第8話✵悲しい夢✵
日曜日だからもっと眠っていたかったのに寝る前に引いたはずの遮光カーテンの間から差し込む光が私を目覚めさせる。
「また…同じ夢だ…」
時折ヒカルが自分ではない女と寝ている夢を見る、激しく抱き合う様をぼんやりと見つめているこの夢を何度も見ている気がする。
そんな日には私からヒカルに抱いて欲しいと言う、そしてそんな自分に呆れる、激しい程に乱れ何度も愛されたいと望むのだから。
見えない人の影に悩ませられてるなんてヒカルには言うつもりもないけど悲しい気持ちは心の中で小さな積み木を積んでいるように少しづつ増えてしまっていた。
***
赤木歯科医院の勤務も残り数日のある日
見慣れた車のナンバーに気がついた。
別れたはずの陽介の車が走り去るのを見たのだ。彼の職場も自宅もこの近辺にはないのだから気になった。
私の行先を知っているかのようにいつもの通りにセルピコの扉を開けようとした時に声を掛けられた。
「ルリ!」
気付かぬ振りをして店に入った私の様子を見ていたヒカルはドアを開けて彼の車に近づいた「俺の彼女に何か用があるんですか?」
「あっ別に…ちょっと見かけたから元気かなと思っただけで…」
「ルリは元気にやってますからご心配なく」
慌てて外に出た私にも聞こえてきた言葉は私がもっとも欲しいものだった。
「ルリ…ごめん」
そう言って陽介はウインドウを閉めて走り去った。
店に入ったヒカルは何も聞かなかったし私も何も言わなかった。
言わなくても気持ちは伝える事ができるのだ、そして私は少し上書き出来たのだと思ったそれこそ私が望んでいることなのだから。
2人の時は緩やかに流れていた、お互いそれぞれの時間も楽しみつつ良い関係は続いていたのだと思う。
新しい職場は以前より患者数は少なかったけど、丁寧な治療と先生の話の面白さに確実に信頼される歯科医院になってきていた。
例えば以前の赤木歯科のドクターは患者さんの痛みなど気にしないかのような治療をしていた。
痛くない治療法だってあるのにである。
歯の治療は不安なもの、痛いものだと思わせないためには多少時間はかかってもこまめに麻酔を足していくことなのだと今の職場で学んだ。
苦手だと思った同僚の名前は安井樹里と言う名前だった。
誰が見ても綺麗な人だと思うだろう日本人離れした顔立ちだった。
仕事帰りに一緒に行動することも増えて彼女の本質も見えて来たと思う。
お互いの恋人の話で盛り上がることも多かったのだけど彼女は辛い恋をしているのだと寂しげに呟いた。
ずっと好きだった人には恋人が出来て結婚も間近だと言う「その相手が私の親友なの」
好きだと告白もしない内に振られた彼女は見た目とまったく違う一途で不器用な恋をする女性だった。
樹里とは一緒に映画を観たり、買い物に行ったり大人になってからでも友達を作ることが出来るのだと感じることが出来た。
もちろん彼女目当ての患者さんもいるのだけど、そんな人には決まって奥さんがいた。
「何か…私がそんな人を呼んでるみたいで嫌だ」そう言う樹里と笑いあっていた。
「ルリってその彼氏さんと結婚したいんでしょ」そう言う樹里には本音を打ち明けることが出来た「そうなんだけどね…まだどうなるかわからないよ」
そんなある日の事ヒカルの車で食事に出掛けた帰り道に「おれ来月からアメリカに行ってくる」ヒカルの親戚に国際結婚している人がいるとは聞いていたが、半年くらいその家を拠点にして各地を旅してみたいという突然の話に私の目の前に大きな扉が現れてガチャりと閂が降ろされた気がした。
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