚えておけ!」
そう捨て台詞を残し、少年が辿り着いた時にはゴルバフが乗る魔導飛空艇がその場を離陸していた。
「お前に退路はない。 そのまま消し飛べ」
そう聞こえるはずもない返答を告げると、少年は右手を前に突き出した。
「―
突き出した右手の前には三重の術式が展開され、直径10メートル程の大きな光の槍が生み出された。
そして、少年はそれを力いっぱいにゴルバフへと放った。
「全てを償って死ね」
少年の手によって放たれた光の槍は逃げるゴルバフ目掛けて一直線に飛んでいく。
「くそっ、諦めてなかったのか!? それになんだあの馬鹿デカい光は!?
私は……私はこんな所では死ねんのだ!!
この野望をあんな小僧なんぞに打ち砕かれてたまるかぁぁぁぁああああ!!!」
ゴルバフはまるで遺言のように叫ぶ。
やがてその当人を断罪するかの如く、光の槍は魔導飛空艇ごと貫き、大爆発を起こした。
それは、同時にこの戦いの終幕を告げる大きな火柱だった。
「終わったよ……もう俺には何も残ってない……」
目的を果たすと少年は疲れ切った表情でその八割が壊滅状態となった基地内から出口へと向かうのだった___
基地外には戦いの激音を聞きつけた政府軍が待ち構えていた。
「まさか……あんな少年がここまでの被害を出したのか!? しかもたった1人で……」
政府の上官がこちらへ歩いてくる少年を見て驚愕していた。それは武器を構えて待つ他の者達も同じだろう。
その後、少年は政府によって拘束された。顔を見れば窶れ、眼の奥に生気は無い。
故に一切の抵抗を見せず、無気力状態でそのまま連行されたのだった。
それから数日後――
戦いに参加しながらも命かながら逃げ出していた極僅かの兵達の口からこの惨劇を引き起こした少年は
〝紅眼の死神〟
と呼ばれ、ドーバル軍事要塞壊滅のニュースと共にその名を轟かせる事となった。
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