第6話✵ヒカルの秘密✵
裕福な家庭で愛されて欲しいとの親心だったのだろうけど、俺は心を開かない子どもになっていった。
何不自由のない生活だったし今でもそうだけど、冷めた心を持ったまま大人になったのだと思う。
俺には2人の母親がいる。
産んでくれた母親と育ての親だ、元々身体の弱い母親は俺が生まれてからしばらくして病に侵された、入退院を繰り返していたし、大人になった今は仕方なかったのだと思うけど、三人の子どものうち一番下の俺だけが養子に出された。
母親の姉夫婦は子宝に恵まれずに俺を養子に欲しいと申し出た。喜んで差し出したとは思っていない、いつの日からか俺の苗字は変わった、思春期の頃は特にこの2人の母親を恨んだ。
俺の家はこの近くでも名の知れた地主の家で、ビルや駐車場などを持っている。
古くて大きな屋敷に今も住んでいる俺はそこの跡取りの放蕩息子と呼ばれてることだってわかってる。
高校生の頃は陸上部で名が知れていた、円盤投げの選手としてインターハイで優勝経験もあることから、大学にも推薦で入学は決まった、円盤投げはたった1人でやる競技で技術と言うよりメンタルをも磨かないと良い成績は望めない。
競技に好成績を残すために大学に推薦で入学したのに、ろくな結果も残せ無いままに肩を故障しただけでなくメンタルまで崩壊した俺は中退してしまった。大学側からしたら期待はずれだった訳だ。「情けない男だな」全くそれ以外の何でもないと自分が許せなかった。
それからというもの引っ越し作業の助手、飲料メーカーの配達、夜間工事の材料運び、庭師の手伝い、得意の体力のみでありとあらゆるバイトを掛け持ちしてやっとこの店を開いた、ビル自体は親の名義だけどテナント料は意地でも払うと俺が断言してからは自由にさせてくれている。
◇◇◇
真菜と手を繋ぐのはそれが初めてでその柔らかくて温かい感触に小さいころ母親に手を引かれていた頃を思い出した。
そしてこの手もいつか離れてしまうのだという不安も一緒に重ねているのだとその頃は漠然と思っていた。
真菜と出会ったのは大学のカフェテラスだった。
窓際の席に座る横顔に釘付けになった、肩までの髪は自然な栗色で日が差すとその色は光を通して煌めいていた。
混雑した店内のなかでどうしてそこを選んだのか分からなかった、他にも空いてる席はあったはずなのに吸い寄せられるように真菜の前の席へ向かった。
「相席させてもらっていいですか」と掛けた言葉に「もちろんです、どうぞ」と笑顔で迎えてくれた。
それから挨拶する関係にはなったが、それ以上にはなれないだろうと思っていた。
そんなある日彼女から交際して欲しいと告白された。
俺は舞い上がった、気になる女の子に告白されるなんて男子なら当然の事だろう。
後から白状したことだけど、彼女は大学の准教授と恋愛関係にあった、その恋を終わらせるために俺を利用したということ。
それでも良いと思っていたしそれでも愛せると思ってた、真菜もそれに答えてくれていたと思う。
その頃の俺は自分が真菜を変えれると変な自信があった、結局彼女に振り回されただけだったけど、若さゆえに愛情は注いだつもりだった、しかしそれは彼女にとっては受け止め切れないものだったのだろう。
抱かれる度に悲しげな目をする真菜を見るのは辛かった。
真菜の父親は俺に詫びた「ヒカル君は娘を愛してくれた、それは父親として嬉しいことだったのに、すまない」
この父親はいつも俺のことを気にかけてくれていた、そしてことある事に2人で酒を酌み交わした。それが真菜が不在の時でも。
真菜は来年母親になるらしい。
シングルマザーとして子どもを生む。
ちぐはぐだったこの関係に終止符を打ったのさえ真菜だったという事だ。
車のなかで煙草に火を付けた真菜に俺は怒った「大切な子どもの事を考えろ!今はそれだけを考えろ!」
吸いかけた煙草を消して真菜は大きく頷き「ヒカル君ごめんね」と言った。
聞こえないふりをしてカーステレオの音量を上げた。
そして俺の初めての恋は終わった。
彼女はあの准教授の子どもをお腹に宿している。
卒業後も密かに続いていたのだと聞かされた時は自分が情けなくて苦しかった。
俺に抱かれながら他の男のことを考えてたとは思えない、1度は自分だけを愛してくれていたのだと信じたかった。
真菜を一人暮らしの懐かしい部屋に送り届けてから運転しながらなぜだか涙が溢れた、そしてルリに会いたくなった。そして抱きしめたいと思っていた。
でも…次の日からいつもの時間が来てもルリの姿は見えなくなった。
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