第13話✵愛し合っていても✵
私たちのセックスは、いつも激しい目眩のように私たちをおそい忘我の状態を長引かせていた……でもそれは既に遠い過去の話となった。
*****
車に乗ると同時くらいに雨が降り出した、このまま雨が振り続けばいいのにと思った。
とめどなく雨が降って家も車も何もかも押し流されて、ヒカルと私だけが取り残されてしまえばいいのにと思った。
私の気持ちは少しも変わってはいないはずだけど、私とヒカルの関係は少しづつ変わってきた。
その日を境にヒカルは私の手さえ握らなくなった。
店に行くと喜んでくれるし、いつものように車で家まで送ってくれたけど、今までのように部屋に入る事もなく抱きしめてくれることさえなかった。
女の私から抱いて欲しいなんて言えない
そんなあやふやな関係が半年ほど続いていた。
1度だけ車の中で話していた時に突然キスをされた、ブラウスに手をかけて乳房を優しくもまれた。
久しぶりに抱かれるのかと思ったのにその後は何も言わずに私を部屋まで送っただけだった。
セックスだけではないと思っていても、そんな日が続いていることに不満もあった。
そんなある日抵抗して抵抗して抑えていたのに、コップから水が溢れるように思いがこぼれてしまった。
「ヒカルは私と別れたいの?、親に反対されたから?私の気持ちなんて何にも考えてくれないの?
そして……どうして抱いてくれないの? 」
何も答えてくれないヒカルの目は見たこともないくらいに悲しげだった。
*****
職場では明るく過ごしていた、院長は「大石さん、そろそろ結婚は?相手がハッキリしないなら僕が良い人を紹介するけど 」
曖昧な返事しか出来ない自分が悲しかった
樹里が結婚式を控えて幸せそうにしてる姿をみると自分が抱えてる問題を告白する気にはならなかった。
セックスレスなんて言えなかったのだ
連絡を取らなくなってから数週間後にヒカルから電話が入った。
私が以前から行きたいと言ってた多国籍料理の店の予約が取れたからと誘われた。
その店は予約するのにも半年後しか取れないという人気店だった。
土曜日の夕方に車で迎えに来てくれたヒカルを見てびっくりした。
トレードマークだった髭を剃っていたのだから「どうしたの、何年も生やしていたのに」
「単なる気分転換」
笑いながら教えてくれたけど、少しの違和感が残った。
その店は個室もあり
ヒカルが予約してくれたのは、静かな個室だった、中庭は日本らしい小さな池や和を感じる庭園だったが、料理はフランス料理と和食とをミックスしたようなフルコースだった。
食後のコーヒーを飲んでいる時にヒカルはいつも持っているリュックの中からある分厚い本を取り出して私の前に差し出した。
その本は聖書だった。
セルピコの2階には美容室があった、夫婦で経営しているのだが、たまに2人で店に来ていた。
営業中ではないのかと思った事もあったけどヒカルを勧誘するために来ていたのだと今になって気がついた。
キリスト教の密教でもある団体にヒカルは入ったのだと告白した。
その宗教は婚前交渉を認めていない、そうして結婚するために私も入信して欲しいということだった。
宗教自体を否定する気持ちはこれっぽっちもなかったけれど、私は嫌悪感しかなかった。
私は誰か他の女の人ではなく宗教にヒカルを奪われたのだと思った。
ヒカルの友達によると結婚を反対されて悩んでいた時に親身になって相談に乗ってくれたのがその夫婦であったのだという
そして……ヒカルをどうか救ってくれないかと言われた。
涙を流す夜を何回となく重ねて行くうちに、私がしなくてはならないたったひとつのことに気づいた。
でも、お互いに愛し合っているのにどうしようもない状態におちいり私は自分の力ではヒカルを救いあげることが出来ないという現実のむごさを感じることになった。
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