第4話✵夜の海へ✵
夏の終わりの浜辺は静かで波と音と近くの木が風にそよぐ音が涼し気なハーモニーを奏でていた。
花火の懐かしい火薬の香りとパチパチと綺麗な光のグラデーションに子どもの頃のように2人で笑った。
線香花火の小さな光の玉は宝石のように輝き、そして魔法がとけたみたいにポトリと地面に落ちた。
堤防に腰掛けながら彼に背を向けたままで
私は思い切って彼に聞いた。
「あの…あなたの隣の席に座るためにキャンセル待ちをしてもいいですか?」
彼は私の後ろから何も答えずに抱きしめてくれた。しばらく抱きしめたあとに、後ろから私の顔を上げて優しく口づけた。
優しくそして強く息苦しくなるほどに激しくなっていくそのくちづけはタバコの香りのする大人そのものだった。
その激しいくちづけに答えるようにわたしも舌を絡ませた。
車へと戻った2人はしばらく無言だった。
「3年付き合ってた彼女と別れたんだ」とヒカルは静かに話し始めた、「向こうの親とも親しくしてたから結婚の話もでてたんだけどね、アイツに他に好きな奴が出来た、その前からギクシャクしてたから当然だろうけどな」
私は返事をせずに黙って外の景色を眺めていた。
そして彼は言った「お前を抱きたい」
私は小さくうなづいた。
その夜2人は結ばれた。
1年ぶりのSEXに私は最初恥じらったが、彼の濃厚な愛撫に少しづつ大胆になっていった、そのホテルには天井に大きな鏡が貼られていた、鏡のなかに映る私の身体が彼の手で彼の唇で私の花を開かせていく。
その様をぼんやりと見つめていた。
2人の男の違う所は、終わった後もずっと抱きしめてくれ優しく髪を撫でてくれるヒカルと背を向けたまま寝息をたてる男。
そんな陽介の態度は私の心を悲しくした、女は好きな人にしか身体を許さない、人によっては快楽だけを求めるSEXを楽しむ人もいるけど、私は好きな人としかSEXしたくないし、しだいに陽介と会うのさえ嫌になってきた、それはきっと好きでなくなったからなのだろうと思った、そう思い始めてから私は別れを告げた。
友達にその事を聞いたことがある、友達には男ってそんなもんじゃないのと笑い飛ばされたっけ、そんなことを思い出しながらヒカルに抱かれたまま眠りについた。
自宅まで送ってもらって、そっと鍵を開けて自分の部屋のベッドに潜りこんだ、ヒカルとの事を思い出すと我ながら大胆なことをしたものだと恥ずかしくなった。デート初日に身体を重ねるなんて初めてのことだったから。
ドアをノックされ母さんが入って来た時は少しウトウトしていた時だった、「ルリ起きなさい! またあんた服を着たまま寝てたの?いい加減に起きないと仕事遅れるわよ!」
そう言ってドアを乱暴に閉めた母親の後ろ姿をみて飛び起きた「仕事行かなきゃ」大急ぎでシャワーを浴びて食事も取らずに家を飛び出した。
「姉ちゃん、朝帰りしただろ、俺みてたぞ」と笑いながら弟の拓海が声をかけてきた。
通勤時間と拓海の登校時間はいつも同じくらいだったのでほぼ毎日この仲の良い弟と同じ道を歩いた。
「大人にはいろいろあるんだから口出さないで!母さんには黙っておいてね、特に父さんは絶対に内緒だからね」
「えーそれは口止め料貰わないとダメですね~!」
私は3人兄妹だった、兄さんとは3歳違いだけど、拓海は5歳下の高校生だった。
さすがに末っ子は要領がいいものだ、「仕方ないなぁ今度のお給料もらったら考える」
「よっしゃー」
そう言いながら、角を曲がってヒラヒラと手を振りながら電車に乗るために走りだした拓海の後ろ姿をみながら、少し早足で職場に向かった。
自宅から勤務先の赤木歯科医院はおよそ10分、何とか遅刻せずに着いた。
更衣室には同期で入った衛生士の山田さんが着替えを終えて椅子に座っていた「ルリちゃんおはよう」
「麻里さんおはようございます」
同期だけど、高校卒業して歯科助手の私は無資格で入り麻里さんは衛生士の免許を持ったこの薬局でたった1人の有資格者だった。
仕事内容も似ているけど、少し年上で有資格者の麻里さんは歯石除去なども任されていた。
この薬局の院長は、物腰柔らかだがなかなかのやり手だった。
昨年には近くに大豪邸を建てた、部屋数は10以上あるし、この界隈でも有名な歯科医師だった。
そして不正に保険請求していることも、私も麻里さんも気付いていた。
「ルリちゃん、何かいい事あった?」
突然掛けられた言葉に「そんなことないですよ、別に変わったことないですし」
そう返事をしたけど、頭の中では昨日の夜のことがずっと思い出されていた。
今日はどんな顔をしてヒカルさんに会えばいいのだろう。
そんなことを思いながら白衣に着替えいつもの仕事に向かった…
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