第Ⅰ章 ~ゴルデニア大陸編~

脱獄

ここはアーバロン大帝国政府の管轄、ゴルデニア大陸から海を渡った孤島にある高さ300メートルの塔――


最大5000人の罪人が収監出来る文字通り『罪人塔』だ。


周辺海域には魔力を持つ海魚類や海の獣が生息し、泳いでゴルデニアの大陸へ渡るのは困難を極める。

塔から出れたとしても喰われて終わるのが落ちだろう。


また、塔には魔力障壁が展開され、罪人には魔力を封じる腕輪が付けられてる。

故に脱獄する事自体が実質不可能だと言われているのだ。


それでも過去に脱獄を図り、今なお手配中の罪人が二人存在する。

一人は『ダコル・デルマーク』

魔導戦乱期、自国の騎士や兵を数十人殺害し、隣国に逃亡。

その後、そこでも同じ様に殺戮を繰り返して帝国に捕らえられる。その際、極刑が下されたのだが塔から逃げ、海を泳いで行方をくらませた。


もう一人は『レティ・サーペント』

元は売れっ子の娼婦で、貴族や王族を相手に婚約・結婚詐欺を繰り返し投獄される。

だが、配膳の際に看守を誘惑して身ぐるみを剥ぎ、兵に紛れて塔を後にした。

その後、様々な国で目撃情報があったのだが、結局今でも逃げ続けているのだ。


それ以降、脱獄を不可能とする為に魔道具などを使用し、塔の強化を図って現在に至る。


──


・上級罪人フロア― 永久禁錮及び処刑待ちの罪人達


・中級罪人フロア― 禁錮10年~30年の刑、犯罪奴隷待機の罪人達


・下級罪人フロア― 禁錮3年~10年の軽犯罪人達


──


塔内は主にこの三つに分かれ、窃盗や詐欺などの軽犯罪は王城や街の自警団が管理している牢獄へ収監される。


つまり、罪人塔に収監されるのは重い罪で罰せられた者達しかいないのだ。


だからこそ、そんな罪人を野放しにさせる訳もなく、こうした孤島で管理していた。


そして、俺〝黒火クロビ〟はドーバル軍事施設を潰した事でのレッテルを貼られ、現在最上階フロアにいる。


ここに入れられてどの位の時間が経ったのかは数えてないが、ドーバルが潰れてからは恐らく半年ほどだろう。



生きる意味も理由もない。



やりたい事もない。



ここに来た時、政府の人間に事の詳細を聞かれたが、何もしゃべらなかった。

話しても意味が無いと思ったからだ。


当然、口を割らない俺に苛立ったヤツは蹴る殴るは勿論、拷問紛いな事も平気で……。


それでもゴルバフに全てを奪われた俺は生きる気力もなく、只々放心状態だった。


それに嫌気が差し、結局は何の情報も得られぬまま今に至るのだ。


与えられた食事は口にはするが、このまま何も口にしなければ死を迎えるだろうか?そう考えた事もある。

そうした半年の罪人塔生活で体重は落ち、頬もこけ、今や見るも絶えない姿だろう。


まったく散々な人生だ……ん?



「ナンバー963、これが“紅眼の死神”、か。 ずいぶんと若いな」



服装からしても看守より遥かに品のある男が話し掛けてきた。



「相変わらず無口、か。 まあいい……私は先月ここの塔の管理長となったロウゼル・ヒュースだ。 

ここで一番偉い者だと覚えておいてくれればいい」



そう挨拶を交わすと、牢のカギを開けて中に入って来た。まるで警戒心が無い。


茶髪の短いくせ毛の髪で青い瞳を持ち、鼻の下には立派な口髭がある。



「少し話をしたくてね。 防音の魔道具もあるから安心したまえ。

では早速だが〝黒火〟くん」


(っ!?)


何故俺の名を知っている?ここに来て一言も言葉を発していないのに……


そう考えているとロウゼルは会話を続ける。



「驚いたかな? これでも私はカルネール村に昔住んでいたのだよ。君が居た時も何度か訪れた。

こうして話すのは初めてだがな。 本当に残念で仕方がない……君はそれが許せなくてドーバルを襲撃したのだろう」



カルネール村と言うのはドーバル軍事要塞の南側にある人口500人ほどの小さな村だった。


俺自身そこの出身ではないが、6年間そこで暮らしていたのだ。


ゴルバフは軍事施設の拡大を目論み、以前からカルネール村の村長に村民の退去を促していた。


しかし、村の住民はその土地を好み、交渉は決裂。


その結果、ゴルバフ自身が軍を率いて強行手段に出たのだった。


その人道に外れたゴルバフの行動に怒りが爆発し、俺はドーバル軍事要塞を潰した。


これが大事件の全容だ。



「そこ、まで……しっているの、か……」



俺はここに来て初めて、半年ぶりに声を出した。だが、痩せこけた状態で久しぶりの発声は難しかった。思うようには喋れない……



「喋り難いだろう? これを飲みなさい。 毒は入っていないから安心していい」



ロウゼルは声帯用のポーションを差し出した。罪人の口を割らせるのも塔に務める者の仕事であり、時に拷問後に使う事もあるという。



「君がゴルバフを討ったと聞いた時、私もこの立場ながらに喜んだ。 実際に村長や村の連中には世話になったからな。

そういう意味では、少なからず君の味方だと私は思っているのだよ。

しかし、申し訳ないがしてあげられる事は少ないだろう」



確かにここは海に囲まれた罪人塔、しかも最上階フロアは地上から300メートル。


魔術が使えればどうにかなるかもしれないが、それが封印されている罪人には無理な話だ。



「味方で居てくれるのは嬉しい。 それに、この状態だからアンタに出来る事が限られてるのも分かる」



声帯ポーションによって普通に会話が出来る状態になった。効き目が凄いな。

さすが拷問にも使われるだけある。



「そうだな、ここから逃す事は私自身の罪にもなってしまう。 一応、家族がいるからそこは理解してくれると嬉しい」



仕事を失えば家族を養えないし、俺を逃がした事がバレればこの人も罪人となる。それでは家族も虐げられてしまうかもしれな。


そこまでしてでも、と言うのは正直思わない。



「ちなみに、今日こうして話をしに来たのは二つの理由があった。

一つは先に話した事件の事実確認。 


ただし、村の出来事は『カルネール村の悲劇』と世間で呼ばれ、紅眼の死神による蹂躙だとされているがな」



「それは俺も分かってる。 ゴルバフが以下にクズでも、世界で見れば二強の一角だ。

どっちにしても事実は政府が揉み消すんだろう」



実際にドーバルが牛耳っている国もいくつかあり、だからこそ事件の全容が世に放たれば均衡が崩れかねないのだ。


勿論、俺個人的にはどうでもいい事なのだが……



「で、もう一つは?」



「もう一つはまだ政府や帝国上層部しか知らない事実だ。 黒火よ、心して聞いてほしい……」



〝ゴルバフは生きている〟



「はっ!? な、どういう事だ!? 確かに撃ち落としたはずだぞ!! ……いや、実際に死体をこの目で見た訳じゃないが、それでもあの爆発で生きていたって……そんなはずないだろう!!!」



突然ロウゼルから驚愕の事実が告げられ、しかし信じたくない気持ちが先行して頭の中がぐちゃぐちゃになる……。


なら俺はなぜここにいる?


半年という時間はヤツも力を付けるのに十分じゃないのか!


両眼が熱くなる……。


身体の中にドス黒い感情が溢れてくる……。



「落ち着けというのは無理があるかもしれんが、事実だ。 だから眼を紅くするな。

勿論、あやつも無傷ではないらしいが、昔からあやつの周囲には魔道具研究者達が集っていてな。


現段階での情報によれば、魔道具を使って自分の体を変化させていると聞く。 

そうしなければ生きられなかったのだろうがな」



少しの間、二人に沈黙が流れる。



そして、ロウゼルが口を開いた。



「君は今ここで囚われている。 そして逃げる事も叶わない。 

だから私がこの立場であやつの証拠を集め、皇帝へと進言する予定だ。

どの位掛るかは分からないが、カルネールの村長とは旧友だった。だからこそ、罪無き村人を殺めた事実は無かった事に出来ん!」


ロウゼルは心に秘めた思いを力強く口にし、さらに続ける。 


「ここの管理長になったのもその為だ。 既に動いてるが、君と話をして詳細を聞いた後、動き方を考える。 それが今の私に出来る力の示し方だ」



この人は本心で〝味方〟になってくれていると強く感じた。

しかし、それでも自分が何もしないというのは俺には出来ない……。


ゴルバフを目の前で、この手で殺して復讐を果たすまでは。


それが俺の生きる目的なのだ。この半年間無気力に過ごしていたが、突如訪れた切っ掛けを無駄にはしない!



「アンタには悪いが俺は一月後にここを出る。 

本当はすぐにでも出て行きたいが、そうすると今この場で会話をしてるアンタに、そして家族にあらぬ疑いがかかるかもしれないからな。

これは情報を教えてくれたお礼だ。 

後はまぁ……この身体じゃ流石にキツいし」



流石に痩せこけたこの身体じゃ外に出れてもすぐに朽ち果てそうだからな。



「私含め、家族の心配をしてくれるのは有り難いが……私が出してやる以外に手段はないぞ?

ここは封魔の術式が施されているし、周囲は海だ。 それに監視兵が2~300はいるのだ」



確かに普通の罪人であればここを出る事なんて皆無。のだったらな。



「問題ない。 魔術が封印されていてもは魔術じゃない」



そういって黒火は左手から黒い炎を出し、ロウゼルに見せ付ける。



「俺の炎はイメージで形を変えられるみたいだから、一ヵ月ここで体調を整えたら羽でも生やして飛んでいくよ」



そういって左手の炎を消した。



「なるほど。 確かにドーバルを潰しただけあるな! 

分かった、その時はしっかりと上層部に怒鳴られよう」



そういってロウゼルは笑いながら牢屋を出ていった――








そして、一ヵ月後――



塔内は大音量でサイレンが鳴り響き、兵達が総動員で走り回っていた。



「脱獄だ! まだ近くにいるはず! 探し出せー!!」



ナンバー963、“紅眼の死神”が居た牢屋の壁に大きな穴が空き、そこからオーシャンビューのよう海が広がり、床には真っ黒に焦げた石や鉄が転がっている。


その報告を受けた塔の管理長、ロウゼルは、


「ついに出たか……だが、約束だ。 私も私の仕事をするぞ……」


そう言って様々な資料を手に取り、業務室を後にした。




翌日、巷でニュースが飛び交っていた。



『ドーバルを壊滅させた〝紅眼の死神〟が『罪人塔』を脱獄!!』



難攻不落の軍事要塞を壊滅させ、脱獄不可と言われた罪人塔から姿を消した事実は、瞬く間に世間に広まり、人々は恐怖に陥ったのだった――

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