ツクモって?

 城の門をくぐると、そこは別世界だった。いや、別世界でもなんでもないのだが、それを言うと色々面倒なので、ここでは、が前につくことを明記しておく。


「ここが、王都バラデラ……!」


 彼、善明イーサンはメティスの黒孔を抜けてから、新鮮な物ばかりを目にしてきた。

 豪華な王宮もそうであるが、その典型的な中世の城とはまた別に、一種の近未来的な要素と少し古臭い雰囲気が妙にマッチした街並みに彼は興奮せざるを得なかった。


「すげえ! 中世の街かと思ってたら結構時代が進んでるんだな!」


 キョロキョロと、彼は街全体を見回す。近くにあるものから、街へ続く大きな石畳みの階段や道路、水が綺麗な噴水、石造りの家や、レンガでできた大きな建物。

 遠くには黒い煙を上げる煙突や、レールを左右に伸ばしている駅も見える。おそらく、工場や列車などがあるのだろう。

 建物が続く街は限界がないかのように広く見え、まさに王都と呼ぶにふさわしい。


「はいはい、イーサン。あんまり騒がないの。

 さっきも言ったでしょ? 目立つのはよくないって」

「あ、悪りぃ悪りぃ……」

「まあ、分からなくもないわ。私も最初に来た時は落ち着かなかったし」


 苦笑いをする善明に、呆れながらもフォローを入れるルディア。それはまるで姉弟のようなやり取りだ。ただ、見た目だけからすれば、その立場は逆ではある。


「……うん? なあなあ、ルディア。あの道路に走ってるの、あれは何だ?」


 善明はある物を指差す。その先にあるものは、籠型の乗り物であった。停留所らしきところで止まると人を乗せ、またどこかへ走っていく。しかも、それは地面から少し浮き、道路に敷かれた溝に沿って走っているようだ。


「あれは確か……魔導車じゃなかったかしら? 私もあんまり分からないわ。あんまり使った事はないし」

「魔導車であっているぞ。ただし、正式名称はマイクロ・マギア・トレインという名前だ。

 魔力で動く乗り物で、あの道路にある溝から反発力を受けて走っているんだ。

 元はあの駅を走る魔導車からの派生で、こっちは路線魔導車と呼ばれているな」

「へぇー! カリューオンって物知りだな!」


 褒め言葉を受け、カリューオンは鼻でも伸ばしたかのように、少し誇ったような顔をする。


「これくらいはな。賢者の使い魔と呼ばれているぐらいだし、知識は豊富であるように気をつけている」

「じゃあじゃあ、あれとか……」

「善明、今日は遊びに来たんじゃないわよ。リルのこと、忘れた?」

「あ、ごめんごめん、忘れるところだった。確か腕の良い医者だったっけ?」

「そうよ。話は歩きながらでもできるから、さっさと向かいましょ。

 カリュ、案内頼んだわよ」

「ああ、分かった」


 その言葉で、三人は目の前にある大きな階段を降りていく。

 向かいから来る人達には気づかずに。


「そういえばさ、なんかルディア達の会話聞いてると、ツクモっていう単語が聞こえて来て、気になってるんだ」

「ツクモを? 別に良いけど……おっと」

「む」


 そしてもちろんその一人、フードを深く被り、全身をローブに羽織った人と、ルディアがぶつかってしまう。

 互いに少しよろけはするものの、しかしすぐに体勢を立て直す。


「すみません。少し話し込んでいたもので」

「謝る事はないわ。私も不注意だったから」

「そう言ってくれて助かります。ところでアナタ……いいえ、なんでもありません。

 私は用があるので、失礼します」


 ローブの人物は丁寧にお辞儀をし、連れの人達と城の中へと入っていく。

 ルディアはそれを見届けるかのように、ローブの人物を見えなくなるまで、目で追っていた。


「あの子、可愛かったな……」


 フードに隠れていた顔をあの一瞬で、見破ったのか、彼は魅力的な女性としてローブの人物を見る。しかし、ルディアとカリューオンはそうではない。


「彼女、できるわね」

「気づいたか、ルディア」

「当たり前よ」


 彼女達がそう気づいた理由、それは一瞬で体勢を戻した事にあった。

 ルディアとローブの人物は互いにぶつかり、そして同時に体勢を戻した。体幹がしっかり鍛えられていなければ、ああはならない。

 歩き方も真っ直ぐであり、安定していた。


「なあ、二人とも何の話をしてるんだ?」


 しかし、素人目のイーサンからすれば、意味深な内容である事は分かるが、その内容自体は理解はできていなかった。


「ごめんごめん、個人的な話よ。

 それで、さっき何の話をしてたんだっけ?」

「さっきって……そうそうツクモだよ! あれが戦いにどうのこうのって言ってたから」


 話は戻り、三人はまた歩き始める。


「ツクモね……リルに話したことをそのまま話せば良いか。

 ツクモガミ、通称ツクモっていうのは、簡単に言えば人の想いによって生まれる力で、その人が普段使っている道具に宿る物。

 道具に宿ると、その周りに霊のような物が浮かび上がるの。そして、その霊はよく持ち主と似ている性格として出てくるわ。

 そしてそのツクモは善の力ともされているわ」

「善の力……?」

「そう、これまで確認されたツクモは善人が持つ道具にしか宿らず、悪人が使っていたという報告はないの」

「へぇーそれって便利で『都合が良い』よな」

「ええ。けど、それには理由があって、ツクモが使える条件にあるの。

 その条件は二つ。一つはその道具を大切に使っている事。もう一つはその人の想いが強い事。

 悪人であると一つ目の条件に合わないって言われていて、だから悪人には使えないっていう理論なのよ」

「ふーん、そうなんだ。でもさ、


 悪人かどうかなんて、そんなの人の勝手じゃないか? 道具を大切にする人はするだろうし。


 イーサンのその純粋な意見に、ルディアはハッとする。

 本人は何にも考えてはいないだろうが、かなり核心についたような発言だ。これで、ルディアは一つ、先入観を取り除く事ができた。


「善人か悪人かなんて人の勝手……道具を大切にするかはその人次第……」

「うん? どうしたんだ、ルディア」

「いえ、なんでもないわ、とりあえずツクモの説明よね」


 知識皆無の人からの発想に、何かを見つけられそうなルディアであったが、今それを見つけたところで、どうにもならないと思ったのか、ツクモの説明を続ける。


「それで、ツクモっていうのは十六年前に見つかったもので、最初はここから北西にある国で使われていたらしいわ。

 そしてツクモの最大の特徴は、宿った道具の性質を最大限に引き出すことよ。

 剣ならば斬れ味を、盾なら防御力を、そして画家の筆ならば、絵具がなくても自由に色彩を描けるらしいわよ」

「え? 武器だけじゃないのか?」

「そうよ。その人の想いが強ければ、武器だけじゃなく、職人や料理人なんかの道具にもツクモが宿る可能性があるわ」

「へぇー、色んな事に使えるんだな!」

「ツクモ全体で見ればね。けど、個人から見てみれば違う。

 確かにツクモは、その人の願望通りの行動をすれば力を発揮するけど、逆に言えば、それ以外だと力が半減したり、思い通りに使えなくなったりするの。

 例えば、誰かを倒したいという想いで作られたツクモがあったとしても、戦う相手がその誰か以外なら、あんまり力が出なかったりするし、逆に感情を押し殺して、戦いたくもない人と戦おうとすると、ツクモが消えてしまうことだってあるの」

「なるほど、ツクモを使うにも簡単じゃないんだな」

「そうよ。良くも悪くもツクモは本人の精神に関係してくる。強化されるのは道具だけだから、当たらなかったり、そもそも武器がなければ、意味がなくなってしまう。

 でも、想いが強くなればそれだけツクモも強くなるし、ちゃんと自分の心を理解していれば、ツクモは心強い味方になるわ」

「ふんふん、なるほど。大体分かった。ありがとうな。

 自分の心によって、強くなるツクモ、か。俺も使ってみたいな!」


 ルディアの説明を聞いて、無邪気に笑うイーサン。しかし、ここでカリューオンから補足兼説教が入る。


「イーサン、使いたいと願うのは構わないが、ツクモは物を大切にしないと使えないぞ。

 しかと、その年月は最長十年と言われてるらしい。そう努力もなしに易々と使えるなんて、都合の良い話はないと思っておくんだな」

「う、良いじゃん良いじゃん! 憧れるぐらいさせてくれよ! 使えるかもって思わせてくれよ!」

「ふっ、なら頑張って努力して、それ相応の力を身につけることだな。そうしていればその内、君の望む力が手に入れられるかもな」


 カリューオンはイーサンの頭に手を乗せて、そのまま撫でる。が、彼はその事を良く思っていないようで、頬を膨らませる。


「カリュ、それやめてくれよ。子供扱いされてるみたいで、なんかヤダ」

「……あ。す、すまん! つい無意識でやってしまうんだ」

「アンタ、それ。よくやるわよね。私にもたまにやってるし」

「むう……それについても謝ってるじゃないか」

「そう言いながら、何回も同じことやるじゃない。反省してるとは思えないんだけど」


 ルディアの追撃にぐうの音も出ないカリューオン。過去の事を掘り返すという事は、よほどルディアはそのことに不満を持っていたのか。


「もし、そこのお兄さん」


 と、会話中ではあるが、とある女性から声がかかる。

 その人はどうやら人外のようで、青肌でありながらも、胸と尻が他の街の人よりも明らかに大きく、しかも、それが強調された扇動的な服……いや、布とも言える衣服を着ていた。

 妙に色気があり、艶かしく、まるで人間の男を何かに堕とすかのような雰囲気があった。


「え……? も、もしかして、俺っすか?」


 その色気にイーサンはまるで初めてを終えてない人のように、ドギマギしながらも足を止めてしまう。

 よく見れば、コウモリのような羽や先がハート型になっている尻尾、捻り曲がったツノがついており、本来白目の部分が黒目になっていたりと、その姿は淫魔そのものだ。


「はい。あの、少しお時間よろしいですか?」


 女性はイーサンとの距離を一気に詰め、さらには体も密着させて、彼の心臓の高鳴りを加速させていく。


「ええ!? そ、そう言われても……!」


 こうなってしまえば、もう彼の脳はパンク状態で、誰かに助けを求めるという思考すらも、淫魔の魅了に奪われてしまう。


「少し、ほんの少しだけで良いんですよ。ただ私と……」

「そこまでにしてくれる?」


 だが、彼女からイーサンを引き剥がすかのように、ルディアは彼の体を掴み、引っ張り出す。


「私たちは別の用事があるの。客引きなら、別の人にやってくれる?」

「そんな……!」


 淫魔らしき女性はあからさまにがっかりする。しかし、それは演技にも見えず、しょんぼりとした顔に、何故かルディアは罪悪感を感じてしまう、


「私はただ、ただ……!


 お花の魅力を伝えたかっただけなのに!」


「……は?」


 予想もしなかったところからの一撃。これにはルディアも面食らった顔になるのも無理はない。


「ですから、お花です! お花って綺麗で、それでいて、どこでも生えてくる力強さを兼ね備えているんですよ! こんな魅力的な物、買わないと損ですよ!

 しかも! 観賞用だけでなく、実用性にも優れているものもあるんです! ちょっと可愛そうですが、擦り潰して飲めば疲れを取れる物や、傷を治すものまで!

 さらにさらに!」

「わ、分かった! 分かったからちょっと落ち着いて!」


 ルディアに止められないと、いつまでも早口で花について延々と熱い説明会を続けていきそうな淫魔であったが、その彼女の言葉で我に返り、深呼吸を一つ取る。


「す、すみません……私、お花のことになるとつい夢中になってしまうんです」

「私も花は好きだから、気持ちは分かるけど、あまり人に押し付けない方が良いわよ。

 それにしても花売りだったとはね。昼間っからやってる風俗店かと思ったじゃないの」

「そ、そんなエッチな店! 私は働いてません!」


 その格好で言うか。とは、三人全員が共通で思っていても、声に出しては言わなかった。


「けど、そうね。お花買って行こうかしら」

「ほ、本当ですか!?」


 購入者の出現に、分かりやすく嬉しがる淫魔……いや、淫魔なのだろうか。こんな純粋に感情を出す子が淫魔だとは到底思えない。


「ル、ルディア? 俺たち、リルのために医者を呼びに来たんだよな?」

「別に良いじゃない。急かす事でもないし。

 それに花を買ってあげれば、良い手土産になるし、見舞い品にもなる。近くに飾ってあげれば、少しは退屈な時間がマシになるわよ」

「で、本当はどうなんだ?」

「私も欲しいから。って、私が花好きな事、アンタ知ってて聞いたわよね?」

「さて、どうだったか」


 とぼけるカリューオンではあるが、その言葉に嫌味はなく、ただの冗談だ。そのことはルディアも理解しており、二人とも同時に笑う。


「では、こちらへどうぞ! お好きな花選んでくださいね!」

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