第12話✵幸せの向こう側✵

 私とヒカルの日常が戻ってきた。

 私へのお土産だと渡されたものは皮で出来たペンケースとひまわりの花があしらわれたシルバーの小さな指輪だった。

 お土産用に作られたと思われる指輪だったけれど初めて贈られた身につける小さな指輪は私を幸せにしてくれた。




 仕事が終わるとヒカルの店へ行き閉店したら1人暮らしの部屋に送ってもらうのがいつもの事だった。

 そのまま2人で朝を迎えることも多くなってきた。



 こうして2人の時間が増えることで小さな諍いも起きる。


 私が望んでいることとヒカルが望んでいる事が違うのだろうか?


 些細なことで言い争ったあと数日間会うのを止めた。

 自分がヒカルに何を求めているのかが分からなくなってしまっていた。


 そんなある日、仕事の休み時間に電話が入った。


「ルリ、ヒカルさんから電話だよ、珍しいね」


 職場に掛けてくるのは初めてのことだった。


「久しぶりだね」


 少しの沈黙のあとヒカルは思いがけない事を話した。


「俺らが喧嘩するのは、小さなことが原因だけど……それってずっと一緒に暮らしたら無くなるかもしれない……ルリを失いたくないし一緒になろう」


 そんな言葉を聞けるとは思っていなかった、自分の思いのままに生きているヒカルを愛しているし、そばにいるだけで幸せだと思っていたのだから。



「それってプロポーズ?わたし今プロポーズされたってこと?」


 咄嗟に返した返事にヒカルは笑った



「うん、そういうことだから……とりあえず今夜行くからその時に返事を聞かせて」


 好きな人と結婚するのが幸せとは限らないし好きだからこそ上手く行かないこともあると思う

 でもヒカルの言葉を受け止めたいと思った。


「わかった、待ってるね」

 返事をして電話を置いたあと、涙がこぼれそうになった。


 気にかけていてくれただろう樹里は、受付で電話を置いたことを確認して飛んで来てくれた。


「ルリどうしたの? 」

「ヒカルからプロポーズされた」と言うと自分の事のように喜んだ。

「ぜったいに幸せになって欲しい」樹里の言葉に大きくうなづいた。


 その日浮かれた私は本屋で結婚の雑誌を買った。

 結婚は長い人生においてゴールではないと思うけれど美しいドレスを着ることは女性の夢でもある、

 バージンロードを父さんと一緒に歩くことは叶わないけれど、天国にいる父さんに伝えたかった。

「父さん私ね花嫁になるよ」



 その日花束を持って現れたヒカルと私は2人で生きて行くことを決めた。



 次の休みには実家に初めてヒカルを連れて帰った、母さんは緊張しながら私たちを迎えてくれたけれど。

 父さんの仏壇に報告する2人を見ながらおめでとうと言ってくれた。


 次はヒカルの家族にご挨拶をしたいと言う私に「もう少し待って」と言葉を濁したヒカルが気にかかった。


 ヒカルの店のすぐ側に実家はあるのになかなか会わせてくれないヒカルの気持ちはわからなかった。


 結婚は決めたはずなのに少しも具体的なことは話すことはなかった。


 そんな日が続いていたある日にヒカルが夜のドライブに誘ってくれた。初めて行った思い出の海へと向かう車の中で2人は話す言葉が見つからなかった。


 あの日と同じように堤防に並んで腰掛けて夜の海を眺めた。


「両親が結婚を反対している」

 ヒカルが言いにくそうに声を発した何となく予想していた通りの言葉だった。


 気がつくとヒカルは泣いていた。




 私はヒカルのそんな姿は見たくなかった。


「どうしたらいいのか分からない、結婚したらルリが辛いおもいをするかもと思ったら結婚するのが怖くなってくる」


 ご両親が言うことにはある占い師に2人のことを占ってもらったそうだ、2人が結ばれることで災いが起きると言われてしまったから賛成することが出来ないと……


 どうして駆け落ちでもいいかと言ってくれないのだろう

 どうして私を選んではくれないのだろう


 静かな海を眺めながら私はそう思っていた。


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