王都バラデラへ

 リルの容態が回復しないということで、腕の良い医者を呼ぶべく、ここカントリー村から北にある王都のバラデラへと向かう事になったルディア。

 そして、彼女についていく者が二人いた。

 一人は、リルの事が心配……というのは半分建前で、王都に興味を持ったというのが本心である善明。

 もう一人は、案内役であるカリューオンだ。彼女は、メティスの命令でよく王都に来るらしいからだ。

 そして朝方。家の外ではこの三人と、それを見送るメティスとピテーコス、そしてルルが集まっていた。


「メティス、ここを抜ければすぐにバラデラにつくのね?」


 ルディアが指差す物、それはメティスの黒孔ブラックホールだ。


「ええ、バラデラの中に繋がってるわよ。けど気をつけてね。あくまでもその先は王宮だから。

 あまり無礼な事はしないでね」

「うへぇ、堅苦しい所は苦手だなぁ」


 善明はすこし嫌そうな顔をする。どうやら、彼は畏まったり敬ったりすることに慣れていないようだ。


「なんでそんな所に?」

「色々と懇意にしてもらって、そこに魔術式の基点を置かせてもらってるの。他のところにも繋ぐことはできるけど、事前に置いてる所が一番楽だから」


 ルディアはその事に違和感を感じる事はなかった。英雄と呼ばれる物であれば、一国の長と繋がりを持っていてもおかしくはない。

 ないのだが、彼女の直感は何か裏があると感じ取った。それは、メティスの言っていた脅威の再誕に関係があるのではないか。


「どうしたの?そんな顔して」

「……何でもないわ」


 今はリルが優先、そう思った彼女は考えていた事を一旦頭の隅に置いておく。まだ、急を要さないのなら。


「おい、ヨシアキ!今日も勝負しようぜ!」

「お、ソフィ!」


 そして、毎日恒例イベントであるソフィの突撃訪問がやってくる。


「うん?何だみんな揃って。アタシを出迎えにきたのか!」

「いや、そんなのじゃなくて……そういえば伝え忘れてたな、この事」


 善明はどこか気まずいそうな顔で説明を始める。


「今日はちょっとバラデラ? ってところに行くんだ。さとる……リルが回復しないから、医者に診てもらおうってことでさ」

「ふーん……」


 ソフィは彼の話を聞くと、何故か普段の無邪気な笑顔を曇らせて、声の質も重くなる。


「だからさ、ちょっと今日は無理……そうだ! ソフィも一緒に行こう! 王都って言われてるぐらいだから色々あるはずだし、それに……」

「悪いけど、アタシはパスだ。仕方ないが、今日は一人で過ごす」


 かかとを返し、右手をひらひらと振りながら、元来た方向へ帰ってくソフィ。

 一体何が、彼女の機嫌を損ねたのか。


「な、なんだ? 何か俺、悪い事でも言ったのか?」

「……さあ、私もさっぱり。

 というより、ヨシアキ。貴方、この三日間でよくそこまでニュールド語を覚えられたわね」


 そう、気がついた人もいるかもしれない。それが一種の異常事態だという事に。

 彼、善明は何の齟齬もなく、ソフィとすんなり会話ができていた。しかし、ルディアの言う通り三日前、彼は通訳がいないと一切会話もできない状態であった。

 一応、会話ができなければ困るという事で、メティスからニュールド語講座を受けていた。しかし、たった三日取得できるはずがないのだ。ないのだが、


「いやあ、なんかずっとルディア達の会話を聞いてたらなんとなく覚えちゃってさ」

「なんとなくで覚えられたら、翻訳家なんていう職業いらないわよ……。

 何か別の理由でもないと、おかしいわね」

「と言ってもなあ、強いて言うなら教えてくれる人が優秀だったから?」

「あらまあ、おだてたって何も出てきませんよ」


 そう言いながらも、メティスはどことなく嬉しそうだ。と言っても、それも演技かもしれないが。


「アンタ、何かした?」

「していないわよ。私は真っ当に教えただけ。彼に素質があっただけよ」

「……まあ、どちらでも良いわね」


 メティスが何かしたにせよ、彼女にとって不都合ではないため、真偽を確かめる事はしないルディアであった。


「ほら、そんなことよりリルの事、でしょ?

おみやげ買って、早く帰ってきてね」

「アンタ、目的変わってない?」


 そんなこんなで、都へ行く事となった三人はワープホールもとい黒孔ブラックホールへと通ることになる。

 リルの容態を確かめるために。


「では、私が先行しよう」

「いってらっしゃい」

「はい、行ってまいります」


 主人への挨拶をした後、黒孔へとカリューオンが入る。


「じゃあね、メティス。そこの使い魔はリルに闇討ちしないようちゃんと見張っててね」

「ふん、アチキは人間みたいに汚くないやい!」

「はいはい。

 ルル、行ってくるわね。リルの事、見守ってあげてね」

「ワン!」


 ルディアは犬のルルを最後に撫で、後のことを託す。


「ええと、じゃあ行ってきます」

「ちょっと待って、ヨシアキ君」

「はい、なんです……何か用か?」


 善明も、ルディアに続こうとするが、何故かメティスに引き止められる。


「あの事、ちゃんと覚えてるわね?」

「え、あ、はい。あれ、やらなきゃいけない?」

「もちろん。怪しまれたいなら、話は別ですが」

「えぇ、嘘つくのちょっと苦手だなぁ」


 メティスから一体何を指示されたのか、彼はすこし顔を曇らせて、なんとも言えない微妙な顔をする。

 嘘をつくというのは何のことだろうか。


「まあ、分かったよ。ルディア達にも言っておくか。

 じゃあ、改めて行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」


 英雄と呼ばれた魔術師に見送られ、善明は黒孔を潜り抜ける。その先で見た物は、まるで別世界だった。

 善明からすれば全部別世界のような物だったが、一秒前の光景とは百八十度も違う方向性の物がそこには広がっていた。


「うわぁ、すっげえ」


 圧巻された善明は目を輝かせ、思わず感動の声を漏らす。

 赤い絨毯に、豪華に装飾されたクローゼット、天蓋つきのベッドと、彼が思い浮かべる王が住む場所そのものだった。

 先ほどまでいた、草木などの緑が広がり、古臭くも懐かしい家があった場所とは全く違う。

 まさに、最上級の住処だ。


「ヨシアキ、今は良いけどあんまりはしゃがないでよ。

 目立つし、周りの人から白い目で見られるから。

 それに街中じゃあ、そういう人が狙われるのよ」


 しかし、歓喜に胸躍る善明とは対照的に、ルディアは落ち着いた様子で、同行人に注意をする。


「わ、悪い悪い。こういう所初めてでさ。ルディアは結構冷静だけど、来たことあるのか?」

「ないわ。けど、勘違いしないでよ。私も少し落ち着かない」

「……全然そうは見えないけどなぁ」


 いつしかのリルも似たような質問をして、似たような返答をされた事があったが、彼女は感情を表に出さない人間なのだろうか。


「そういえばだけどさ、ルディア、カリューオン。

俺の名前だけど、一応イーサン・ブライトってことにしといてくれないか?」

「良いけど、何で偽名を?」

「メティスに言われてな。なんか、元の名前だとまずいからって」

「元の名前……ヒダカヨシアキ……む、メティス様から聞いたことあるぞ」


 メティスの意図を唯一知るカリューオン。その事で、二人の視線は彼女に集まる。


「なんでも、ここから北西の国で、君と似たよう雰囲気の名前が使われているらしい。

 しかも、以前にも話題になった魔王がそこから生まれてきたとか」

「なるほど、だから魔王誕生の場所は忌み嫌われていて、そこから由来しているような名前も嫌われてる。だから、名前を変える必要があるというわけね」

「そういう事だ。

 ではイーサン、ルディア。私はこっちの黒孔ブラックホールを閉じる作業があるから少し待っててくれ」

「ええ」

「ああ、分かった」


 カリューオンほそういい通ってきた黒孔……ではなく、その後ろにある魔法陣のような物に手を当てる。

 それが一体どういう事になっているのか、善明ことイーサンには分からなかったが、魔法という不可思議な物には魅力を感じており、興味深々に見ていた。


「……えらく、熱心に見てるわね」

「え? だって魔法ってなんかワクワクするじゃん!」


 子供のような返答に愛想笑いをするしかないルディア。しかし、イーサンからすれば冗談でもなんでもなく、単に魔法というフレーズだけで心がそわそわするようだ。

 だが、それを邪魔するかのように、ドアのノックが三回鳴らされる。誰かが入ってくるようだ。


「失礼いたします」


 入ってきたのは男の使用人……いや、身なりから見るに彼は執事だろう。

 オールバックにした髪型に、モノクルといういかにも執事らしい姿をしている。


「やはり。声が聞こえ、誰かがいると思えば、賢者様の遣いでしたか」

「貴方誰?」

「おお、失礼しました」


 名乗らずに出てきたことを謝礼しながらも、男は右手を胸に当て、お辞儀をする。


「私はこの城の執事を務めさせていただいております、ベトルーク・ウォルンと申し上げます。

 以後お見知りおきを」

「ご丁寧な説明、どうもありがとう。

 私はルディア、こっちはイーサンで、あっちの狼人間は……」

「大丈夫です。顔見知りですから」

「そう。分かった」

「それで、今回は一体何の用ですかな?」

「知り合いの様子がおかしくてね。この王都で優秀な医者を探しにきたの」

「ほう、個人の理由ですか。それでカリューオン殿だけではなく、貴方達がいらっしゃったのですね」


 執事のベトルークが納得したように顎に手を添えて、首を軽く振っていると、カリューオンが話に入ってくる。

 どうやら、黒孔の閉門が終わったようだ。


「お久しぶりです、ベトルーク殿」

「こちらこそ、カリューオン殿。どうやら、今回はまだのようでしたか」


 ——今回はまだ?

 ルディアはその言葉に反応する。その裏に何かがありそうな気がしてならなかった。


「ベトルーク殿、それは彼女らに話していないので」

「……失礼。いささか軽率な発言でした」

「いや、いい。それよりもだ。この手紙を国王に渡してくれないか?」

「む、これは賢者様からということで?」

「そうだ」

「分かりました。責任を持ってお渡ししましょう。貴方達のことは他の者に伝えてはおきますので、城の出入りはご自由に」

「ああ、ありがとう」


 執事は一礼をした後、部屋から立ち去る。


「では、私たちも行こうか」


 そして、彼らも目的のために、この部屋から、そして城から立ち去り、街へと下りようとする。

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